3章ー2話「先輩」
両拳にバンテージを巻く。
この瞬間がいかにもこれから格闘技をやるんだなという感じがする。
空手とはちがい道着が無いのでこの瞬間にスイッチが入る。
よしやるぞ。
軽くストレッチをして縄跳びを始めた。
入門当時1分で息が上がったこの縄跳びもいまはとりあえず30分は跳べるようになった。
スタミナがついたというより慣れたという感じだ。
10分を超えると汗がにじみ出てきて30分になるともう滝のように汗が出てくる。
その後呼吸を整えながら鏡に向かってシャドーを行った。
これは3分3ラウンドやり間に1分のインターバルがある。
僕はリズムカルのそして性格にパンチやキックを繰り出した。
正面だけでなく体を横にしたりして色々な角度から自分をみた。
シュッ。シュッ。
口から息を吐き風を切るように。
僕は夢中になってシャドーをやった。次第に鏡には僕は映っていなかった。
自分の世界に入り込んでいた。鏡には憧れの選手、魔裟斗を思い浮かべていた。いつか必ず魔裟斗みたいに・・・。
「おいリングに上がれ。」
英治さんの声だ。僕は我に返った。
「ミットやるぞ。グローブとプロテクターはめてリングに上がって。」
英治さんはそう言って先にリングに上がっって行った。
ここでは英治さんがトレーナーも兼任している
。普段はほとんど英治さんで、
自身が試合を控えていたり出稽古で他のジムに行ったりしてるときは会長やラッキー先輩が面倒みてくれている。
現役のしかもチャンピオンに師事出来るといば聞こえは良いが僕は運が良いなどと楽観したことは無い。何故なら英治さんのトレーニングメニューは超が10個つくくらいハードだからである。
ミット打ちは初めはパンチだけ打ち次はキックだけ、最後はパンチとキックのコンビネーションの練習となる。
英治さんのかけ声に合せてバンチをそしてキックを出す。
「ワン・ツー・」
「ワン・ツー・スリー・フォー」
「はいロー・ミドル!」
「ミドル10本!」
こんな具合だ。ちなみにこの10本とは連続して同じ行動をミットに打ち込むわけだが試合が近くなると。
「100本。」
とかいうキチガイみたいに数字を言い渡される。
さらに英治さんのミットは6分行って、30秒のインターバルである。
通常なら先ほどの3分1ラウンドと1分のインターバルなのだが・・・。
さらにたった30秒のインターバルの間も腕立てとかスクワット、腹筋、背筋をやるよう言われている。全く休めないのだ。心から僕は欲した。空気が欲しい。
この鬼のミット打ちは1時間かけつぎは仕上げのスパーリングになる。
スパーリングは実際に相手と闘う練習だがこの時間帯は人が少なく。
僕と英治さんとラッキー先輩しか居なかった。
たまに大人の人が居たりもするけどどの道このジムには僕と同年代の人はいない訳だ。つまり僕はこの二人とスパーリングすることになる。
その道で一人はチャンピオンと言われもう一人はKO率百パーセントの選手達だ。
どう考えても僕が適う相手ではない。
でもそこで気を緩めるようもんなら英治さんのゲキが飛びやる気が無いなら帰れとか言われてしまう。
歯を食いしばって望まなければ行けない。
スパーリングもミット打ち同様6分1ラウンドの30秒インターバルだ。相手は英治さんとラッキー先輩が1ラウンドずつ交互に相手をしてくれる。
手は抜いてくれている。
それは間違いない。
二人が本気を出せば僕は10秒もしないうちに肉の塊になるはずだからである。
それでも僕にとって二人の攻撃は苦痛そのものだった。
まずは英治さん。卓越した足技を駆使し僕は翻弄される
。ローキックをしこたまもらったと思えばいきなりハイキック放たれる。
ガード越しでも十分死ねる威力で頭がクラクラした。
距離を縮められ近づいてボディに膝蹴りを貰い、
体が九の字に折れたところを左アッパーで起こされ、最後に右のストレートを浴びせられ見事にダウン。ちょうど6分が経ち息をハァーハァーさせながら立ち上がった。
インターバル30秒この間も腕立てを言い渡された。
30秒後ラッキー先輩と。
もうフラフラな僕に容赦ないパンチのラッシュ。もはや人間サンドバックである。
後ろから英治さんが、
「回り込め!手を出せ!」
と言っていた。
僕は何とか力を振り絞ってパンチをキックを出すがもはや先ほどのミットで力を使い果たしたのかどの攻撃もスピードが無く威力が乗ってこなかった。
6分後再び英治さんと。
とにかく怖い。強い。痛い。
僕の思考回路は単語しか出なくなってきた。ラッキー先輩からもゲキが飛ぶが、
「好きな女の子の顔を思い出せ!その子にどんどんアタックだ!」
などと言っている。
本気なんだか冗談なんだが。
ただ目の前で構えている人は明らかに本気の眼差しである。
こうして僕のスパーリングは過ぎていく。
英治さんと5ラウンド、ラッキー先輩と5ラウンド。計10ラウンドの1時間である。終わったころ既に意識はこの世に無く来世へと向かっていた。
「よし。じゃああとは腕立て腹筋スクワット500回ずつで上がっていいぞ。」
信じらんないって。