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2.ドラゴンが現われた

この作品は残り五話ほどで強制終了となります。

予めご了承ください。

 城門を出るとその先は見渡す限りの大草原に広がっていた。


 そこには今、魔法使いの格好をした勇者と賢者しかいない。


 ひと度、王国から出れば、もうロディオたちを守ってくれるものは誰もいなかった。

 知らず一歩を踏みしめる足が震えだす。


 ここから先、自分の命を守るものは自分の手足だけ。やり直しリトライはない。


 そう思うと自然と体の底から言い知れぬ恐怖が沸き起こるのは当然だった。

 震えながらロディオが後ろを振り向くとティシリアも顔を蒼白にして、まるで激しい悪寒にでも晒されているように両腕で自分の身体を抱き上げている。


「……ごめん、気付かなかった……」

「ロディオ……?」


 思わぬ気づかいに呆気にとられポカンとするティシリアは、奪い取られた自分の片手の先を視て目を丸くする。


「ロディオ……痛いっ……」

 しかしロディオは構わずに、奪い取ったティシリアの白い手を出来るだけ穏やかに引いて歩きだした。


 勇者リーダーが不安だったら、その勇者に命を預ける仲間メンバーなんてもっと心細いに決まっている。

 そんな冒険の初歩にようやく思い至った自分がどれだけ『最初の冒険』のプレッシャーに呑まれていたのかが分かる。


「ごめん。ぼくは本当に自分のことばっかりだ……」

 まだ震えの残るティシリアのか細い手を引いてロディオは自分を悔いるだけだった。


「ぷ……、ふふっ……」

 だが突然吹き出し笑い出したティシリアがそんな張りつめた雰囲気を和らげはじめる。


「急にどうしたの?」

「だって、こうやってロディオと手を繋いだの久しぶりだったもの……」

「そう?」

「そうだよ。入学してから二年が過ぎた辺りを最後にわたし、ロディオの身体に触った覚えがない」

「そうだったかな……?」


 ロディオは特にそんな意識はしてなかった。


 だが言われてみれば確かにティシリアはおろか、他の男子女子の生徒たちとも口では会話を交わしていても、手などは一切触れていなかったことを思い出すと改めて不思議な感じもする。


