表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
1 孤児院「魔法使いの家」
10/63

1-10 僕と憧れのアニー


 僕の通う学校「私立ワシントンプレパラトリーアカデミー」は、他の学校とは少し変わっている。授業のほとんどが口述のプレゼンテーション形式で行われて、課外授業がとても多い。僕たちみたいな初等部から外国語や専門科目があるし、教育水準は中々ハイレベル。それも僕が通う普通コースの話で、イアンやリヴィオ達みたいな天才が通う英才コースは、基礎教育なんてスッ飛ばして、その子の得意分野に合わせた高等教育が最初から施される。クラリス達みたいな強化型の子は頭は普通だけど、身体能力が普通じゃないからアスリートコース。はっきり言って僕の通う学校は、かなり特殊な学校だ。近所の人たちが僕の通う学校のことを「超人学園」って呼んでるのは知っている。


 そんな僕たちは、今日は学校の課外授業でニューヨークに来ている。きらびやかでムサムサした街並みの中で一際目立つその建物の前に来て、僕をはじめとした初めての子ども達は大はしゃぎで写真を連写する。今日もたくさんの「good!」が飛び交うことだろう。

 僕たちはキチンと整列して、クラスごとに学籍番号順に並んで自分の番を待つ。先頭に立つ担任のアラン先生(42歳)がチケットを僕たちに配って、僕たちはそれを係員に見せて半券をもらう。

 そうして中に入った。さすがはアメリカ国内だけでも2000回以上上演されている公演なだけあって、会場はすでに超満員。僕たちは綺麗に隊列を作って、一列ずつ自分の列に入り、順にシートに腰かけていく。真っ赤な緞帳を眺めながら、今か今かとウズウズしつつ、僕たちは静かに開演を待つ。するとどこからか有閑マダムの声。


「あら、今年もWPAの生徒さんが来ているわね」

「あの学校の子ども達は行儀が良くて好感が持てるわ」

「ウチもあの学校に入れればよかったわ」

「私も同じことを思ったわ。転校させようかしら」


 そんな囁きを耳に拾い、一層行儀良くしつつ、僕たちはドヤァと胸を張って居住まいを正す。行儀が良くても僕もまだ子どもなので、褒められたら単純に嬉しくなっちゃって、もっと褒められようとしてしまう。まぁ悪いことじゃないからいいよね。


 そしていよいよステージに明かりがともり、赤毛の女の子が現れて歌い始める。


「Tomorrow,tomorrow,I love ya tomorrow.You're always a day away!」


 僕もみんなも、彼女のキラキラと輝く笑顔、前向きで優しいキャラクター、彼女の力強い歌声と生き方に勇気をもらえる。今日は僕たち、とくに魔法使いの家に住む僕たちが愛してやまないブロードウェイミュージカル「アニー」を見に来ていた。


 アニーのストーリーは、幼いころに捨てられたアニーは孤児院で苦しい生活をしていた。苦しい生活の中でも、アニーはいつか両親が迎えに来てくれるという希望を捨てずに頑張って生きていた。そんなある日大富豪の家に招かれた。大富豪はアニーを気に入って養女にしようと考えるけど、アニーの両親への健気な思いに心を打たれて、アニーの両親探しに懸賞金をかける。お金に釣られた悪党に利用されそうになるけど、本当の両親がすでにいない事を知って、アニーはここまで尽力してくれた大富豪との家族の絆を確かめ、彼の養女となる。ひねくれ者のジェイクいわく、ベタなシンデレラストーリー。

 

 でも、ベタでもなんでも、僕はアニーが大好きだ。映画で見たことは何度もあってストーリーは知っていたけれど、ブロードウェイでこうしてみることができたのが本当に感激で、僕だけじゃなくみーんな大号泣していた。

 公演が終わってからも興奮は冷めやらなくて、僕は同じクラスのマチルダとジェイクとロイドと、ミュージカルホール近くにあるテラスで、アニーについて熱く語り合っていた。

 ジェイクは僕と同じ魔法使いの家のメンバーで、僕より年上なんだけど、僕と同じ初等部普通コースの1年生だ。というのも、彼は事情により教育を受けてこなかったかららしい。ロイドはいわゆる小金持ちの家の子で、まぁ彼は普通の子どもだ。

 4人でアニーがいかに素晴らしい女の子かを語り明かしていると、アラン先生が点呼を始めた。そろそろ移動するようなので、僕たちも順番通りに並んで点呼に答えた。


 僕が返事をした瞬間、少し離れたところで「もう放っておいて!」と女の子の叫ぶ声が小さく聞こえた。僕はその声に反射的に振り向いて声の主を探した。だってあの声は間違いなく、アニーの声だった。僕が見つけたのは赤毛のショートヘアじゃなくて、ミディアムのウェーブがかった栗毛の髪の少女だったけど、僕は気になって先生の目を盗んで列から抜け出した。


