2-13 白トンガリの強襲 1
僕は全力でチョコレートフォンデュを楽しんだ。そして食べたいだけ食べて、満足してテーブルに戻ったまでは良かったんだけど、僕はテーブルを見た瞬間には絶望に突き落とされた。
なんか美味しそうな肉料理が出てきた。すっごく美味しそうで、すっごく食べたい。だけど、僕の胃が「もうギブアップ」って言ってる。
うわぁぁん、どうしてセーブしておかなかったんだ。こんな立派なメインディッシュを食べる機会なんて、今後あるかどうかもわからないというのに、僕はなんて愚かなんだ。
僕が絶望的な気分で席に着いた瞬間、院長先生と奥さんがパッと入り口の方に顔を向けた。つられて視線をやると、入り口の扉はピタリと閉じていて、その前にホテルマンが立っているだけ。
どうしたのかと思って二人の顔を見ると、二人は真剣な顔をしたまま立ち上がった。
「お前たち、こっちへ」
いきなり院長先生にそんなことを言われて、僕らは意味不明だったけれど、院長先生のいつも以上に真剣な顔をみて素直に立ち上がり、院長先生の後をついて職員用通路の方へ向かう。
ホテルの人が、ここから先へは通せないと院長先生に謝りながら言うけど、院長先生がほとんど強引に進もうとした時、入り口の方が騒がしくなった。
「やめろ!」
「うわっ」
そんな男性の声と共にドアが開いて入ってきたのは、全身を白いガウンでくるんで、頭からもスッポリと白いトンガリマスクで顔を覆ったイロモノ集団。
イロモノ集団はホテルマンを押しのけて入ってきて、パーティ会場にいた人たちは動揺も手伝って集団から距離を取る。
院長先生が「行くぞ」と促し、状況を見てホテルの人も頷き、職員用通路のドアを開けてくれた。
その瞬間、タタタタと連続的な銃声が轟き、シャンデリアのクリスタルガラスが破裂する音が響いた。
「全員動くな。そこのガキどももだ」
僕たちはピタリと静止する。別に無視して逃げてもいい気はする。このドアを抜ければ逃げるのは簡単だ。だけど、僕たちが一斉に逃げだしたら、残った人たちが殺されてしまうんじゃないか。そう考えたら後味が悪くて、逃げる気になれない。
院長先生も少し悩んだ様子だったけど、結局は僕と同じ結論を出したようで(多分大人の事情もあると思う)、ウンザリした顔をして諦めて中に戻る。院長先生はこの事態をいち早く察知できたから、僕たちをさっさと逃がそうとしたようだ。
でも、残念ながら僕たちは逃げることができず、しかもイロモノ集団に目をつけられてしまったようで、集団の何人かが僕たちのところに来て、僕たちは集団の前に連れ出された。
白いトンガリマスクの真ん中に、丸くくり抜かれた目だけが浮かんでいて、その目が僕たちを睨んでいる。全くもって異様なこの集団は、今度はソロモンさんに出てこいという。
最初からそのつもりだったのか、ソロモンさんはすぐに集団の前に出てきて、集団のリーダーに毅然とした態度で言った。
「CCCの皆さん、今日ここで活動する許可は取っているのかい? 私はこの会場を君たちに貸した記憶はないが」
「国を持たぬ金の亡者がよく言うものだ。下劣なユダヤ人が許可を下す立場にいるなどと、勘違いも甚だしい。貴様らのような劣等種族は、我々アーリア人の家畜として存在すればよいのだ」
この人たちはいわゆる白人至上主義、アーリア人至上主義の集団みたいだ。敵対するのはわかるけど、普通パーティに乱入するものかな。アーリア人なら何をしても許されるとでも思っているんだろうか。いくら何でもおかしいと思う。
彼の言い分に僕は気分が悪くなったし、それは僕だけじゃなくて、会場に集まっていた人たちも不満を態度に表す。
「あなた達のような考え方をする人がいるから、この世界から差別がなくならないのよ」
「人種や肌の色に関わらず、全ての人が尊重されるべきだ」
「生卵ぶつけるぞ」
僕がボソッと言った瞬間、白トンガリが一斉に僕を見る。何故一瞬で僕ってバレるんだ。この集団おかしい。そして多分僕は「やらかした」んだと思う。
白トンガリのリーダーがガウンの下からサブマシンガンを取り出すと、それを僕たちにゆっくりと向ける。
「銃を持つ相手に抗議する勇気は褒めてやるが、家畜ごときが図に乗るな」
リーダーは銃を掲げて、天井のシャンデリアを打ち抜く。連続的な銃声と共に、ガラスの破片が上空から降り注ぐ。僕達が頭をかばった瞬間、パチンと指を弾く音が聞こえた。
院長先生が指パッチンすると、降り注ぐガラスは空中で止まり、頭をかばってしゃがみ込む途中の僕ら、シャンデリアから離れようと逃げ惑う人、すべての世界が静止した。
静止した時間の中で、院長先生が奥さんの肩を叩く。時間を取り戻した奥さんは、あたりを見渡して院長先生を見上げた。
「参ったね」
「こうなる前に逃げたかったな」
「ここまで来ちゃったら、巻き込まれるしかないよねぇ」
「今更空間転移も不自然すぎて出来ねぇしなぁ」
「おとなしくして、警察が来るのを待つしかないよね」
「そうだな。とりあえず、負傷者が出ないようにサポートに徹するか」
「そうだねぇ」
相談が終わった院長先生と奥さんは、一先ず降り注ぐガラスと、今にも落下しようとしているシャンデリアを見上げる。
「アレをどうにかするのが先だな」
というわけで、二人は空中に散らばるガラスを拾い集め、シャンデリアの下にいる人たちを離し、落ちそうなシャンデリアをあえて切り離して降ろし、地面接触するくらいの高さに置いておく。
「とりあえず、こんなモンでいいか」
奥さんが頷いて、院長先生が再び指パッチンをした。
パチンと音が聞こえた瞬間、ガシャンと耳を貫く衝撃が響く。そっと目を開けると、シャンデリアが落ちた衝撃でキラキラとガラスが舞っていた。
幸運にも誰一人怪我はしなかったけれど、間近に直径2m近くもあるシャンデリアが落ちてきたという出来事で、僕は心底震えあがってしまった。
僕とマチルダは抱き合って怯えていたけれど、シャンデリア周辺の様子を観察していたダンテやジンジャー達はチラリと院長先生を見上げて、それに院長先生は小さく肩をすくめた。それを見てジンジャーが、僕とマチルダの肩を抱いて下がらせた。
「二人とも、院長先生のそばを離れちゃダメよ。じっとしていて」
僕たちはジンジャーの言葉に何度も頷いて、涙目になりながら院長先生の陰に隠れた。そして僕らが院長先生にしがみついているので、院長先生は目を閉じて空を仰いだ。
(どうしよう。コイツらにしがみつかれたら、時間停止が使えねぇ)
僕たちのせいで能力が制限された院長先生は、割と本気で帰りたくなった。




