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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
37/63

2-26 学芸会 3


 演目や配役が決まってから、僕たちは放課後に残って準備をすることにした。僕の仕事は大道具。背景とか、眠り姫の眠る棺を作るんだ。僕が担当したのは背景で、物語前半のパーティホール、物語後半のお城と森の絵を大きな紙に書く。当日は巨大なパネルが用意されていて、そのパネルに紙を重ねて、シーンが変わるごとに紙が剥がされていくって仕組み。

 僕は絵を描くのはそんなに得意じゃないから、写実画家のトバイアスにコツを聞きに行ったんだけど、「見たままを書くだけ」と、アドバイスにならないアドバイスをもらった。これだから天才は困る。


 僕ら舞台裏組が作業している横では、出演組が演技の練習をしている。とっくに自分の役を仕上げたアビゲイルが、魔女役の子の演技を見ている。

 魔女役の子は台本を見ながら、必死な様相で声を張り上げた。


「今日は華やかなパーティだこと! 私に招待状が来ていなくってよ!」


 王様役がその声量に少し圧倒されながら返す。


「も、申し訳ありません。華やかな席はお嫌いだと聞いたので」

「確かに嫌いよ! でもね、無視されるのはもっと嫌いよ!」

「ハイ、ダメ」


 あっさりとアビゲイルからのボツ。アビゲイルが魔女役の子に尋ねた。


「この魔女はどんな気持ちでいると思う?」

「悪いことをしようとしてる」

「じゃぁ何故悪いことをしようとしていると思う?」

「え? ……なんでだろ」


 言われてみるとよくわからなかったらしい、魔女役の子は悩み始める。アビゲイルがそれを見て、魔女役の子に近づきながら言った。


「あのね、魔女は本当に華やかな席が嫌いなの。でも、自分だけ招待されないって言うのは、腹が立たない?」

「……そうかも?」

「あなた普段モリー達と仲がいいわよね。モリー達がみんなで遊ぶ約束をしているときに、あなただけ誘われなかったら、どう思う?」

「すごくヤダ。淋しいし悲しい。私多分へそを曲げちゃう」

「そうでしょ。魔女もそういう気持ちだったの。寂しくて悲しくて、どうして呼んでくれないのって、だんだん腹が立ってきた。だから意地悪をしようと思ったの」

「そっか……」


 魔女の気持ちを理解したらしい彼女に、アビゲイルが肩を叩いた。


「魔女になりきって。あなたは魔女。仲間外れにされて、プライドを傷つけられて、悲しくて悔しくて、その腹いせにやってきた」

「悲しくて、悔しい魔女……うん、やってみる」


 魔女役の子が頷いたのを見て、アビゲイルも頷き、元の位置にもどる。そして演技を再開した。


 王様の前に魔女が現れる。魔女は胡乱げに辺りを見回すと、虚勢を張るように少し顎をあげて、王様を見下ろす。


「今日は華やかなパーティだこと。私に招待状が来ていなくってよ」


 静かに怒気を漂わせる魔女に、やっぱり王様役の子は圧倒されて答える。


「も、申し訳ありません。華やかな席はお嫌いだと聞いたので」


 ふんっと魔女は横に息を吐くようにして、じっとりとした目で王様を睨み下ろす。


「……確かに嫌いよ。でもね」


 魔女はヒタリと一歩近づき、首を傾げて王様を覗き込み、くわっと目を見開き王様を見据えた。


「無視されるのは、もっと嫌いよ……!」


 こっそり作業しながら見ていた僕たちは、魔女役の子の演技に、思わず背筋がぞっとした。アビゲイルの声で演技だったことを思い出した瞬間、見入っていた僕たちは一斉に声を上げた。


「えぇぇぇ! すごい!」

「めちゃ魔女っぽかった!」

「すごい雰囲気でてた!」


 僕らが喝采するものだから、魔女役の子は照れながら笑って、「アビーのおかげ!」と嬉しそうにした。それにアビゲイルは少し得意そうに笑ったけれど、「まだ序盤じゃない。どんどんいくわよ」と、演技指導を再開する。

 僕たちも作業に戻ったけど、「アビーはやっぱりすごいね」と、プロの実力の高さに恐れおののいたのだった。



 そんな日々を過ごしている間にも、地味にマチルダいじめは横行してた。学芸会の準備や勉強で忙しいんだから、そっちに集中していればいいのに。特に僕たちはアビゲイル効果もあって、学芸会の準備に熱心に取り組んでいたから、マチルダいじめに神経を逆撫でされる。

