6.北の村は解放された
「おーい、そこだぁ!」
「そっちじゃない、それはあっちにもっていけ!」
賑やかな喧騒に活気づくその村。
ドラゴンたちと竜飼いの魔族シキの襲撃で大きな被害を受けていたカマームの村では、その復興作業が始まっていた。
あれから一週間。
今ではあの激戦で受けていた傷も癒えて、ロディオやティシリアも、カマームの復興を手伝っている。
「坊主、お前、魔法が使えるんだろう。
だったらもっとこう、素早く上手く建物の修復とかできんもんかね?」
屋根枠にのぼり大槌を打ちつけて、畜舎を直していた大工仕事の似合うガタイのいい中年の男が、遠くから木の柱を抱えて持ってきたロディオに言う。
「魔法ってそんな便利なもんじゃないですよ。
物を壊す手段に使うなら最適ですけど、こんな綿密なモノを造ることには結構、不向きな代物なんですよね。
魔法っていうのは」
「そういうもんなのか?
たしかにどこの村や町でも魔法使いさまが家や建物を建てたっていう話は聞かないな」
「でしょ?
魔法使いなんて、物を壊すしか能のない連中ですよ……」
ボヤキの混じった言葉を吐いて持ってきた建材を置いていく。
「ここでいいんですよね?」
「おお、助かる。
遠くから悪いな。
ちょっくら休んでいくか?
ウチの娘とおっ母がちょうど昼飯を作ってる」
「あ、いいですね。
もう昼ですか?
でも、もう少し働いてきます。
もうひと踏ん張りってところが結構あったんで」
腰に手を当てて背伸びをした。
こうも土木作業をしていると否が応でも腰に来る。
「なんでぇ、付き合いわりぃな。
でもま、お前さんたちのおかげでこの村は生き残れたんだ。
これでも結構感謝してるんだぜ?」
「分かってますよ。
こっちだって、今までの宿代や治療費なんかは全て無料にしてもらってるんです。
それだけの分でもなんとか働いて返しますよ」
「やめてくれや。
そんなに働いてもらったらこっちの食い扶持がすべて年貢で絞り取られちまう。
んで、そうなると最後に残っちまうのがウチの可愛い一人娘ってことになるんだが、お前さんウチの娘を見初めてくれるかい?」
日曜大工の男が飛ばすジョークをロディオはただ苦笑いして返す。
「いや、もう間に合ってるんで……大丈夫です……」
「違いねえっ。
あの賢者さまを怒らせちまうと、またとんだ災難が降りかかってきそうだ」
ガハハと笑い、離れていくロディオに向かかって、またなぁと大きく手を振り上げる。
それにロディオも手で振り返して、ここの村人たちは総じて気が明るいようだと別れ際に思ったりしていた。
「おとーさん! なにバカなこと言ってないで、ご飯だよっ!」
離れた母屋から金属のバケツを木の棒でカンカンと叩くのは男の娘だろう。
父親に似ず、結構可愛い女の子だ。
(厚意を受けとけばよかったかな……)
そんなことを思って、ロディオは農家の一軒から離れていく。
民家と民家の間を挟む高い雑木林の中に隠れた畦道を辿り、ロディオはもと来た道を帰っていた。
「復興は早そうだ」
重かった建材のことも忘れて、足取りの軽くなった身での道すがら、角を曲がったところで出てきたこの村の全体が見渡せる下り坂を下る。
カンカンカンとどこもかしこも普通の生活に戻るための復興作業の音が聞こえていた。
宿屋や教会や道具屋なども、その他全ての世帯の建物も直に被害を受けたところは一切ない。
あるとすれば塀や柵、農道などのインフラ関連、畜舎や畑などの農業関連が主に被害を受けていた個所だが、それも今では大分、修復の目どころが立っている。
「M4級の魔物が九体。
対M5級の上級武具をもった階級職者の魔族が一人……」
改めて自分たちの上げた戦果を振り返ってみると、今更ながら身震いがした。
よくよく考えてみれば、それらの襲撃を受けて村の被害がこの程度ですんだのなら御の字だろう。
普通だったら、たったの一夜で全滅していてもおかしくはないほどの戦力投入の規模にもかかわらず、軽い負傷者が数人いただけで死者・行方不明者は驚愕のゼロだった。
まったく奇跡としか言いようがない。
そう言ったのはこの村の神父だったが、実際、奇跡以外の何物でもなかった。
彼女ら魔族の目的。
ロディオたちの侵入。
偶然的な戦力の拮抗。
悪い意味でもいい意味でも、この村が生きながらえることのできるそれらの条件が揃っていたのだ。
