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5.木の剣の勇者

 移り変わる廃村の景観の中で、高速戦闘を繰り返すロディオとドラゴンブリーダーのシキが放つ魔法と鞭による攻撃と防御の拮抗した均衡の相殺は、互いが互いへの決定打に欠いていることの表れだった。


「とくになんの魔術効果も持たない青い衣、白いただの布の服。そしてただの木の剣、にもかかわらず想定等級、対M1~対M3級の魔級攻撃をここまでことごとく弾くとは、お前本当に人間か?」


 鞭を引き戻し、さらにまとわりつく遠心力を纏わせて烈しい砲火を放つその物理的威力はヨアラハンの城壁さえも容易く穿ち貫通させる威力を自負させる。

 にもかかわらず、それを軽々といなし威力を逃がしにかかるこの子供の魔法扱いは魔族のシキにさえ驚きを抱かせるほどのものだった。


「冗談でしょ。

こんな死と隣り合わせの攻撃、こっちだって死に物狂いで必死になって受け流してるんだ。

正真正銘の人間じゃなければ、とっくに打ち負けて命を持っていかれてるっ!」

「そんな正真正銘の人間だったら、とっくにこの竜髭鞭のかてになっているはずなんだがな。

おかしいなぁ?」

「そういう人間もいるってことで見逃して貰えませんかね?」

「逃すも何も、先にこの領域に侵入はいってきたのは、お前たちだったらうがっ」

「ここは元々は人間の領域だった。

それを襲ったのがあなたたちじゃなかったのかっ?」

「だから退けというおまえの心は腐っているな。

ここはあたしが占領した。

文句があるなら実力でもってあたしをここから退かせるんだな」


 激しく交わされる会話の中、立ち止まった二人の回りにはもはやズタズタとなった景観しか残っていなかった。

 しかしそれでも民家など人が生き残っていそうな所には直撃的な被害は受けていない。


「人の隠れていそうな家々には直撃を避けている……?

それには何か意味があるんですか?

そっち的には……」

「なに生餌が欲しかっただけだ。

竜って生きもんたちは口の中で獲物が動いてくれないと物を呑み込むことができない生き物だ。

だから今も生かしておいてあるのさ。

飼い主も辛いもんさ。こうやって飼い竜たちの面倒に気を遣っているところも見せないと、竜たちの失望を買ってしまう」

「だから、わざわざ最後に好物である人間だけを生かしておいた?」

「違うな。考え方が逆だ。

人間なんていうのは竜や大型の魔物の食糧的観点から見れば、最も好まれない食餌だぞ。

だってそうだろう。

身体は小さいわ。正味部分は少ないわ。下手したら喰い気も起きない脂肪分ばかりだわ。喰ったと思ったらすぐに邪魔な骨や汚い汚物の溜まっている内臓に突き当たる。

まさに小魚で言う雑魚じゃこだな。

そんな味気ないもん、主食が雑穀の生きもんでもないとオカズにもなりやしない。

しかし悲しきかな竜の主食は、赤身の肉だ。

お前ら人間の体じゃ付きの悪い赤身肉なんだよ。

やれやれ、そんな喰い物であって喰い物じゃない代物、いったい誰が好き好んで喰うってんだ?

だからさっさと竜にとって比較的好都合な大型の家畜から先に犠牲になっていただろう。

しかしそれももう枯渇していた。

あとは、おまえたちがもう一歩遅ければ、仕方なしに、この村の二、三棟はあたしの竜たちの腹に納まっていただろうよ」


 投げ輪を振り回すように大鞭で遊び出してシキはロディオに笑いかける。


「魔物にとって人間はそういうだけのものなんだな……」

「どうした? どこか感傷に浸るようなものでも感じたか?」

「いいや別に、そこそこ安心したなってぐらいのもんだよ」

「何が言いたい?」

「そういう人間が逆に魔物の大好物だったら大変な騒ぎじゃないか。

これほどの力の差があるんだ。

攻め込まれればすぐに人間の方は絶滅する」

「絶滅?

