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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
26/63

2-15 白トンガリの強襲 3


 光が会場中を包んで、イアンが頭を抱え、カストが目を抑え、院長先生はグッと何かを抑える。


「おいおい……」

「ジョニーのブースト、やばすぎだろ」

「これ、完全にオーバードーズだぞ」

「となると、クラリスが一番やばいな。ダンテ、クラリスの所にジョヴァンニ連れてきとけ」

「わかった」


 こっそり相談していた男性陣の中から、院長先生の後ろに隠れると、ダンテが姿を消した。

 ダンテはジョヴァンニ先生を連れてくるために、魔法使いの家に戻った。そのはずだった。だけどダンテの目の前に広がる光景は、ダンテの知っている光景ではなかった。本来ならリビングに出現したはずだったのに、彼の目の前には山林がそびえている。


(くそ、転移場所を間違ることなんてなかったのに。これもジョニーの影響か?)


 そう思いながらもダンテは建物を探して、建物を探して道に出た。通りに出たダンテは愕然とする。その町は確かに都会だったけれど、道路はアスファルトで舗装されておらず、土がむき出しになっている。道を歩く紳士は、見慣れないスーツを着ている。何よりも驚かされたのが、古い車種の自動車と、馬車が行きかうありさまだ。


「ハハ、嘘だろ……」


 乾いた笑いを漏らし、近くの店にあったワシントンポストを手に取る。その日付を見て、疑惑が確信に変わる。



 1788年1月23日。


(ヤバイ。ジョニーのせいで俺、時空超えちゃった)



 のちにダンテは語る。あの日ほど僕を恨んだことはないと。



 だけど、落ち込んでいる場合じゃないと考えなおしたダンテは、ワシントンポストを棚に戻して考えた。僕のブーストの影響力が持続しているなら、きっと戻ることもできるはず。そう考えたダンテはすぐさまジャンプした。

 そして見事に現代の魔法使いの家に到着し、ジョヴァンニ先生に事情を話して、すぐにパーティ会場に引き返した。


 二人がステージ裏に転移した時に目にした光景。人狼に変異したクラリスが大暴れしている。クラリスは胸まで氷漬けになっていて、氷から抜け出そうと暴れているのだ。ジンジャーは暴走したクラリスを止めようとして、氷結の能力を使ったのはいいものの、僕のせいで能力が暴走して、クラリスだけじゃなくて、いたるところが氷漬けになっている。

 しかも奥さんまで暴走していて、白トンガリに噛みついてゴクゴクと血を飲んでいる。白トンガリの生存者はすでにいない。

 その様相に一人の女性は震えながら失禁して座り込み、残りの二人は気を失ってしまっている。


「ジョヴァンニ先生助けて! 能力が止まらないの!」


 半泣きでジンジャーが訴える。その光景をみたジョヴァンニ先生は一言、「これはひどい」と言って封印を発動した。


 ジョヴァンニ先生の封印が発動された瞬間、波紋のように穏やかな風が僕達にも降り注いだ。僕のすぐそばで、院長先生がグッタリしたように肩を落とす。


「アブねぇ、ギリギリだった」

「俺もう目が痛い」

「ジョヴァンニ先生の方がジョニーより強いみたいで、マジでよかった」


 院長先生は能力を抑制するのに疲れ果て、カストはレントゲン的透視を越えて世界のすべてが視界に飛び込んできて、イアンはあらゆる物の所在を示すマップでアタマが割れそうになっていて。

 そんな事とは露知らず、僕がステージの方に駆けだそうとした時、ステージの緞帳の裏から奥さんが姿を現した。そして奥さんがこちらにVサインを送る。それでなんとかなったんだとわかって、僕は駆けだすのをやめた。

 だけど、状況を把握できていない白トンガリのリーダーは、今度はソロモンさんに銃を向けた。


「魔法使いとは笑わせる。魔法使いというのなら、魔法でも使って見せろ」


 そしてリーダーがためらうことなく引き金を引く。連続的な銃声の後に倒れこんだのは、ソロモンさんをかばった院長先生だった。

 院長先生が撃たれて、マチルダはパニックになって泣き出した。僕達もソロモンさんも慌てて院長先生の元に駆け寄る。


「院長先生!」

「ジェズアルド理事長!」

「やだ、院長先生死なないで!」


 ソロモンさんが院長先生を抱き起して、本当に申し訳なさそうに覗き込む。院長先生はすでに意識を手放していて、グッタリと力なく横たわっていた。その様子を見てソロモンさんの目には怒りの業火が灯ったみたいだけど、僕たちは気づいてしまった。