「おい、ジョニー!」

「ちょっと、ジョニー!」


 マチルダとロイドが小声で声をかけてきたけれど、僕は聞こえないふりをして、路地の陰に隠れるように滑り込んで消えた、栗毛のアニーを追いかけた。

 


 路地から大通りに出たアニーは、そのまま走って走り続けて、高級住宅街に入って、高層マンションの前に立ち止まった。僕はようやく追いついて、肩で息を切らせていたけれど、アニーがオートロックの自動ドアを開けているのを見て、僕は慌てて滑り込んだ。そしてエレベーターが閉まる直前でドアに手をかけて、なんとか同じエレベーターに滑り込むことができた。

 

 んだけど。


 僕の後をついてきたらしく、ロイドとジェイクとマチルダもゼーゼー言いながらエレベーターに乗ってきた。


「……3人とも、なにしてるの?」

「ハァ、ハァ、何してるのって、それは、ハァハァ、こっちの、セリフだよ」


 息も絶え絶えにマチルダに突っ込まれ、それもそうかと後ろ頭を掻いた。3人は僕を質問攻めにするけれど、とりあえず僕はアニーが気になった。

 アニーは当然のごとく、突然エレベーターに乗り込んできた僕たちを不審そうに見つめている。見たところ12,3歳くらい。目鼻立ちのする、舞台映えする顔をした綺麗な女の子が眉を寄せて睨んでくるのは、中々迫力があった。


「ねぇ、君さ、アニーだよね?」


 僕の質問に、彼女は一層顔をしかめた。


「……それは役名であって私の名前じゃないわ。いくらファンでも、ストーキングは犯罪だって知らないの? 通報するわ」

「わ、ま、待って、違うよ」


 アニーが携帯電話を取り出そうとポケットに突っ込んだ手を僕は慌てて抑えて、更に不審そうにする彼女に、僕は縋るようにこう言った。


「君はアニーが嫌いなの?」


 僕の質問に彼女が吐き捨てるように、「アニーなんて、大っ嫌いよ」と答えたと同時に、チンと子気味良い音が響いて、エレベーターは最上階のフロアに到着した。

 ドアが開くとアニーは僕の手を振り払って、ズンズンとエレベーターを降りていってしまった。一瞬迷ったけど、僕は遠慮なしにアニーの後を追いかけた。そして僕の後を戸惑いながら3人がゾロゾロついてくる。

 アニーは部屋の前まで来て僕たちを見てウンザリした顔をしたけど、少し何かを思案すると、部屋を開けて僕たちを入れてくれた。

 

 アニーの部屋は、映画版で現代風にリメイクされた大富豪の家みたいな、超高級スマートハウスだった。アニーは高級そうな革張りのソファに上着を放り投げて、冷蔵庫から大量に飲み物を抱えて持ってきた。

 ガチャガチャと瓶やグラスを乱暴において、ドクドクと乱暴に注いで、僕たちをアゴでソファに座らせ、そして乱暴に言い放つ。


「どーせ暇なんでしょ。付き合いなさいよ」


 いかにも悪態といった口調でそう言い放つと、アニーは手酌で自分のグラスに注いだワインを一気飲みした。

 僕たちはそんなアニーの様子に困惑して、顔を見合わせた。恐る恐るといった風情でジェイクが尋ねる。


「えーっと、コーラとか、ない?」

「そんなガキくさいもの飲むわけないでしょ。なによアンタ、男のくせに酒も飲めないの?」


 元々ちょっとひねくれ者のジェイクはムキになって、「酒ぐらい飲めるし!」と注がれたワインをぐびっと一口。そしてすごく後味の悪そうな顔をしている。その様子を見てアニーはおかしそうに笑って、今度はなんと煙草を吸い始めた。

 ジェイクはアニーに馬鹿にされて怒っていたけど、僕は、あぁやっぱり笑った顔はアニーだよなぁと思っていた。


 だけど、舞台の上ではあんなにキラキラ輝いていて、僕たちを魅了してやまなかった素敵なアニーが、どうしてこんなに不良少女なのか、僕は気になりだしていた。

 ロイドと僕はは困惑して、お酒とアニーを交互に見ていたけれど、マチルダが「なんか食べ物ある?」と言い出して、アニーが勝手に冷蔵庫を開けていいと言ったので、マチルダは冷蔵庫から勝手に炭酸水(恐らくチェイサーとして用意されていた)とパンチェッタを持ってきた。