本気でそんなことをいってるのか?」

「違うのか?」

「そこは安心しろ。

絶滅する前に保護してやる。

生態系を壊さない程度にだ。

くくっ、お前ら人間もときどきやるだろう。

数が少なくなってきた希少生物を特定領域内で保護してやるんだ。

どうだ? 自分たちがいままで上から目線で野生生物に対して行ってきた手法をいざ自分たちが受けさせられる気分は?」

「最悪だな。人間とそこらの生き物を一緒にするなよ。

人間は人間様だ。

他の雑魚生物と一括りにされることを、この同じ人間が認めない」

「言い切ったな。

やはりお前は清々しいまでの人間だったようだ。

自分で自分たちの数も調節できない愚生が。

その持って生まれた低脳と非力な身体能力を恨むがいい」


 大鞭を地面に激打してシキは往々にして跳びあがった。


「巻き起こす嵐を呑み込めよ! 竜髭鞭モーディックっ!」


 唱えて放ったのは、空中の投げ輪の構えから対地に向かって放つ螺旋に回転する激鞭の嵐。


 それらを木剣に宿した風の嵐で撃ち落とし、しかし殺しきれない周囲を爆ぜていく鞭打の豪雨は暗闇の夕立を想起させた。

 その雨の中を潜り抜け、追ってくる地走りを確認しながらギリギリのかすり傷を増やしていくロディオはティシリアの存在を気にしていた。


 あの時、召喚カードを通して聞こえてきたティシリアの声は迎撃魔法陣の完成まであと五分だと言っていた。


 その為にロディオが稼いだ時間は、よくて三分強。


 残り一分半。


 召喚カードから伝わる現出維持の魔法反応からしてオグリアスの足はまだ止まっていない。

 ティシリアを護るワイトゴーレムの守備力も健在だ。

 竜たちにとっては余程、主が攻めあぐねていることの方が気になる様子なのかティシリアへの攻撃も散漫なもののようだった。


「なんとか行けそうか」


 そう言ったそばから竜鞭の一撃が衣を護る風圧に圧されながらも肩を掠める。


「また外された? お前の魔力は底なしかっ?」


 竜飼いがロディオの集中力がいずれ尽きることを期待していることが分かる。


「あいにく……今までの魔法動作はほぼ直感的な発動魔法なもんでね。

自分の手足を動かすような、そんな単純バカな思考感覚でしか魔法も放っちゃいないのさ」

「バケモノめっ! それが無尽蔵の魔力があることと一緒の意味だというんだぞ!」

「光栄だね。魔族にバケモノだと言われちゃったよ」

「減らず口をぉぉぉっ!」


 鞭を振るい威力を振るい、魔族のシキが周囲の地面に次々と大きな孔跡を穿っていく。


「所構わずと来たか、とはいえそろそろキツイな……」


 魔法の威力も下がってきていたが、実際、それよりも問題なのは木剣を振るう腕力の方だった。

 ルイダーム在校時、ロディオは元々の専行だった魔法学さえもからっきしの成績だったが、極めつけの勇者技能に必要な武道の方面はそれこそ特に最低最悪の成績だった。


「もう少し実戦経験を積むことが出来てれば、ここまでの戦闘中に一、二発ぐらいは決定打を放てたかもしれないんだけど……」


 だがそんな雑魚モンスターで実戦に慣れる前に中ボスはおろか、ほとんど大ボスといってもいい大物の魔族と初戦を飾るハメになってしまった。


「キツ過ぎるなぁ……おれの冒険運……」


 もしこの世界にステータスというものが存在すればロディオのLUKは確実に最低値を踏んでいることだろう。


「それでもまだ手段がある以上は……っ」


 諦めない。


 その不屈なロディオの心が、ついにこの出口の知れない状況に突破口を開く光明を捕まえていた。


「なんだ?」


 ロディオを追うシキが村内の雑木林に隠れる左の空を見た。


 激しい爆裂音の連射とともに青い空に赤い火線の数々が地上から流星雨のように舞い上がり散っていく。


「なんだ? あれは……?」

「やったな……ティシリア……!」

「しまっ、ぐっ……!」


 突然の光景に立ちすくんだシキの一瞬のスキを突いて、風の斬撃に水の鋭い刃も乗せて振り抜く。

