2-18 親権争奪戦 3
ソロモンさんが帰って、一人になった執務室で、院長先生は立ち上がってソファにスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。そしてふわりと両手を広げて、緩やかに舞い始める。少しすると院長先生は舞いをやめて、やさしく微笑んだ。
「久しぶりだな」
(ええ、お久しぶりね)
(久しぶりだな、院長先生)
院長先生の前に現れたのは、黒人の男女。その二人は挨拶をしたものの心配そうな顔をして、半透明な体でゆっくりと院長先生に近づいた。
(マチルダが、すごく気にしているの)
(弟のこと、黙っていて悪かった。まさかこんなことになるなんて)
院長先生の能力、シャーマンの力で喚ばれたマチルダの両親が、マチルダを心配していた。
「マチルダはやっと家族が手に入ったんだ。その幸せを壊したくない」
(ええ、私もそう願っているわ。ノアチャイルドさんと出会えて本当によかったって、そう思っていたのに)
(俺達にできることなら、何でもする。これ以上マチルダに、家族を失う悲しみを背負わせたくない)
「ああ、勿論だ。とりあえず、お前の弟、ブランドン・リンゼイのことを教えてくれ」
(わかった)
マチルダの叔父、ブランドン・リンゼイは、マチルダの父ジーンとはほとんど絶縁状態だった。というのも、ブランドンは若いころから札付きの不良で、素行が悪くて補導や逮捕されるなんて日常茶飯事だった。
まともな職業に就けるわけもなく、借金をしてギャンブルにつぎ込んで、更に借金を重ねるような生活をしていた。そしてついには多額の借金を残したまま行方を眩まし、実家の家業を継いでいたジーンが、多額の借金の返済を迫られた。
突然多額の借金を背負わされたジーンと家族は激怒し、会社や家を売り払って引っ越し、ブランドンには何も告げず一切の関わりを絶った。不動産を売ったおかげでなんとか借金は返済できたが、事業を畳んだせいでジーンもかなり苦労した。
それでも、サラリーマンとして仕事を見つけて、なんとか生活を立て直したのだ。不幸にも彼らは交通事故で亡くなってしまって、マチルダには寂しい思いをさせたが、消息不明のブランドンのことなど、ほとんど忘れていた。
(あのバカのことだ。どうせまた借金でも作ったんだろう)
(まだ子どものマチルダにまでたかるなんて、ブランドンは本当に酷い人だわ)
「なるほど、わかった。ブランドンの近況については、調査する必要があるな」
(ブランドンを探せるのか?)
「ああ、イアンがいるから簡単だ。裁判で勝つ算段もある」
(本当に?)
心配そうに見つめる二人に、院長先生は安心させるように微笑みかけた。
「大丈夫だ。俺もうちの子たちも天才だし、超能力者だぞ。俺たちに不可能なことはない。裁判では絶対に勝訴してやる。だからお前たちは、マチルダをそばで見守ってやってくれないか。何かあれば、俺に教えてくれ」
二人は院長先生の言葉を聞いて、深く頷いて敬虔な調子で答えた。
(ええ、ええ、わかったわ)
(手間をかけて悪いが、頼む)
「ああ」
返事をすると、マチルダの両親はふわりと霧のように消えた。恐らくマチルダの所に行ったのだろう。
さて、と院長先生はソファに置いていたジャケットを着て、リヴィオに連絡を取った。
(リヴィオ、”俺の子”を集めろ。執務室だ)
(うん、マチルダのことだね)
(ん? なんでわかった?)
(マチルダの両親、来てなかった? マチルダのこと考えてるのが流れてきた)
(またお前力が強くなったな)
(多分違うよ。今隣にジョニーがいるから。よくよく観察していると、ジョニーは時々小規模にブースト発動してるんだよね)
(……なるほど)
(ちょっと待ってて、すぐ連絡するから)
というわけで、リヴィオのテレパシーで僕らは院長先生の部屋に集められた。とうとう僕もこのメンバーに仲間入りしてしまったようで、ちょっと嬉しい。
だけど、喜んだのも束の間だった。院長先生から話を聞いて、僕らはもれなく全員、怒髪天を衝いた。
「訴えたなんて、どの面下げて!」
「マチルダが可哀想!」
「冗談じゃねぇ!」
「信じられない!」
「バカなんじゃないのソイツ!」
「わかったわかった、落ち着け。話が進まねぇだろ」
ゲンナリした様子の院長先生が宥めて、僕たちは渋々怒りを収める。と言っても心の中は激おこぷんぷん丸だったけど。
院長先生はまず、イアンにブランドンの所在を探るように言った。そして、カストと僕で、ブランドンを監視。カストの透視に僕のブーストが加われば、ほとんど千里眼として機能するかららしい。僕がブーストを発動すると、カストにはすごく負担がかかるらしいけど、マチルダの為だと言って頑張ることにしたようだ。
そして、ミカエラは税務署や銀行にハッキングしてブランドンの資産状況を調査。加えて裁判で証人として出廷。
ダンテと強化型の子は、マチルダに何かあった時のために、すぐに助けに行けるように待機。
最後に院長先生は、僕にも裁判に出廷しろと言った。
「最も重要な仕事だ。これはお前が適任なんだ」
「僕が?」
「そうだ。お前は一番マチルダと仲がいいだろ。マチルダの気持ちを、一番よく知ってるのはジョニーだ。マチルダがノアチャイルドの娘になって、どれほど幸せなのか、それを教えてやれ」
そうだ、僕が一番よく知ってるんだ。マチルダの寂しさも、やっと手に入れた幸せも。あの日バルコニーで星空を見上げて、マチルダが言っていたことを思い出して、僕はしっかりと頷いた。
「うん、わかった! 頑張る!」
「でもあんまり張り切るなよ。あんまりブーストされると、俺らの身が持たない」
「あ、ごめんなさい」
また僕は気づかない間にバチバチやってたみたいで、院長先生やみんなに苦笑された。