 僕たちは炭酸水を飲むことにして、おつまみ代わりにパンチェッタをかじりながら、アニーに色々聞いてみることにした。


「ねぇねぇアニーはさ」

「アニーって呼ばないで! 私にはアビゲイル・デリンジャーって名前がちゃんとあんの!」

「……ごめん」


 強い口調で怒られてちょっとビビったけれども、僕は話を続けた。


「アビゲイル、アビーって呼んでいい?」

「好きにすれば? で、アンタたちは?」

「僕はジョニー」

「私はマチルダだよ」

「俺はジェイク」

「僕はロイド」

「ふーん、ま、どうでもいいわ。どうせすぐに忘れるし。で、なによ?」


 どうでもいいという言葉が胸に突き刺さる。すでに心が折れそうだけど、頑張れ僕。


「アビーの家ってすごくお金持ちなんだね」

「ウチがお金持ちなんじゃないわ。私が稼いでるの」

「えっ、すごいね!」

「当然でしょ。私はブロードウェイの看板スターなんだから」


 やっぱりアニー改めアビーは吐き捨てるように言って、ワインを一気飲みする。


「そっか。お金をたくさん稼げると、こんなに広い家に住めるんだね」

「そうよ。お金が欲しいんなら、アンタたちにもあげるわよ」


 立ち上がったアビーは別の部屋へと消えていき、少しすると戻ってきた。そして僕たちの前に、ボトボトと何かを放り投げた。それは銀行マークの入った帯がしてある、ドルの束。いくつもテーブルの上に落ちてきて、落ちたはずみで帯が切れたドル札が、ばさりと僕の足元に滑り落ちた。

 僕たちはその札束を呆然と見て、ドサリと乱暴にソファに腰かけたアビーにもう一度視線を注いだ。


「こういうことして、パパやママに怒られない?」

「パパはいないし、ママなんか知ったことじゃないわ」

「パパはどうしていないの?」

「離婚したの。もう新しい家庭もあるわ。ママは買い物依存のくそビッチだから、私が何しようとあっちも知らんぷりよ」

「買い物イゾンのクソビッチ……?」


 聞きなれない言葉に首をかしげると、アビーはそれにイライラしたのか、小さく溜息をつく。


「こんなことアンタたちに言ってもわかんないでしょーけどね、子どもってのは親から搾取されるために生きてんのよ」


 アビーの言うとおり、僕にはアビーの言う言葉の意味が十分に理解できなかったけど、代わりにジェイクが答えた。


「うん、わかるよ。俺も親の道具だったから」


 ジェイクの言葉に、アビーは少し嘲笑したように笑う。


「へぇ、アンタが?」

「俺は親父にとって、「金のガチョウ」だったらしいから」

「ふぅん、アンタも「子道具」だったわけね。ちなみに何してたの? 児童ポルノ?」

「そういうのじゃないけど、人には言えないことだね」

「……ふぅーん」


 興味があるのかないのか、曖昧な返事をしたアビーは、今度はブランデーを一気飲みした。

 それを見届けて、今度はマチルダが尋ねた。


「アビーはママのこと嫌いなの?」

「大嫌いよ」

「どうして?」

「自分は毎日私が稼いだ金でブランド物買いあさってお酒飲んで男遊びして、家にもほとんどいないくせに、私には仕事休むなとかスキャンダル起こすなとかうるさいんだもん」

「私、アビーみたいなミュージカルスターになるのに憧れてたんだけど、女優さんって大変なんだね」

「大変なんてもんじゃないわよ。朝から夜まで毎日レッスンで、疲れて帰っても家は真っ暗。学校には行けないし、友達もいない。子役仲間はみんなライバル。高校生や大学生の男の子たちと遊んだりとか、ちょっと子供らしくないことすると、ツイッターではバッシングの嵐でブログは炎上。やってられるかっつーの」

「好きで女優してるんじゃないの?」

「別に。ママの果たせなかった夢を赤ちゃんの頃から押し付けられて、金儲けの道具にされてるだけ」

「女優を辞めたいの?」

「辞めたいわよ。もうウンザリ」


 アビーは仕事やママのことで疲れきってしまって、だからお酒とか煙草とか、素行の悪いことをして気を紛らわせていたんだ。

 だけど、気を紛らわせるなら、他にも趣味とか色々あるのに、どうして悪いことをするのだろう。そんなことをしても、ママも周りの人も、アビーだって誰も幸せになれないのに。でも、僕達はアビーがそういうことをしてしまう気持ちが、わかるんだ。