 その会心の一撃を咄嗟に辛うじて両手で束ねた竜鞭と長柄で防いでみせたシキを見て、ロディオは改めて自分とシキの身体能力の差を痛感する。


「あれが決定打にならない。

魔族と闘うっていうことはこういう感じになるのか。こりゃ絶望的だ……」


 圧倒的な魔族との瞬発力の差を瞬間的な風魔法の機動補助、防御補助で穴埋めしてきたがそれもそろそろ限界に近い。

 ロディオはシキが体勢を立て直す前に前線を離脱した。

 脚の跳躍に風魔法の単純な威力を噛ませて距離を稼ぎ、急いで赤い火弾の舞い上がる激戦地に向かう。

おそらくそこには迎撃魔法陣の構築に成功したティシリアと白馬オグリアスがいるはずだった。


「見えたっ」


 雑木林や畦道、幾つもの柵や塀を乗り越え辿り着いたのは、円周に散らばりながら様子を伺う巨大な竜に対して、質量的な多重砲火を一斉に浴びせる赤い魔法陣を自分の体から光る円盤のように展開させたティシリア・フィアンセの戦場だった。

 そこに辿り着くと一瞬の凪の隙をついてティシリアとオグリアスの傍らに着地する。

 懐かしい気配を唐突に感じたのか戦神の如き威力を振るっていた少女が戦闘状態を保ったままその手を止めた。


「ロディ……オ……っ?」


 オグリアスに跨ったまま魔法陣を維持させるために魔法色の光が燈る視線の先を竜たちから離さないティシリアが言った。


「間に合ったみたいだね」

「ええ。でもオグリアスが……」


 まるで目が見えていないようなティシリアの動かない視線が知らず自身をここまで守ってくれた白馬を気に掛けている。

 ロディオが見ると白馬オグリアスの足は相当の疲労がたまっているのか重みに耐えきれず小刻みに震えていた。


「こっちも限界か……」


「でももう終わらせる。竜もあと三匹……」


 ティシリアの周囲を伺う残った竜たちのうち、先頭の一匹が突撃兵のように襲いかかってきた。


「動かないで! オグリアス!」


 瞬発的に離れようとしたオグリアスをティシリアは静止させる。

 そしてティシリアを中心として高速に回転し出した光の魔法陣は鮮やかな赤の色を纏い、その赤光の円盤から数多の赤熱した弾丸が発射閃光となって立て続けに放たれる。

 それは怒涛の火術弾道の連射だった。

 標的にされた竜はその圧倒的な火術の集中砲火による被弾の火嵐に突撃していた勢いを完全に殺される。

さらに蜂の巣にされた着弾点から爆炎を巻き起こされれば、その姿を呑み込まれて、遂には最後の巨砲発射によって、一度に膨れ上がった爆炎ごと光の速度でこの大地から姿を消していた。


「あと……二体……」


 完全に戦闘に不向きな手を前面に掲げ、はぁはぁと息を切るティシリアの眼にはまだ魔法が宿っている。

 しかし、仲間の一体が光の彼方に飛ばされた隙を伺って、一匹目の影の後ろに隠れていた二匹目の牙がティシリアの跨るオグリアスを襲った。


「オグリアス!」


 ティシリアの激に今度こそ天高く退避したオグリアスが巨大な魔方陣を維持させたままの少女を乗せて二体目の竜の真横に着地する。


「……ごめんなさい。」


 そして竜に向けられた贖罪の言葉とともに放たれる数え切れない赤熱の砲火は、巨大な次の竜の中心を確実に捉え、その一点を目掛けて、息もできないほどの物量の火力が、この地から標的を消し去ろうと弾幕を張り続ける。

 巻き上がった爆炎の最後にはやはり極大のトドメとなる光の槍が竜を捉え、その体躯を西の彼方へと光速的に掻き消していた。


「……そいつがおまえらの切り札かい? ルイダーム」


 廃屋の影から、大鞭を肩に担ぎ、一部始終を見届けていた竜飼いのシキがロディオたちに近づいてきていた。


「対M5級といったところか。

恐ろしい火術魔法だな。

巨大な二次連立法程式の中にさらに三次直流法程式までをもブチ込んで直結させている。

そんな超高度な精密魔法陣を騎馬に跨りながら、しかも、たったの五分プラスαで構築した?