「あれをもう一回やれって言われたら……。
ムリだな!」
あの激動の戦闘を振り返って、ロディオ改めてはそう結論付ける。
四天王の一角だというあの竜飼いの力は凄まじかった。
あんな魔族との相手などは二度とゴメンだ。
それが実のところのロディオの本音だった。
そんなことを考えているとまたあらぬ方角から声が聞こえてきた。
「おーい。そこの木材をこっちのところへ持ってきてくれぇ!」
さっきの所とはまた別の村人の民家だ。
そこでもやはり建材が運び込まれており、日常生活に戻るための作業に追われている。
「これから教会の方に戻りますけど、何か必要なものはありますかっー?」
物はついでだったので口に手を当てて、ロディオは声のした民家へ大声を出した。
それに気づいたのはどうやらその家の家主だったのだろう。
亀裂の入った屋根の上に乗っていた老年の男が、慌てて会釈を返してきた。
「これは勇者さまっ!
そんな畏れ多い。
この村を救っていただいた勇者さまに、これ以上、何かをしていただくわけにはまいりませんっ。
どうか宿屋か。どこか綺麗なお部屋の整った空き家でお休みくださいっ!」
「いいですよ。
ついさっきもちょっとそこの奥の農家の人の所に行ってきところですからっ」
「あのグレブレーの所へですかっ?
あの男、勇者様になにか粗相をいたしませんでしたでしょうか?
分かっているようで何もわかっていないのがあの男の悪いところでして……」
「気のいいおっちゃんでしたよ。
それより、もうお昼の時間のようです。
もしなにも用意してないのでしたら、なにかお弁当でも持ってきましょうか?」
「飛んでもございません!
どうぞ勇者さまこそ、こちらにおいで頂いてお昼をご一緒にお召し上がりになっていってください」
「あ……、いいです、いいです。
ぼくの分はたぶん教会の方で用意されてると思うので、このまま直で帰ります」
「ああ、ああ。
そうですね。
賢者さまのご容態もまだ完全ではないと聞き及んでおります。
この村を救っていただいた賢者さまに寂しい思いをさせるのは本当に酷なことです。
どうか私めのことなどお構いなく、すぐに賢者さまの下にお戻りください」
危険な屋根の上で深々とお辞儀をする老人に慌ててロディオも挨拶を返して、すぐにその場を離れていった。
「ふう、悪い気はしないけど、あそこまで丁寧に扱われると逆に畏まっちゃうんだよな」
村が解放されてからこちら。
ロディオやティシリアに休まる時は余りなかった。
竜飼いたちからの圧倒的な恐怖が消えた村からはすぐに歓声があがり、お祭りムードと言ってもい喜怒哀楽がそこに溢れていた。
しかし、そんな雰囲気も束の間、この村を救ってくれたロディオとティシリアをもてなそうと躍起になった村人たちはすぐに自分たちの置かれた状況を否応もなく見せ付けられることになる。
家々は傷だらけにされ、穀物や家畜は食い荒らされ、他には何も残っていない村人たちは自分たちの今の惨めな現状に有無もなしに引き戻されたのだ。
気付けば、敗戦直後の国民のように、腹を空かせた子供たちは次第に泣き叫び、母親に抱かれた赤子も喚き散らしていた。
それを叱責する父親や母親たちを悲しそうに見つめ、傷ついたロディオたちも、それは想像できていたから、自分たちの今の状態も顧みず、真っ先に村を取り仕切る人物たちとの接触を図った。
この村の村長と教会の神父、道具屋兼魔法使いの女性と村の治安にあたる派遣騎士の班長。
その上役四人とロディオたちは相談し、ルイダームを通じてここから南のヨアラハンと東の海街都市エルレーンから復興支援の援助を取り付けることに成功していた。
おかげで今では見る見るうちに復興計画が進んでいる。
順調に道が整備され、全滅だった酪農に必要な家畜たちも分けてもらい、不自由な日常生活の中でも徐々に襲撃前の水準まで生活レベルは戻ってきている。
すれ違いざま、道を掛けていく子供たちを見送ればそれは明らかだった。
ロディオはあの廃村寸前だった姿が嘘の様に活気を取り戻していく村の端々に目を細め、その中心部、教会や宿屋が集まる開けた大通りへと出ていた。
そこを歩いていけば、前までそこがあのドラゴンたちとの激しい主戦場になっていたことが幻想のように思えてくる。
「やあ、勇者さま。
今お帰りで?」
「勇者さま。
支援物資の中で新鮮な食材が届いていましたよ。
どうですか?
