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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
1 孤児院「魔法使いの家」
3/63

1-3 マチルダ誘拐事件 2

 僕のそんな困惑なんて、みんなには知ったことじゃなかった。

 高速道路に残った、クラリス、ジンジャー、ミカエラ、ジャンヌ、ジェイクの5人は、黒いバンに向かって歩き出す。バンの中からは怒声が響いている。どうやらマチルダが消えた事に気付いて、騒ぎになっているようだ。

 彼らは少しドヤ顔をしながら車の前に回った。車の前に5人の少年少女が並んでいることに気付いて、犯人の男達は怪訝そうにしている。それにニヤリと笑い返したジンジャーが、車のボンネットにぺたりと手を着いた。


 すると、ジンジャーが手を着いた場所から白い霜が車に広がっていく。気温差で蒸気を上げながら、黒い車を白く染め、車がパキパキと音を立てながら氷結していく。

 車の中からは何が起きているのかわからないのか、男達はドアを開けようとするが、凍っていて開けることが出来ない。


 車全体を凍らせたジンジャーが離れると、今度は13歳のジャンヌが右手を車に向けた。ジャンヌの手の動きに合わせて車がゆっくりと上昇していく。

 その事に気付いて恐慌状態に陥った男達が銃を向けたが、14歳のミカエラが両手を上げると、男達は手を開いて両手を上げた。男達は何故自分がそんな行動をとったのか、理解できないようで困惑している。

 ジャンヌが地面から5m程車を持ち上げたところで、サイコキネシスを切った。すると、車は重力に引っ張られて、その場にガシャンと落ちた。凍らされていた車は花瓶が割れるように、粉々に砕け散ってしまった。


 中からは3人の男達が出てきた。すかさずジャンヌがサイコキネシスを使って、氷の欠片が溶け始めた地面に、男達を押し付けて動きを封じる。

 そして、男達の前にミカエラがかがんだ。


「どうしてマチルダを誘拐したのか、その理由を言って」

「俺達は頼まれたんだ」


 ミカエラの質問に、男は素直に返答した。その事に最も驚いていたのは、その男本人だ。相手が子どもだろうが大統領だろうが、話す気などない。なのに勝手に口が動いて、マチルダの質問に答えてしまう。


「誰に頼まれたか話して」

「……」


 男は口をつぐんで話さない。ミカエラの尋問が効かないという事は、依頼主の正体を知らないという事だ。


「なんて頼まれたのか話して」

「長い黒髪の、女のガキを誘拐しろと頼まれた」


 それを聞いて僕たちはピンときた。

何故マチルダを誘拐したのかわからなかったのだ。マチルダは普通の人間だから攫いやすかったのかとも思ったが、状況を聞く限り、ずっと見張っていたのは明白だった。つまり最初からマチルダが狙われていた。

 だが、マチルダが狙われた理由が分からなかった。マチルダは普通の子どもだし、家族は全員亡くなっていて、遺産もない。院長先生の資産狙いなら、マチルダよりも誘拐しやすい子どもはいる。


 でも、これで理由がはっきりした。男達はターゲットを間違えたのだ。本当に狙われていた、長い黒髪の少女は、奥さんだ。奥さんは東洋人だし小柄で童顔なので、幼く見える。院長先生と同い年なのに、見た目が15歳前後にしか見えないので、よく子どもに間違えられているのだ。

 マチルダの長い黒髪という特徴が一致していたため勘違いされて、しかも奥さんが不在だったので、とばっちりでマチルダが誘拐されたのだ。


 納得しつつもミカエラは質問を重ねた。


「黒髪の女を誘拐する目的を話して」

「……」

「依頼人の連絡先を話して」

「……」


 随分慎重な依頼人だ。誘拐犯たちは本当に何も知らされていないようだ。


「引き渡し場所と時間を教えて」

「国際貿易センターホテル5021号室で20時」

「遅刻してるじゃん」


 アメリカ国内最悪の交通状況、一日平均6時間は渋滞につかまると言われるワシントンDCだ。計画的に行動できなければ、遅刻も無理はない。

 必要な情報を聞き出したミカエラが立ち、子どもたちで相談を始める。


「コイツらどーしよっか?」

「警察に突き出す?」

「でも私達の事がバレたら困るよ。院長先生に怒られちゃう」


 院長先生に怒られる時の事を想像して、子どもたちはブルリと体を震わせる。あーでもない、こーでもないと議論した末、もう一度ミカエラが男達を操った。


「このまま66号線をずーっと歩いて行って。ただひたすら」


 言われるがまま、男達は高速道路を歩き出した。66号線が終われば命令は消えるが、その頃には疲れ切って動く事も出来ないだろう。

 そして今後の事を子どもたちは相談し合う。もう帰る? それとも引き渡し場所に乗り込む?