普通の魔法使いだったら脳の血管の十や二十が吹き出たり千切れているぞ。

まったくルイダームというところはバケモノぞろいかい?」


 また一歩大きく踏み鳴らしたシキの足音に、反射的に最後の対象を定めていたティシリアがビクンと大きく反応した。


「気にしなくていい、ティシリア。魔法陣の維持に努めて」


 小声でオグリアスの脇によるロディオが手を差し伸べ、自分の存在を知らせるようにそっとティシリアの震える顕わになった細い脚部に手を当てる。

 そんなロディオの体温を感じてティシリアはただ黙って頷いた。


「おーおー、見せつけてくれるねぇ。

でもその娘、もはや視えていないんだろう?

目がさ。

最初に魔法陣を構築した時点で緒元入力した対象しか今や感知できないと見た。

つまり、今のその娘に視えているのはあの最後に残るあたしの竜、カイリーだけ。

まったくあたしが今まで手塩にかけて長年掛け合させてきた改良竜が最後に残ったのがたったの一かい。

やってくれたもんだよ。ルイダーム」


 ここにきて軽々と大鞭を振るう体力にロディオは絶望を覚える。


「で? どうすんだい?

肝心の固定砲台娘はあたしを捕捉ロックできない。

その娘の拠り所である頼みの綱のお前も致命傷がないとはいえ満身創痍だ。

極めつけは、そんなお姫様を護る愛馬もボロボロときたもんだが。

ククク。

まぁ、人間にしてはよくやったほうだよ。

いや、上出来すぎるくらいに上出来だ。

あたしの愛竜を八体も排除したんだからな。

誇っていい。

そして誇って死ね。

あたしのこの手で自らが下すっ! お前たちへの引導によってなっ!」


 息を巻き愉悦に浸る竜飼いに最後の一匹である竜が近づいてきた。


「これでそちらの嬢ちゃんにもあたしの位置が予測できるだろう?

コイツはサービスだ。

なかなかに楽しかった戦闘の駄賃だよ」

「そりゃどうも。

でも、まだ俺たちの敗北が決まったわけじゃないっ!」


 ともに二対二。


 互いの戦闘配置は決まった。


 その位置から最後の最終戦闘が始まる。


 それはきっと何かの切っ掛けで始まるのだろう。


 竜飼い側がその切っ掛けを得る前に、ロディオは魔法陣維持の集中力が途切れつつあるティシリアに声を掛けた。


「ティシリア、これがぼくからの最後の命令オーダーだ。

あとはほとんど、運任せになるけど……いいね」


 そう言って白馬の上で展開する巨大な赤い魔法陣の円面に、小さな魔法発動を灯した指先を伸ばして付ける。

 それを読み取ったのだろう。

 ティシリアは遠くを見たまま頷いた。


「……わかった。でも……ほんとにそれでいいの?」

「本当はドラゴンブリーダーの捕捉対置情報まで送り込んでそっちの魔法陣に書き込めればいいんだけど、その為の魔法陣構築技術が今のぼくにはない。だからこれは苦肉の策だ。

