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1.勇者見習いと賢者見習い

 旅立ちの国、ヨアラハン王国の城下町。


 その街の一角にある武器屋で魔法使いの格好をしたロディオ・アズアールは木の剣を購入してそれを装備した。

 他に買う物もなく、そのまま武器屋を出るともう一人のパーティーメンバーで幼馴染の少女ティシリア・フィアンセが長く透き通った髪を持て余しながら待っていた。


「早かったね。ちゃんと買ったの?」

「買ったよ」


 言ってロディオが見せたのは今、武器屋で購入した木でできた剣だ。


「買ったって言っても武器だけじゃない。しかも市販されてる安い木の剣だし。防具は?」

「いらないよ。今着てる布の衣と服、それに靴だけで十分でしょ」

「ダメよ。いつまで魔法使い気分でいるの?

ロディオはこれから勇者として賢者である私を連れて冒険するのよ。

なのにそんなつついたらすぐ破れるような服装なんてして……」

「でもあんなに重い鉄の剣やら鎧やらって趣味じゃないんだよな」


 魔術師が好みそうな身軽な服装ローブを翻し、ロディオはどこか上の空のように魔法職ならあまり持つことはない木製の剣をブンブンと回す。


「命には代えられないでしょ? お城を出たらすぐに全滅しましたなんて笑い話にもならないじゃない」

 だが、ジト目で責めるティシリアにロディオは無頓着だった。

「ぼくたちはそんなに低いレベルじゃないよ。

仮にもこの国の最高士官養成学院ルイダームの卒業生なんだから」

「だからって冒険の初心者には変わりないでしょ?

先生たちだって授業と実際の戦闘は違うって言ってじゃない」

「それでも実技としてこの周辺地域の魔物モンスター程度と対等に渡り合えるだけの力は付けてる。

何も問題はないと思うけどな」

「外の世界を甘く見ないで。ここも最近になってドラゴンが出たっていうわ」

「ドラゴンが?」

 ティシリアの言葉にロディオは眼を見張る。


「はぐれドラゴンみたいよ。

昨日、王国の騎士団が総出で向かっても北東の森へ追い込むだけで精一杯だったって話」

 これは先ほどロディオが装備を整えている間に、ティシリアが街中を散策して仕入れてきた最新の情報だ。

 とくに美形が集まる騎士団方面に精通している噂好きの熟女マダムたちからは、騎士団内のあらゆる秘匿情報を引き出すことに成功していた。


「ドラゴンか……」


 呟きながら、ティシリアからの思ってもみない情報にロディオは少しだけ思案する。


 ドラゴン。


 それはただそこに存在するだけで天災級の力を放つ強大な巨大生物種の総称だ。

 これは大袈裟ではなく、ドラゴンたちの力はまさに動く震災と言っても過言ではないほどのものを秘めている。

 このヨアラハン王国の騎士団でさえ、所属している大多数の騎士たちはこの王国が誇る対魔王勇者養成士官学院ルイダームを上位で卒業した歴代の精鋭中の精鋭が集まっている。

 だがしかし、その精鋭たちをもってしても天災級のドラゴンを仕留めることは容易ではない。


「先に旅立っていった僕らの同級生たちは?」

「わからない。今のところまだドラゴンと戦ったっていうような話は聞かないけど……」

「それも時間の問題ってことなのか……?」

「わたしが言えるのは、このまま何も考えずにこの国から出れば、出会い頭にそのドラゴンと鉢合うことになるかもってことだけ。

なんて言っても北東の森は、わたし達が次に目指そうとしている北の村、カマームとこの街を繋ぐただ一つの街道沿いにあるんだから」

「でもまだ街が大騒ぎにはなってないところを見ると、多分震度3か4程度の地震と同じ規模のドラゴンじゃないかな?