 院長先生の出血が止まっている。これ、死んだふりだ。だけど、多分これはチャンスなんだ。

 僕たちは敬愛する院長先生を失った子どもの顔をして、すっくと立ちあがった。そして僕たちはリーダーに言った。


「今お前らが殺したのは、白人の資産家だ」

「俺たちの後見人で、養親でもある。そして院長先生は政府とも繋がりがあって、有力なコネクションを持っている」

「見限られるのはお前たちの方だよ。白人の実業家を殺したネオナチが、これから台頭するなんて無理だよ」



 そしてイアンが笑いながら携帯電話を掲げた。


「俺は今の映像を、ずっとネット配信してたんだ。世界的に有名なハリウッド女優をレイプしようとした映像も、子どもに銃を向けた映像も、すべて世界に配信されてる。現在進行形でね。今頃ホテルの外には、警察も報道陣も山ほど詰めかけてる」


 そしてソロモンさんが言った。


「最初から分かっていたはずだ。君たちはただの捨て駒だ。君たちに未来などない」


 白トンガリ達は、自分たちが窮地に陥っていると理解してしまったのだろう。そして理解したからこその凶行に出ようと、持っていた銃を取り出し、乱射しようと掲げる。その瞬間に、再びパチンと音が響く。


「ったく、今日は散々だな」


 死んだふりをしていた院長先生が起き上がって、静止した時間の中で動き出す。白トンガリ達が携帯していた銃を取り上げて、一人ずつパーティ客から摺りぬいたネクタイで縛っていく。


「ジョニーのせいで、普段の100倍疲れたぜ。ジョニーは自分の能力の制御も出来ねぇしなぁ」


 淡々と院長先生は銃を奪って、白トンガリを拘束していく。


「ま、引っ掻き回されもしたけど」


 一通り白トンガリを拘束し終わった院長先生は、静止したままの僕の頭を撫でる。


「もう仲間外れにはしねぇよ。お前も魔法使いの子どもだ」

 

 院長先生がパチンと指を弾いた。




 その後警察がやってきて、白トンガリ達は全員逮捕された。この事件でリンクフリーは全国で注目を浴びて、国内では差別撤廃を望む声が多く上がった。ここ最近は毎日、テレビでソロモンさんを見かけない日はない。


 あの日のことは何だか夢みたいで、あれ以来僕も赤い光は見ていない。だけど、ジェズアルド一族の皆の、僕に対する態度が少し変化したのはわかる。皆どこか、以前より僕に寄り添ってくれている気がするし、僕に打ち解けてくれている気がするんだ。

 そして、リヴィオが僕に囁いた。


「やっぱりね。だって僕は、広域テレパシストってだけであって、他人に映像を見せる能力なんてないのに、マチルダ誘拐事件の時はそれができた。やっぱりあれは、君の能力の賜物だったんだ」


 僕の悔恨や闘志、勇気、そういうものがファクターになって引き起こされる、僕のブースト。リヴィオは気づいていた。そしてみんなが、僕を受け入れてくれた。


 僕を、魔法使いの子どもとして。 



登場人物紹介


ソロモン・ノアチャイルド


 43歳、ノアチャイルド銀行頭取。世界長者番付にもランクインしている大富豪。スペイン貴族であるノアチャイルド一族の一家であり、アメリカに拠点を置く分家の当主。妻とは政略結婚したが子どもはいない。

 ハーバード大学、ビジネススクール卒業後、ノアチャイルド銀行に入行。父親の跡を継ぎ頭取となる。

 ノアチャイルド一族は初代の遺言により、長男が家業を継承することが、一族の掟として定められているが、ソロモンには子どもがなく、ソロモン自身も一人っ子なため、アメリカ・ノアチャイルド家はソロモン引退後、分家の親戚が引き継ぐ予定。

 生まれながらのバリバリのセレブで、性格は穏やかで誠実。頭の回転が速く、経済力も政治力も高い、セレブの中のセレブ。




ホルスト・リリエンタール


 44歳。リリエンタール・レイノルズ法律事務所の代表。ドイツ系アメリカ人。顔が大きく体も大きく、髭面で貫録のあるおじさん。得意分野は企業買収と法人の権利関係。アンジェロの顧問弁護士。

 設立時から顧問と顧客の関係だが、友人としても親しい。仲良くなった相手には非常に口が悪く、皮肉と悪口のオンパレードだが、好意の裏返しがバレバレなので憎めないおじさん。妻がソロモンの妻の同級生なので、ソロモンとも付き合いが古い。

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