きみにばかり負担を掛けて……ごめん」

「困った勇者さま……ね。

でもそんな罪悪感があるなら、そうだ。

じゃあ、もしこれで生き残ることができたら、わたしからのお願い……一つだけきいてくれる?」


 幼馴染からのその意外な言葉にロディオは目を開いた。

 ティシリアからお願いをされるなど今まで一度もない事だったからだ。


「なんだってきくよ。それでお願いって何さ?」

「それはまた後で……生きていないと意味がないもの……」

「……わかった」


 その言葉を最後に覚悟は決まった。


「別れの言葉は済ませたかい?」

「生憎、ぼくとティシリアは別れたりしないよ。

絶対にぼくが彼女を守ってみせるのだから」


 おそらくもう聴力も失いかけてるティシリアを見て言う。


「へえ。

それを堂々と言い切るなんて大したもんだ。

じゃあ訊くがお前さん、その愛しい愛しい娘さんが他の誰かの朽ち老いた黒魔術に染め上げられたらどうするね?」

「黒魔術……っ」

「そうだ。黒魔術だ。

魔法を齧っているお前さんならこの意味が分かるだろう?

ククククク」


 その好奇と共に最後の鞭が打ち放たれた。


「さて始めようかっ!

一世一代の大勝負だぁっ!」


 空に飛び上がったシキが鞭を天高く振り回し始めるのが合図だった。

 ロディオの手がオグリアスに騎乗するティシリアの足にもう一度触れる。


「ティシリア、頼むよ」


 ロディオの声が心に届いたのか目と耳の感覚がなくなったティシリアがそれでも機械的に手を前面に掲げた。


「何をするつもりだっ! 勇者もどき!」

「すぐに分かるさ。すぐに……」


 途端、展開していたティシリアの魔法陣が高速に回転し収束し火器の弾陣を装填する。


「かっは、それで終わったなぁ、勇者もどきっ!」


 だがその直後、大きな隙を見抜き勝ち誇ったシキはすぐにその顔を真逆に歪めた。

 ティシリアの放った重火線は標的だったはずの最後の竜にではなく、全方位にばら撒かれ、それが次々と地面や虚空を貫いたのだ。


「なんだとっ? 弾幕ッ?」


 そう。それは確かに弾幕だった。

 対地対空を視野に入れた全周囲への無差別弾幕。

 その弾幕には、よりにもよって相当の威力が込められており一撃一撃が特に重い。


「近づけさせないための弾幕だとっ?

だがそんなものは短期決戦が勝鬨のお前たちには悪手だったな!」


 決定打を含まないただの攻撃の垂れ流しはそれだけで残存戦力の無駄遣いだった。

 幸い、打ち上げてくる対空砲火も、シキの持つ竜髭鞭であれば凌ぎきれないものではない。


「凌ぎきるぞっ! 勇者ども! その時こそがお前たちの首が飛ぶときだぁっ!」


 空中で鞭を渦巻き状に高速に回し、それを盾にして勢いの衰えていく弾幕砲火が止むのを待つ。

 そして目論見通り、強力な弾幕を受け切る威力で滞空していたシキが、対空砲火の嵐が止んだのを見計らって爆炎の晴れだしたロディオたちの真上まで落下してきたその時だった。


「なに?」


 シキの眼に飛び込んできたのはティシリアの背後を一緒になってオグリアスに騎乗しているロディオだった。

 ロディオは前に座るティシリアの背中にそっとシキのいる方角を指し示すように手の平を当てていた。


「なんだとっ!」


 その正面にはシキを標的とした巨大な砲塔魔法陣が組まれている。


「あたしを撃ち抜くつもりか?」

「そうだよ。これでチェックメイトだ」

「当たると思っているのか? そんなかどこを向いてるかも分からん口径で!」

「いや……呑み込むんだ。君は巨大なエネルギー砲の射撃を受けて呑み込まれ魔王の地へ帰る」


 ティシリアの目の前、そしてオグリアスの鼻先、その前面に展開されていた巨大砲塔魔法陣がさらにその面積を肥大化させる。

 そこから巻き上がる排熱は、気付かぬ間にシキの自由を奪い高空で固定させていた。


「動けない? 何をしたっ! 一体どこからそんなエネルギーが?」

「言っただろ? ぼくが使える魔法はただの初動魔法だと」

「まさか……まさか……」

「そのまさかだ。この魔法陣を構成する魔法法程式の根幹部分、一番肝心な魔法出力の源であるこの子の一次魔法関数値をぼくの一次魔法関数値と入れ替えてある」


 それは機械装置に例え直せば魔法陣の火種の部分であるエンジン出力部分を積み変えたのと同然だった。

 ティシリアのその微弱な蝋燭一本ほどの熱量しかもたない魔法緒元関数を出力源とした、この大型の砲塔魔法陣でさえM4級のドラゴンたちを退けさせる大火力を実現したのであれば。

