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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
1 孤児院「魔法使いの家」
11/63

1-11 僕にとっての本当のアニー

「ねぇ、アンタ達さぁ」


 テレビにかじりつく僕たちに、アビーが問いかける。なんだか嘔吐でもしそうな顔で。


「なんでそんなにアニーが好きなの?」


 そう言われて、僕たちは揃ってアビーに振り返る。アニーを見ているのは、いつだってジェズアルド一族以外の僕達だ。もちろんもう一人のジョニーも含める。

 なぜアニーが好きなのか? そんなのは、はっきり言って愚問だ。みんなは口々にアビーに色々言っているけど、僕は答える気にもなれなくて、アニーに視線を戻した。

 映画版だから原作とは違うけれど、ちょうど画面の中のアニーは、両親の唯一の手掛かりであるイタリアンレストランの前で、毎週金曜日に両親の帰りを待つシーンだった。


「クラリスやイアン達は全然気に留めてないじゃない。どうしてアンタたちは気にするのよ?」

「だって、クラリス達は院長先生がお父さんになってるんからいいんだよ。でも、僕達は本当のパパやママがいるんだよ」

「ママは病気なの。病気が治ったら、きっとジェシカのこと迎えに来てくれるの」


 みんなの訴えを聞き流しながら、僕はそっと足首のミサンガに触れた。ミサンガが切れた時は、願いが叶う時。僕のミサンガは、いつ切れるんだろう。


 子ども達に反論を食らいつつ、何も言わず画面に向かっている僕に、アビーは静かに視線を注いでいた。




「……で、なんでそれを俺に?」

「アンタ超能力者でしょ。どーにかなんないの」

「俺はヒーリングしかできませんけど!?」


 なんやかんやでゲロさせられたジェイクは、とっくにアビーの軍門に下っていた。アビーは仕事柄マスコミなんかが嫌いだったし、基本的に人の秘密を守るので(自分の秘密をばらされたくないからだ)ジェイクも色々吐いてしまったようだ。


「探索はイアンの得意分野なんだ。俺には無理だよ」

「イアン……誰だっけ」

「もっと他人に興味持てよ」

「無理。少なくとも今私はアンタとジョニーしか興味ないから」

「」


 そう言われてしまっては仕方がなく、そして元人気子役の美少女にそう言われて満更でもないジェイク。

 ジョニーから大まかなことは聞いていたので、父親のことはジェイクが自分で調べて、母親のことはイアンに頼んだ。




 数日後。


「ジョニーの親父は今服役中で、もし迎えに来られるとしても5年後の話。母親の方は……」


 言い淀むジェイクに、アビーが顔を覗き込む。それに耐えかねて、ジェイクはアビーに話した。


「そう。どこにいるかはわかったんでしょ?」

「……うん」

「それ、ジョニーは知ってるの?」

「知らないと思う。いつもニュースはみてるけど、こんなことニュースでは言わないから」

「そっか……」


 二人がそんな会話を繰り広げていることなんて全く関知していなかった僕は、毎月恒例になっている訪問をしていた。


 僕が訪れたのは、ハーレムの本当に隅っこの方にあるトレーラーハウス。僕とパパとママが住んでいたところ。貧しかったし、いつもパパは麻薬吸ってたし、ママは酒浸りだったけど、それでも、そんなダメ人間でも、僕にとっては大切だった。

 両親が残してくれたものは、僕には写真くらいしかない。出所した後、パパが僕を迎えに来てくれるのかもわからない。居場所の分からないママが、いつか僕を迎えに来てくれるかもわからない。


 だけど、それでもアニーを見ると、いつかきっと迎えに来てくれるパパとママを、信じて待っていなきゃダメなんだって思うんだ。


 そう思うのは僕だけじゃない。何度も心がくじけそうになるけど、そのたびにアニーを見て、何度も勇気をもらって、今日は会えなかったけど、明日があるって思いたいんだ。

 かしこい人は、僕を見てバカだって笑うかもしれない。だけど僕だって、夢を見たい。アニーみたいに幸せになれなくてもいい、本当に愛されなくてもいい、ただほんの少しだけでも、パパとママにもう一度会って、「可愛い子」ってもう一度笑ってほしいんだ。


 でもわかってる。パパは早くても僕が12歳にならないと会えない。ママは生きてるのか死んでるのかもわからない。それまで僕は、待つしかないんだ。

 パパは出所しても僕を迎えに来てくれないかもしれない。ママは一生会えないかもしれない。だけど、どうせタラレバ話なら、ポジティブなことを考えたいよ。


 アニーは大好きだけど、アニーを見た後は、どうしても憂鬱な気分になる。



 黙々と鉄道模型を作っている僕の隣に、いつものようにマチルダが腰かけた。そして僕の肩に頭を乗っける。


「アニーを見た後は、いつもそうだね」

「……」

「顔、怖いよ」

「……そうかな」


 マチルダの顔を見ると、マチルダは僕のほっぺたをイーっと引っ張る。ほっぺたが痛くてちょっと涙目になった僕に、マチルダはにっこり笑う。


「笑って、ジョニー。私、ジョニーの笑ってる顔が好きだよ」

「うん。僕もマチルダの笑ってる顔が好きだよ」


 なんとか笑顔を作ると、マチルダは嬉しそうに笑って僕にハグをする。マチルダは二度と両親に会えないのに、こんな僕を励ましてくれる。そう思うと、このくらいでくじけそうになっている事が、すごく恥ずかしいことのような気がしてきた。

 マチルダはいつも僕を励ましてくれて、初めて会った時から僕を元気にしてくれた。

 僕もマチルダをハグし返した。


「僕ね、今気づいたよ」

「なにを?」

「僕のアニーはここにいるんだって」

「え? 誰のこと?」


 全然わかっていないらしいマチルダが少し面白くて、僕は少し意地悪をしたくなって、マチルダをハグしたまま「秘密」と答えた。 



 二人の様子を見ていたアビーとジェイクは、苦笑しながら小さく溜息をつく。


「まぁ今は、知らなくていいわよね」

「だね。マチルダがいるから大丈夫だよ」

「そーね」


 二人は小さく微笑む。ジョニーと彼の小さなアニーを祝福するように。どうか彼らが幸せになりますように。

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