 アビーを思うと僕は辛くなって、僕はアビーの隣の席に移って、アビーの手を握った。


「ねぇアビー、僕達と友達になろう」

「ハァ? アンタ達みたいなガキと?」

「そりゃ、僕たちは高校生のお兄さんみたいに大人じゃないけど、パパやママがいない寂しさを知ってるよ」

「……バカじゃないの。そんなの私に関係ないし、私は別に寂しくない」

「強がったってわかるよ。本当のアビーはお酒を飲みながら、ママ、私はこんなに悪いことをしているの、叱ってよって思ってる」

「違うわよっ!」


 アビーは僕の手を振りほどいて、バンとテーブルを叩くと勢いよく立ち上がった。


「何なのよ! もういい加減にしてよ! アンタたちに関係ないでしょ! もう出てって!」


 アビーは顔を真っ赤にしていたけど、すぐに顔が青ざめて足が震えだす。


「アビー?」

「うる、さい。早く、出て……」

「アビー!」

「アビー!!」


 アビーはフラフラと膝をついて、その場にどさりと倒れこんだ。



 僕達は慌ててアビーのそばに駆け寄ってアビーをゆすったり呼んだりするけど、アビーに反応はない。苦しそうにしたアビーは大量に嘔吐して、次に失禁もした。手足が細かく震えていて、指先が氷みたいに冷たい。


「どうしよう、アビーが死んじゃう!」

「どうしたの! しっかりしてよ、アビー!」


 一生懸命アビーを励ますロイドと、慌てるあまり泣き出すマチルダ。僕も慌てていたけど、じっとジェイクがアビーを見つめていた。そして僕は、彼が超能力者だということを思い出した。

 ジェイクはジェズアルド一族の人間じゃない。だけど超能力者だ。ジェズアルド一族の人間は、ジェイクのような超能力者を、自分たちとは違う「天然型」と呼んでいた。


 ジェイクはアビーを見つめて、すごく苦しそうな顔をしていた。ジェイクの話を聞いて、ジェイクが何を恐れているのかはわかっているつもりだった。

 ジェイクの力はヒーリングだ。死んでいない限り、どんな病気でも人を治すことができる。もしジェイクの力が他の人に知られてしまったら、きっとまたジェイクは利用される。マチルダやロイドにも怖がられるかもしれない。ジェイクもきっと助けたいと思っている、でもそれが怖いからこんなに苦しそうにしている。

 それでも僕は、ジェイクに頼るしかなかった。


「ジェイク、お願い、アビーを助けて! アビーは、ジェイクじゃないと助けられないんだ!」


 ぎゅっと目をつぶって迷いを振り払ったジェイクは、マチルダとロイドをどかして、アビーの胸のすぐ下にそっと両手を置いた。そしてジェイクが静かに目を閉じると、ジェイクの手のひらから暖かいほのかな光がこぼれる。それと同時にアビーの痙攣は止まり、四肢にも顔にも血の色が戻ってきて、呼吸も落ち着いた。

 そしてジェイクが静かに離れると、アビーがふわりと目を開けた。マチルダとロイドは最初あっけにとられていたけれど、目を覚ましたアビーにすぐに飛びついて、吐瀉物で汚れることなんか気にもしないで、アビーに抱き着いてわんわん泣いていた。  

 ジェイクは静かに僕のところに来ると、こっそり耳打ちした。


「多分大丈夫だと思うけど、一応病院に連れていこう」

「うん、そうだね。芸能人って、やっぱり救急車はダメかな?」

「そうかも。タクシー呼ぶか」


 ようやく落ち着いた僕は自分で言った救急車の存在を、この時ようやく思い出したのだった。アビーは自分で着替えて、大丈夫だと言って聞かなかったけど、僕たちはそれを全無視して無理やりタクシーに押し込んだ。

 結局アビーは体のどこにも異常はなかったけれど(ジェイクが全部治してしまったらしい)、多忙な仕事で疲労が溜まっていたことと、精神的な疲労もあるだろうということで数日入院することになった。


「アビーもたまには休憩した方がいいよ」

「……そーね」

「あ、そうだ。コレ」


 僕はアビーにメモを渡した。記したのは僕たちの名前と、住所と学校の名前と、僕のメールアドレス。


「落ち着いたら連絡してね」

「別にアンタ達に用事なんてないし」


 アビーはぷいっとそっぽを向いてしまったが、そう言いつつ、僕の握らせたメモ紙を、しっかり握っていた。


 そして僕たちは僕達で、さらなる苦難に見舞われた。

 ホテルに戻ってから再度点呼をした時僕たちがいない事に気づいたらしく、学校側では大騒ぎになっていて、夜になってホテルに戻ったところ、どうやら警察にまで捜索願を出していたらしく。しかも院長先生の友達のFBI捜査官のレオナルドさんにまで捜査協力を依頼したらしく。

