2-6 僕の学校生活 昼休み
お昼休み。僕とジェイクとロイドとマチルダは、いつものように校庭の端っこで遊んでいた。クラスの友達と追いかけっこをして、ヘトヘトになっちゃうんだけど楽しい。
院長先生が、「こうやって遊べるのも子どもの内だけだから、精一杯遊んで来い」といつも言う。僕は自分が子どもじゃなくなることが、今はあんまり想像がつかないんだけど、確かにハイスクールの学年の先輩たちは、僕達みたいに遊具で遊んだりはしていない。大人になると遊ばなくなっちゃうのかな。こんなに楽しいのに? やっぱり僕には想像つかない。
僕たちはギャーギャー言いながら遊んでいたんだけど、遊具の隅っこにある小さな丘の上に視線がいった。その丘の上には一人の少年がいる。彼も英才コースの男の子で、院外の子だ。確か9歳で3年生じゃなかったっけ。
僕はそっと追いかけっこから外れると、うんしょうんしょと丘を登って、彼の背後に回ってみる。彼は僕に背を向けて、黙々と絵を描いている。その絵をそっと後ろから覗き込んでみた。鉛筆で描かれた絵は繊細な筆致で、しかもすごく精巧。校庭にいる生徒のTシャツの柄まで細かく書き込まれている。
僕はウッカリ「うわぁ、すごい!」って声をあげてしまったけど、彼は気にした様子もなく鉛筆を動かしていた。確か彼はこの才能があるから英才コースにいるんだった。名前はトバイアス・モリスだったかな。
僕がそばにいて彼の顔や絵を覗き込んでも、彼はスケッチブックから目を離さず僕には一瞥もくれない。
「えーっと、トバイアスだよね。いつもここで絵をかいてるね」
「……」
やはりなしのつぶて。あー、そうだ。カストが言ってた。彼のこの才能は、病気のせいなんだって。えーっと、えーっと。あ、思い出した。サヴァン症候群だ。
確か自閉症の一種で、環境の適応とか人間関係とかは苦手なんだけど、その代わりに何かの才能が異常発達する病気だ。彼の場合は絵を描くこと。
トバイアスが返事をしないのは、僕に意地悪をしているんじゃなくて、絵を描くのに集中しているせいなんだ。
僕も彼の邪魔をしないように、静かに隣に座って絵を覗き込む。絵の中に僕を見つけた。あとジェイクとロイドとマチルダも。すっごく小さく描かれてるけど、それでも僕達だってわかるくらい。
トバイアスは自分が描いている人間が、どこの誰とか知っているんだろうか。興味はあるんだろうか。できれば僕は彼のことを知りたいし、彼にも知ってほしいなと思う。
「ねぇトバイアス、トビーって呼んでいい?」
改めて話しかけると、彼は突然「うわーっ!」と叫んで、スケッチブックをバンバン地面に叩きつけると、そのまま画材を持って丘を降りてしまった。
うぐぐ、サヴァン症候群、難しい。どう対応するのが正解なんだろう。僕はちょっと悔しい思いをしながら、トビーが置き去りにしたスケッチブックを拾う。
パラパラとめくってみる。校庭で遊ぶ生徒の絵が、毎日描かれている。授業中の絵もある。
トビーは写実画家だ。現実の瞬間をありのままに描き出す。描かれているのは、風景だけじゃなくていつも人物が描かれている。きっとトビーだって、人間に興味がないわけじゃないよね。
僕はそう考えなおして、今度はスケッチブックを返すという口実で、トビーと仲良くなる作戦を立ててワクワクするのだった。




