スーダン
アルファチーム
チームリーダー
レイラ・バーリス
アラフォーベテラン女性兵士。コードネーム「ウィッチ」
雨宮 護
アルファチーム狙撃要員。冷静沈着。コードネーム「ギリー」
エイルマー・ボードン
アルファチームライフル兵。雨宮の相棒。コードネーム「アローヘッド」
デイモン・ブレッド
アルファチーム衛生要員。特務課に配属されたばかりの新人。コードネーム「バル」
一ノ瀬雄太
アルファチームライフル兵。雨宮と仲がいい。コードネーム「フォール」
フランシス・エヴァーズ
アルファチームライフル兵。元デルタフォース。コードネーム「ライトニング」
他 12名
5月8日
午前6時11分
アメリカ合衆国イリノイ州
シカゴ空軍基地
いよいよ出発の日となった。
シカゴ空軍基地は朝露に濡れているが、空は快晴の兆しも見えていた。
格納庫の前では、「FACTOR」の大型輸送機が、出発準備を終えていた。
格納庫ではアレック社長が最後に社員を集め、話をしていた。
アレック社長
「26名の先発隊は昨日出発し、われわれの到着をいまかいまかと待っている。スーダンではなにが起こるか分からない。だが、いままでの訓練の成果を見せつけ、そして生きて帰ってこい。おれの許可なく勝手に死ぬことは許さん!いいか!!?」
社員たちは頷く。
アレック社員
「よし!搭乗だ!」
アレック社長は輸送機のドアの前に立ち、出発する社員一人一人に握手をしていった。
雨宮の番が来た。
アレック社員
「生きて帰ってこい!デイモンをよろしくな!」
雨宮は頷き、輸送機に乗り込んだ。
すでにエンジンが始動し、ものすごい騒音となっているため社長の声は怒鳴り声のようになっていまったが、社長の思いは確実に全員が受け取った。
機内に入り、ドアが閉じられるとエンジンの音は一気に遮られ、静かになった。
ビルが各指揮官から人員の報告を受ける。
今回の指揮官である特務課課長のビル・ブリッジスが人員を掌握し、パイロットにゴーサインを出した。
やがて
アレック社長は、輸送機が離陸して見えなくなるまで見送っていた……。
翌日
5月9日
午前10時34分
南スーダン共和国
マラカル国際空港
第11番駐機スポット
第11番の駐機スポットに輸送機を誘導したのは正解だった。
ターミナルからは見えないので、都合がよく、作業が円滑に行える。
物資、車両等が積み込まれた輸送機の列に人員輸送用の輸送機も横付けした。
空港では先発隊が出迎えてくれた。
エンジンが止まると、ビルはドアのロックを解除し、タラップを降りた。
ドアを開けると、アフリカの熱気が機内にも入ってきた。
社員
「先発隊、26名、異常ありません」
南スーダンの地に降り立ったビルに、先発隊の普通課社員は報告した。
ビル
「よろしい。しかし、こっちは暑いねぇ」
ギラギラと光る太陽を眩しそうに見ながら言った。
遠くを見ると陽炎が上がっており、その暑さが伺えた。
社員
「暑いですねぇ。BEMの姿は市内には見られず、マラカル市は比較的治安が守られています」
ビル
「なによりだな。ご苦労。われわれだって年がら年中拳銃をぶら下げてるわけにはいかんからな」
社員
「すでに、地元警察には話が行き届いておりました。われわれの拳銃携帯も許可済みです」
ビル
「わかった。本部設営はマラカル駐屯地だな?」
社員
「はい。通信設備も設置済みです。駐屯地で司令がお待ちです。バンに乗ってください」
社員が乗ってきたと思われるバンを指差した。
ビル
「うん。レイラ!ここは任せる!積み下ろしが完了したら報告しろ!雨宮、エイルマー!拳銃を携帯してついてこい!!」
雨宮とエイルマーはビルの乗ったバンに急いで乗り込んだ。
南スーダン陸軍
マラカル駐屯地
駐屯地には広大なヘリポートと格納庫、整備格納庫などがあり、設備は充実していた。
雨宮はこれほどまでに設備が充実しているのに驚いたが、精強な軍隊ではないことはすぐにわかった。