 僕たちはこっってり絞られ、こっっぴどく叱られ、山のように課題をやらされる羽目になった。



 それからしばらく経って、朝のニュースでアビーが女優業を引退するというニュースが流れた。彼女がアニーでなくなることはとても残念だったけど、アビーがアビーらしく生きられるなら、それが一番いいよね、とマチルダとジェイクと、モーニングをかじりながらニュースを見ていた。

 いつもは一緒に朝食を摂っている院長先生が少し遅れてきて、僕たちの前に現れた時、栗毛色のショートヘアの女の子を連れていた。


「知ってる子もいると思うが、この子はアビゲイル・デリンジャー。今日からここで一緒に生活することになった。みんな仲良くするように」


 アビーはどこか所在なさげに「よろしく」と俯き加減で挨拶をする。僕と目が合うと、途端にプイッと視線をそらした。そんな釣れない態度をとるのは、間違いなくあのアビーだ。


「アビー! 元気そうでよかった!」

「アビー! 会いたかった!」

「あぁもう、なによ! 離しなさいよ!」


 僕とマチルダは全力でアビーに抱き着いていったけど、アビーは終始僕達を鬱陶しそうにした。でも、前みたいに悪態をついたりはしなかった。


「まぁ、ホラ、アンタんとこ孤児院みたいだし。アンタんとこの学校も評判いいみたいだし。ニューヨークから離れたかったし、ちょうどいいと思っただけよ」

「ママはどうしたの?」

「ママはママで精神科に入院してるわよ。あのザマじゃ、いつ退院するかわかんないわね」

「そっかぁ、寂しいね」

「別に。最初から、いるかいないかわからない人だったし……でも」


 アビーが倒れたと聞いて、ママは慌てて病院にやってきた。お酒臭くて、男物の香水の匂いがして、化粧はぐちゃぐちゃで。そんなママにアビーは心底呆れたけれど、ママは般若のような顔をしてベッドの傍まで来て、アビーを抱きしめた。


「こんなになるまで気づかなくて、本当にごめんね」


 そう言ってママは病室でアビーを抱いたまま大泣きして、自分がしっかりしていないのが悪いのだと言い、アビーのことはエージェントと弁護士に託して、自ら精神科に入院することにしたようだ。


「ママもさ、パパ見返してやろうとかさ、色々悩んでたんだなって。で、ついでだしエージェントにワガママ言って女優辞めて、弁護士にお任せでここに来ちゃった。いやー、ここも十分広い大豪邸じゃん。ウチとは毛色が違うけどね」


 そう言って笑う栗毛のアビーは、赤毛のアニーの笑顔よりも、少し大人びた顔で笑っていた。


「ところでさ、私急性アル中で倒れたと思うんだけど、全然なんともなかったんだけど、あの時何が起きたの?」


 アビーの質問に、僕は意図せずジェイクを見てしまって、ジェイクはこっち見んなと視線を追い払う仕草をする。それに気づいたアビーはにやーっと笑って、ジェイクににじり寄る。


「ジェイク、ちょーっとお姉さんとOHANASHIしようか」

「い、いやだ。俺達と話すことなんて、ないんじゃなかったのかよ」

「今はあるのよ。ちょっと顔貸しなさいよ」

「うわ、ちょ、ジョニー! ジョニー! 助けて!」


 アビーに腕を引っ掴まれて、引きずられていくジェイク。ジェイクごめんね、僕は君みたいに人を助ける力はないよ。うん、ほんとゴメン。 

登場人物紹介


アビゲイル・デリンジャー

13歳。ブロードウェイミュージカルの花形興行「アニー」にて主演を務める人気子役。表舞台ではアニーのキャラクターを意識したキャラを演じていたが、裏では飲酒、喫煙、ドラッグ、男遊びなど、荒み切った生活をしていた。幼少から芸能活動をしていたため学校にも行っておらず、学業成績も絶望的。

母親との確執もあり、親子関係はうまくいっておらず、友達もおらず、孤独な少女だったが、ジョニーたちとの出会いをきっかけに、自分らしさを取り戻す決意をした。

相当ツンデレな性格をしているが、本当は母親のことも許してあげられる自分になりたいと思っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