 当然の様にでしゃばってくるクラリス。


「その依頼人をどーにかしない限り、また同じ事が起きるじゃん! 依頼人をやっつけるよ!」


 やめておけばいいのに国際貿易センターホテルへ向かった。

 国際貿易センターホテルへやって来たと聞いて、リヴィオは溜息を吐く。


(いや……来たじゃなくてさ。逐一状況を報告してって言ってるじゃん。せめて相談位してよ?)

(大丈夫! 天才型のミカエラがいるから、作戦にも抜かりはないよ!)

(クラリス……そう言う問題じゃないよ? 院長先生は今夜帰ってくるんだよ? ジョヴァンニ先生はもう帰ってきてるし、院長先生が戻る前に解決しなきゃ、言い訳できないよ?)

(さっさと済ませればいいんでしょ!)

(だからそう言う問題じゃ……)


 言いながらリヴィオが頭を抱えるのを、僕は隣で気の毒に思いながら見上げていた。クラリスは熱血脳筋タイプなので、こうと思ったら突っ走ってしまうのだ。

 きっと止めても無駄だ。リヴィオは付き合いが長いので、彼女たちの性格はよくわかっている。みんな友達をとっても大事にしているし、普通の人間には負けない自信があるのだ。無駄に。


(わかったよ。院長先生が先に帰ってきたら、僕がなんとか言い訳しておくから。くれぐれも怪我をしないようにね)

(ありがとう! 大丈夫よ!)


 君の怪我の心配はしていないと思いながら、リヴィオはふかぁーい溜息を吐いた。



 リヴィオが今頃溜息を吐いているであろうことは想像できたが、ダンテは直接引き渡し場所の部屋へと転移していた。

 引き渡し場所には高価なスーツを着て、キッチリと髪型をセットされた男達が5人いた。男達は少年少女に気付くと驚いていたが、その内の一人、グレーのスーツを着てオールバックにした男が笑った。


「バカに仕事を依頼して失敗したと思っていたが、予想外の餌が釣れたな」


 そう言うと男は手近にあるフォルダーファイルから資料を取り出して、子どもたちの顔を見ながらめくっていく。


「クラリス17歳、ウェアウルフ。ジンジャー16歳、フリーザー。ダンテ14歳、ジャンパー。ミカエラ14歳、パペットマスター。ジャンヌ13歳、サイコキネシス。ジェイク9歳、ヒーラー」


 目を丸くする子どもたちに、グレースーツの男は「合ってる?」と両手を広げて、テーブルに資料を放り投げる。

ジェズアルド一族の事が全部調べ上げてある。勿論、彼女たちは学校の超能力者コースに通っているし、隠しているわけではない。

 だけど、公表しているわけでもない。基本的に学校と孤児院以外での能力の使用は禁止されているし、孤児院も学校も高い塀に囲まれていて、外部の人間に細かい情報が流れているのはおかしい。

 警戒を強める子どもたちに笑って、グレースーツの男は笑って手を組み、足を組み替える。


「君たちの施設を出た先輩たちの才能は異常だ。そして君たちも、院長先生も、そのお友達もね。孤児院「魔法使いの家」は、特別な人間を集めている。我々の業界では、結構有名な話だ。院長先生は、一体何を企んでいるんだろうね」


 確かにそう言う噂が立っていることは耳にしている。孤児院の子どもの中には、親が子どもの超能力を気味悪がって預けた子どももいるからだ。きっとどこかでその噂を耳にしたんだろう。

