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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
13/63

2-2 僕の学校生活 2時間目

 休み時間になると、廊下が生徒で溢れかえる。僕たちは素早く自分のロッカーから次の授業のテキストを取り出して、今度は「社会」の時間。僕たちの学年では、社会情勢なんて高度なことはさすがに学んでいない。社会の仕組みとかを公衆道徳を交えて学ぶ。

 社会科の教室に着くと僕はやっぱり窓側の席に座って、ノートを引っ張り出す。社会の授業は今日がプレゼンの日で、誰が当たるかわからないから、みんな授業前は一生懸命シュミレーションをする。今日のテーマは「ワシントンにおける交通渋滞問題の要因について」だ。


 先生がやってきて、僕らを見渡してスリスリと手のひらをこする。僕たちは先生から目を逸らしたり、逆にガン見したりして、緊張しながらその時を待つ。


「そうだなぁ、よし、まずはジェイク」

「うわぁ、マジかぁ」


 ジェイクは自信なさげに立ち上がって前に行く。実はジェイクは読み書きも不十分で、聞いた話は理解できるけど、テキストを読むだけでも、かなりの労力を使う。だから日ごろから、僕たちの数倍勉強を頑張っている。僕はそれを知っているから、小さな声でジェイクにエールを送った。

 それが聞こえたらしいジェイクは笑ってうなずいた。


「じゃぁみんな立って」


 ジェイクに促されて僕たちは立ち上がる。レクリエーション形式でやるのかな。


「じゃぁリオから順番に、時計回りに教室の中を歩いて。みんなは一列になって、リオの後に続いて」


 一番前のリオを先頭に、僕たちは一列になって教室の中をグルグルと歩き回る。ジェイクは何をするつもりなのかと思っていると、僕がジェイクの前に差し掛かったところで、ジェイクが僕の前に腕を差し出した。それで僕は一瞬止まってしまって、後続もピタ、ピタ、と動きを止めたけど、ジェイクの腕はすぐにどかされたから、僕もすぐにまた歩き出した。

 僕の後続もすぐに歩き出したけど、そのさらに後ろはスピードが遅くなって、もっと後ろの方は歩きが止まってしまった。

 どうしてだろう。僕が止まったのは一瞬だったのに、あっという間に渋滞ができてしまった。 


「みんな、ありがとう。戻っていいよ」


 ジェイクの言葉に僕たちは自分の席に戻るけど、口々に「なんで?」「どうして?」とジェイクに質問が飛ぶ。


「止まったのは一瞬なのに、渋滞ができただろ。これは後ろのやつが予測してペースを落としたり、先に止まったりしちゃうのが原因なんだ。ワシントンはただでさえ交通量も多いし、信号なんかでこういうことが起きたら、簡単に渋滞が起きちゃうんだ」

「そーなんだ!」

「知らなった!」

「そんなの教科書に載ってなかったよ! よく知ってるね!」


 みんなの称賛に加え、先生からも笑顔で拍手が送られる。


「ジェイク、よく知ってたな。興味深いプレゼンだったぞ。みんなジェイクに拍手」


 みんなの拍手にちょっと恥ずかしそうにしながら席に戻るジェイクに、「良かったよ」と僕は親指を立てた。

 次は、と先生が僕らを見渡して、僕の隣の席で先生の視線が止まった。


「せっかくだからニューフェイスにも発表してもらおうか。アビゲイル!」


 アビーは顔を覆って、心底ウンザリした様子で立ち上がった。アビーも芸能活動で学校にはほとんど行っていなくて、入学試験の成績は絶望的だったらしい。13歳なのに1年生からやり直せと言われた日のアビーは、ずっと部屋にこもって出てこなかった。でも昨日話したら、「私は台本を覚えるのも得意だったし、すぐにアンタ達なんか追い抜いて飛び級して7年生になってやるわよ!」と言っていたので、あんまり心配はしてない。


 アビーはやっぱりウンザリした顔をして、心底ノリ気じゃなさそうな顔をして話を始めた。


「あー、これは以前女優の先輩から聞いた話よ。先輩は若い頃全然売れてなくて、コールガールもしていたらしいの。と言ってもハーレムにいる立ちんぼとは違うわ。セレブ御用達の高級コールガールよ。その時に知り合ったセレブっていうのが、先代のワシントン市長。ワシントンの交通渋滞の最大要因は、人口が増えたせいで、車や配送サービスが激増したのが一番の原因よ。それでその市長は、「エクストラループ」っていう地下トンネルを作ろうって考えたの。道路を増やせば、必然的に渋滞は解消されるわ」


 アビーの話に、マチルダが言った。


「でも、そんなトンネルないよ!」


 アビーが頷く。


「そう。実際にはそのトンネルは作られなかった。なんでかっていうと、トンネル建設計画に着想したちょうどその時期に、市長の不倫が発覚して失脚しちゃったから。おかげでトンネル計画もパァになって、相変わらずこの町は渋滞に悩んでるってわけ」

「えー! なにそれー!」

「変なの!」

「本当、おかしな話よね。でも政治家ってそういうものらしいわよ。私の話は終わり」


 席に戻るアビーに僕は拍手を送って「面白い話だったよ」と声を掛けたら、「別に」とやっぱり素っ気ない返事が返ってきた。

 でも、本当に興味深い話だった。もし市長の不倫がバレなかったら、今頃トンネルができていたんだろうか。市長を辞めさせられるくらいだから、不倫はきっとすごく悪いことなんだな。とりあえず家に帰ったら、不倫とは何かをジョヴァンニ先生に聞いてみよう。


 それからも僕はドキドキしながら先生に当てられやしないかと待ち構えていたんだけど、結局今日僕は当たらなかった。

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