無視は出来ないけど最悪の脅威でもないっていう」

「M4級の? そうだとしても、これから私たちはどうするの?」

「どうするって、行くしかないよ。

旅はもう始まってる。

出発がみんなよりも遅れたけど、僕たちだっていつまでもこの故郷に留まってるわけにはいかない。

僕たちは勇者一行なんだから」

「ほとんど初期装備の私たちで、伝聞でしか知らないドラゴンと戦うっていうの?」

「ルイダームの誇る花形中の花形の二つである二大魔法学科、修道科と魔法科を首席トップで卒業したティシリアなら僕と違って学院から卒業記念に中盤ごろに手に入るような強力な武器とか防具が贈られてるでしょ?

ならドラゴンの攻撃にだって十分は耐えられる。

その時になったら逃げればいいよ」


 ロディオが指し示したのはティシリアが身に纏う、初心の冒険者ではまず絶対に手に入れることができない賢者専用の高価な装備品の数々だ。

 それはルイダームを好成績で卒業した者にだけ与えられる特権。力だった。


 ティシリアの長く透き通った髪によく似合う賢者の髪飾りに賢者の纏う白い法衣、そして冒険の序盤では破格の性能を発揮する賢者の賢者による賢者の為に宿り木から作られた賢者の杖。


 それらを全て身に揃えた白き聖なる聖女姿のティシリアはもはや冒険の初心者でありながら麗若き賢者と言っても過言ではない力を行使できるようになっている。


「ロディオは? ロディオはこの街の最初期の装備のままじゃない」


 そんな強力な装備品に身を窶す自分とは裏腹に、町のどこにでも売られている安価で低い性能しかもたない武器防具しか身に着けていないロディオの木の剣や青い布の衣を見た。


「僕は魔法使いだからね。自分の身を守るのは自分の魔力だけで十分さ」


 そう言ったロディオは心細い初期装備のまま、得意げにどこにでも売られている木の剣をジャグリングしている。


「前衛職の魔法使いなんて……聞いたことがない」

「ぼくだってたった一度のまぐれで魔法職希望の落ちこぼれを、戦士系や騎士系の肉弾性生徒たちが名を連ねる勇者候補に無理やりねじ込む学校があるなんて聞いたことなかったよ……」

「勇者になる素質には前衛職も後衛職も関係ない……」

「そう言ったのは先生たちだったけど、実際、魔法使い系の後衛職って勇者に大成する前に賢者に向かっちゃうんだよね……」

「だからロディオが賢者になる前にわたしが賢者になる。そうすればロディオが賢者になる余地はないでしょ?」

「でもそれ以前に、魔法職だけのパーティーって致命的じゃない?」

「だから早く素敵な勇者さまになってね? ロディオ様?」

「簡単に言ってくれるよね……」


 頭を掻きながら、木の剣を逆手に持ち替えてロディオはティシリアを連れて歩き出した。

 他の卒業生パーティーたちは既に自分の召喚獣もしくはルイダームから用意された馬か馬車でこの王国を発っているだろう。

 物好きでもなければ、徒歩で次の村へ向かおうなんてことはしない。


「……これから先、わたしとロディオの二人っきりで冒険をするんだよね……」

「……嫌なら今のうちだよ。

ぼくと別れてもティシリアなら他のパーティーが喜んで迎えてくれる。

魔法科、勇者科で最下位だったお荷物なぼくと違ってさ……」

「……本気でそう思ってる?」

「?……。

思ってるよ。

ティシリアは、ぼくなんかよりももっと待遇のいい勇者隊パーティーに入るべきだったって」

「そうじゃなくって……。

本当にロディオは誰からも必要とされなかったって思ってるの?」

 意味深なティシリアの発言だが、しかしロディオは首を傾げるだけだった。


「思ってるっていうか、それが現実だったじゃないか。

現に僕が勇者リーダーを張るこのパーティーにだって、卒業三か月前から始まった人員募集期間中、ティシリア以外に誰も加わろうとしなかった」

「それは……」

「他のパーティーには募集人数以上の希望者が殺到してるところもあったっていうのに、ぼくのところはティシリア以外でゼロだよ!

