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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
27/63

2-16 親権争奪戦 1

 後日、ソロモンさんがウチにやってきた。院長先生の執務室に通されたソロモンさんは、院長先生を見て安心したようだった。


「大事ないようでよかった」

「名刺入れに助けられました。軽傷で済みましたが、あの時は私も死んだと思いましたよ」

「私もそう思って酷く焦ったよ」


 笑顔で会話をしながら、ソロモンさんが改めて院長先生に手を差し出した。


「君は命の恩人だ。こんな事件に巻き込んでしまった私を救ってくれたことを、心から感謝している。あの日の非礼を許して欲しい」


 院長先生は営業スマイルでなく、小さく笑って、ソロモンさんの握手に応えた。


 ソファに腰かけたソロモンさんは、お茶を飲みながら院長先生に尋ねた。


「その後、子ども達は大丈夫かい? あんな事件に巻き込んでしまって、ふさぎ込んでいたりはしていないかい?」

「大丈夫ですよ。ケロっとして毎日遊びまわっています」

「はは。さすが、子どもは柔軟性があるね」


 ソロモンさんは笑っていたが、ふと思い出したように宙を仰ぐ。


「それにしても、あの時、気づいたらCCCが全員拘束されていたけれど、一体何が起きたんだろう?」


 その問いかけに院長先生は紅茶のカップに口をつけながら、小さく笑って答える。


「さぁ? その時私は気を失っていましたので、何が何やら」

「あぁ、そうだったね」


 院長先生の死んだふりは、後始末をしたのが自分だと疑われないためだったみたいだけど、そんなことは誰も知らないので、真相は闇の中だ。


「そういえば、君はリリエンタール君の顧客らしいね」

「ええ」

「つい先日彼に会ったけれど、君のことをほめていたよ」

「珍しいこともあるものですね。なんと?」

「あのイタ公は腹黒でいい性格をしいるし、北欧とオリエントの血が混じっているから、先祖は絶対にテロリストや海賊だった。その証拠に元軍人の野蛮人だし、孤児院や学院の子どもに軍隊教育をしてる。あそこの子ども達が規律正しいのはそのせいだ、ってね」

「……」

「ははは。彼は随分君を気に入っているみたいだ。彼は気に入った人間にしか悪口を言わないからね」

「……そうですね」


 呆れ顔で溜息をつく院長先生の様子を見て、ソロモンさんは愉快そうに笑った。ソロモンさんは事件のこともあるし、リリエンタールさんに話を聞いたから、改めて今日ここに来たようだった。


「そんな君に、改めて頼みたいことがある」

「なんでしょう?」

「私に子どもがいない事は話したね」

「ええ」

「私も妻も、どちらも不妊でね。私たちに子どもは望めない。宗家や他の分家から養子を取ってもいいが、どのみち”アメリカ・ノアチャイルド家”は私の代で終わりだ。だから、一族のための家族ではなく、自分たちのための家族が欲しいんだ。君の所の子ども達に、里親制度に登録している子どもはいるかい?」

「ええ、少々お待ちを」


 営業スマイルで立ち上がった院長先生は、キャビネットからファイルを取り出して持ってきた。ジェズアルド一族以外の子ども、僕たちの資料がファイリングされているファイルだ。


「ジェシカは里親制度への登録を、母親が希望しています。母親は入院しているのですが、治る見込みがないそうで。ジェシカ本人は、母親が治癒して迎えに来るのを待っています」

「そうか、この子は?」

「ユージェニーは保護された子どもです。裁判で両親からの親権は剥奪していますので、里親適用です」

「剥奪までしたのかい? 徹底しているね」

「子どもの福祉のためです。子どもを虐待する親など、いない方がいい」

「はは、君は本当に面白いな。ジョニーもいるね」

「ジョニーは父親が服役中です。父親が出所後、迎えに来る事になっています」

「この子はジョニーとパーティに来ていた子だね」

「マチルダは両親が死亡していて、他に家族もいない孤児です」


 一通り資料を見たソロモンさんは、パタンとファイルを閉じて小さく息をつく。


「ここにいる子たちは、色々な事情を抱えているんだね」

「ええ、精神的に不安を抱える子どももいます。里子を引き取るというのは、自分の子どもを育てることの数倍の努力を要します。ペットを飼うような感覚なら、子どものためにもお勧めはしません」 

