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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
31/63

2-20 親権争奪戦 5



第2回審理



 前回の審理で、ソロモンさん側に悪意はなかったということは認められた。今回争われるのは、双方の親権者としての適切性と適性だ。


 相手の弁護士の主張はこう。民法上も赤の他人よりも、血縁者の方に優先性がある。これまでの判例からも、血縁者に親権が渡った。道徳的にも血縁者が養育した方が、マチルダに対する差別意識は生まれにくい。

 そして証言台に立つソロモンさんに、相手の弁護士はこう言った。


「先々月、あなたの所有するホテルで起きた事件は、記憶に新しいと思います。あなたは世界的にも有名な実業家であり、それゆえに敵も多い。普通の家庭で育っていれば、あのような事件に巻き込まれる確率は、一生に一度あるかないか、と言ったところでしょう。ですが、あなたの傍にいれば、その危険に巻き込まれる確率が上昇します。あなたの命や資産を狙う人の悪意に、マチルダ・ノアチャイルドは晒され続ける。マチルダ・ノアチャイルドを真に思うのであれば、彼女の幸福のために、あなたは身を引くべきだ」


 確かに、そういう考え方もあるのかもしれない。ソロモンさんの傍にいるということは、政治的、経済的に悪意を持つ人に狙われるリスクが跳ね上がる。そういう人たちにマチルダは利用される可能性がある。

 それを、僕らもマチルダ自身も、ちゃんと理解しているわけじゃない。理解できていないからこそ、甘いことを考える。

 それでもきっとソロモンさんは、マチルダを守ってくれるって。


「確かに、その可能性を危惧しないわけではありません。ですが、今のマチルダと同じリスクを、私は生まれたころから背負ってきました。マチルダを守る知識も、マチルダを守る手段も、すべて私には備わっています」

「突発的な事態に確実に対処できるとは限りません」

「それを言うのなら、一般の人と、そう変わらないでしょう。私が万全の態勢で、万全の警備を敷き、常にマチルダの安全を確保したうえで、それでも突発的な事態が発生するのであれば、それは一般の人がテロに遭遇するのと、同等の確率ではないかと考えます」

「その根拠は何です?」

「根拠はありません。そもそも、あなたの質問に根拠がありません」


 相手の弁護士は何か言いつのろうとしたけれど、陪審員も裁判長も、確かに根拠のない話だと頷き、安全性についての質問は撤回させた。それで、相手の弁護士は質問を変えた。


「ではお聞きします。あなたがマチルダ・ノアチャイルドを養女として求める理由は何ですか?」

「家族として、マチルダを愛しているからです」

「マチルダ・ノアチャイルドは、あなたを愛していますか?」

「はい、そう感じています」

「彼女があなたを愛しているのは、なぜですか?」

「私が彼女を愛していることが、彼女にとって必要なことだからです」

「本当に、そうでしょうか?」

「なんですって?」

「あなたは世界でも有数の資産家ですね。孤児として貧しく暮らしていた少女にしてみれば、まさしくシンデレラにでもなったような気分でしょう。広い家、綺麗な服、美味しい料理、華やかな世界。あなたが彼女に与えたのは、愛情ではなく裕福な生活なのでは?」


 相手の弁護士が失礼なことを言うと思って、僕は腹が立って被告席の弁護団をみた。てっきり「異議あり」が飛んでくると思ったのに、リリエンタールも顧問弁護士さんも静観している。