今晩いらっしゃいませんか?
腕によりをかけて御馳走を用意いたしますよ」
通りを歩いていけば右と左から次々に声を掛けられていく。
「いいですね。ではまた今度」
などと少し生返事気味に返してしまうのが罪悪感を誘うが、ロディオにしてみてもそんな全ての厚意を受け切れるほど器量などは持ち合わせていなかった。
「勇者ってマジで肩がこるんですけど……」
よくこんなことをみんなはやっているな、と感心しつつ青い衣を翻してロディオは目的地の教会の前にやってきていた。
教会の前では簡易的な災害復興本部の仮設テントが張られている。
そのテントの下ではヨアラハンとエルレーンから派遣されてきたルイダームの僧侶、魔法使い、騎士たちが今後の復興計画について話し合っている。
「やあ、ロディオくん。
いま帰りかい?」
「ええ」
頷くロディオに話しかけてきたのは、テントにいた騎士の一人だった。
「一番の功労者に済まないことをさせてしまったね。
それで村の様子はどうだったのかな?」
ロディオに積み忘れた建材を抱えさせ運んでいくように頼んだのはこの騎士オランドだった。
オランドの腕には金の腕章がある。
それはここに集まる騎士や僧侶たち派遣団の長を意味していた。
「よくなってると思いますよ。
少なくともあの当時の殺伐とした雰囲気は欠片もないですから」
「そうか……」
きもち投げ槍気味に言ったのが堪えたのだろう、騎士は自嘲しながらも表情を少し曇らせる。
「済まないと思っているよ。どんな考えであれ、我々はこの村を見離したようなものだからね……」
騎士長オランドのこれ以上もない悔恨はテントの中にいた誰もに伝播している。
気づけば、そこにいた誰もが顔を伏せ自分の非力さに打ちひしがれていた。
それを見かねてロディオは口を開く。
「いえ、あれは仕方のない判断だったと思います。
二次被害を恐れるのなら、やっぱりドラゴンはこの村に縫いとめておくべきだった。
先輩たちの判断は、あの時の目に見える現状しか把握できなかった僕たちでは絶対に理解できなかった、謳われぬ偉大な勇気だったと……そう思います」
「謳われぬ勇気。
本当に君はそう思うのかね……?」
「はいっ!」
断固としてその思いが嘘ではないことをロディオは真剣な眼差しで証明する。
「ここに住む人たちにも面と向かって、そんなことをそんな真っ直ぐな目でわたし達も言えればな……」
「そんなことを言わないでください。
それに……ドラゴンがいる間、それらを喰い繋がせるための食糧を密かにこの村に投げ入れていたことはちゃんと知っています。
先輩方はちゃんと食べ物の尽きたドラゴンが村人たちを襲わない様に出来る限りの手を尽くしていた」
「だがまさか、竜飼いなどという者までいるなどとは思ってもみなかった……」
「それは言わない約束です。
誰だって、こんなところにあれほどの魔族が出てくるなんて思いもしなかった。
ぼくだって出会ってビックリの罠手箱だったんですから……」
「罠手箱か……」
「ええ。罠手箱です」
二人してくくくと笑う。
「なに笑ってるの?
