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4.竜飼い

「ドラゴンブリーダー?」


 突然現れた魔族の少女、竜飼いを名乗るシキの聞きなれない言葉にロディオは聞き直した。


 顔や褐色の肌のあちこちに迷彩的に文化的なペイントを施し、体の際どいところを薄く頑丈な獣皮で繕った野性味あふれる格好の少女は気に入らないとでも言いたげに、担いでいた長柄の大鞭を豪快に地面に打ち鳴らす。


「そうだよ? 聞いたことないかい?

自分で竜を繁殖させ生産することを生業とする職業クラスさ。

だからそんじょそこらの飼うだけしか能のないテイマーやマスターなどと一緒にされちゃ困るんだよね。

アイツらはあたしら生産者がいないとなんにも出来やしないんだから……」


 言ってさらに烈しい鞭打ちを放つ。


「まったくオマエたち、あれほど家畜以外は襲うなと言ったのに人間さまに手を出すとはさあ……」


 睨まれた竜たちは恐る恐るというような感じで主人の様子を伺ってる。


「まあ、いいや。

人間も人間だ。

竜の領域だと知っててわざわざ侵入してくれるんだからよ……」

「あの九頭、全部がきみの……?」


 またさらに烈しい鞭の激烈音が放たれた。


「だから、そう言ってんだろっ!

本当に人間さまっていうのは理解がおそいなあ!

よくそんなんで今まで生き残れたのかと思うと逆に感心するぜぇっ!」


 その鞭を打ったまま、長柄の先をロディオに向けて突きだした。


「そのまま死んじゃいなよ。人間。

これは竜の鱗にさえ簡単に凹みを与える竜の髭で作られた鞭だ。

竜の調教にはちょうどいいんだぜ?

これ喰らったらおたくのからだ、四肢も残らないがな!」


 そして言った最後に振り抜かれた長柄に導かれて鞭の軌跡が螺旋を描き一瞬でロディオに襲い掛かる。

 それはさながら竜巻を纏う蛇のようだった。

 シキは長柄の鞭を軽々と振り回し、その先にある鞭部に次々と命を吹き込んでいく。


 地を跳ね空を裂く鞭の凶気はロディオを八つ裂きにしようと襲い掛かるが、ロディオはそれを軽々と木の剣でいなした。


「なんだとっ?」


 鞭の先を引き戻し、自分の攻撃を確かめてドラゴンブリーダーのシキはロディオを睨んだ。


「なんだ今のは?」

「魔法だよ」


 鞭の斬打を受け湯気の立ち上る木の剣を左手で支えたままロディオは言った。


「魔法なものかっ! あんな初期動作のみで魔法が発動するわけがない!」

「みんなの魔法はそうだろう。

だけど僕の使う魔法はそうじゃない」

「どういう事だ?

いったい何を言っている?」

「ぼくの魔法はただの意思のみで発生させることができる単純魔法、一次の初期、つまり初動魔法ファーストマジックの段階だ。

だからそれは魔法の中でも基本中の基本、一次法程式を連ねて束ねられる小型の二次法程式による二次魔法陣発動ですらならない、ただの一符号、一関数に止まる領域出力だけ。

分かりやすく言うなら、それは単なる属性出力の垂れ流しにすぎないから。

ほら、こうやって炎を起こしても強弱をつけて炎が大きくなったり小さくなったりするだけだろ?

ぼくにはそれしかできないんだ。炎を起こすこと。水を湧き出すこと。爆発を起こすこと。風を起こすこと。岩を発生させること。雷を起こすこと

単純なそんな一次元的魔法発動しか使えない」


 それは魔法使いにとっては致命的な欠陥と言えた。


 この世界の魔法とはすべて規格化されて自動化された人為的発生現象であり、ほとんどの二次、高次の魔法はすべて規格化され複雑化した技術魔法である。

 それらは主に出力発生から次の段階の目的を達成することを重要視して組み込まれている。

 例えば火属性の二次魔法であるならば、火の発生が目的なのではなく、火の発生をもって標的対象物に熱伝導を加え加工する事、すなわちガスコンロのように水なら水を沸かし、濡れた服なら乾燥機のように服を乾かすことまでを目的として、それら一式を自動行使できるように魔法陣として一括構成されたものなのである。


「一次魔法でもやろうと思えば二次魔法のようなことは出来るけど面倒くさいんだよね。

目的に応じて手動で出力調整しなくちゃいけないし、ターゲットを補足して自分で当てなくちゃいけない。

当てる方角まで考えなくちゃいけないんだぜ?