精強か否かというのは兵士の身なりを見ればすぐにわかる。
正門の兵士は服装も乱れ、ヘルメットのあご紐も垂らしたまま。
銃も砂で汚れている。
誰が見ても弱そうと思うはずだ。
本部庁舎は4階建てで、比較的きれいな建物だった。
駐屯地司令の名は、チャミン・ライシターといった。
駐屯地司令室に案内された3人は、そこで駐屯地司令と対面した。
チャミン
「ようこそ。この駐屯地は航空機設備が充実しております。不自由なく航空機は運用できるでしょう。物資も大量に備蓄されています。当面問題ないほどの量です。宿舎ですが、本部庁舎の裏にある4階建ての建物です。冷房もあるので、快適に過ごせるかと。他になにかありますでしょうか?」
人の良さそうな笑顔を見せた司令は小太りで、銀色の拳銃をぶら下げていた。
ああ、指揮官がこうだから他の兵士もだらしないのかな……、と雨宮は思った。
ビル
「こちらこそよろしく。えーとですね……」
ビルと基地司令が話しているのを尻目に、雨宮は陸軍兵士が完全武装で訓練しているのを窓から見ていた。
エイルマー
「あまり期待はできなさそうだな?」
エイルマーもそれを見て言った。
雨宮
「ああ。個癖だらけだし、まだまだ甘すぎる」
エイルマー
「小銃はM16か?」
陸軍兵士の担いでいる小銃はM16に見えた。
雨宮
「おれもそう思ったんだが、正門の兵士のM16には刻印がなにもなかった。アメリカ製ではないな」
ハン少尉
「なにか?」
ハン少尉という若い陸軍少尉が、いつのまにか雨宮の背後にいた。
片目に眼帯をしている。
海賊映画に出てきそうな古風な黒い眼帯だ。
エイルマー
「いやあ、訓練が見えたもんだから、どんなもんかなぁってね」
エイルマーが応じる。
ハン少尉
「はは。まあ練度は高くないですから、気持ちでカバーしているんです」
雨宮
「ま、そんなところでしょうな」
ハン少尉
「見てわかるんですか?」
雨宮
「自分たちは教育の仕事も結構入るんです。その仕事をこなせば、自ずと見えてくる」
雨宮はため息をついてハン少尉に向かい合った。
身長は雨宮のほうがやや高い。
そこで、ハン少尉のホルスターのホックが取れていることに気付いた。
雨宮
「ホルスターが開いてますが……」
だらしない軍隊だ……と雨宮は思った。
ハン少尉は失礼……と、ホルスターを戻した。
雨宮
「ところで、陸軍の小銃はなにを?」
ハン少尉
「M16のライセンス品を使用しています。地方基地では、いまだに中国のAKを使っているところがあるみたいです」
エイルマー
「小銃がバラバラ……。それもすごいねぇ」
エイルマーはあきれたように言った。
ハン少尉
「いずれはすべてM16のライセンス品に置き換わります。われわれはビンボーなので」
エイルマーに対しやや強い口調で言った。
お前らの国とは違うんだよ、という感情が伝わってきた。
雨宮
「なるほど。7.62mmNATO弾はありますか?うちにも何人か使っているやつがいます。補給を受けられれば幸いです」
ハン少尉
「ええ。狙撃銃用として大量に備蓄されています。ほしかったら申しつけてくれれば差し上げますので」
雨宮
「そりゃありがたい」
雨宮はこの部屋から見える市街地に目を移した。
駐屯地の前の道路を一般車が行き交っている。
雨宮
「市内にBEMは出るのか?」
ハン少尉
「いいえ。こっちのほうでは直接戦闘はありません。敵の本拠地に近い南部だと、散発的ですが戦闘があるようです」
雨宮
「それもPKO派遣から?」
ハン少尉
「ええ。いままではいてもいなくても変わらないような連中だったんですが、PKOが来てからというもの、勢いは凄まじいです。まさかここまでやるとは……」
BEMは、元々は政治団体のようなもので、武力を持たないような団体だったのだが、国連のPKO派遣からBEMの姿勢は一変し、大量に武器を輸入。
若い層の支持を集め、いまや反政府組織にまでなってしまったという。