 僕らが選出したお姫様に向かって文句を言い、ついでとばかりに僕らの出し物にまでケチをつけようとするから、僕らはイライラして集中出来なくなってきた。


 そんな状況に最も我慢ならないのは、当然演出家のアビゲイル。


 外でプークスクス言っているのにキレて、机を叩いて立ち上がり、勢いをつけてドアを開け放った。


「うるさい。演技の邪魔よ。クソガキ」


 1年生とはいえ、13歳のアビゲイルから見たら、特にいじめっ子たちはクソガキと言える。でもクソガキ呼ばわりなんてされた事のなかった、上流階級のいじめっ子たちは、一斉に怒り始める。

 私が誰だかわかってるの、ウチのパパは、そんなこと言っていいと思ってるの。そんな感じのことをギャーギャー言っている。

 クソガキの攻撃に、アビゲイルは鼻で笑った。


「アンタ達、なーんにも知らないのね。アンタ達のパパはね、アンタ達の知らないところで、秘書やクラブの女たちと浮気しまくってるのよ。売れない女優や売れないモデルを侍らせて、スケベなパーティ開いて遊んでんのよ。ママじゃない、他の女の方が好きなの。アンタ達はそんな親父が誇らしいの?」


 想定外の侮辱にいじめっ子たちは一瞬固まったけど、すぐに「ウチのパパは違う」と一斉に言い返してきた。それにもやっぱりアビゲイルは鼻で笑った。


「ふーん。違うといいわねぇ。気になるならママに聞いてみなさいよ。ママはちゃんと本当のことを教えてくれるから」


 いじめっ子たちはやっぱり違う違う言っていたけれど、アビゲイルはいい加減イライラしたのか、バンッとドアを殴った。


「うるさいって言ってんでしょ、クソガキ。アンタ達の親父は金を稼ぐから偉いんでしょ。だとしたらここで一番偉いのは私なの。一日で数百万ドル稼ぐ私が一番偉いの。私の方がアンタ達の親父より稼いでるかもね。自分で稼ぐ能力もない、ただのクソガキが、ギャーギャー騒ぐな」

 

 金を稼ぐ能力の話で言ったら、確かにこの学校ではアビゲイルがトップクラスかも。元とはいえアビゲイルがトップ女優だったことは、全員知っているわけで。いじめっ子たちも知っているわけで。


「あーあ、私NO TIME(男性アイドルグループ)やリリアナ・スローン(人気歌手)とも知り合いなんだけどなー。アンタ達みたいなクソガキには、絶対サインだってあーげない」

「えっ、えっ、うそ!」

「アビゲイル、ごめんなさい!」


 途端にいじめっ子たちは手のひらを返してアビゲイルに縋ってきたけど、アビゲイルはやっぱり「うるさい!」と叱りつけた。


「黙れって言ってるのが聞こえないの? 何度も言わせないで。頭の悪いクソガキね。私はアンタ達みたいなクソガキが大嫌いなの。私に頼らないで。芸能人とのコネを作ってって、親父に頼めば? 親父なら伝手があるんじゃないの? アイドルとも遊びまくってるだろうからね」

「そんなことない!」

「はぁ? アンタの親父は芸能人の知り合いもいないの? 湿気た親父ね」 

「い、いるわよ!」

「言うだけなら簡単よね。実際にサインもらえないなら、アンタの親父は湿気てるってこと」

「もらえるに決まってる! パパは僕のお願いは何でも聞いてくれるもん!」

「あっそ。せいぜい頑張って」


 いじめっ子たちはパパに何とかしてもらおうと、一斉にその場から駆け出した。それを見送って、アビゲイルは深く溜息をつきながら戻ってきた。


「クソガキの相手は疲れる……」

「アビーお疲れさま」

「アビーありがとね」


 僕たち皆でアビゲイルを労っていると、アビゲイルは僕らを見回してまたしても溜息をつく。


「あのクソガキの相手した後だと、アンタ達天使に見えるわ」


 そうだろうなぁと僕らは苦笑しながら、アビゲイルの苦労を労ったのだった。



 その後。ある家庭1。


「下らない。そんな事より勉強はどうしたんだ」


 父親にバッサリ切り捨てられ、意気消沈。



 ある家庭2。


「パパはアイドルと遊んでるって聞いた! 僕もサイン欲しい!」 


 顔色を変える両親。そして不穏な空気が漂い始める。



 ある家庭3。


「芸能人だな、よし」


 頑張ったけど成果を得られず、責められる親父。



 ある家庭4。


「はいどうぞ」


 元女優のママのサインで済まされる。




 幾人かはサインをゲットできたらしく、後日アビゲイルに自慢しにやってきたけど、いじめっ子勢力は半減した。




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