でないと全てが水の泡だ。

ハッキリ言ってやってられない」

「それを一次魔法の段階からやってみせるお前は……魔力をもっているのか?」


 シキがロディオの発言を聞いてよく目を凝らし魔力があるかどうかを探っている。


「いや、やはりオマエからはあたしたち魔族と同じ体内からの魔力の存在を感じない。

オマエはやはり先天的に魔力を持たない種族、正真正銘の人間族だ」

「別にぼくの魔法には、魔族の言うような魔法の根源的力の一つという意味での魔力が必要なわけじゃない。

それ以前に人間の魔力と魔族の魔力はまったくの別物だろう。

後天的に魔力を取り込んだ人間ならいざ知らず、ただの人間の魔力というのはたんなる魔法を制御する計算力、演算力のことだけ指して言う。

魔法そのものの力はこの身の回りの空間に刻み込まれているだけであって、ただそれを引き出し、操るためには高度な思考操作能力量つまり計算精神力量がいるっていうだけの話だ」

「その通りだ。だが、お前は人間の計算力が魔力であるのと同じように、お前の意志力がそのまま魔法を発現させさらには統括させてみせる魔力に繋がっているとそう言いたいのか?」

「そうさ。だからぼくには魔族のいう魔力はないし、必要ない。

手足を動かすのと同じ筋肉の感覚で自然に魔法を起こし、それを振るうだけの能しかないのだから」

「それにしてはにわかに信じられない出力を誇るな。

たしか人の精神力だけで起こせる魔法、いや初動魔法の規模は一秒間で蝋燭一個分の明かりを起こすのが精々だったと聞いたことがあるが?」

「そうだよ。

だから他の人間では魔法陣を構築する必要があった。

時間をかけて思考し蝋燭一個分に満たない光の点を幾つも浮かび上がらせ、陣として線になるまで描き付くし繋ぎ合わせて一次法程式、二次法程式、連立法程式を根幹とした複雑化した魔法陣を構築し、そこで初めて二次以上の構成魔法を発動できるように備えておく。

それが今の人間界での魔法の統一規格スタンスだ」

「ふむ、興味深いがそれをそのまま信じるというのもどうなんだろうな?

もしかすれば、お前の持つその木の剣にタネが仕掛けてあるのかもしれない」

「これかい?

いいよ。

それなら気が済むまで。じっくりと近くで見てみればいい」

「なに?」


 シキが驚くとロディオは自分が持っていた木の剣を放り投げ、シキに投げ渡した。


「これは……たしかにただの木の剣だが、たかがこの強度の代物が我が竜髭鞭モーディックの一撃を弾き飛ばしたというのか?」

「そうじゃない。

ぼくには媒体が必要だったんだ。

意思で起こした火を炎になるまで瞬間的に昇華させる。

そんな自分に合った媒体がさ」

「なんだと……?」


 にわかには信じ難い聞いたこともない話だが、事実は事実。

 その脅威は小さいうちに潰しておくべきでありその判断は間違っていない。

 だから、渾身の力を込めてシキがその自慢の握力でもってロディオの木の剣を圧砕しようとした時だった。


「うをっ?」


 木の剣が突然燃え上がるとその熱で慌ててシキは木の剣を放り投げた。

 放り投げられた木の剣は風の魔法を受けてそのままロディオの手元に戻る。


「と、まあこういう感じかな」

「……バカにしてくれる。

人間の子供だからって容赦はせんぞ。

その身体バラバラにして家族の元に送りつけてやろう」


 魔族特有の眼から放たれる悪意に満ちた視線がロディオとティシリアを射抜く。

 振り上げた三つ編み状の鞭を生き物のように動かし、すぐに螺旋の続く嵐となってロディオたちに襲い掛かる。

 ロディオはそれを風で纏わせた剣戟でいくつかに分けて払い落とした。

 そして勢いを殺しきれなかった鞭の足払いの一閃を跳んで避け、風の剣戟の幾つかをシキに向かって撃ち放つ。

 しかしその全てを引き戻した鞭の迎撃陣で撃ち落とされ、互いの攻撃はすべて互いの防御で相殺されていた。


「こいつは屈辱だ。

この大鞭を知っているか?

コイツは白銀竜という竜の髭を束ねて三つ編みに造りだした革綱の鞭部を、厳選した竜鱗で拵えた長柄につなげ竜の鞭と成さしめたものだ。

本来ならこれはたったの一振りで城の城壁さえ蹴落とさせる対M5級の代物だが。

それを、そんなどこにでも手に入る雑魚が使う様な雑木剣で捌かれるとはなあっ!」


 村の廃墟が集まる大通りの真ん中で大鞭を振るいシキはロディオとの距離を詰めだす。


「お前たちはあの女をやっていいぞ。

久しぶりの人間だろう。

お前たちには物足りない獲物だろうが、あたしが許す。

喰え」

「ティシリアっ!」

「あじゃじゃじゃっじゃじゃっじゃじゃっ!