政府軍が主なターゲットで、政府転覆を狙っているわけではないようだが、膨らみすぎた武力は十分政府の脅威となっていた。
雨宮
「ま、そんなもんでしょう」
雨宮は快晴の空を見た。
天気の崩れはなさそうだった。
雨宮
「エイルマー、作業が落ち着いたら街に出よう。少尉もお願いできますか?なにがどこにあるのか知っておきたい」
かまいませんが……とハン少尉は続けた。
ハン少尉
「地図があります。それでは不十分ですか?」
雨宮
「不十分だ。実際に見なきゃ話にならんからな。よろしく頼むよ」
ハン少尉とのやりとりが終わったとき、ちょうどビルも基地司令とのやり取りを終えていた。
エイルマー
「どんな感じでした?」
エイルマーは車内に戻ってからビルに聞いた。
ビル
「まあ、温厚だし、協力的だし、特に問題はなさそうだが、指揮官としてはどうだかわからん。おれは望み薄だと思うがな」
エイルマー
「はぁ……そうですか」
雨宮
「身なりを見てればわかりますよ」
ビル
「ま、この街でドンパチ起こらなければ、全く問題はない」
エイルマー
「そうですな」
雨宮
「この国の陸軍はけっこうひどいもんです。練度が低い」
ビルの隣に座る雨宮が言った。
ビル
「アフリカの軍隊なんざそんなもんだ。もとより期待などしていない。彼らは戦力として考えるのはよそう。われわれだけでやる」
雨宮
「作業が済んだら、エイルマーとハン少尉とで市内を回ってきます。どこになにがあるのか把握しておきたいですから」
ビル
「好きにしろ。さて、とっとと仕事を終わらせるか」
話が終わったところで、ようやくエンジンを掛け、車を発進させた。
午後4時11分
マラカル駐屯地
主な物資の搬出も終わり、あとは個人の荷物だけだということで、雨宮とエイルマーは私服に着替え、本部に顔を出した。
まだ本部は物の配置を決めているところだったが、電話や無線機等の通信関係は設置済みのようだった。
雨宮
「課長。SUV1台借ります」
雨宮がSUVの鍵を取り出しながら言った。
ビル
「おう。気をつけろよ。なにかあったら俺の携帯だ」
雨宮とエイルマーは、本部庁舎を出て行った。
正門でハン少尉と合流し、雨宮の運転で市内へ車を走らせる。
ハン少尉は陸軍の制服だった。
雨宮
「まずは病院だな。この街に病院は?」
ハン少尉
「中心街に1つ。郊外に1つです。どちらも総合病院となっています」
雨宮
「それだと混雑は避けられないな」
ハン少尉
「ええ。ロビーは患者で溢れています」
助手席のエイルマーは地図に指を走らせ、各施設の所在地を頭に入れているようだった。
市内には一般車もいることにはいるが、市民の移動手段は徒歩、自転車が主なようだった。
まもなく日が暮れるというのに、たくさんの人が歩道を歩いている。
エイルマー
「このまままっすぐ行くと国道に出る。それから少し走ったら病院だ」
雨宮
「まずは病院だな。急患を受け入れる設備はあるのか?」
ハン少尉
「ありますが、あそこはいつも混んでいます。それなら駐屯地の医者にかかったほうが早いですね」
車は国道に出た。
片側2車線で、十分な広さがあった。
総合病院の建物がすでに見えていた。
車を総合病院の正面玄関前に止め、中の様子を見る。
運転席の雨宮は小型の単眼鏡で見ていた。
雨宮
「医療に関しては不十分と言うしかないな」
総合病院を見た雨宮はそう言った。
玄関先にまで待っている人がいる状況で、まともに診察など受けられないだろう。
衛生環境もよろしくないように見えた。
エイルマーと雨宮はため息をついて車を発進させたのだった。
車は再び国道を走った。
エイルマー
「はなから期待などしていない。こんなことはわかってたさ。じゃなきゃあ、この国にPKOなんか来るはずもない」
エイルマーは吐き捨てるように言った。
雨宮もやれやれという表情でエイルマーの話を聞く。
ハン少尉は無視して外を見ていた。
エイルマー
「もう一つもどうせ同じさ。いっそのことこのままバーでも行って……」
ドバァァァァァァァッ!!!