 その火種をロディオの強力な炎の嵐をさえも巻き起こす単独魔法緒元関数に置き換えれば、一体どれだけの出力を叩き出せるのか。


「試して見たいと、そう思わないか?」


 そう言ったロディオの強大な魔法出力を受けて、ティシリアの巨大魔法陣がその威力を倍加させるために魔法エネルギー出力を急激に集束させていく。 


「合体魔法陣……っ!」

「行くよティシリア。狙いを定めて……」


 ロディオの魔法関数化から急速に流れ込む魔法出力を制御できずにティシリアが魔法陣構築の要にしていた賢者の杖がその臨界をもって砕け散った。


「ふぅざぁけぇるなああああぁああああっ!」


 苦し紛れに大鞭を振りかざす竜飼いに、集まる荷電粒子を溜めこむ巨大な大砲門の大型魔法陣がその砲口を開く。

 そして遂に、そこから集束、加速したエネルギー光の塊が一気に解き放たれると極太いたった一直線の雷光が虚空を貫いた。


「あたしがっ! あたしが龍飼いバハムートブリーダーにさえなっていればぁぁぁぁぁっ!」


 そんな未練がましい断末魔を叫ぶ竜飼いの虚影までをも呑み込んで、ただ天空に伸びていく雷の一閃は無数の稲光を伴って、雲の彼方へと消えていく。

 それは終わってしまえばあまりにも呆気ない幕切れだった。

 晴れ渡る澄み切った青空に、貫いていた一条の雷光閃は消えていく。

 役目を果たしたようにその土台であった巨大な構成魔法陣もその色を消失させて消えていた。

 今までの激しい戦闘が嘘のようにドラゴンブリーダーの脅威は去ったのだ。

 肩で息をするロディオの前で魔法陣の構築に全てを費やしていたティシリアが意識を失って倒れ込む。


「おっと……」


 それをやさしく抱き留めて、オグリアスから飛び降りる。

 近くを見ればまだこの地に取り残された最後の一匹の竜が茫然と飼い主の消えた方角を見上げている。


「おい……!」


 ロディオの風の鞭でその存在に気付いた竜が臆病気味にこちらに振り向く。


「さっさと帰れ! お前の主人や仲間たちはまだ死んでない。

さったと追いかけて、もう二度とこの地には戻って来るなっ」


 目に怒気を孕ませて竜を威嚇する。

 竜はロディオの言葉が分かったのか、一目散に早々と背を向けて村の外へと走って行った。

 それを確認して、とうとうやっと息を吐く


「ほんと……死ぬかと思った……」


 愛馬の脚にもたれこむように座り込み、澄み切った青空を見つめる。


「お前たちも、本当にありがとう……」


 自分の召喚していた幻獣たちに労を労い。もとの召喚カードへと戻していく。

 そして自分の腕の中で無事に寝息を立てている、この戦闘の一番の功労者に自分のできる最大限の賛辞を贈った。


「やっぱりティシリアの構築する魔法陣は、ぼくが自分で作る魔法陣よりも断然に扱いやすかったよ……」


 スースーと寝息を立てる少女に、少年はただ微笑みを投げかける。

 外の空気は穏やかになった。

 その穏やかになった静寂が要因になったのか、村のあちこちの廃屋から、そこに寄り集まっていた人影が一人二人と外に出て安全を確認し、次第にその数を増やしていく。

 これで本当にこの北の村、カマームは解放されたのだ。

 そこを支配していた魔王軍の一角、強大な魔族の竜飼いによる魔の手から。

 そんな事を思ったとたん、遠くなりかける自分の意識を振り払って、ロディオは立ち上がった。

 近づいてくる村人たちの人影に小さく手を振りながら……。


 鮮烈なる初戦の戦果は、華々しい栄光と名誉たる名声のと共に世界各地を駆け巡り広がり、ロディオたちを祝福してくれていた。



                    ―♪♪♪♪♪-


 ロディオたちは魔竜媛シキを倒した!