騎士さまに対して偉そうに」
急に声を掛けてきた方向を見ると、そこには白い衣服に細く袖を通す少女が扉にもたれ掛ってこちらを見ていた。
「ティシリア……」
「ティシリア君……」
まだ気分の優れない様子のティシリアに駆け寄り、その細い体を支える。
「大丈夫なの?」
「そんなに心配しないで。
大丈夫よ。主治医の神父さまからもお墨付きを貰ったわ」
支えを扉からロディオに移して、ゆっくりと歩き出そうとしていた。
「ロディオ君、君はティシリア君を連れてそのまま神父。
神婦ファムの所に戻るといい。
その後、夕餉の時にまたこれからの事を話し合おう」
「これからの事……?」
「君たちはまだ旅を続けるのだろう?
だが今はその傷ついた体を癒す時だ。
だからその休息中にこの村の再興計画だけでなく、君たちのこれからも考えなくてはならない。
いや考えさせてほしい。
これからもまた困難に立ち向かうだろう君たちを支えていきたいのだよ。
私たちは……」
ロディオとティシリアの間を取り持つように肩を掴んで、そう言った真摯な瞳をむける騎士の背後で、村の復興計画を練る他の人々も同様にロディオたちに畏敬の念を込めた視線を送っている。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます……」
深々と会釈をしてロディオとティシリアはその場を後にした。
それを、目を細めて見送り、騎士たちも追われていた復興作業の前進に取り掛かる。
ロディオたちはそんな騎士たちの心も受けとめて神父の下へと歩き出していた。
「神父さまはどこに?」
「今は離れにいらっしゃるわ。
ちょうどわたしの診察が終わったところなの」
解けていた胸元を隠しティシリアはロディオと教会の聖堂から奥の横戸を開け、渡り廊下を抜ける。
ティシリアの言っていた離れは寄宿舎のような建物だった。
それが渡り廊下で寄宿舎の離れと本殿である教会を繋いでいる。
カマーム村教会。
村人たちの心の拠り所であるその教会の、離れは寄宿舎のようでありながらその実、神父の住まい兼診療所といった役割をもっていた。
ロディオたちはその渡り廊下が終わった目の前の扉をあけ、離れの建物の中に入る。
「神父さまはあそこよ」
身体を預けるティシリアを連れながら、診察室の一つを開けるとそこには神父姿の長い髪を纏めた女の人が腰かけていた。
「神父さま……」
ティシリアが声を掛けると、にこやかに神父と呼ばれた女性も立ち上がる。
「あらあら、まあまあ」
そう言って、神父と呼ばれた女性である神父。
神婦ファム・エステファが優しくティシリアを寝台に誘導し腰かけさせる。
「まだちょっと、動くには早すぎだったかもしれませんね」
「そんな、わたしはもう大丈夫ですっ」
「それは主治医である私が決めます。
ティシリアさんにはまず、養生が必要なんですから」
諭すように言ってロディオに視られないようカーテンを閉める。
この世界では女性の神父は珍しくもない。
「もう一度、ちょっと体を診させてもらいますね。
ほら横になって」
「神父さま……」
「服も前を外してください。
……そう、また少し触診しますから」
ゴソゴソと蠢くカーテン生地の向こうに居心地の悪さを感じ、ロディオは戸の方に向かいだした。
「ちょっとぼく、席外してきます……」
「いいですよ。ここに居てください。
その方がティシリアさんも安心でしょう?」
「ぇ? ぁ……はい」
「いえ……、すごく居づらいんで……」
「そんなことを言って。
ティシリアさんのこんな綺麗な身体なんて、勇者さんなら飽きるほどいくらでも見てるでしょう?」
神父のその発言は両人を凍らせた。
「し、神父さま……。わたしたちはまだ……」
「え?」
「すみません。
そういう話、止めてください……」
「あら。あらあらあら」
意外だという反応をしながら、ティシリアの体に患部が無いかを確認していく。
「でもロディオさんは、黒魔術……出来るのでしょう?」
「またその話ですか……?」
「これは重要な話なんです。
