7章ー8話「再び三日月蹴り」
練習日程は昨日とさほど変わらなかった。
体慣らしに周辺を走って立禅を行う。
その後はあの地獄のダッシュ練習。
今日も坂道と合わせて200本となる。
体がきしむ。
まだ慣れるまで時間かかるなぁ。
でも慣れる頃には合宿終っているかも。
このメニューをあの可愛い顔したまりか先生が考えたらしいけど今はその顔も鬼にしか見えない。
よく考えてきれば英治さんの妹だもんな。
兄に良く似ている。
そんな練習が3日、4日と続いた。そろそろ脱走したいという思っているのだろうか、夢は実家に帰る夢ばかりみるような。
夕食の時きいたけどみきとしゅんもそうらしい。
4日もいればあのジムで練習している僕らにも慣れたのか、色々な人が話しかけてくれるようになった。
その中でも特に仲良くなった人とスパーリングする機会も増え、とても勉強になった。
僕がインターバル中プロ志望の練習生の人が英治さんに教えを請おう姿も見えてきた。英治さんもダッシュ練習や僕の練習で疲れているはずなのに嫌な顔一つせず熱心に指導、アドバイスしていた。そして英治さんがその練習生とスパーリングすることになった。
相手は既にプロデビューしており体格は英治さんより一回り大きかった。戦績も3戦3勝3KOと言っており、ジムの中では緊張が走った。
「芳樹、観るのも勉強だ。セコンドに立ってろ。」
そう言い放ってスパーリングが始まった。
相手は始まると同時にスパーリングとは思えない猛攻で突進してきた。
体格に物を言わせてパワーゲームに持ち込もうとしているのだろう。
これはどう対応するんだろう英治さん。
英治さんは相手のパンチやキックをブロク、パーリングと打ち落としていった。
更に左右に回り込み相手を翻弄した。
「ちっ!くそっ!」
相手は攻撃が当たらない事にいらいらしてきあのか攻撃が荒くなってきた。
ガードを下げ右スストレートを放った瞬間、英治さんの伝家の宝刀ハイキックが相手のテンプルに入った。
たった一発。
これがチャンピオンの実力なんだな。
さらにもう一人スパーリングを志願してくるものがいて再び英治さんは相手をすることになった。
今度の相手はパンチで距離をはかり普通の攻撃では英治さんは当たらないと読んだのか組み付こうとしていた。
膝の連打で攻めるのだろう。
あの距離で攻撃されたらさすがに捌く事はできない。
ここは振り払うかあの距離を付き合うしかないだろう。
しかし相手が飛び込んで組み付こうとした瞬間。
そのタイミングの合わせてボディブローを入れた。
相手はものすごい顔になっている。
動きが止まったところでローッキックを放ち相手はその場にうつ伏せで倒れこんでしまった。
圧勝であった。
相手になにもせずダメージをもらうことなく仕留めてしまった。
こんなに強い人なんだ。英治さんって・・・。
スパーが終ると先ほどの二人が挨拶にきて英治さんは笑顔で握手していた。その様子をみていた周りのひともどよめいていた。
「なんだよあのボディ。防ぎようなくね?」
「あのハイキックなんか首折れちゃうよ。」
「ディフェンスもすごかった。あの二人の攻撃を一発も被弾しなかった。」
そのテクニックと威力に圧倒される人もいれば、
「ねぇねぇあの人素敵じゃない?」
「ちょっと格好よくすぎるわよ。」
「あっ私めが合っちゃったかも。」
と女性からの暑い視線も目立った。
さすがです。英治さん。男も女も魅了するその姿、尊敬します。
「俺だったら、秒殺だよ。」
隣のラッキー先輩がメラメラと嫉妬に燃えていた。
英治さんは少し休憩するというここだったので僕は少し自分で復習していた。あんな凄いスパーリング見せられたら体が疼くってもんさ。ちょうどその時会長が来た。
「芳樹、ちょっとそこに立て。」
会長は僕の足を摑んだ。いっいきなり何を?