 しかし、院長先生は意図的に集めているわけじゃない。ただ、自分達を助けてくれただけだ。地獄から逃がしてくれて、温かいご飯と暖かい家を与えてくれた。

 院長先生は怒るととても怖いけど、普段はとっても優しいし、頼りがいがあって大好きだ。大好きな院長先生に妙な疑いをかけられるのは、我慢ならなかった。

 ジンジャーがグレースーツの男を睨みながら言い返した。


「何か勘違いしているようだけど、ウチの孤児院は研究施設じゃない。ただの孤児院よ」

「本当かなぁ? 君たちが気付かない間に、データを取られているかもよ?」

「データを取る為のマイクロチップを摘出してくれたのは、院長先生よ。院長先生には、私達のデータなんか必要ないの」

「ほぉう……」


 グレースーツの男は面白そうに、顎を撫でながらジンジャーを見ている。

 ジンジャーの隣にミカエラが立って、男に尋ねた。


「我々の業界って言ったよね。あなた何者なの? なんで奥さんを狙ったの?」

「我々は「アガルティア」。私はネイサン・ローランド。ミナ・ジェズアルドは人間であることが疑わしいほど、素晴らしい素材。是非手に入れたい」


 ミカエラに操られたグレースーツの男、ネイサンは笑顔を崩して悔しそうにミカエラを見ている。操れたという事は、ネイサンは普通の人間だ。

 ネイサンが操られたことに気付いた他の男達が銃を構えようとしたが、ジャンヌがサイコキネシスで銃を弾き飛ばし、男達を壁に貼り付けて吊り下げた。

 サイコキネシスによって身動きの取れなくなった男達を横目で見て、ミカエラは尋問を続けた。


「奥さんを手に入れて、何をするつもり?」

「薬漬けにして、我々の理想の為に働いてもらう。彼女の力があれば、国を滅ぼすことだってできる」


 なるほど、国家転覆を狙うテロリストのようだ。

 クラリス達がこの国に来て10年経って、いろんなものを見て、いろんなことを知った。人間の友達だって出来たし、学校は楽しい。

 この国が好きだ。この街と、この街に住む人が好きだ。それを壊そうとするなんて許せない。しかも奥さんを利用して。


 大好きな院長先生を侮辱した。院長先生の大切な奥さんを利用しようとする。愛するこの街を壊そうとする。


 許せない。そんなことは、絶対にさせない。


 怒りに燃えたクラリスが、椅子に座ったままのネイサンを殴り飛ばす。肋骨が折れるような嫌な音と共に、ネイサンが吹き飛ばされ、壁に衝突してうめき声を上げた。だがネイサンは銃を取り出して発砲した。

 ネイサンが撃った弾は誰にも当たらなかったが、ジャンヌが銃声に驚いてサイコキネシスを解除してしまった。床に落ちて自由になった男達が再び銃を構える。

 慌ててソファの影に飛び込んだが、逃げ遅れたミカエラの足に弾が当たり、倒れこんだ。


「ミカエラ!」

「ジェイク早く!」


 ジャンヌがサイコキネシスを使って、ミカエラをソファの影に引き込んだ。ジェイクが足に両手をかざすと、ふわりと柔らかな光が灯る。その光に照らされる銃創は、血が止まって傷が小さくなり、中から肉が盛り上がって、銃弾が押し出された。


 ミカエラの怪我が治ったことに、ジンジャーたちはほっと胸をなでおろした。


「うおぉぉぉぉ!」


 だが、クラリスが咆哮を上げた。ミカエラが撃たれた事で怒りが頂点に達したクラリスは、咆哮を上げながら巨大化していく。

 身長165センチが180センチに、220センチに、280センチに。天井すれすれまで巨大化したクラリスの体は、真っ白い毛に覆われ、その顔は狼の顔をしていた。それを見てネイサン達は恐れおののき、子どもたちは顔面蒼白になって慌てだした。

「ヤバい! クラリスが暴走モード入った!」

「ダンテ、ジョヴァンニ先生連れて来て!」

「わかった!」


 クラリスは暴走モード、もとい狼人間になると、自我を失って、動く物は全て破壊してしまうのだ。その暴走を止めることが出来るのは、ジョヴァンニ先生と院長先生、奥さんだけだ。


 ダンテがジョヴァンニ先生を迎えに行っている間も、クラリスは暴走していた。ネイサンや男達を、全力の怪力で殴り飛ばし、蹴り飛ばしている。その度に嫌な音が鳴り響き、周囲に血をまき散らし、呻き声が上がる。

 泣きそうな声でジンジャーがクラリスに叫んだ。


「クラリスやめて! 殺しちゃダメよ! 私達はもう、兵器じゃないのよ!」


 ジンジャーの訴えもクラリスに届かず、動かなくなった男達から視線を外したクラリスは、今度はジンジャーたちの方を見て、捕食者の様に舌なめずりをする。

 獲物を狙うようなクラリスに、なおもジンジャーが語りかけるも、彼女には聞こえていない。ジェイクが怯えている。ミカエラのパペットマスターが効かない。ジャンヌのサイコキネシスは振りほどかれる。

 泣きながら訴えるジンジャーの前にクラリスが立つ。金色の目をらんらんと光らせて、鋭い爪を尖らせて、クラリスが大きく右手を振りかぶった。それを見てジンジャーがぎゅっと目を瞑った時、柏手を打つ音が響いた。


「封印!」


 ジンジャーが目を開けると、ジョヴァンニ先生がいて、封印を発動していた。

 クラリスはシュンと元のサイズに戻って、動揺した様に周囲を見て、ジョヴァンニ先生に気付いた。


「ジョヴァンニ先生、あたし、また暴走しちゃったの?」

「そうだよ。院長先生に気をつけろって言われてただろ?」

「あたし……また、人を殺しちゃったの……?」


 横たわるネイサンを見て、クラリスが涙目になって、ジョヴァンニ先生を見上げた。ジョヴァンニ先生は小さく微笑んで、クラリスを優しく抱き寄せた。

 慌ててジェイクがネイサン達の所に駆けだした。何人かの様子を見て、ジョヴァンニ先生とクラリスに、叫ぶように言った。


「大丈夫、まだ生きてるよ! 俺にも治せる!」


 そう言ってジェイクはすぐさまヒーリングをかけ始めて、安心したのか、クラリスはジョヴァンニ先生の胸でわぁっと泣きだした。

 それを見ていたジンジャー達は、一気に疲れが押し寄せて、へなへなと床に座り込んだ。

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