2-10 生卵マン、初めてパーティに行く 1
「おーい、ジョニー! 生卵マーン!」
不覚だ。僕のあだ名が電車男から生卵マンになってしまった。ていうか孤児院の皆には、僕が生卵マンだということが知れ渡ってしまっている。一応外では秘密にしてくれているようだけど、最近の僕は完全に面白がられている。
なぜこんなことになったのかというと、イアンのせいだ。いきさつは不明だけど、生卵事件の主犯が僕だと知ったイアン。僕の写真をコラージュして生卵を持たせ、「僕は差別を許さない。~不屈の生卵マン~ジョニー・マクダレン」て書かれた選挙ポスターみたいなものを作成し、リビングの掲示板に貼ってしまった。
おかげでみんなに知れ渡ってしまって、僕のあだ名は現行生卵マン。イアンのバカ。天才の才能を無駄遣いしないでほしい。
「生卵マン!」
「聞こえてるよ! なんだよもーっ!」
イライラして立ち上がり振り返ると、僕が憤慨しているのが面白かったらしく、ダンテが笑いを堪えながら、僕に一通の手紙を差し出した。
「ぷくく、コレお前宛」
「どうも!」
ブス暮れて手紙を奪うようにもぎ取る僕に、ダンテは一層ツボったらしく、肩を震わせている。くそぅ、むかつく。
僕はイライラしたまま再びソファに腰かけたんだけど、手紙の表を見てイライラが飛んだ。手書きだったんだけど、すごく丁寧な筆致で描かれたカリグラフィ。僕はこんな手紙を受け取る心当たりがなくて、手紙の裏側を見た。
ご丁寧にも封蝋で封がしてある。いよいよ心当たりがない。仕方がないので封蝋を外して、手紙の中身を確認。
ジョニー・マクダレン様
若くも差別撤廃を望む、勇気あるあなたにこの手紙をお送りしています。私たちは「リンクフリー」差別撤廃を推し進める活動をしています。
興味があれば、ぜひ私たちのパーティに足を運んでください。あなたのような若い力を、私たちは必要としています。
リンクフリー代表 ソロモン・ノアチャイルド
なんか変な団体から勧誘された! ていうか外部にも知れ渡ってるじゃん! 誰だよ喋ったの! イアンのバカ!
僕は手紙を握りしめて、怒りでプルプル震えていたんだけど、どうやらその手紙を除いていたらしいダンテとマチルダが、僕の後ろからソファの背を越えてきて隣に座った。
「ジョニー、行くの?」
「参りません」
「怒ってるの?」
「憤りを感じています」
「なんでクイーンズイングリッシュなの?」
「私への不当な扱いに対する抗議です」
「ジョニー落ち着け。BBCのアナウンサーみたいだぞ」
とうとう僕は三角座りになってボソボソ言ってたんだけど、ダンテに宥められてちょっと落ち着いた。マチルダが僕の握っていた手紙をヒョイと攫う。
「ねぇ行くなら私も一緒に行っていい?」
「行かないってば」
「なんで? 私パーティとか行ったことないから、1回行ってみたいな!」
「俺も孤児院や学校のパーティしか出たことないや。他所のはどんな風なんだろうね」
二人の話を聞いて考える。確かに僕も行ったことない。魔法使いの家の設立パーティくらいかも。あのパーティもだいぶブルジョアなパーティだったけど、出席者の半分は子どもだったし、大人のパーティに興味がないわけじゃない。子どもが楽しめるものは少ないかもしれないけれど、興味はある。
「うーん、どうしようかなぁ」
「行こうよ!」
「俺からも院長先生に掛け合ってみるからさ」
ちょっと悩んで、結局僕は「行ってみようかな」という結論を出した。すると二人は大喜びで、僕をグイグイ引っ張ってリビングから連れ出した。
ノックは3回。お返事があってから声をかけること。そしたら、OKの時でもダメの時でも院長先生がドアを開けてくれるので、それまで待つこと。
そうして院長先生のお部屋に入って、僕は手紙を見せた。院長先生はその手紙を見ると「ふぅん」と呟き、顔をあげて僕を見た。
「行きたいのか?」
「うん、マチルダとダンテも」
「お前らも行くなら、他の子ども達も行きたがるだろうな」
「院長先生、ダメ?」