その女を守りきりながらのこの攻撃は耐えられるかなぁっ?」

「オグリアスっ!」


 竜鞭が脇を掠めたのを見計らい、召喚カードから幻獣の白馬オグリアスを呼び出す。


「召喚獣だとっ? 

オマエっ、使えるのは一次魔法までだと言わなかったか?」

「言ったよ。ぼくにとっては召喚魔法も他の魔法と同じ一次魔法だ」

「バカを言ってくれる!

召喚魔法は本来高次魔法、貴様たち人間なんぞが一生かかっても使えないそれこそ夢の魔法よっ!」

「そんなことはないっ! 召喚魔法も他の魔法とすべて同じ技術魔法だ。その知性があれば誰にだって扱えるようになるっ!」

「かっは!

ただの戦闘中超ハイテンション売り買い言葉にそんなクソマジメな考察しましたよ頭考えたセリフをわざわざ返すとはなぁ!。

頭のバカ堅い、高光速超反応ガキおぼっちゃんかよっ」


 竜飼い特有の怪力に任せた鞭捌きに、それらを躱したロディオの背後にあった雑木林の真ん中が風穴を開ける。

 その光景はオグリアスに跨り騎乗していたティシリアも見ていたが、いかんせん自分たちの方にも竜たちの攻撃が集まってきていた。


「ごめん、ごめんなさい。オグリアス」


 懸命にしがみ付くティシリアは、それだけしかできない自分を乗せてドラゴンたちの凶器を全て潜り抜いてきた白馬オグリアスに謝る。

 しかし、その少女の真の心は常に大型の多目的魔法陣の構築に費やされていた。

 自分が歩く些細な振動でさえも破綻を来たす事があるデリケートな魔法陣の構築作業には、常に針の穴に糸を通す集中力が必要となる。

 だからドラゴンたちからの攻撃を避けることは全てオグリアスに任せていた。

 オグリアスは細心の注意を払いティシリアにまで衝撃が及ばない様、全ての反動負担を自分の脚部に背負わせているし、万が一の竜たちからの直撃被弾を受けてもロディオが最初に召喚していたワイトゴーレムが大半の攻撃を弾いてくれる。

 だが、いつまでもそれに甘んじているわけにはいかなかった。

 竜の数は減らず、怖れていたドラゴンマスターはそれを超えるドラゴンブリーダーとしてロディオの前に立ちふさがっている。

 本来なら魔法使い初級のロディオでは相手にすらならない強大な力をもつ敵だ。


「そうよ……ドラゴンマスターさえも侮辱することのできるドラゴンブリーダーを名乗る強力な魔族が、ただの尖兵であるはずがない……」


 遠く白馬に騎乗しながら呟いたティシリアの言葉は耳ざとくもシキの距離まで届いていた。


「その通りだ。娘。

あたしは魔王軍が誇る四天王は一角の魔竜媛、シキ。

本来ならもう一つ職級クラスを上げてこそここに来る予定だったんだが、上に急かされてしまってな。

おかげでこんな中途半端なドラブリっつー役職で来てしまった……よっ!っと!」

「そんな……」


 そのティシリアたちと変わらない年端の容姿で魔王軍の一角を担っているという事実に足がすくむ思いを感じずにはいられない。


「くはぁ、そんな全てを諦めたような顔をするなよなぁ。

ヨアラハンとかいったかぁ?

これが終わったら、すぐにお前たちの家族も同じような目に合わせてやるんだからさ!」

「させ……、させないっ」

「よく言った……だが、お前の相手はあたしではないなぁ! あらよぉっ!」


 遠く離れたところから竜たちを囃し立てるように鞭打を放つ。

 それを聞いた竜たちはまた一段とコンビネーションを鋭くさせてティシリアを乗せるオグリアスを追い詰めていった。


「オグリアス、ごめんなさい。あと、あと五分でいいからもたせてっ」

「五分? 何がある?

人間ごときがこさえる魔法陣でいったいどんなどんでん返しをみせてくれるってんだぁ?」

「どうでもいいだろう、そんなこと」


 口の悪い竜飼いを抑えて、それに相対するロディオが次々に風の鞭を放る。


「おまえっ」


 立ち向かってくる風の鞭を竜の鞭で弾き、だがそのそばから離れていた竜たちに水でできた清流の鞭まで放ってみせたロディオに視線を向ける。

 廃村の村はずれにある、この激しい激争で切り開かれた荒れ野の高台の丘に立つ、乾いた風に靡く青い衣を纏った少年の肩に、見えづらくとも微かに見て取れるのは竜の紋章だった。

 魔族の魔眼はたしかにその青い紋章を捉えていた。


「そうか、何かおかしいと思ったらその紋章はルイダール。

おまえ、ルイダームの勇者もどきの一人かぁっ!」


 その激昂からなる鞭打は、さらなる激しさの待つ戦闘の開始への狼煙だった。



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