「案外、直接に手を握ったことのある生徒や教師はいなかったのかもしれないな……」


 あれだけ嫌というほど会話はしていても触れ合ったことがないという事実は何処か不思議な感覚を覚えさせる。


「そんな手を取り合いたいような子でも他にいた?」

「……今は目の前にいるよ」

「それって……わたしの事?」

「他に誰がいるのさ? 賢者さま」

「じゃあ、今の心細いわたしを導いてくれますか……? 勇者さま……」

 白の衣を身に纏う物思い深げな賢者が力強く手を握り返す。

「勇者さまはやめてよ」

「いいでしょ? 今はわたしだけの勇者さまなんだから」

 震えの治まりだしたティシリアがロディオの歩調に合わせて歩き出した。


 ティシリアの心と体に勇気と平常心が戻ったことが伺える。


 ロディオもティシリアもそれ以上は何も言わなかった。

 何も言わなくても握り合った手と手を通じてお互いの感情が分かり合えている気がする。


 しかし、そんなひと時も束の間。


 視界の右前方に広がっていた北東の森の端から砂埃を巻き上げて何か巨大な物体が、左の先に続く街道沿いへと物凄い勢いで進んでいくのが分かった。


「なんだ? あれ……」

「騎士……?」


 伸びていく砂埃の先を追いかけているのは騎士たちの騎影だ。

 おそらくルイダームの王国騎兵だろう。

 三十人ほどの一小隊規模からなる騎兵隊が砂埃を巻き上げている先頭を全力で追いかけている。


「まさか、あれ……」

「ドラゴン……?」


 砂埃の先頭からは時々、巨体を思わせる緑色の鋭角な輪郭が見え隠れする。

 詳しい全体像は分からないが、あれがおそらくティシリアが王国を出る前に教えてくれていたはぐれドラゴンだろう。


「まずいっ」


「ロディオ?」


 ロディオが何かに気づくとティシリアが止めに入る前に行動に移していた。

 衣の懐から43ある召喚カードの内の一枚を取り出し「出ろ」と叫ぶ。

 すると光り輝くカードから一瞬の閃光とともに幻獣種の白馬が出現した。

 白馬は鼻息を荒立てロディオの前にすり寄ってくる。


「こんなところで召喚獣を?」


 驚くティシリアにロディオは言う。

「だめなんだ。あのはぐれドラゴン、カマームの方角に向かっている……っ!」

 ロディオがティシリアを抱き上げ呼び出した幻獣の一種である白馬に飛び乗った。


「行けオグリアス! 幻獣最速のお前の足なら追いつける」

 手綱を奔らせロディオはティシリアを両腕に抱えたまま愛馬オグリアスを疾駆させる。


「ドラゴンと戦う気っ?」

「そうだよ。でないとあのドラゴン、カマームを襲う!」

 ロディオの見立て通り、砂埃の先を巨大な戦車のように疾走する緑色の巨体はやはりドラゴンだった。

 その進行方向は騎士団たちの迎撃によるものなのか、真北の方角、カマームの村へと直進している。


「君たちは何者かっ!」

 ドラゴンを追い上げている騎士の一人が砂埃から離れ、追いついてきたロディオたちに近づいてきた。

「ぼくたちはルイダームより魔王討伐の命を受けた勇者先遣隊の一つです。

第269期生、登録番号、1235番隊の勇者リーダー、ロディオ・アズアールっ!」


 そして見せるのは風に靡く青い衣の肩部にあしらわれたルイダームの勇者隊を証明する、青き竜の紋章。


「……それはまさに青き竜の紋章ルイダール。たしかに君たちは我が母校ルイダームの卒業生のようだが……?」


 騎士が訝しんでいるのはロディオの格好だ。

 頭こそ三角帽子のようなそれらしいものは無いものの、その格好はまさに魔法使いのそれと同じだった。


「ほら、騎士さまだって訝しんでらっしゃるじゃないっ!」

 しかしロディオは聞いていなかった。

「これからぼくたちはあなた方に協力します。あのドラゴンを止めなくちゃいけないんですよねっ?」

 その思ってもみない進言を聞いて騎士は驚いた。

「そんな装備でかっ! 見れば、持っているのはただの衣服と訓練用の木剣のみではないか!