「だいぶついてきたな。ちょっとこっちに来い。今から蹴りを指導してやる。」
えっ会長が・・・。そういえば英治さんがそんな事いってたな。
僕は隅っこで会長に指導してもらった。
いつもはただ太ももをバシバシ叩くだけだったローキックだったが色々な角度から蹴る方法を教わった。
素早く蹴り続けるムエタイのキックにくらべ会長直伝のローキックは一撃で相手を破壊しそうな蹴りこみ方だった。
「よしその角度で何度も蹴ってみろ。」
ぼくは会長の持つキックミット目掛けて蹴り続けた。その蹴りの音はいつもより重い音になっていた。
「下半身そ徹底的に追い込んでいるからな。それくらいの威力がでて当然だ。まだむしろ序の口。もっともっと強くなるぞ。」
もっと強く。
その言葉に心躍った。
僕の蹴りがもっと強く?
「蹴りは形だけで打つものじゃない。フォームだけだったら素人でもできるんだよ。でもそこに威力を持たせるのが大変なんだ。芳樹、過去にお前が出た試合全て負けてしまったのはなんでだとおもう?」
連敗といえば・・・やっぱり努力不足ですか?あるいは才能かな?
「才能なんて関係ない。それにお前はよく練習している。英治の練習についてこれる高校生なんてそうはいない。お前はそこら辺見込みがある。負け続けたのはただ単に中学生の大会で勝てるだけのテクニックを追求してなかったからだ。子供の大会は皆体が軽く飛び跳ねて試合をしている。それが悪いという訳ではないがそういう子供達は大きくなるにつれ勝てなくなってしまうんだ。」
会長は更に続けた。
「お前が始めてうちに来たとき小学生だったな。あのときK―1に出たいってきたときびっくりした。でもあのときの目を思い出すととても熱い目をしていた。だったらこっちもK―1で通用する選手に育てようとテクニックに捕らわれず体の強い選手に育てようと決めたんだ。根が深い分目が出るのが時間かかるが今ならお前も体で実感できるだろう。」
そういって会長はミットを自分のボディに当てた。
「今なら使えるだろう。ここを目掛けて蹴ってみろ!」
僕は会長の言いつけ通り腰を深く落とした。でも会長のミットの場所は前蹴りかまわし蹴りかどっちで蹴っていいのか・・・。ん?この角度って・・・。とりあえず蹴ってやる!うぉぉお!
どすん!
会長はすこし顔を歪めてにやりと笑った。あっまちがったか・・・?でも今の音結構よかったよ。
「この角度、この威力。名を三日月蹴りという。」
三日月蹴り。前に英冶さんが見せてくれた前蹴りと回し蹴りの中間で蹴るという高度な技じゃないか。
「この蹴りは日本拳法にもムエタイにも無い。やつらと互角以上に渡り合える武器になるだろう。本来前蹴りと回し蹴りを多様してそのフェイントとして使えるのだけど、お前の天性の不器用さがその蹴りの角度になった。その威力で当てられれば並みの高校生なら立っていられないだろう。」
そこまで会長が褒めてくれるものなのか。
普段あまり練習に口を挟まない人なだけに凄い嬉しくなった。
「年寄りがいらぬ知恵を与えてちまったかな。でも油断するなよ。それでも勝てる可能生なんてわからないものなんだから。おっ英治が来た。じゃあそろそろ交代だ。」
そういって会長はジムの外に出て行った。僕は一礼をしてその背中を見送った。
「良かったな。良い練習になっただろ。」
はい!
もう何かすごい自信になりました。なんか必殺技みたいなものまであるし。
「必殺技ってより芳樹は普段から三日月蹴り使ってたんだけどな。足腰がしっかりしてからちゃんと練習させようってなっていたから。」
なんか人が悪いなー。
そうと分かってれば中学時代の連敗とかも気にしなかったのになぁ。
それにしても会長からももっと早く教わりかったですよ。
「ん?あぁ。多分もっと早く会長に教わっていたら。芳樹壊れてたと思うぞ。あの人常識無い人だから。」
英治さんの目はとても厳しかった。