特に女の子にとっては……」
「それは学校でも嫌というほど言い聞かされました」
「そうでしょう。
ちなみにあなた以外の同期生の男の子たちで黒魔術や白魔術が使える人はいましたか?」
「男の僕は知りません。
その情報は女子のみにしか開示されませんから」
「ティシリアさん?」
「勇者候補生の中ではロディオだけです……」
「まあ貴重なことを。
ティシリアさんはいい男性をゲットしましたね」
「はい……、みんな……。
女子はみんな、きっと羨ましがってたと思います……」
「ティシリアっ?」
「ロディオは知らないのよ。
なにも……」
若い二人のやり取りを見て、含み笑いを抑える神父は診察を終わらせ、立ち上がってティシリアを起き上がらせる。
「それだけ意識がはっきりしていれば何も問題はありません。
身体のほうも何も異常は見つけられませんでした。
視力、聴力ともに前回のルイダーム在校時に行われていた健康診断のデータの数値まで回復しています。
長時間の巨大な魔法陣構築行使による中枢神経系の後遺症も無さそうですね。
あとは体力をつけて体を丈夫にさせるだけですよ。
お大事にしてください」
閉めていたカーテンをシャッと開け、神父の離れていったた後には白い一つなぎの服のボタンを胸元まで留めようとしているティシリアの姿があった。
「念のため、これからの健康状態は診断医療用紙に記入し、各地のルイダーム支所から本部宛てで送付してください。
できるだけこまめにお願いします。
おそらくあなた方がこの村を離れる頃には診察主治を含めた経過観察による全ての権限が私からルイダーム本校本部に移管されることになるでしょうから」
「神父から本部に移管?」
「そうです。
それだけ、極めて危険なケースだったということです。
私から視ても、当時のティシリアさんの衰弱ぶりは危険を覚えるほどでした」
「そんなに……」
「だからこれからの道中、無理な思考負担のかかる大型の魔法陣構築構成は確実にお勧めしません。
勇者の旅路なのでしょうから、それも難しいだろうとは思いますが。
それに頼った戦闘手段は見直した方がいいでしょう。
ティシリアさんの体を本当に想うのであれば……」
「はい……」
診台に座るティシリアを心配そうに見やるロディオがそっと手を差し伸べる。
そしてその手に掴り、立ち上がるティシリアを見送って神父は最後に付け加えた。
「もっとも、こちらとしてもそれに代わる、あるいはそれを負荷なく行使できる手段を助言、提案は行っていくつもりです。
ティシリアさんやロディオさんのこれからの旅の遂行能力の向上は私たち人類側からしても、すでに最重要なものとなっているのですから」
胸に拳を当て神父ファムは自慢げにロディオたちに向けて胸を張った。
「それから今日の夕食会は作戦会議も含めてここの一階食堂で行います。
昼食についてはこちらで用意したものを個人で摂っていただき、その後、また夜にここへ集まってくださいね」
片目を瞑った神父に言われ、ロディオとティシリアはお辞儀をしながら診察室を後にする。
「なんていうか、砕けた神父さまだね……」
ティシリアをエスコートしながらそれがロディオの感想だった。
その夜、教会の離れの食堂で、カマームの復興に携わるルイダーム派遣の支援員たちが一堂に集って夕食会が催されていた。
「それで君たちはこの村の次はどこを目指そうとしているのかね?」
長机の一席に座っていた騎士長オランドが声を掛ける。
今回の夕食会も兼ねた作戦会議の議題は、どうやらロディオとティシリアの今後の方針についてのようだった。
「取り合えず今は、ここから東の街、海街都市エルレーンに向かおうと思ってます」
「エルレーンか、あそこは海に選ばれし街といっても過言ではない、いい所だ。
これから旅をするにあたり幾つもの航路があそこから伸びているだろう。
うむ、これから先の旅の選択肢の幅も広がる」
「あそこからは君たちのほかの仲間たちも海路からすでに各地に旅立っていった。
もちろんそれ以外にも、あそこにはまだ、目的地を決めかねている子たちも留まっているから思い出話に花を咲かせることもできよう。
