2-1 僕の学校生活 1時間目
僕たちはいつも朝食を摂ると、魔法使いの家発学校行きの専用バスに乗り込む。今日も運転手のロドリゲスさんは髭がモジャモジャしている。一回触らせてもらったけど、思ったよりも硬くてゴワゴワしていたので、それ以来触ってない。
僕たちを乗せた通学バスは16thストリートを真っ直ぐ北上していって、途中で何人かの生徒を拾って学校に到着する。
私立ワシントンプレパラトリーアカデミーは、元々どこかの大使館だったところを買い上げて作ったらしい。建物自体は大きいけど、学校の規模としてはそんなに大きくはない。普通コースが2クラス、1クラスにつき30人というところ。英才コースとアスリートコースが各1クラスずつで、今のところどちらも10人くらい。
そしてエレメンタリー(つまり初等部)1年生からハイスクールの12年生までの義務教育機関が集約されている、小中高一貫の学園というわけだ。
僕達魔法使いの家のメンバーは普通コースに約半数、残りの半数は英才コースとアスリートコースの大半を占めている。ホント、うちの孤児院の先輩たちって優秀だ。
バスから降りて僕は学校を取り囲む高い塀を見上げる。5メートルもあるコンクリートの塀が学校の周りをぐるっと囲っていて、門の前には常に警備員が2人いる。こういうところはホントに私立というかんじ。
最初はこんなに高い塀はなかったそうなのだけど、開校したてのころ、近所の不良高校の生徒がバイクでやってきて学校を荒らして帰ったことがあるらしい。それで院長先生が「世の中には想像を絶するアホがいるもんだな」と言って、こんなに高い塀を作っちゃったんだとか。今でもその不良高校は伝統的にわが校を目の敵にしているらしいけど、塀と警備員のおかげか学校に乗り込んでくるなんてことはない。
ぼーっとしている僕をマチルダが手を引っ張って行って、学校の門をくぐる。80年位前に建てられたらしい学校は、ナントカって有名なデザイナーさんが作った都市計画の一つ。ワシントンは高層建築物を作っちゃいけないから、この学校も3階建て。ワシントンは時代によって都市計画の建築様式が違うから、色んな時代が異なる建物がたくさんあって、そういうのを見るのも結構楽しいよ。
僕は1年生の1クラスだから1階。英才コースとアスリートコースは別館に教室があるから、リヴィオ達とは玄関でお別れ。
ジェズアルド一族のみんなに「バイバーイ」と手を振って、僕はマチルダとジェイクと一緒に行く。ジェイクはヒーリングを除けば全く普通の少年だから、普通クラスなんだって。
僕たちはそれぞれのロッカーに荷物を置いて、1時間目の教室へ行く。1時間目は「お金」の授業。恐ろしいことに僕の学校では1年生から経済の授業がある。普通は経済のことは学校では教えないけど、日常に根付く大事なことだから、知っておいた方がいいんだって。この前は課外授業で、電子マネーで実際に買い物をする、っていうのをやったりした。
授業内容は大体ルーティーンで決まってて、1日目に先生が授業をして課題を出して、2日目に僕たちがその課題をみんなの前でプレゼンテーションする。方法は何でもよくて、ノートに纏めてきたのを読み上げてもいいし、レクリエーション形式で全員参加型でもいいし、寸劇を始める子もいる。
さすがにここまでのんびりしたスケジュールなのは初等部だけらしいけど、中等部高等部も基本はこのルーティーン。その代わり授業内容とルーティーンの密度が2倍3倍になるらしいけどね。
でもちゃんと理解できていないと、当然プレゼンなんて出来ないわけで。僕らはプレゼンで笑われないために、割と必死こいて勉強してる。
と言った矢先、後ろの席のロイドが、僕の背中をペンでつついてきた。僕は先生の目を盗んでそっと後ろを振り返る。
「どしたの?」
「アスリートコースが出てるよ」
言われて窓から運動場を見ると、確かにアスリートコースが練習をしていた。僕とロイドの会話を聞いて、何人かも窓に視線を送る。
運動場のグラウンドでは、100m走をやっているようだ。今クラウチングスタートの姿勢をとっているのは、今年12年生のクラリスだ。
「やっぱクラリス先輩かっこいいよなぁ」
とロイドがほやぁんとクラリスに見惚れたところで、ピストルの音が鳴った。
「う、わ」
「すごい!」
「速い!」
途端に窓側で起きるどよめき。当然先生も気づいて、眼鏡を外して困ったように眉間を揉んでいる。僕らの年代の子どもが、足の早い人をヒーロー扱いするのは古代からの伝統らしいので、先生もそんなに強く言えないらしい。
もちろん僕らはそんなことは知ったことじゃなくて、窓の外で100mをあっという間に走り切ったクラリスに釘付けになっている。いつの間にやら窓には人だかり。
「やっぱクラリス先輩はすごいねぇ」
「美人だしかっこいいよね」
「あれ、待って、なんか怒られてない?」
マチルダに言われてよく見てみると、コーチがクラリスに何やらガミガミ言っていて、クラリスは不貞腐れてポニーテールの毛先をいじっている。
「100mを5秒で走るなって、何度言ったらわかるんだ! 9秒台でいい感じに頑張った風に走れって言ってるだろ! お前いい加減に手加減てものを覚えろよ!」
「手加減ってどうしたらいいかわかんないし」
「手ェ抜いて適当にプラプラ走ってりゃいいんだよ! アッサリ世界新記録出してんじゃねーよ! つーか出すな!」
アスリートコースのコーチとは思えない説教に、僕らは絶句。ゆっくり走ってなおかついい感じの記録で、なおかついい感じに頑張った演技をしろと。なにその指導。
「遅く走れって怒られてる人、僕初めて見た」
「うん、私も」
「私も」
「やっぱクラリス先輩ってレベルが違うね」
僕たちが落ち着いたところを見計らっていたのか、先生が席に戻れと言って、僕たちは素直に自分の席に戻った。