たかがそれだけの装備であのM4級の魔物、ドラゴンと渡り合おうというのかっ?」

「M4級っ?」


 予想はしていたとはいえ騎士の口から直にM4級という言葉を聞いてティシリアは衝撃を隠せなかった。

 M4級といえば地震でいうマグニチュード4クラスと同等の力を秘めている魔物であることを意味している。

 そんな災害級の魔物とたかが木の剣一本もった人間が一体どうやって戦おうというのか。


「ロディオ、これはダメよ。絶対にダメ!」

「でもティシリア、ここでアレを止めないとカマームの村は滅ぶ」


 M4級の魔物は、その爪の一振りで民家の壁や屋根を簡単に粉砕させ破壊する力を持っている。

 そんな怪物が数百世帯にも満たない小さな村に入り込めばすぐにそこは地獄絵図と化すのは明らかだった。


「カマームだとっ? 知らないのか? あそこはすでに奴らの手によって落……」


 その先を言おうとした時、目の前の騎士はさらに勢いを増した砂埃の波に飲み込まれ騎馬もろとも砂煙の中に消えていった。

 おそらく勢いに巻き込まれ馬から落ち滑落していったのだろう。


「騎士さまっ?」

「飲み込まれた? また速度を上げたのか? オグリアス!」


 手綱を放ち愛馬をさらに加速させる。

 先頭に回り込んだロディオが見たものは頑強な緑色のドラゴンに鉄の槍や弓矢を放つ騎士団たちの姿だった。


「何も効いていない。武器だけ? 魔術師は居ないのか?」


 騎馬にまたがり並走している騎士たちがドラゴン相手に放っているのは主に投げ槍や弓矢などの投擲物理攻撃だ。

 しかしそんな物理攻撃が目標であるこのドラゴンには効いていない。

 ドラゴンの堅い装甲鱗は、放たれる槍や矢などをいともたやすく弾いていた。

 物理攻撃が駄目なら攻撃魔法に頼るのが対魔物戦闘の定石だが、しかし、そばには攻撃魔法や補助、回復役に回る魔法使いや僧侶が一人もいなかった。


「本当に騎士団だけ? 魔法隊は?」

「こんな馬に乗った状態での高速戦闘で魔法を使うなんて普通の魔法使いじゃ無理よ。

わたしだってこんな不安定な場所じゃ、上手く魔法構築なんてできないし、撃ったとしてもそもそも当てられない」


 それでもダメージを期待して強力な魔法行使による攻撃を諦めきれないなら、せめて対M5級以上の国宝級武器防具を用意してこなければならないだろう。

 しかしそれは通常奥の手であり、国防以外の理由で王国の外で使用することは余程の有事でない限り滅多にない。


「それなら……」

 ロディオが腰の木鞘から剣を引き抜いて、真横に翳した。

「これでどうだよっ!」

 引き抜いた木の剣の刀身に微かな風を集めて小さな竜巻を発生させ、その竜巻を鞭のように振るって竜の下顎にヒットさせる。


 ヒットした竜の身体が走りながら大きくよろめいた。


「当たった?」


「なんだ? なんだ今のはっ!」


「風の魔法? 竜巻のか? だが魔法使いなんて連れて来なかったぞ?」


「今のは対M1級にも満たない魔法だったが……、確かに魔法だった……」


 初めての手ごたえある攻撃に騎士団の士気が色めき立つ。

 それを放ったのがただの木の剣をもった魔法使いの少年であることも知らずに。


「ロディオ……」

「ッ……銅の剣や鉄の剣よりかは遥かに魔法のノリはいいけど、もうちょっと手ごたえが欲しいな。

なんか片手で使える攻撃でコイツに効きそうなのあったかな?」


 ロディオにとって木の剣は魔術師が使う木の杖と同じだ。

 木の剣がその手にあれば、どんな状態でも魔法を放つことが出来る。

 今度は木の剣に炎を宿して見せた。


「ロディオっ!」

「ごめん。ちょっと辛抱してて」


 しがみ付くティシリアを気遣いながら片手で手綱をとり愛馬オグリアスを繰って、体勢を立て直しつつあるドラゴンと左側から並びだす。


 ドラゴンの眼がロディオを捉えた。


「でかいなぁ……」


 ドラゴンの体躯はだいたい民家一軒分の大きさを軽く超えている。

 その巨体の進行を止め、いかに関心を自分たちに向けさせるか。

 そんなことを考えていると、今度はドラゴンの方から攻撃を仕掛けてきた。


 走りながら大きく息を吸い込み、ロディオたちに向かって強烈に息吹ブレスを吐き出す。

 それは先ほどロディオが放った風の竜巻など比較にならない大嵐、風の息吹ブレスだった。


「くっ、」

 だがそんなM2級相当に届こうかというる突風の息吹も、ロディオが炎の纏う木の剣を盾のように回転させた風の魔法との同時発動による炎嵐を巻き起こして凌ぎきる。