国道沿いの事務所のような場所が大爆発し、雨宮たちの車の窓ガラスはすべて割れ、車は横倒しのまま数十メートル進んで止まった。
突然の爆発に、なにが起こったかわからない雨宮はとりあえずシートベルトを外した。
頭を打ったらしく、どんどん意識が遠のいていく。
朦朧とする意識の中、最後に聞こえたのは遠くで鳴り響く救急車のサイレンの音であった。
マラカル駐屯地
「FACTOR」本部
社員
「課長!大変です!」
社員が走り書きしたメモを取ると、席を立った。
社員
「さきほど爆弾事件がありました。マラカル市中心部の国際援助団体の事務所が爆発しました。現在警察が被害を調査中です」
地図のそばにいた社員が、地図に場所を書き込む。
ビル
「雨宮たちを向かわせよう。雨宮につなげ」
ビルも場所を確認する。
社員
「それが……」
社員は言いにくそうに話を続けた。
社員
「この知らせがあってから、雨宮さんにコールし続けているんですが、お出にならないんです」
ビルは自ら受話器を取って、雨宮の携帯にコールしたが、電源が切れているらしく掛からなかった。
ビル
「どうなってやがる……」
社員
「ヘリを飛ばしますか?」
ビル
「いかん。状況がわからない中飛ばすのは危険だ。アルファチームから何人か出せないか?」
レイラが振り返って応じた。
レイラ
「部下が二人、いつでも行けます」
ビル
「そいつらを頼む。爆発現場に向かわせてくれ。小銃も持たせるんだ」
レイラは頷くと、無線機をとった。
レイラ
「ウィッチより、フォール、ライトニングへ。D装備で爆発現場に急行。無線は切るな。状況を逐一報告しなさい。目的は戦闘じゃない。偵察だ。履き違えるなよ」
一ノ瀬
≪フォール、ライトニング、共に了解しました≫
D装備とは、私服の上にタクティカルベストを着用し、ライフルと拳銃を携行する装備のことだ。
簡単な装備なので、即応性に優れ、市街地での任務に適した装備となっている。
「フォール」こと一ノ瀬雄太と、「ライトニング」ことフランシス・エヴァーズが選ばれた。
2人とも特務課の所属で優秀な社員だ。
レイラ
「爆発現場の座標はPDAに送った。現場には警察もいる。最悪の場合を除いて発砲は控えなさい」
1分後、黒塗りのSUVが基地を飛び出していった。
レイラはギリッと親指の爪を噛んだ。
状況がわからない上、雨宮とも連絡は取れない。
イライラするのは当然だった。
ビル
「イライラするな。状況はすぐにわかる。落ち着け」
ビルはレイラを見ずに冷たく言った。
レイラも大きく息をつくと、地図に向かい合った。
雨宮
「ああ…………」
アスファルトのひんやりとした温度で、雨宮は目が覚めた。
車は横倒しななったまま止まり、割れて開いた窓に自分が突っ伏していることに気付くのにしばらく時間が掛かった。
視界がぼやけ、焦点が定まらない。
雨宮
「……エ、……エイルマー……」
声になっているかもわからないほど朦朧とした意識の中、必死に口を動かした。
後部座席にエイルマーがいるはずだが、呼びかけには返事がなかった。
ポケットから携帯を取り出すが、ディスプレイは粉々で、本体は真っ二つになり使い物にならなくなっていた。
絡みついたシートベルトを外すと、雨宮は這いずるようにフロントガラスから外に出た。
その際、手のひらをガラスの破片で切ったが、痛みはまったく感じなかった。
腰のホルスターの拳銃に手を伸ばすが、身体中が痛くて手が届かない。
今まで気づかなかったが、車は警官や救急隊員に囲まれていた。
警官
