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ELEMENT 2016春号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「花祭り」
5/17

花の宴~初恋~(作:marron)

八幡宮から学校までの道には、両側に桜が植えられていた。



桜の木々は春になると一斉に花をつけ、その通りはさくら横ちょうと呼ばれている。

学校帰りの子どもたちが歓声をあげて駆け抜けていく。

学校の校庭のような騒がしさと、街の大人が行きかう陽気さを併せ持った、不思議な空間。

桜並木に守られて、そこは閉じられた花の世界。

子どもの帰る夕暮れをとうに過ぎ、八幡様も灯が入る。

横ちょうの店や家々には明かりがともり、春だけの淡い色の屋根が紺色の空にぼんやりと浮かび上がる。


春の宵、花の宴。

あたたかな夕餉の香りが漂う、そのさくら横ちょうを眺める少年がいた。

桜の天井を仰ぎながら現れて、玄関脇の桜の木の陰から、静かに首を傾げて行きかう人々を眺めている。


くっきりと、霞んで見せる花ざかり。

子どもはもう、とうに帰った時間。

横ちょうを歩く大人たちの中に、1人だけ少女が歩いてくるのが見える。

少年はその少女を見つけると、静かに息を吸い込んだ。

木の陰からそっと淡い視線で見つめる。



桜の中、少女は三味線を抱えて歩く。

三味線の赤い花模様の長袋と、少女の唇の赤さが、淡い桜にピリと引き立つ。

ピンと背中を伸ばしたその姿は、凛と美しい。白足袋の足元、草履が静かに花びらを踏みしめる。

昼間に見る、その少女の姿とは違う、夕暮れ時の姿を見られるのは、さくら横ちょうの木の陰から見ている少年だけ。

少年は少女を目で追う。

そのピリとした紅い美しさを眼の中に映しこむように、閉じ込めるように、声もかけず静かに。


学校の帰り道とは違う色の、さくら横ちょう。


彼女はいつも友だちに囲まれて、華やかな着物で装って、まるで女王のよう。

美しく。

気品と自信に満ち溢れた女王のよう。微笑んで歩く、たくさんの友たちの中で。

しかし、今は一人で三味線を抱えて歩く。さざめき笑う大人の中に紛れて、ともすれば見逃してしまうほどに、まだほんの子どもで。


半時ほどを待てば、少女はまた同じ道を戻る。

あの気高い女王が、時折悔しそうに涙を流して歩く。

肩で切りそろえた揺れる黒髪に、キリりとした泣き顔。

少年は恋い慕う。

胸の辺りが熱くなる。あまりの女王の美しさに目が離せないほどに。

その美しい姿を知るのは、少年だけ。

さくら横ちょうに住む、少年だけ。



春の宵。

あの日を思い出して、青年は桜の天井を見上げる。

もう会うこともないだろう。

美しい、気高い女王はどこへ嫁いで行ったか。座敷にもその姿を見なくなった。

もう会うこともないだろう。

キリりと泣きながら、前を見つめて歩いていた、あの美しい女王に。


春の宵、花の宴。

時は移ろい、少女は大人になる。少年の夢のふるさとに微笑む女王は、もういない。

今日もさくら横ちょうには、淡い涙が散る。

はらはらり、はらり、と。




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参考:加藤周一「羊の歌」

   マチネポエティックもしくは薔薇譜「さくら横ちょう」に寄せて。


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