3章ー3話「会長からの一言」
時計は18時を回っていた。
僕が死んだ魚の目をしながら隅っこのほうでスクワットをしているまりか先生が来た。学校でのジャージ姿ではなくいかにも大人の女性なんだなーと言える格好だった。
「すごい汗だねー。大丈夫?」
僕は無言で頷いてスクワット500回目を終えた。
「もうお兄ちゃんのほうは終わったんだね。じゃあ着替えてくるからちょっと待っててね。」
そのまま女子更衣室に向かった。
この後はまりか先生の元フィジカルトレーニングになるのだ。
鬼の英治さんとは違い優しく丁寧にそしてしっかりインターバルを取ってトレーニンングが進む。
ジャージに着替えたまりか先生が出てきた。
今日の練習メニューを一通り言い渡されから始まるのだ。
パワーアップを目的としたメニューなんだけどとにかくフォームをしっかりと言われそこまで高重量でやっていない。
今日は下半身がメインでバーを肩に担いでスクワット系のトレーニングを3種類、踏み台昇降を100回、行った。
高重量ではなくてもやはりそれなりの重さはあるので結局歯を食いしばってやっている。たださっきのトレーニングとは違い鬼はいなくえくぼと笑顔が素敵な天使がそばにいてくれた。
なんて事を本人に言ってみたら笑いながら即頭部にハイキックが飛んできた。
そういえばこの人も空手有段者だったっけ・・。ってそういう問題ではない。
まりか先生は恥ずかしくなると蹴や突きが出てしまう。
縄跳び、シャドー、鬼のミット、地獄のスパーリング、まりか先生のトレーニング。
これが僕のジムでの過ごし方である。
毎日、毎日この練習が行われいつか僕の夢であるK―1に出れる。そう信じてやっている。いつか必ず・・・。
ちなみに僕がこうやって過ごしている時ジムにはあの2人がいる。
そうしゅんとみきである。
小学生の時僕が格闘技を始めると言った時しゅんとみきは驚きはしたが馬鹿にはしなかった。
二人とも普段僕を馬鹿にする傾向があるけど人の夢やなにか頑張ってることに対しては絶対に中傷しなかった。
僕は万年運動音痴だから格闘家になると言ったら馬鹿にされるかと思ったけど真剣に聞いてくれた。
その後興味本位でジムに付いて来るようになった。
初めは僕の練習する様を隅っこ座っていた。
英治さんとラッキー先輩のスパーリングを見たりとあくまでも見学しているだけだった。
だが次第に勝手に縄跳びを飛び始めたり勝手にグローブはめてサンドバックを叩いたりベンチプレスなどウェイトトレーニングをやりはじめたのである。
月謝を払わないこの2人に対して会長は黙認しており、まりか先生はちゃんとしたフォームじゃないと怪我するとか言って二人を指導した。
また英治さんはその二人をリングに上げミット打ちをやらせていた。
3分1ラウンド方式であるが何故か二人とも真剣にやっていた。更に終わった後も英治さんは二人にキックボクシングの魅力や試合における戦略と戦術について熱く語っていた。
普段まったく先生の話を聞かないみきも英治さんの話だけはしっかり聞いているようだ。英治さんは僕ら3人の兄貴分みたいな感じだった。
「お兄ちゃん嬉しいんだよ。弟が欲しかったから。」
とまりか先生は言う。
たしかにすごい面倒を見てもらっていると思う、キックだけじゃなくてプライベートでも相談に乗ってくれるし。ただ、もしまりか先生が男だったらあるいわ実弟がいたら、いまより少しトレーニングのメニューが楽にならないかなとか思ったりしないわけでも無い。
もちろん口には出さない。
まりか先生のメニューもこなしストレッチをやっていよいよ帰る準備となるがまだ会長と会っていない。用事はなんなんだろう。
事務所に入ったが会長は居なかった。
裏口が開いており出かけてしまったみたいだ。
仕方無いので更衣室に戻って着替えをする事にした。
軽くシャワーを浴びて体を拭いて制服に着替えた。
ぽつぽつと人が増えてきた。大学生の人や社会人の人達だ。
いつも大体入れ替わるようにここで帰るタイミングになる。
先に着替えを済ましていたしゅんとみきに声をかけて帰ろうとした。
英治さんとラッキー先輩、まりか先生に挨拶をしようとジムを見渡したら3人とも一箇所に集まっていた。何しているんだろう。
するとそこには外から帰ってきた会長がいた。あっと思い僕は会長に駆け寄った。
「おお。探していたぞ。」
僕もですよ。背は僕より低いけど肩ががっちりして分厚い拳を持っている。それが会長だ。
「ちょっと外で人と会っててな。」
その口調は少し早口だった。
「実はお前さんに試合の話があってな。」
はぁ。試合ですか。
僕は何度も出ているのでこんなに急いで聞く話でもないなと思った。
で、どこのキックの団体ですか?新空手ですか?それとも別の流派の空手ですか?
「いや・・・。」
会長は目を光らせて僕に言った。
「K―1だよ。」