「お返しだっ!」

 そこから炎の嵐を纏った木の剣の斬撃を放ち、その斬撃に乗った炎の嵐が竜の肩口を切り飛ばす。


 だがその当たった炎嵐はドラゴンの緑色の肩部の大鱗に大した傷も与えられずに何事もなく立ち消えとなった。


「炎系が効かない……。いや……炎や剣の斬撃系や槍や矢の刺突系の攻撃属性が効きにくいのか? もしかして風や水などの打撃系の方がこの竜には効きやすい?」


 ロディオが分析に思考の大半を費やす中、今度はドラゴンの口元に炎が点りだす番だった。


「同じ属性の反撃カウンター? 攻撃方法を学習している……? 知性があるのかっ?」

「ロディオっ、もうやめようっ? わたしたちじゃドラゴンの相手をするのはもう無理よっ!」

「ティシリア……」


 手綱を振るう自分の腕にしがみ付くティシリアを見てロディオは迷う。

 だがその一時の迷いを振り切らせてしまうものが前方の景色から目に飛び込んできた。


「あれは……」


 それは集落だった。

 北の街道の行き止まりにひっそりと集まる集落。


 そしてその集落からは廃墟を示す黒い煙が、背後に連なる稜線を背景として澄み切った青空へと幾本も伸びている。


「そんな、すでにカマームはもう……?」


「少年! その竜の進路を変えるなっ! その竜はあそこ・・・からのはぐれ竜だ!

だからもとの巣穴にその竜を還すっ!」


「そうだ! 分かるなっ?

絶対にその竜の進行方向を変えるんじゃないぞ!」


 次々にロディオに対して放たれた言葉は、竜を一緒に追いかけていた他の騎士たちからのものだった。

 その中の一人はこの騎兵隊の隊長だろう。腕部に黄金の腕章があしらわれている。


 その隊長が煙を上げるカマームが近づくにつれ戦線からどんどん離脱していく。


「ティシリア……」

「ううん、もういい。もうわかったから……」

 どうやら泣きじゃくるティシリアも覚悟を決めたようだった。


 あの村は王都から見捨てられたのだ。

 ルイダームを擁立する栄えある王国が竜に蹂躙された村を見捨てている。

 ロディオやティシリアには分かっていた。

 ロディオたちよりも早く王国を発った仲間たちもこれを目の当たりにしたのだ。

 そして今の自分たちでは手に負えないと判断してカマームには寄らず次の港町へと直行した。

 でなければ今ものうのうとあの村が竜の巣窟になどなっているわけがない。


「情報が封鎖されている……」


 ロディオの言葉にティシリアももはや何も言うことができなかった。

 王国の民には何も知らされていないのだ。

 いや、知ったところできっと何もできないだろう。

 だから最前線の人間たちは不用意な外の情報を城門内部に伝わる前に封殺している。

 ロディオはその事に思い至り思案顔のまま呟いた。


「あの村に行くよ……」

「うん……」


 その呟きにロディオの腕にしがみ付くティシリアが頷いた。

「わたしたち誇りあるルイダームの勇者隊パーティーだけは、何があってもあの村を見捨てちゃいけないのね……」


 だがそう言ったティシリアの白い肌は言葉とは裏腹にロディオの腕の中で恐怖に打ち震えているのが分かる。


 怖くないわけがなかった。


 あの離脱していった騎士たちはあそこが巣窟だと言った。


 竜の巣窟だ。


 竜の巣窟という事はあそこにいる竜は一匹や二匹、いや二頭や三頭では決してないだろう。


 それを、冒険を初めてまだ一日も経っていない少年少女が踏み入れるというのはまさに死地に赴く行為に他ならない。


 最悪の場合、あの場には魔王軍の戦力だって隠れていることも今や十分にあり得るわけなのだから。


 それでも手綱を緩めないロディオはティシリアを心配そうに見やる。


「最悪の時は、ティシリアだけでも逃げられる時間を稼ぐよ」

「イヤだ……。その時は……」


「その時は?」


「その時は一緒に死んで……? ロディオ……」


 気休めの言葉を吐くロディオの腕の中でロディオの襟首を引き寄せ、ロディオの胸元に恐怖心から逃げるように自分の顔を埋めて、口から出たのはティシリアの懇願だった。


「じゃあ……何がなんでも生き残らないとな……」


 愛馬を疾駆させて、緑の竜に背後を追われながらロディオは黒煙の立ち上る廃村へと吸い込まれていった。



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