 ↓

 ロディオたちはドラゴンの群れを撃退した!

 ↓

 ロディオたちは魔族との戦闘を経験した!

 ↓

 ロディオたちはドラゴンたちとの戦闘を経験した!

 ↓

 魔竜媛シキはアイテムを落としていった。

 ↓

 朽ち果てた竜髭鞭「竜髭杖ベルナゲール」を手に入れた。

 ↓

 追い払ったドラゴンたちから各種竜の素材を手に入れた。

 ↓

 北の村、カマームの村を解放した!

                              ↑



              ※※※※※



 ここではない、暗黒の大陸のどこかで………



「シキの奴がおめおめと敗れて出戻ってきたそうだな」

「奴が敗れたのはどうでもいい。

ヤツはこの魔王配下四天王の中でも最弱。

例え敗れたとしても我々にとってなんの痛手でもないわ」

「だがヤツを破ったのは年端もいかぬ子供らだという」

「子供?」

「しかもその子供ら、ただの二人で九頭の竜とあのシキを破ったのだとさ」

「たったの二人で……?」

「それどころか、その中の一人はただの木の剣一本だけであの豪鞭のシキと一対一で渡り合ったのだと。

対等に、な……」

「木の剣だけだとっ? 本当なのかそれは……」

「この魔王軍の中でそんな芸当の出来るやつがどれだけいる……?」

「……」

「……」

「魔王様はそのことを……?」

「知っておられる。

なかなか可愛い気のある人間のすることだ、とおっしゃられていたよ」

「……早々に潰す必要があるな。どこのどいつだ、そいつは……」

「シキが言うには名前を覚えてはいないそうだ。

だがそいつは帽子をしていない魔法使いの風貌で肩にルイダールの紋章をしていたという」

「魔法使い風情がシキと……?」

「それも気になるところだが……。

ルイダール、青き竜の紋章の勇者たちの一派か……」

「うっとおしいな。あの紋章の奴らは」

「だが、その母学、ルイダームを擁する王国家ヨアラハンは無視できぬ国力がある。

如何に我らとて闇雲に手出しは出来ん」

「現にそこの子供がたったの二人で、あの・・シキを返り討ちしたのだからな」

「バハムートブリーダーになってさえいれば、こんな目には合わなかった。

が、ヤツの言い分だそうだが……」

「敗者の寝言は好きなだけ言わせてやればいいさ。

だがまあ、いまのあの地域は我らにとって白紙に戻された地域だ。

下手に手を出すのも泥沼に嵌まる恐れがある。

それよりも今は次の計画だ。

人間と神界を繋ぐ聖地メッカの襲撃計画があるだろう」

「それについてはアレだ。

錬金術師のアイツが拠点強襲用制圧型巨大ゴーレムを建造中という」

「それが完成するのは?」

「順調にいけば二か月後らしい。

まあ我ら魔族は少数精鋭が定石セオリー

残り数人を連れての一桁対数万といった戦力比になるんじゃないか?」

「戦闘員の数はそうだろうが、戦力比までそのまま対比させるのは酷というものだ。

聞いたところによるとそのゴーレム、たった一体でM8級規模の出力を誇るのだろう?

向こうの切り札である聖剣の聖女が現われても二時間あまりは虐殺ができる」

「そんな数の人間を殺めなければいけないと思うと……」

「ああ、常に害虫の駆除というのは嫌なものだな」

「では……」

「うむ、また二か月後に……」



 暗闇の中で新たな企ては動き始める……。



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