ゼロ

これ以上如実に、ぼくの魅力の無さを表すものが他にあるかい?」

 ティシリアはそれ以上何も言わなかった。

 ただ一言だけ。

「きっとみんな、わたしとロディオの関係を気にしてたんじゃないのかな……」

「そんなタマじゃないよ……。みんな……」

 勇者を張ろう、あるいは勇者について行こうなどという猛者たちがそんな小さなことを気に留めているはずがない。

 それはロディオがこの九年間ルイダームで過ごした月日で実感していた事実だった。

「アイツら、人間じゃない……」


 九年間の思い出を洗いざらい振り返って、ロディオの口から出た感慨はそれだけだった。


「わたしは……それだけじゃなかったけどな……」

 ティシリアは改めて、きっと今のロディオでは気付いていない学園生活を振り返ってみる。

 そこには密かにロディオのことを見ていた同期の女子生徒たちの姿が折り重なっている。

 ロディオはきっと気づいていない。

 長年、一緒に連れ添っていたからこそ、ティシリアは当然そう結論付けていた。

 そう、ロディオとティシリアは今さら公言する必要がないほどの、生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染だった。

 ロディオとティシリアの家は両家ともこの城下町のはずれにある農家だったが、どういうわけかその地区を統括する地区長に才能を見いだされ、その推薦を受けて王国直轄の勇者養成士官学院ルイダームに二人そろって入学した。

 それが九年前のこの日だった。


「それなのに、その気になれば王国直属の神官か高等魔法使いの安定した就職口もあるのに何を好き好んで勇者先遣隊の一つに志願したんだか……」


 もの思いに耽るティシリアを横目にしながら何も知らないロディオが嘯く。


 現実問題、あの学院に入る生徒の大半の目的がロディオの言った前者だった。

 安全で安定した高給を見込める職場。

 王国直属の騎士団に、聖地メッカを総本山とした聖教会、世界の全ての人類に限定した魔法を統括する魔術評議会までその就職先は引く手数多だ。

 ロディオやティシリアの両親だって、口では言わないがきっとそういう就職先に就くことを切望していたに違いない。


「いいの。わたしはロディオに着いていくって決めたんだから」

「後悔するよ」

「ロディオは後悔してるの?」

「後悔するも何も、この千年間、魔王が現われてから時代は何も進んでいない。

しかもこの直近五十年ほどは魔王側が活発に動き始めてるっていう。

さっきティシリアが教えてくれたはぐれドラゴンなんかもその影響かもしれない。

もう安定した就職先なんて言ってられる状況じゃないのかもしれないよ。

すぐに誰かが行動にうつさなくちゃさ」

「それをロディオがやるの?」

「誰かがやるならそれを待つさ」

「ロディオよりも成績のいい勇者候補生の子たちが先に出発したけど?」

「でもそれじゃ心元ない。放たれる矢は多い方がいいでしょ?」


 それを聞いたティシリアは大いにため息を吐いた。

「結局、行くのね」

 ティシリアの嘆息に構わずロディオは頷く。


「行くよ。

正直、ぼくはこの外の世界が見てみたい」


 故郷であるこの王国を出て、まだ見ぬ未知の世界を見てみたい。

 ルイダームで他国の事を教わる度、ロディオはその思いを強くしていた。

 そしてこの王国の城下町、その南端にある城門前まで来たとき。

 衛士の一人に学院発行の青い竜の校章の入った旅券をみせて城門を開かせる。

「通れ」

 先を促す衛士の一人にお辞儀をして二人は開かれた城門を潜る。


「行こう僕たちの冒険の始まりだ」


 これが勇者見習いである少年ロディオと賢者見習いである少女ティシリアの冒険の始まりだった。


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