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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
20/63

2-9 僕と生卵マン

 アメリカは人種のサラダボウルなんて言われているくらい、色んな人種の人がいる。こんなにたくさん色んな人種の人がいるんだから、いい加減慣れればいいものを、この国は未だに差別が根付いている。

 歴史的には、アメリカ開拓時代に欧州からやってきた白人たちが、インディアン達をつるし上げた時の思想が、未だに残ってるってことみたい。


 僕の学校は基本的にはお上品な学校で、人間的に出来た人の方が遥かに多い。でも、あの食堂の先輩みたいな、残念な人も多少はいる。それで、今クラリスが超ご機嫌ななめ。


 クラリスもそうだけど、強化型のジンジャー、フローラ、ダンテ、ジャンヌのうち、ジャンヌ以外は黒人の混血なんだ。元々強化型は黒人率が割と高いらしくて、というのも、アフリカ系は骨格的に運動能力が最も優れているから、強化型に適してたってことらしい。そんで黒人の血が混じっているわけで、濃淡あるけれど肌が黒いわけだ。

 差別する人はするし、加えて孤児だってことまで言われるもんだから、そりゃぁクラリスがキレるのも頷ける。身体能力でクラリスに勝てる人間なんて、僕はこの孤児院の先生達くらいしか知らないよ。変なこと言う人は、一回クラリスに殴られればいいんだ。


 そこに奥さんがやってきて、クラリスをなだめる。奥さんだって東洋人で、割と差別は受けてると思う。いや、逆に幻想を持たれているかも?

 まぁとにかく奥さんがやってきて、クラリスは奥さんにぼやきだした。


「だってむかつくじゃん。奥さんはイエローでしょ。ムカつかない?」

「うーん、ムカつくっていうか、私の場合は差別される理由が意味不明だから、気にならないかなぁ」


 差別される理由が意味不明って、どういうことだろう。肌の色が違うっていう、決定的な理由があるのに。それこそ僕は意味不明。クラリスもそうだったようで、奥さんに尋ねた。


「有色人種は白人から差別されるものじゃない?」

「世界的にはそうみたいだね。確かに「イエロー! ジャップ!」とか言われることもあるけど、「私は黄色人種で日本人だけど、それがどうしたの?」って感じなのよね」

「えぇ? 明らかに差別されてるのに、どうしてそう思えるの?」

「日本て基本的に日本人しかいない国だからね。人種差別がないし、馴染みがないのよ」

「え!? 日本って差別ないの!?」


 僕らはびっくりして、奥さんのもとに集まる。僕らが話を聞きたがっているのはわかったみたいで、奥さんが続けてくれた。


「正確には、差別はあるのよ。でも、日本人と、それ以外っていう差別の仕方なのよね。白人も黒人も「それ以外」で一括りになってるから、肌の色は関係ないなぁ。日本人じゃないっていう理由で、ハーフやクォーター含め、外国人のほとんどがお客さん扱い。要は、純日本人以外、全員余所者って考え方」

「え、でも同じ東洋人は? 中国とか」

「日本人じゃないから、東洋人も差別しがちだね。ていうか歴史的に中国韓国は仲悪いから、嫌ってる人もまぁまぁいる」

「わぁ、日本の差別って結構シビアだね」

「とはいえ、日本人は表面上はフレンドリーだから、実際に差別的扱いを受けることはないんじゃないかな。まぁ日本語以外話せない人が圧倒的に多いから、言葉の壁の方が差別より苦労するかも」

「日本人って自分の民族大好きなのね」

「あはは、多分自意識過剰なんだと思う」

「じゃぁ奥さんみたいに、日本を出た日本人は差別をどう考えるの?」

「日本には郷に入っては郷に従えって言葉があってね。大体のことはすぐに受け入れちゃう。アメリカも「色んな人がいるなぁ」ってくらいで、慣れれば何も思わない。人種差別のことなんか考えてもいない。てゆーか、そもそも私人間じゃないし」

「……人種どころか生物が違うから、気にならないんだね……」

「結局はそこかな。例えば犬だって色んな犬種あるし、人気とか大型小型色々あるけど、チワワにしてもボルゾイにしても、雑種でも。何を飼っても犬は犬」

「……あぁ、なるほどね。そういうこと」


 差別がないというより、細かく差別はしてないけど、自分トコ以外を排他しているという感じなんだね。差別にもいろいろあるんだな。ていうか、奥さんの考え方って、かなり突き抜けてると思うのは僕だけかな。続けて奥さんがつぶやくように言う。


「まぁ私個人は、血の色が赤ければ、血の詰まった袋の色が何色だろうが、全然関係ないけど」


 その呟きは多分、傍にいた僕とクラリスにしか聞こえてなかったと思う。僕とクラリスは一斉に顔から血の気が引いたけど、奥さんは相変わらずニコニコしていて、クラリスに「差別なんて気にすることないよ」と声をかけたりしていた。

 そうか、奥さんは人間じゃないから、人間のことを食料視点で見ることができるんだ。そりゃ、そう考えたら肌の色なんかどうでもいいよね。奥さんにとって、大事なのは中身。性格じゃなくて血肉の方だけど。

 奥さんが離れた後、僕とクラリスはドッと嫌な汗が出た。


「奥さんの話、聞かなきゃよかったわ」

「奥さんだけ次元が違うよね」

「奥さん見てると、アタシは人間なんだって再確認できるわ」


 クラリスの最後の呟きを、僕は疑問に思って彼女を見上げた。するとクラリスは一層暗い顔をして言った。


「アタシ達の抱えてる差別は、肌の色や孤児ってだけじゃあなくて、もう一つあるのよ」

「もう一つ?」

「アンタ達と違って、アタシ達は神が造った人間じゃない。それがアタシ達の一番大きな違いかもね。アタシなんか狼女だし、自分でも人間か疑わしい時があるしね」

「超能力者は差別されるの?」

「そう。それがわかってるから、院長先生はわざわざ学校まで作って、アタシ達を世間から隠してくれているのよ」

「バレたら嫌われちゃうの?」

「そうね、そんでまた研究所に逆戻りして、実験動物扱いでしょうね」

「えーっ、そんなの酷いよ。クラリスは美人だし足も速くてカッコいいし、ロイドなんてクラリスの大ファンなんだよ。クラリスにそんな酷いことする人がいたら、僕たちが黙ってないよ」


 ついつい僕は憤慨して、何故かクラリスに文句を言うみたいになってしまったけど、クラリスはクスクスと笑って、僕の肩を抱いた。


「ありがと。ジョニー大好きよ」

「僕もクラリスが大好きだから、僕がクラリスを守るよ」

「あはは、頼りにしてる」


 クラリスは愉快そうに笑う。元気は出たみたいで良かったけど、クラリスに悪口を言うような人を見つけたら、生卵でもぶつけてやろうと僕は考えた。


 それから僕は生卵を持ち歩くようになり、差別的発言をする人に陰から「差別反対!」と叫びながら生卵をぶつけるのがマイブームになった。

 学校では「差別バスター生卵マン」の噂が広がり、僕の真似をする人も現れ始めた。生卵マンは一世を風靡したけれど、学校で大問題になって総会も開かれたし、首謀者が僕だということが何故か院長先生にはバレていて、僕はものすっごく怒られた。

 でも院長先生がこう言った。


「俺は立場上お前を叱らないといけないけど、本音では心の底から「よくやった!」と思ってる」

 

 院長先生のこういうところ、僕は結構好きだ。


 その後、生卵マンは成りを潜めることになるけれど、僕の心の中にはずっと、差別と闘う生卵マンがいる。生卵マンは永久に不滅です。

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