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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
1 孤児院「魔法使いの家」
2/63

1-2 マチルダ誘拐事件 1

 その日僕は、人生で一番焦っていた。必死に走って、息が切れて心臓が爆発しそうだった。それでも僕は走るのをやめない。やめちゃいけなかった。息せき切って魔法使いの家に戻った僕は、リビングのドアを乱暴に開けた。


「たいへんたいへーん! 大変なんだ!」


 沈みかけた夕日が、その建物をオレンジ色に染め上げている。ゴシックな調度品が揃えられ、ボルドーの絨毯が敷かれた、VIPも訪れるような別荘。そこには似つかわしくない僕の叫び声。

 喚きながら走る7歳の僕に、15歳のリヴィオが顔を上げた。


「どうしたの?」


 リヴィオの問いかけに、僕は涙目になって彼に縋りついた。


「リヴィオ! 大変なんだ! いんちょーせんせーはまだ帰ってきてないの!?」

「まだだね」


 この時院長先生と奥さんはインドと日本に行くと言って、数日外出していて、まだ戻ってきていなかった。


「じゃぁ、ジョヴァンニ先生は!?」

「さっき買い物に行くって言ってたけど……アリス先生ならいるよ」

「アリス先生じゃダメなんだよーっ!」


 目の見えないリヴィオには、僕の表情はわからない。だが、声からひどく焦燥しているというのはわかったんだろう。


「なにかあったの?」

「マチルダが……」


 マチルダも7歳で、僕と同じ私立ワシントンプレパラトリーアカデミーの普通クラスに通っている。同じクラスの、同じ家で育つ、僕の最初の友達。

 僕は涙声になりながら、マチルダの名前を呼んで、続けた。


「マチルダが、誘拐されちゃったんだー!」


 僕が叫ぶのを聞いて、リヴィオは慌てて起き上がって、この孤児院で生活している先輩全員に連絡した。


(みんな集まって。マチルダが攫われた)


 連絡がジェズアルド一族全員に伝わると、帰宅していた子どもたちが大慌てでリビングに降りてきた。

 あらかた集まったのを感じ取って、リヴィオが僕に尋ねた。


「その時の状況を話せる?」

「うん。今はいんちょーせんせーがいないから、マチルダと二人で、内緒でアイスクリームを食べに行こうとしてたんだ」

「え! ちょっとアンタ達、子どもだけで歩いちゃダメって、あれほど……」

「ごめん、クラリス。今はジョニーの話を聞こう」


 ついつい17歳のお姉さんであるクラリスが口を挟んでしまったが、リヴィオに諌められて口をつぐんだので、僕に続きを促した。


「それで、公園の前にアイス屋さんの屋台が出てて、僕たち二人でアイスを頼んだ。僕はバニラで、マチルダは欲張ってストロベリーとチョコミントの二段の奴。だから僕の方が早く出来たから、僕は先に公園のベンチの所に座ってた。僕はアイスを舐めながらマチルダをぼーっと見てたんだ。やっとマチルダのアイスが出来て、マチルダが2段アイスが崩れないように、ゆっくり僕の方に歩いてきてた。だけど……」