旅は楽しい方がいい」
うんうんと頷くオランドの同僚にほかの仲間たちも同意していく。
「それからその竜飼いが落していったという壊れ果てた竜髭の鞭。
名をモーディックといったか。
あの大鞭の処遇が決まった。
ティシリア・フィアンセ。
あの鞭の所有権は君に決まったよ。
あの鞭の鑑定情報をルイダームに登録後、それで公式的に君のモノになる。
よかったな。
これでとりあえず魔法陣構築の負担は幾分減る」
「わたしに……?」
「そうだ。
なんといってもあれはざっと見積もっただけでも物理威力のみで対M4級の威力を秘めている。
しかも柄や鞭部に使われている竜鱗や竜髭も魔力によく馴染むようだ。
引きちぎれて短くなったとはいえその破損していた鞭部も、それでもまだ人間が扱うには十分な長さがある。
それをあの、杖のように長い柄に巻き付けて装飾を整えてやれば、我がヨアラハンの国宝にも見劣りしない仕上がりになるだろう。
実際、本部本校の方ではここを領地として治めるヨアラハンの直轄宝物として所有しようという動きもあったようだ。
それどころか、もう少しでヨアラハンとエルレーンで醜い戦利品の奪い合い寸前にまで発展しそうになっていたという。
そんなことになっては我らも君たちに会わす顔がない。
だから我らの進言もあり、アレは魔族たちを撃退したティシリア君の所有物ということで決着した」
ロディオたちの知らないところでかなりの紆余曲折があったのだろう。
オランドの顔にはこの村での復古計画を練っている時の顔よりも深い皺が眉間に依っている。
「現物はまた、追って君たちに渡すことになるだろう。
真の立役者であるロディオ君には悪いが、君たちへのヨアラハン、ルイダームからの戦闘報酬は以上をもって終了となる」
公式には、この村を救ったのはロディオではなく最後に魔法陣で迎撃魔法を放った賢者ティシリアだという事になっている。
だからロディオもそれを分かった上で頷いた。
「それ以上は無いってことですね?」
「ああ、ルイダーム勇者隊に支払われる月に一度の支度給付金は変わらず。
臨時の特別賞与報酬もないそうだ。
まったくっ、あれだけの仕事をしたのだというのにっ……!」
ロディオたちの代わりに騎士長のオランドは何も変わらない待遇処置に怒りをぶつけてくれる。
「いえ、いいんです。
誰も死なずにあの戦闘を終わらせることができたんですから……」
「しかしっ……」
「それにどうせ、ぼくにはそんな多額のお金があっても使い道がありません。
武器も防具も今の所、連戦に耐えられないほど壊れているわけでもありませんし。
今はこのままで行こうと思ってますから」
「その事なんだが。
これからも君は、あの木の剣やただの布の服や衣だけで旅を続けるつもりかね?」
オランドの急に厳しくなった視線がロディオを貫く。
「そのつもりです」
「しかしそれではあまりに……」
オランドたちの心配は、その心もとない装備の事に費やされている。
「ぼくの初動魔法に一番相性の良かったのが、あの武器や防具ですから。
それ以外ではてんで駄目だったんです。
オランドさんにこの前、渡された鋼でできた剣も、初期初動の魔法のノリを悪化させるだけでした。
それはその時の実習実技を目の前で見守ってくれたあなたにも十分に分かっていただけてると思っています」
ロディオの言葉に、実際その現象を目にしていたオランドも頷くしかない。
見守ていたというよりかはむしろ確認したという方が正しいかったが今となってはどうでもいい。
ロディオの低装備を危惧したオランドは、ルイダーム本校からもロディオの実技成績の情報を取り寄せ、これからの戦闘手法の参考にしようと思っていたのだが、結局、修正・向上できたのはティシリアの魔法行使力のみで、ロディオは現状のままとなっていた。
「きみのその初動魔法は鉄や金属よりも、獣の骨や革、そして木や草の自然材質の方がよく馴染みやすいのだったな」
「金属だってもとを辿れば自然材質の一つですが、一応はその通りです。