 こちら側が何も言い返さないのをいいことに、相手の弁護士は満足したように質問を終えた。

 何故何も言い返さないのかとイライラしていると、やっと顧問弁護士さんが裁判長を見た。


「裁判長、この件に関して、証人の出廷を要求します」

「いいでしょう。証人を呼んでください」


 呼ばれて出てきたのは院長先生だった。いつも通りイタリア製の高級スーツを着た院長先生が証言台に立つ。院長先生が現れると、顧問弁護士さんが質問した。


「あなたの氏名と職業を」

「マチルダ・ノアチャイルドを、5歳から7歳まで養育していた孤児院、魔法使いの家院長、アンジェロ・ジェズアルドです」

「先ほどの質問と答弁をお聞きでしたか?」

「はい」

「それについて、あなたはどうお考えですか?」

「誠に遺憾です」

「何故ですか?」

「原告代理人はこう仰いました。マチルダが”孤児として貧しく暮らしていた”と。これは事実とは大きく異なります」

「具体的には?」

「まず、我が孤児院の不動産は、スペンサー製薬会社代表取締役社長、ジュリア・スペンサーから借り受けた別荘を使用しています。敷地は1652.89 ㎡、内、建築物の容積率・建蔽率共に40%です。つまり、我が孤児院は一般と比較しても非常に広い敷地を有し、広い建造物を所有しています。また、その別荘は築70年と古いものではありますが、ヴェネツィアゴシックの建築様式を用い、内装は一流の調度品を揃えてあります。庭園には造園業者の管理する花壇や植木があり、テニスコート、噴水、プールもあります。そして、マチルダ・ノアチャイルドが通っている学校は、私が理事長を務める私立ワシントンプレパラトリーアカデミーです。我が校は多彩なカリキュラムを用意し、1年生から専門科目を履修します。学業に割く時間は長く、課外授業も多い。その為我が校の学費は、年間平均2万6千ドルと、全米平均の約三倍です。それでも、我が校の学生は文武共に優れ、規律正しく誠実であると好評いただいております。尚、当孤児院では、それぞれ子どもに毎月定額の小遣いを渡します。年齢によって異なりますが、マチルダの場合は月100ドル。その資金を、子ども自身が管理し、有効に活用、運用できるように指導しています。我が孤児院専属の運転手が毎日送迎し、専属の管理栄養士の監督の元、料理人が料理をし、ハウスキーパーが広大な屋敷を管理し、我々と保育士が子どもの世話をしています。教育の一環として定期的にイベントを開き、子ども達にも屋敷の管理を手伝ってもらっていますが、子ども達に苦労を掛けるようなことはないと自負しております。少なくとも私の価値観では、マチルダが”孤児として貧しく暮らしていた”とは考えられません」

「なるほど。確かにそれは貧しいどころか、一般に比較しても、はるかに裕福な生活環境と言えるでしょう。あなたはマチルダ・ノアチャイルドが、裕福な生活を与えられたから、ソロモン・ノアチャイルドを愛したと考えますか?」

「いいえ、全く考えられません。確かに興味を引くものはあったでしょう。ですが、生活水準だけに焦点を当てるなら、ノアチャイルド氏である必要はなかったはずです。それでもマチルダはノアチャイルド氏を父親として求めました。マチルダがノアチャイルド氏を父親として選んだのは、マチルダが父親に、親に求めるものを、ノアチャイルド氏が提供したからです」

「それは何だと考えますか?」

「マチルダのみに向けられる、誠実な愛情です。私は孤児院の院長ですから、子ども達全員の父親代わりです。たった一人の父親ではいられません。ですがノアチャイルド氏は、マチルダのたった一人の父親として存在した。世間一般の父親と同様に、マチルダを愛し、慈しんだ。それこそが、マチルダの求めていたものです」

「少なくとも、ノアチャイルド氏が金の力でマチルダ・ノアチャイルドを繋ぎ止めたわけではない、そういうことでしょうか?」

「ええ。たとえノアチャイルド氏が破産しても、マチルダは彼を愛し続けるでしょう。なぜならば、ノアチャイルド氏にとってマチルダは何者にも代えがたい存在であり、マチルダもそれを理解しているからです」

「ありがとうございました」


 質問を終えた顧問弁護士さんが、裁判長に振り向いた。


「マチルダ・ノアチャイルドは貧しく暮らしていたから、ノアチャイルド氏の資産に惹かれたわけではありません。彼女は元から裕福に暮らしていました。その彼女にとって、裕福な生活は、さほど魅力には映らないでしょう。彼女にとって魅力的だったのは、ノアチャイルド氏の父性、彼らのもたらす愛情です。血縁がなくとも、彼らはすでに家族なのです。その家族の絆を引き裂くことは、私は非常に残酷であると考えます」


 顧問弁護士さんの言葉に裁判長が頷いて、今度は原告の弁護士さんに質問はあるかと尋ねる。弁護士さんは立ち上がって、院長先生の前に行った。


「あなたはマチルダ・ノアチャイルドが、愛情を受けたからノアチャイルド氏を父として求めた、と言いましたね」

「はい」

「これまで子どももなく、一般の人とは異なる生活をし、政略結婚で結婚したノアチャイルド氏が、一般の父親と同様の愛情を与えたと?」

「あなたの発言は侮辱に等しい。それは偏見では?」

「世間一般の見解を申し上げております。普通の生活をしていない人が、普通の感情を持っているとは考えない、一般の人はそう考えるでしょう」

「そうかもしれません。そういう考え方もあるでしょう。確かに私の目から見ても、ノアチャイルド氏は一般の人とは違います」

「具体的には?」

「あのパーティには私も出席していました。その事件で、私は負傷しました」

「巻き込まれたんですね?」

「いいえ、自ら飛び込みました。銃を向けられ脅されても、差別に屈しないノアチャイルド氏の姿勢に感銘を受け、彼のような人物を失うのは、世界の損失だと考えたからです。私の命を失っても、彼は生きるべき人間だ。人にそう思わせるような人物は稀有だと考えます。ノアチャイルド氏の誠実で真摯な人柄は、確かに一般の定義を越えているのでしょう」

