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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
23/63

2-12 上流階級の攻防

 串に刺さったバナナを、トロトロと流れ落ちるチョコレートにくぐらせる。甘い匂いが鼻腔をついて、絡みつくチョコレートの光沢が、僕の視線を釘付けにする。


「わぁぁっ」

「うわぁぁ」


 僕たちが完全にチョコレートフォンデュの虜になっていた、ちょうどその頃。




 院長先生がいつもの営業スマイルで、ソロモンさんに微笑みかけた。


「ジョニーのことはどちらから?」


 意訳。情報統制していたはずなのに、外部にこうも早い段階で漏れているのはおかしい。監視でもしていたのか。用があるのはジョニーじゃなくて、俺なんじゃねぇのか?

 ソロモンさんも笑顔で返す。


「風の噂ですよ」


 意訳。私にもWPAには若干のコネクションがありますので。社会的にも注目を浴びそうな事件なのに、外部に一切情報が漏れていないということは、ジェズアルド理事長のお身内だということは察しがつきます。あとはご想像にお任せしますよ。 


「そうですか。こういった団体には以前から興味がおありで?」


 意訳。財団は金の流れが緩いからな。金の流れを攪乱するにはうってつけだ。近頃は米国株価も下落の一途を辿っているし、金融業なんか恐々としているだろう。


「ええ。我々の一族は元々貴族ですので、ノブレスオブリージュですよ」


 意訳。ジェズアルド理事長も慈善事業家ですが、孤児院も学院も非常に優秀な学生が多いようですね。私は金を集めていますが、あなたは人材を集めているのでは? 上流階級の人間が慈善事業で、人材や金を集めるのは、いつの時代も変わりませんよ。


「そういえば、現大統領とも旧知の間柄だとお聞きしました。古いお付き合いなんだとか」


 意訳。新しく大統領になったトランクは、白人至上主義者で不動産王。株価低迷時にはREIT株なんかの不動産株に資金が流れやすい。つまりアンタと大統領は商売敵だ。おまけに白人至上主義とユダヤ人じゃ相性が悪すぎる。立場が悪くなったもんだから、人権団体なんて対抗馬まで作って、大統領を失脚させたいんだろ。


「ええ、初等部からの友人ですよ。最近はお忙しいようで、食事をする機会も持てていませんがね。ジェズアルド理事長も、ペンタゴンの長官と親しくしていらっしゃるとか。ご子息やご息女が優秀でいらっしゃって、方々に顔が利くと評判ですよ」


 意訳。彼は顔も見たくありません。不景気にかこつけて金融政策の締め上げまでするなんて。おまけに貿易摩擦は深刻で、私の被害は甚大です。ペンタゴン長官は左寄りで知られているし、法曹界の人間も左寄りの人間が多い。私に力を貸してもらえませんか。


「おほめにあずかり光栄です。自慢の子ども達ですよ。ジョニー達も成長が楽しみで」


 意訳。知ったことか。俺らを巻き込むな。金の力でどうにかしろよ。人様から預かってる子どもを、こんな下らねぇことで利用しようとするんじゃねぇよ。


「私には子どもがおりませんので、羨ましい限りです。やはり人としての最高の幸せは、子どもを持つことですね」


 意訳。あなたのような方ならわかってくれるかと思いましたが、残念です。ですが、私はあなたの孤児院に融資している銀行に、圧力をかけることもできるんですよ。


「子どもはいいですよ。子どもを支援する団体も検討されては?」


 意訳。残念だったな。俺の孤児院も学院も、一切の融資を受けていない。自己資本比率100%で運営してんだよ。俺は錬金術で貴金属量産できるからな! 金の脅しは俺には効かないんだよ、ザマーミロ。


「そうですね、いいかもしれません。お話しできてよかった。それでは失礼します」

「ええ、こちらこそ。奥様も」


 最後までお互いに営業スマイルだったけど、交渉は決裂。ソロモンさんが立ち去った後、営業スマイルを崩して溜息をついた院長先生に、奥さんが「お疲れ様」と声をかけて、二人でやれやれと椅子に腰かけた。

 そして運ばれてきたメインディッシュ、エゾシカの背肉のポアレを口に運ぶ。


「料理はマジで美味いな。鹿肉って固くて処理が大変なのに、めっちゃ柔らかい」

「いいなぁ、人間は料理食べられて。私は食べるフリして消してるのに」

「その辺吸血鬼は可哀想だよな。こんな美味いモンが食べられないとは」


 精神的に疲労したみたいだけど、美味しい料理というのは人の心を十分に癒してくれる。院長先生は羨ましがる奥さんを尻目に、料理を堪能したのだった。



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