「いや。ちょうど俺もスケジュールが空いてるし、出席は俺が手配してやるから、19時までに参加メンバーをまとめて俺に報告しろ」
「いいの! 院長先生ありがとう!」
僕たちは手を取り合って喜んで、ピョンピョン飛び跳ねながら院長先生の部屋を後にした。
院長先生は僕らが出ていった後、もう一度手紙に視線を移す。
(胡散臭え。あのソロモン・ノアチャイルドが慈善団体ねぇ……)
胡乱げに手紙を眺めると、院長先生は手のひらからパイロキネシスを発動し、手紙はあっという間に燃えて消えた。
クラリスと、ジンジャーと、カストと、イアンと、ダンテと、僕と、マチルダ。そして院長先生と奥さん。あんまり大人数すぎてもいけないということで、9人でやってきたパーティ。
僕もみんなもドレスコードでおめかししている。マチルダは真っ赤なフリフリのドレスが、黒い肌に映えてすごく似合ってる。
「今日のジョニーはカッコイイね」
「マチルダも可愛いよ」
そんなことを言いながら、僕らは大いに浮かれて、手をつないでレッドカーペットを渡った。
会場となっているのは、ワシントンでも有数の5つ星ホテルである、ノアチャイルド・グランドホテル。この団体及びパーティの代表であるソロモン・ノアチャイルドは、ヨーロッパ発祥の財閥で、アメリカに拠点を置く分家の代表らしい。ノアチャイルド家は元々ユダヤ人居住区であるゲットーの出身だったらしいんだけど、商売や金融業で莫大な富を築いた。
戦争の際に情報を有利に使って巨万の富を得たり、ユダヤ人を迫害する国家と敵対する国家に支援したりしていたから、戦争を操る黒幕だとかって噂もある。
今や金融王として名高いノアチャイルド家。財閥が慈善団体を運営することは珍しいことじゃないし、ユダヤ人の家系なら人権問題に関心を持つのも自然なのかも。
パーティは会食形式で、僕たちは指定されたテーブルに腰かける。すぐそばにボーイさんが立って、乾杯用のドリンクを注いだ。
パーティに集まっている人は、そこはかとなく見おぼえのある人もいるので、多分有名人もいる。白人もいるし黒人もいるし、東洋人もいる。この人たちもみんな僕の生卵に興味があるのかな、なんて考えていたら、ステージに人が現れてライトを浴びた。
高そうなスーツを着て、黒髪に白い肌をした40代前半の男の人が立っていた。
「ソロモン・ノアチャイルドだ。今日は集まってくれてありがとう。今夜は楽しんでいってくれ」
どうやらあの男性が主催者らしい。僕がぼうっと見ていると、ソロモンがこっちを見た。
「今日は素敵なお客様を招待しているんだ。ジョニー、こちらへ」
突然呼ばれた僕は「え? え?」と困惑してキョロキョロしてしてしまったけど、院長先生に行って来いと言われたので、椅子を降りてしずしずとステージに上がった。僕がステージに上がると、「よく来てくれたね」とソロモンが手を差し出してくれたので、僕は握手をして院長先生みたいに営業スマイルで笑っておいた。
そしてソロモンはマイクに向かって、とんでもないことを言い出した。
「この小さなヒーローの名前はジョニー。彼の差別反対運動は実に痛快だ。差別的発言をした人に、生卵をぶつけるんだ。信じられる?」
一瞬にして会場は爆笑の渦。僕は恥ずかしくて、この場から消え去りたくて仕方がない。おのれイアンめ。恨む。しばらくは恨む。
ソロモンはクスクスと笑いながら、不貞腐れる僕をなだめる様に肩を叩いた。
「手口はどうあれ、こんなにも幼い彼が、差別と闘おうとしたその勇気は、実に素晴らしいと思う。ジョニーの勇気を、私たちも見習おうじゃないか。生卵に乾杯」
褒められたのはうれしいけど、その乾杯の音頭はなんなの。あぁもうすでに帰りたい。でもごちそうは全部食べてやる。
みんな僕が席に戻るのを拍手で見送ってくれてるけど、笑い方が明らかに面白がってるもん。
「おかえり、生卵マン」
「すっかり有名人だな」
ニヤニヤと声をかけてきたイアンとカストに、僕は前菜の卵焼きを投げつけた。