「……友人であれば、そう考えることもあるでしょう。ですが……」

「私はあのパーティで対面するまで、直接ノアチャイルド氏にお会いしたことはありません」

「……質問は、以上です」


 やーいやーい、ネタ切れした! 僕たちは心の中でガッツポーズ。相手の弁護士さんの質問は、ソロモンさんの株をあげるのに随分役に立った。

 今度はこっちのターン。証人としてミカエラが証言台に立つ。リリエンタールさんがミカエラに質問した。


「姓名を」

「ミカエラ・ジェズアルド。私立ワシントンプレパラトリーアカデミー8年生、孤児院魔法使いの家で、4歳から暮らしています」 

「すると、あなたはマチルダ・ノアチャイルドの先輩というわけだ」

「そうです」

「君はマチルダ・ノアチャイルドが、ノアチャイルド氏の養女になると知った時、どう思った?」

「とても嬉しかったです」

「訴えられたと聞いたときは?」

「非常に腹立たしく思いました。だから私は孤児院の友人たちと、原告に直談判に行きました」

「直談判? 何を要求しに?」

「訴えの取り下げです。やっと幸せになれたのに、マチルダの幸せを壊して欲しくありませんでした」

「原告は応じてくれた?」

「いいえ、話し合うことはできませんでした」

「何故?」

「私たちは原告の居場所を突き止めました。家にいなかったので、近所の人に聞いて、原告が行きつけていたお店に行きました。そこで原告が話しているのを聞いて、ショックを受けて帰ってしまったからです」

「ショックを受けた? 君は何を聞いた?」

「原告は友人らしき人にこう言いました。慰謝料で500万ドル、州からの補助金が週200ドル。そしてノアチャイルド氏はマチルダのために養育費を寄こす。自分は働かなくても金が手に入る。マチルダの面倒なんか知ったことじゃない」

「異議あり! 発言を示す証拠がありません!」

「ミカエラの証言が証拠です」

「虚偽の証言をしている可能性もある!」


 弁護士同士の異議あり合戦に、裁判長は少し眉間を揉んで、リリエンタールさんに尋ねた。


「その証言を保証するような証拠が、なにかあるかね?」

「証人なら用意があります」

「ミカエラ・ジェズアルドの友人では、証拠能力が低い」

「いいえ、私が用意した証人は、原告の友人です」


 原告側の二人は、そんなはずはないと目を白黒させている。裁判長は少し悩んで、証人の出廷を要求した。

 そうして一人の男が現れる。その男はブランドンを見て困惑した表情を浮かべていた。裁判長が尋ねる。


「証人、姓名を」

「ドミニク・ワトソンです」

「先ほどのミカエラ・ジェズアルドの証言について、異なる点がありますか?」


 僕らも、原告側の二人も息をのんで見守る。やはり証人のドミニクは困惑した表情をして、何故か苦しむようにあえぎながら、こう答えた。


「ありません」


 途端にブランドンが椅子を鳴らして立ち上がる。裏切るのかと叫んでドミニクを責める。それにドミニクは、大いに焦った様子で言い募った。


「違う、裏切ったんじゃない。あの小娘に「本当のことを言え」と言われた後から、本当のことしか話せなくなったんだ。俺のせいじゃない」


 そうしてドミニクがミカエラを指さし、ミカエラは口の端でニヤリと笑う。ミカエラは直談判に行ったんじゃない。ドミニクに糸をかけに行ったんだ。「裁判に被告側の証人として出廷し、本当のことだけを答弁しろ」と、ミカエラに操られて。

 そんなことなど、彼らにはわからない。金で買収してドミニクに虚偽の証言をさせているんだろうと今度は言い出した。だが、彼らの動揺する様子が、確実に陪審員に疑惑の根を植え付けていく。

 しかし、あまりにもらちが明かないので、裁判長はやっぱり少し悩んで言った。


「被告代理人が、原告が金銭目的で親権を要求しているため、マチルダ・ノアチャイルドの親権者として不適切だと主張したいというのはわかる。だが、それを示す物的証拠がない。証拠を提出してください」


 そういわれたリリエンタールさんは、カバンを引っ張り出して裁判長の席まで行き、カバンから取り出した資料を裁判長のデスクに乗せていった。


「これは原告の借金10年分の履歴、先月の分まであります。これは収入および資産状況。納税状況」

「リリエンタール君、こういうのはもっと早く出したまえ」

「申し訳ありません。切り札は最後まで取っておくのが、私流でして」

「全く……」


 裁判長は呆れて溜息をつきながらも、その資料に目を通し、ウムムと考え込む。そしてその資料が陪審員にも配られて、陪審員たちもウムムと考え込む。 

 それを見て、リリエンタールさんが言った。


「この資産状況で子どもを養育することが可能でしょうか? しかもマチルダ・ノアチャイルドは孤児院時代から、豪邸に住み、高度な教育を受けてきた。原告に引き取られることになれば、確実に生活レベルは下がります。それどころか、一般的な生活すらもままならない。おまけに原告は、ギャンブル依存のせいで、ジーン・リンゼイから絶縁されているのです。借金まみれのギャンブラーに、マトモに子どもが養育できるとは思えません」


 リリエンタールさんの訴えに、裁判長も陪審員も、やっぱり考え込んでいたけれど、裁判長が唸りながら告げた。


「ふぅむ。今しばらく、原告の親権者としての適正については、議論する必要がある。この件は次回に持ち越すこととする。閉廷!」

 

 木槌の音と共に、第2回審理は閉廷した。




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