正確には獣の素材よりも木などの植物系の材質のものの方が、比べ物にならないぐらいに初期魔法の馴染み方がいいです」
「しかもそれは武器の破壊力に比例しないのだとも聞いた」
「はい。木の杖だろうと木の剣だろうと初動魔法の発揮出力の規模はほとんど同じです。
だから僕に金属系の武器は逆効果なんです。
ただ重いだけで、今の僕には使いこなせない」
「その出力を底上げするには?」
「今の所、木の材質が変わると、出力の規模も変わるようです。
ただ高価な木材であれば確実に出力もあがるという事では無いみたいですけど……」
「そこはやってみないと分からない……か」
「だいたい手に取ってみれば、ある程度はわかるので、それ次第だと思います」
「ふう、君の長所も伸ばそうと思うとなかなか難儀だな……」
「心配をおかけして申し訳ありません……」
「なら当面の君の特訓メニューは二次魔法陣以上の習得ということになるわけだな」
「あ……は、はい。そういうことに……なりますよね。
頑張ります」
観念して頭を下げるロディオの姿に、誰もが自重気味に笑うしかなかった。
それほど今のロディオと彼らには戦闘力の開きがある。
「まあ、いいさ。
さあ食べよう。
料理が覚めてしまう。
ロディオくんたちはあと一週間はここで養生してもらうが、それ以降はすぐにこの村を出発することになるだろう。
みんなそのつもりで、この村の復興に当たってくれ」
オランドの締めくくりの言葉で、厳かだった作戦会議の場は、一瞬で賑やかな夕食の時間へと切り替わってしまった。
ロディオもティシリアもその場に和んで料理を口に運んでいく。
そしてその夕食の帰り。
今まで寄宿舎の生活だったティシリアは、主治医だった神父ファムの許可もあってロディオと共にこの村の北、山際の高台にある一軒の空き家でこれからの短い滞在期間を過ごすことになった。
「ティシリアはもう大丈夫なの?
教会からこんなに離れて」
家の入口の扉を開きロディオがティシリアを先導する。
「大丈夫よ。
神父さまもそうおっしゃってたでしょう?」
ティシリアを支えながらゆくっりと家の中に入ると、そこは綺麗に掃除の行き届いた大間だった。
そこから、目の前には大きな階段があり突き当りの踊り場から二手に分かれて二階へと続いている。
もちろん、一階には食事をするダイニングやキッチン、そしてリビングなどの部屋に繋がる扉がいくつもある。
「ここは元村長さまのお屋敷だったところだそうよ。
それを私たちが暮らしやすいようにすこし間取りとかを改良したみたい」
「復興の最中だっていうのに、そんな余分なことをやっていたのか……」
本当は宿屋を使おうと思っていたのだが、それは結局できなかった。
復興の為の職員や資材を運ぶ行商人たちの為の假宿となっているためだ。
「教会の離れの方もだんだん素泊まりしていく人が増えているもんな」
「神父さまたちもそういう人たちの対応で忙しいし、わたしたちはここでいいんじゃない?」
「いやに楽しそうだね」
「だって旅が始まってから初めての寝泊まりよ。
こういうのって夢じゃない?」
「じゃあまずは寝る所を確認しておかないと……」
そう言ってティシリアを連れると、どうやら寝室は二階にあるようだとティシリアが言った。
その言葉を頼りに二階に上がると寝室らしい扉を一つ見つけた。
ロディオは嫌な予感がしあんがら扉を開けると、それは案の状だった。
「同じ部屋にベッドが二つ……」
怖れていた通りの展開になり、ロディオの顔は引き攣っていた。
しかも二つある内の片方はシングルベッドではなくダブルだった。
「別に普通の宿屋さんに泊まれば、一つの部屋で過ごすことだってあるんだし、今更でしょ」
通常運転とばかりに平静を装うティシリアにロディオは唖然となる。
「普通こういうのって、女子の方が悲鳴を上げるもんじゃないの?」
「じゃあ、言い返しますけど。
こういうのって普通、男の子の方が嬉々として悦ぶものじゃないの?」
ティシリアのあっけらかんとした物言いに流石のロディオも呆れていた。