 僕は言葉に詰まって、涙目になる。僕も思い出して怖かった。それを察した16歳のジンジャーが背中を撫でる。それで少し落ち着いて、声を震わせながら続けた。


「公園の外に、すごい勢いで黒い車が停まって、黒い服を着た人が2人降りてきて、マチルダを……」


 そこまで言い終わると、僕は泣き出してしまって、ジンジャーが優しく抱きしめる腕の中でわんわん泣きはじめた。


「僕、怖くて、全然動けなくて。マチルダは助けてって言ったのに、僕なにも……出来なかった!」

「大丈夫よ! あたし達に任せなさい! マチルダは絶対助けるから!」


 僕は自責の念でわんわん泣いてしまったけれど、クラリスがそう啖呵を切って言うと、子ども達みんなで、しっかりと頷いた。 



 11歳のイアンがタブレットを部屋から持ってきた。映し出されるのはアメリカの地図だ。イアンがタッチペンを構え、地図を動かしている。


「移動してるみたいだよ。66号線を通ってる。まだ遠くには行ってない」


 16歳のカストが地図を覗き込む。


「ワシントンDCが国内でも最悪の交通状況って、知らないのかな」

「イアンのダウジングがあれば、どこに行っても逃げられないけどね。変な所に連れて行かれる前に、マチルダを取り戻そう」

「わかった!」


 リヴィオの提案に子どもたちはすっくと立ち上がる。


「僕がテレパシーを中継するから、逐一状況を報告してね。あと、くれぐれも高速道路を壊さないようにね」


 リヴィオが念を押す様にそう言うと、クラリスが「任せて!」と元気よく言って、14歳のダンテに掴まると、子どもたちはその場からパッと姿を消した。


「クラリスはああ言ってたけど、彼女が一番心配なんだよね。また暴走しないといいけど」


 肩をすくめるリヴィオを見て、僕は少し不思議に思ったけれど、苦笑で返した。そんな僕に、リヴィオは僕の手を握って、優しく微笑んだ。


「ジョニー、大丈夫だよ。マチルダのことも、みんなのことも心配だよね。だけど大丈夫。僕が全部教えてあげるから」


 そうしてリヴィオに手を繋がれると、リヴィオのテレパシーで中継されるみんなの様子が、僕の頭の中に流れ出した。



 ダンテの瞬間移動で、高速道路の柱の上にやってきた子どもたち。赤い鉄骨のてっぺんで、イアンが渋滞する車を見て、「あそこ!」と指差す。それは僕の言っていた通り黒いバンだった。


「カスト、見える?」

「うん。マチルダが乗ってる。後ろのトランクに寝かされてるよ!」


 16歳のカストの透視によると、マチルダはその車に乗っていて、怪我などもない様子だった。動かないので、恐らく眠らされているのだろう。


 渋滞は長く続いていて、恐らく数時間は解消されない。今ここでマチルダを助けるために、どうすべきか。

 報告を受けたリヴィオが考えて、15歳のフローラに尋ねた。


(フローラ、怖いかもしれないけど、マチルダを外に引っ張り出せる?)

(うん! 頑張る!)

(念の為、クラリスも付いて行って、フローラとマチルダを守ってあげて)

(わかった!)


 クラリスがフローラをお姫様抱っこして、50メートル下の高速道路まで飛び降りた。クラリスとフローラは渋滞する車の間を縫って、イアンが指差した車へと向かう。そして、黒いバンの後ろに辿り着いた。

 バックミラーに映らないように、二人とも頭を低くする。そしてフローラが恐る恐る車に顔を近づける。すると、鼻先からすぅーっと車を通りぬけた。

 顔を少しだけ車に突っ込んで、フローラは様子を警戒する。トランクにはマチルダが寝かされていて、後部座席と運転席の方に人が乗っている。渋滞でイライラしているのか、低い声で悪態をついていて、フローラには少し怖い。


 だけど、フローラは頑張ると言ったから、勇気を出した。上半身までぐいっと車の中に入れて、なるべく音を立てないように、マチルダをお姫様抱っこする。


(いいよ! クラリス引っ張って!)


 フローラの合図で、クラリスがその怪力でフローラの腰を引っ張ると、マチルダも一緒に透過して出てきた。


 マチルダを助け出せたことに、二人は満面の笑顔で頷く。すぐにダンテが瞬間移動で迎えに来て、マチルダをアリスに見てもらうと言って、別荘に連れて帰った。

 眠っているマチルダを、ダンテがソファに寝かせた。僕はマチルダの寝顔を見て安心してしまって、やっぱりわんわん泣いてしまった。

 だけど、クラリス、ジンジャー、ミカエラ、ジャンヌ、ジェイクはその場に残った。


 それに気付いたリヴィオがテレパシーを送る。


(ねぇ……まさかと思うけど……)

(だって、なんで誘拐したのかはっきりさせなきゃ、また来るかもしれないじゃん)

(そうだけど)

(それに誘拐なんて卑怯臭い真似、俺は許せないね!)


 リヴィオはやれやれと溜息を吐く。


(もう……院長先生に怒られても、知らないからね?)


 闘志に燃える子どもたちは、このリヴィオの重大な忠告を、既に聞いていなかった。


 とりあえず僕はマチルダがさらわれた事で混乱して、何が起きているのか把握できていなかった。

 だけどマチルダが戻ってきて落ち着きを取り戻したと同時に、今僕の目の前と頭の中で起きている出来事が、信じられない気持ちでいっぱいになっていた。だけど、僕が信じようが信じまいが、この出来事は現実に起きていることだ。


 そう思ったとたん、僕は唐突に理解した。


 あぁ、だからこの孤児院は、「魔法使いの家」なのだと。

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