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編集社までの道のり

           「事実は小説よりも奇なり」

            ーGeorge Gordon Byronー



 季節は夏。

 7年もの歳月を土の中で過ごし、僅か1、2週間というその短き外界での生を、子孫繁栄のために必死に鳴き続ける蝉が奏でる騒音。

 照りつける太陽光が、原油に含まれる炭化水素の中でも最も重質なアスファルトで作られた長い一本道に反射され、我が国の多湿の気候と交じり合い、最遠が歪んで見える視界。

 肌に感じる生暖かい風より、肌と服の間を密着させる程の発汗が、より不快さを感じさせる程の暑さ。

 目の前に広がる最寄りの駅までつながるこの並木道の脇に立ち並ぶビルが、雀の涙程度に作った日陰を私は器用で奇妙に歩いていく。


 私は「しまぬら」で購入したチェック柄の半袖シャツの胸ポケットに仕舞っていたマイ・タバコ缶を取り出す。

 「しまぬら」とは、正式には「ファッションセンターしまぬら」という庶民向けの服屋である。洗濯をすれば必ず寄れるほど生地は薄く、シャツのように縫合された服の縫い目には購入時から解れが見られるものが時折あり、ズボンなどの裾上には業者に依頼するため購入から最低でも1週間かかり、そして無駄に龍や虎を金色に刺繍したり、十字架やドクロなどのパンクな柄の上着やジャージが大量に仕入れされているなど、清々しいほど独自の路線の男物の服を取り扱っている。

 しかし、しかしだ。Tシャツ一枚500円。セールなどで値下げされれば380円にさえなるこの安価さこそ、このしまぬらの個性と言えるだろう。

 まあ、私のようなしまぬらを愛するシマヌラーが幾らその愛を語ったところで、趣味嗜好は十人十色。しまぬらを語るのはこのぐらいにしておこう。

 

 私は先ほど出したマイ・タバコ缶を開け、そこに入れてあるケントーの8mgを一本取り出し、火を点ける。

 一息にタバコを通して空気を吸い、口から紫煙を吐き出す。

 うまい。圧倒的にうまい。

 私は今、歩いている。そして、タバコを吸っている。

 そう、歩きタバコをしている。

 近々最近、禁煙ブームがメディアを通して報道され、24時間四六時中喫煙者の隣にいるわけでもないのに、副流煙という単語のみが横行し、呪詛でも囁かれように喫煙者を嫌悪する。分煙・禁煙は当たり前で、タバコを吸わないことがステータスにでもなるかのように誤認が常識へと変貌を遂げた。

 喫煙者は喫煙マナーという法律で定められていない束縛を強要され、増税という金銭的な圧力によりQOLクオリティー・オブ・ライフの1つを締めあげられ、歩きタバコに関しては特定の区や市によっては条例で厳しい罰則を与えらるという横暴がまかり通り、そして、喫煙者は急速に減少していく喫煙所を求め、無駄に歩かされることを余儀なくされている。喫煙者は喫煙所に惹かれ導かれるものだが、それでも本来タバコとは、好きなときに好きな場所で吸えるもののはずだ。

 もちろん役所や病院などの施設や妊婦や子どもの側で吸うものではないとは私も思う。しかしそれは、他所様が所有する場所をヤニや臭いで汚さない気遣い。嗜好品であると同時に健康に害のあるものを体調の悪い者や免疫力の低い者に与えないという配慮であり、良識が問われているわけであり、「タバコを吸う=非常識」「タバコ臭い=同室拒否」「喫煙者=恋愛対象外」という構図は、意味の分からない単語に惑わされて作られた中身の無いシュークリームのようなスカスカの虚構の社会認識である。

 そのうち「喫煙者=悪」という図式が社会常識としてまかり通る時代が来るやもしれない。だが私は言いたい。吸わない者に吸う者が体感する幸福感を理解する袖も見せずに奪っていいのかと。

 タバコを吸う者同士がタバコというツールを通して構築されるタバコミュニケーションを知っているか? 火を貸すという些細な行為から世間話になり、互いの情報を交換する行為を体験したことがあるだろうか。僅かな繋がりで一期一会の関係やも知れぬが、そこには間違いなくコミュニケーションが成立し、繋がりが生まれる。

 一見無駄な時間に見えるベランダでタバコを吹かす行為によって、どれだけのアイディアが生まれ、創造されていくかを体感できることを知っているか?

 百害あって一利なしと言われるタバコや酒などの嗜好品。酒は禁酒ブームももちろんあるが、居酒屋などでの飲み会で酒を飲まない者は叩かれるのに、タバコを吸わない者は褒められる。私からすれば、タバコを吸える席で吸わない者はそれと変わらない。


 ふーっと私は歩きながら、再び紫煙を吐き出す。

 私の周りには人はいなく、吐き出した煙も無限に近い空気の中に溶け込んで行く。

 何がそんなに悪いことなのだろうか? タバコの先からこぼれた灰にしても、そのへんに捨て転がるペットボトルや空き缶比べたら些細な塵でしかないし、痰を吐き捨てたり、草むらにションベンを放出する行為に比べれば、圧倒的に衛生面でも優っている。

 改善されるべきは人の良識であり、目の前の改善されない事柄から目を背け、対象となりやすいモノを弾圧し、締め上げているこの現状に疑問を抱かないんだろうか?政府が代表して特定の者達をイジメているのだから、昨今学校場面で話題になるイジメ問題が無くならないのは仕方がない。本来見本となるべき者達がイジメを行なっているのだから。そして、特に増税というイジメは、闇タバコというものを生む機会を与え、本来収入を増やしてはいけない組織に収入を与えるという自国を良くするために選抜された者が、結局自国の治安を脅かそうとしているのだから、これは笑われても仕方がない。


 すでに何行にも渡る私のタバコ愛はそろそろ終わろう。まだまだ語り尽くせないし、私にはタバコから始まり宇宙誕生にまで話を繋げられる自信があるのだから、とてもじゃないが、書き尽くせないし、すでにここまでで読むのをやめた者もいるだろうから。


 その事を有限の時間の中で無限に思考を巡らしていると、学生服を身に纏った若い男女がコンビニエンスストアの前で痴話喧嘩をしている。

 私は歩みを緩めながら、その様子をさも白々しい通行人を装って眺めてみる。

 どうやら女のほうが一方的に怒っているようだ。男は冷や汗なのかただ単に暑さからくる汗なのかは分からないが、額から多量の汗を流している。

 調度良く喧嘩は最高潮に達したのか、女が一層大きく怒鳴ると平手打ちを男にかました。

 男は抵抗もなく地面へと急行していき、落ちていった。

 しかし、その反動でか男の足は空に舞い上がり、そして、女のスカート巻き込んで打ち上がった。

 赤に近いピンクのレース柄。

 まだ酒の味も分からぬ歳には不相応の下着が衆目にさらされた。

 女は顔を赤くすることもなく、走り去っていった。


 ああ、そこは「何すんのよ!? この変態!」と罵倒するところだろうが。

 ……うむ。この消化されないモヤモヤは私の作品にぶつけることにしよう。

 私はもう片方の胸ポケットに入っていた手帳を取り出して、メモを取った。

 今日の打ち合わせで編集殿に進言してみよう。

 私はそう心に決めて、隣町にある編集社へ向かうため駅へと歩みを早めた。



 私の名前は「心二 正直(しんじ まさなお)」。しまぬらとタバコを愛するしがない小説家である。


ファンタジーばっかり書いていたので、たまには趣向を変えて挑戦してみます。2話目からタイトルの「自重しない」が感じられるのではないかと思います。

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