2-19 親権争奪戦 4
翌日、リリエンタールさんと院長先生、ソロモンさんとソロモンさんの顧問弁護士さんの4人で、ソロモンさんの屋敷で話し合いをした。
物の数分でイアンがブランドンの居場所を突き止めたので、僕たちは休憩を挟みつつ、リヴィオに映像を中継してもらいながら監視している。
資産状況については顧問弁護士さんが正規のルートでも問い合わせるらしいが、情報は多い方がいいので、引き続きミカエラにはハッキングを頑張ってもらうことになった。
リリエンタールさんと顧問弁護士さんによると、普通に考えたらこの裁判は勝つのが中々難しい。
でも、ブランドンの人間性を考えると、それを利用しない手はなかった。だから僕とミカエラの証人喚問は有効だということで、作戦に組み込まれた。
マチルダは当然、会ったこともない叔父よりも、ソロモンさんの傍にいることを望んだ。マチルダがそういったことでこちらは俄然やる気が出て、ソロモンさんなんか大張り切りだった。
とりあえず、争点となるのは、ブランドンを無視して養子縁組をしたということだから、その点を正当化しなきゃいけない。事故当時、マチルダの両親を探してくれた警察にも、協力を依頼するとリリエンタールさんが言って、院長先生の方ではジーンの地元で、ブランドンの悪評を聞き込みをすることになった。
第1回審理
僕らも院長先生について、傍聴席に入る。あとからソロモンさんの奥さんとマチルダもやってきて、マチルダは僕のところに走ってきて抱き着いた。そして心配そうな顔をして僕を見た。
「大丈夫かな、勝てるよね?」
「絶対大丈夫だよ。みんなでマチルダを守るからね」
「うんっ……」
マチルダは泣きそうな顔をしていたけれど、勝利を言い聞かせる様に強く頷いた。被告席の方にはソロモンさんと、顧問弁護士さん、リリエンタールさんが座っている。そして原告席の方には、安いスーツを着た黒人の男性と、その弁護士さんが座っている。
裁判長の音頭で開廷し宣誓をし、いよいよ裁判が始まった。
冒頭陳述で、早速養子縁組の正当性が訴えられた。尋問でソロモンさんが証言台に立って、相手の弁護士が質問をした。
「なぜ原告を無視したのですか?」
「無視をしたつもりはありません。私はマチルダには親族はいないと聞いていました」
「それは誰から聞きましたか?」
「マチルダの後見人だった、孤児院の理事長、ジェズアルド氏から伺いました」
「信憑性を疑ったことは?」
「ありません。事故当時、警察が親族を捜索したと聞きました。警察が捜索して見つからないのであれば、いないものと納得しました」
「そもそも警察が捜索したのは、戸籍上の親族が存在しているという前提があるから、とは考えませんでしたか?」
「それはもちろん考えましたが、捜索しても現れないということは、失踪しているか死亡している可能性があると考えましたし、実際警察はそのように判断したと聞いています」
「つまり、あなたに無視をしたという意識はなかったと?」
「その通りです」
尋問は終了し、被告側からの反対尋問はなく、次の尋問に移る。今度はブランドンが証言台に立って、彼の弁護士が質問した。
「あなたはマチルダ・ノアチャイルドの親権を主張していますね」
「当たり前です。俺は血縁者なんだ」
「彼女が孤児になったのは4歳のころ、つまり3年前ですが、その間に彼女を引き取ろうとはしなかったのですか?」
「出来ませんでした」
「それはなぜですか?」
「兄貴たちが死んだことを知りませんでした」
「それを知ったのはいつですか?」
「テレビでマチルダのことを知りました。雑誌に兄貴たちの写真と一緒にマチルダが載っていて、兄貴が死んだこと、マチルダが俺の姪であることを知りました」
「何故彼女の親権を希望するのでしょう?」
「両親も死んで、兄貴も死んで、俺に残された家族は、マチルダしかいないからです。兄貴の忘れ形見を傍に置きたいと思うのは、自然なことだと思います」
「そうですね、質問は以上です」
相手の弁護士が質問を終え、今度はこちらの反対尋問。リリエンタールさんが立ち上がった。
「原告に質問します。そもそもなぜあなたは、兄であるジーン・リンゼイの死を知らなかったのですか?」
「それは、兄貴とは連絡を取っていなかったので」
「連絡を取っていなかった? 連絡が取れなかったの間違いではありませんか? ジーン・リンゼイを知る人の間では、あなた達兄弟が絶縁したことは知られていましたよ」
「俺は、絶縁なんかしたつもりはありません」
「あなたにはないでしょうね。ですが彼は絶縁したんですよ。不動産を売却し、州をまたいで引っ越し、信頼できる友人にしか連絡先を教えなかった。あなたには何も言わずに。なぜ彼はこんな行動をとったのでしょう?」
「それは……」
「異議あり! その件は本件とは無関係です!」
相手の弁護士が異議を唱えたが、裁判長はリリエンタールさんに続きを促した。リリエンタールさんはデスクにあった書類から1枚の紙をもって、ブランドンの元へ突きつける。
「これがなんだかわかりますか? これはあなたが消費者金融で借り入れてきた履歴、10年分の資料です。8年前の4月の記録を見てください。一括返済されている。借金を繰り返すあなたに、返済能力があったのか? いいや、あるはずがない。返済をしたのは、不動産を売却し、自分の会社を畳んで資金を作った、あなたの兄だ!」
傍聴席や陪審員席で人々が顔を見合わせ、少し私語でざわついたのを、裁判長が黙らせる。そして、要するに何が言いたいのか、それをリリエンタールさんに尋ねた。
「あなたはマチルダ・ノアチャイルドの親権を主張する理由を、家族が彼女しかいないからだと言いましたね。それは事実としては正しいのでしょう。戸籍上も血縁上もあなたは家族なのでしょう。ですが、ジーン・リンゼイから社会的地位を奪い、財産を奪い、借金を背負わせて逃げたあなたを、ジーン・リンゼイは家族だとは思っていません。だからマチルダ・ノアチャイルドは、あなたの存在すら知らない。あなたは一体、家族というものを、何だと思っているのですか?」
「それは……マチルダとは血が繋がっているし、兄貴との思い出も、共有できる存在で」
「共有できる思い出? 例えばどのような?」
「……」
「無いでしょうね。あなたにはジーン・リンゼイとの家族の思い出などないんです。家族に必要なものは戸籍や血縁だけではありません。愛情が必要なのです。あなたにはその愛情が決定的に欠落している。あなたはジーン・リンゼイのことも、マチルダ・ノアチャイルドのことも、金づるとしか思っていない金の亡者だ」
「異議あり! その発言は」
「申し訳ありません、このような人間の屑を見ているとイライラしてしまって、つい口が滑りました。発言を訂正します」
相手の弁護士の異議をさえぎって、言いたいことを言って訂正するなんて。本当にリリエンタールさんは面白いおじさんだ。
「改めて質問します。あなたは家族を何だと思っているのですか? 全く愛してもいない、思い出も何もない、会うのはこの裁判が初めてで、ただ血縁であるというだけの少女を、家族と呼べるのはなぜですか?」
「……」
黙り込んでしまったブランドンを見て、リリエンタールさんは鼻で笑った。
「以上です」
リリエンタールさんの怒涛の攻撃に、僕たちは全身が痺れた。これ、勝てるわ。




