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1 父さんのせいで倒産だ

 突然だが、あなたは大富豪の孫でした。

と、いきなり言われたらどうだろうか?


 僕、定刻(ときさだ)(てる)は今まさにその状況に陥っている。

昨日まではオカルトスポットの廃ホテルや廃病院を徘徊しては、

高笑いをしては帰るという奇行を少々営むごく普通の好青年だった筈だが、


 昨日、母から、


「そういえばあんたの爺さんこの人よ。」


 そう言われてその手に持っているスマートフォンの中を覗き込むと、

そこには、


  かつて不動産王と呼ばれた男、定刻道三氏、死去。


 そんな見出しがあった。

この名前は知っている。

僕が、回ったことがある廃ホテルにも彼の持ち物であった者が多く遭った。

彼は、ホテルを作ることに関しては天才的であった。

立地、部屋、スタッフ、料理…、それら全てが最高水準にあった。

けれど、後継者選びに失敗した。


 最高と言ってもおかしくないほどの立地も部屋もスタッフも料理をも台無しにしてしまう、

宿泊や旅の楽しみを何一つ理解していない、徹底した安値だけを追求し、

元手のコストの高さからそれを成し遂げられずに失敗。

しかも余計なことにばかり手を広げて駄目にした愚息―――定刻知郎(ときさだしろう)

定刻道三がホテル王として有名であった男だとしたら、

そのホテルを悉く廃業倒産に追い込んだこの男は人呼んで廃ホテル王。


 母さん、もしかして、もしかしてだけど…、

「定刻知郎が…。」


「そう、あんたの父親よ。…あの時はわたしも若かったしねぇ。」



 なんということだ。僕がやたら廃ホテルに惹かれてしまうのは、

父親の無能さを本能的に知っていてその謝罪の意識によるものなのかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。



   ピンポーン



 我が家のインターホンが鳴った。


「はーい、今でまーす。」


 今すぐ出ると言いながらも母さんに急ぐ様子は全く見られない。

仕方がないので僕が出ることにした。

ドアの向こうにいたものは、


「問おう、貴方が定刻道三氏のお孫さんか。」


 その日、僕は遺産相続担当の弁護士に出会った。



 その弁護士に連れていかれて僕は祖父の葬儀場へ向かった。

母さんはヨガの教室があるのでこれないそうだ。なんだそれ。

…そう突っ込みたいが、父方の家系に今まであったことは一度も無い。

母さんにも何か事情があったのだろう。


 葬儀会場は沢山人がごった返していた。

皆、表上はお悔やみを申し上げているが、何処までがポーズなのかはわからない。

何せ息子が無能とはいえ、未だにグループ全体としてはそこそこの規模を保っているのだ。


 そんな中、この場に僕の素性が知られたら結構ヤバいんじゃないか?

そうよぎった瞬間だった。


「定刻晃様をお連れしました。」


 弁護士の声が五月蠅い会場の中にやたらと響き渡った。

誰もが黙り固まる中、一人ワカメの…いや、若めの男が近寄ってきた。


「久しぶりだな、晃。」


 この男が定刻知郎なのだろう。写真よりも若く見える。

だが、久しぶりだと言われても僕にはその記憶も無い。


「すみません、よく覚えていないのですが、母からあなたが父親だと。」


「そりゃ覚えてないだろう。はやりんと別れた時はお前は腹の中だったからな。」


 この男最低だ。母さんが父方の親戚と接触しなかったのもよくわかる。

それに、マスコミが多くいる中でこの発言、やはり無能極まりない。

グループのイメージダウンにも程がある。


 定刻知郎氏は、その後もやたらろくでもない事、例えば、

「そういえば、養育費とか忘れてたけどいる?」

とか、平気でそういうことを言っていたけれど、

結局、副社長らしき人と僕と一緒にいた弁護士らしき人に、

物理的に(・・・・)黙らされて終わった。


 そして滞りなく進んでいた告別式。

けれどもその最後でハプニングが起きた。


「えー、それでは、故定刻道三氏からの遺言を発表します。

どうやら孫がいるようなので、孫が成人したら経営権の全てを譲渡する。

…以上です。」


 会場の時間がどこまでも長く感じられる中、

皆の視線が僕に集まる。

…いらないよそんなサプライズ。

サプライズとかいえばどんな迷惑が相手に掛かっても許されると思ってるんじゃないよ?

地獄への道は善意の石で敷き詰められているんだからね!?

僕は死人にだって鞭を打つよ。もう、いっそのこと色々と目覚めそうになるぐらい打つよ?

鞭の先が音速を超えるくらいの速度で打つよ?それでいいのか祖父さん。


 ―――そう、心の中で念じた時だった。


「死人に口なしじゃ。黙秘権を行使する。」


 そんな声が聞こえた。

…いやいやいや、突っ込み所があり過ぎて何処から突っ込みを入れればいいのかわからないけれど、

僕、疲れてるのかな?


「少し休んだらどうじゃ?大学に入ったばかりで大変じゃろうが。」


 …マテ、ソウ、コレハソラミミダ。


「空耳じゃないぞー。」


 …やっぱり疲れているのだろうか?


「晃、お主、憑かれておるのよ…。」


 ああ、もう駄目だ。色々と我慢の限界だ。

そりゃあ、時折僕にはいわゆる『そういうもの』が視える。

それはいいさ。

でも実の祖父が『ホテル命』というTシャツを着て、

ペロペロキャンディーを父親の尻に突き刺す寸止めで動かしてニヤニヤしながら、

孫に話しかけているのは、いっそ血まみれの女の霊が、

実はコレ、トマトジュースなの…って言ってた時の方が遥かにマシに見える。


 というか、憑いてる本人が言うな。


「すまんすまん。」


 ええい、

「悪霊退散ッッ!! 破ッ!!」


寺生まれの母親を持つイニシャルT,Tさんこと、この定刻晃かかれば、

この程度の悪霊など何でもない。


祖父は成仏した。スイーツ(笑)。


いきなり僕が遺灰を掴んで奇声をあげて遺影に投げつけたのには皆驚いたようだが、

あの息子にしてあの孫ありか…、そう思った人が殆どの様で大した騒ぎにはならなかった。

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