「私なら何不自由なく育てられると思うが、この子たちの幸せは、金では買えないのだろうね」

「そう思います。ですが、子どもを欲しいと切実に望む人は、真剣に子どもと向き合ってくれることも、私は知っています」


 院長先生の言葉に、ソロモンさんは愉快そうにクスクスと笑う。


「リリエンタール君の言ったとおりだ。君は本当にいい性格をしているね」

「それほどでも。子ども達に会ってみませんか?」

「そうだね、そうさせてほしい」


 二人が連れ立ってリビングにやってきた。リリエンタールさんとかお客さんが僕たちと遊んでくれることもたまにあるので、僕たちも割と慣れている。

 だけどまだ慣れていないアビゲイルが、僕の隣に来て聞いた。


「アレ誰?」

「ソロモンさん。最近ニュースでよく見るでしょ? ノアチャイルド銀行の頭取だよ」

「そういえば。ノアチャイルドって、長者番付に載ってる人よね? 本家はスペイン貴族っていう」

「そうそう」

「そんなセレブが、何の用かしら?」

「この前のパーティのことで、院長先生に会いに来たんじゃないかな」

「あー、なるほど。ついでに見学って所かしら」

「そうなんじゃない?」


 二人でソロモンさんを見つめながらそんな話をしていると、ソロモンさんが僕に気づいて、笑顔でこちらにやってきた。


「やぁジョニー。元気だったかい?」

「はい、おかげさまで。ソロモンさんは?」

「おかげさまでね。君はクイーンズイングリッシュが上手だね」

「学校で習うんです。学院は私立なので、資産家の子女も多いですから」

「なるほどね。僕も学生時代を思い出したよ」

「どちらの出身ですか?」

「セントジョーンズラサールだよ」

「名門校ですね。大学もですか?」

「いや、大学はハーバードに行ったんだ」


 さすがは世界のノアチャイルド。ソロモンさんはすべてが一流だ。僕にはハーバード大学なんて絶対無理。やっぱりセレブは子どもの時から育ちが違う。

 感心していると、ソロモンさんは僕の隣のアビゲイルに興味を持ったようだった。


「気のせいかな。君に見覚えがある」

「気のせいじゃないと思うわ。元女優だもの」

「あぁ、思い出した。ブロードウェイの子だね。僕も君のアニーは見に行ったんだ」

「ありがとう」


 さすがにアビゲイルは大人と話すのは慣れていて、ちょっと生意気だけど堂々としたものだった。


「女優はもうやらないのかい? 周りから残念がられただろう?」

「ええ。でも今の生活が気に入っているの。ジョニーとか友達もできたし、女優をしていたころの100倍楽しいもの」


 アビゲイルの言葉に僕がびっくりして彼女を見ると、彼女は「しまった」という顔をして、僕の視線から顔を逸らした。全く、本当にアビゲイルはツンデレだ。彼女のこういうところは本当に可愛い。


「アビー、僕もアビーが大好きだよ」

「”も”って何よ。私はそんなこと言ってないわ」

「照れなくていいのにぃ」

「ちょっと、もう、くっつかないで。うざい!」


 僕たちがうふふキャッキャしているので、ソロモンさんはクスクス笑って僕たちのそばをそっと離れた。そして、広大なリビングを見渡す。

 僕たちはいつも好き勝手過ごしていて、音楽を聴いている子もいれば、本を読んでいる子もいる。小さい子たちが絵を描いたり積木で遊んだりして、年上の女の子が面倒を見ることもある。

 庭では男の子たちが紙飛行機を飛ばしっこしていて、飛ばすのが下手で中々飛距離が出ない。たまたま通りかかったリヴィオの頭に紙飛行機がコツンと当たって、紙飛行機を拾ったリヴィオが、遠くに飛ばすコツを教える。リヴィオが放った飛行機はすごく遠くまで飛んで行って、男の子たちが歓声を上げる。


(みんな、楽しそうだな)


 そう思ってみていると、一人の少女を見つけた。その少女は小さな子たちの喧嘩を笑顔でやめさせて、仲直りさせて、その輪から抜けた。すれ違う子ども達に笑顔で声をかけて、そして立ち止まって、窓の外、青い空を眺める。その視線は、どこか悲哀を帯びていたけれど、祈りを捧げるような清廉さがあった。


 ソロモンさんはその少女に引き寄せられるように、彼女のもとに足を運ぶ。ソロモンさんに気づいた少女が顔をあげると、ソロモンさんは彼女の目線までかがんだ。


「やぁ」

「こんにちは、ソロモンさん」

「久しぶりだね、マチルダ」

「私のこと知ってるの?」

「さっき院長先生に教えてもらったんだ」

「そうなんだ。今日は院長先生に会いに来たの?」

「それもあるけれど、どうやら私は、君に会いに来たらしい」

「え?」


 キョトンとして首をかしげるマチルダの手を取って、ソロモンさんは優しく微笑んだ。


「マチルダ、今度うちに遊びに来ないかい?」

「うん、行きたい。ソロモンさんはお金持ちだよね。メイドとかコックがいるの?」

「ははは、うん、いるよ。大きな犬もいるし、馬にも乗れる」

「馬なんて見た事ない! 行きたい行きたい!」


 はしゃぐマチルダに微笑んで、ソロモンさんは院長先生の元に戻った。なにが言いたいのか院長先生はわかっているようで、マチルダが承諾したなら構わないと、外出外泊を許可することを伝えた。

 僕にはあんまり話はよくわからなかったけれど、後からマチルダにこの話を聞いて、この時は「馬に乗れるなんて、いいなぁ」とだけ思っていた。

 

 それがまさか、あんな騒動に発展するなんて、この時は夢にも思っていなかった。



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