「おい君!大丈夫か!?」
一ノ瀬
「おい雨宮!!おれだ!!わかるか!?」
ぼやける視界から、辛うじて誰かかはわかった。
雨宮
「一ノ瀬か……」
一ノ瀬
「ああそうだ!立てるか!?」
雨宮はどこが痛いのかわからないくらい痛みを伴っていて、体に力が入らなかった。
一ノ瀬が手ぬぐいで、雨宮の額の傷を押さえた。
かなり出血しているらしい。
雨宮
「無理だ………。エイルマーは……」
一ノ瀬
「あいつなら大丈夫だ。車外に投げ出されてて軽傷だ。さあ、行こう。ライトニング!手を貸せ!!」
フランシスがライフルを背中に背負い、手を貸した。
二人で雨宮を担ぎ、車に乗せる。
一ノ瀬
「こちらフォール。ギリーを救出したが、意識がはっきりしていない。連れて帰るから医務室の準備をしておけ!!」
一ノ瀬は無線で報告しながら運転席に座った。
車は発進したが、エンジンの回転数とは反対に、雨宮の意識は遠のいていった。
フランシス
「雨宮!目を開けろ!眠るな!!」
フランシスの怒号も、雨宮には届かなかった。
午後11時11分
先の爆発事件の情報収集に、本部は追われていた。
多くの社員が慌しく動き回り、状況を地図やホワイトボードに書き込んでいく。
ビル
「で、被害は?」
社員の持ってきたレポートに目を通しながら聞いた。
社員
「民間人の死者は5名。いずれも事務所にいた国際援助団体の関係者です。重軽傷者は10名です」
ビルはレポートをパサッと置いた。
レイラの方を向く。
ビル
「BEMの仕業か?」
レイラ
「そう考えるのが妥当でしょう」
レイラが腕を組みながら答える。
ビル
「……。雨宮はどうなった?やつがいなきゃ大幅な戦力ダウンだ」
レイラ
「それは重々承知していますが、いまは鎮静剤で眠っています。幸い軽傷でしたが、意識がはっきりしなかったのは頭を強く打ったせいです。その後遺症がないといいですが」
雨宮の処置はすでに終了し、雨宮は駐屯地内の病室のベッドで寝ている。
ビル
「エイルマーと陸軍少尉は?」
レイラ
「共に軽傷です」
ビルは大きくため息をついた。
ビル
「今回はたまたま被害にあっただけだが、次はそうもいかんかもしれん。油断するなと全員に伝えろ」
社員が返事をし、電話機を取って各部署に連絡を取った。
レイラ
「こんなに早く洗礼を受けるとは………」
レイラがまた爪を噛んだ。
ビル
「ああ。正直、予想外だ」
本部は午前2時まで慌しさが続いた。
翌日
5月10日
午前9時21分
マラカル駐屯地
201号室
雨宮が目を覚ましたこの部屋は、驚くほど白に染まっていた。
全身の痛みはひいていたが、額が痛む。
触ったところ、どうやら縫合したらしかった。
ベッド横のテーブルには、雨宮の装備一式が揃っていた。
ここはどこだか見当がつかないが、おそらく市内の総合病院だろうと思った。
病室はきれいなんだなと雨宮は思った。
遠くから、近付いてくる足音が雨宮の耳に入った。
すぐに起き上がると、テーブルの拳銃をとり、弾を確認、扉の陰で息をひそめた。
足音はドアの前で止まり、雨宮の病室のドアが開かれた。
雨宮
「動くな」
ドアを開けた者に拳銃を突きつける。
エイルマー
「おお。起きてたか。よかったよかった」
何事もなかったかのようにエイルマーは笑った。
エイルマー
「いやぁ心配したぜ。お前頭からめっちゃ血が出てたらしいからよ」
エイルマーが果物の缶詰を開けた。
雨宮は安心してベッドに腰掛けた。
雨宮
「……。正直、爆発があったことまでしか覚えてないな。おまえは大丈夫だったのか?」
エイルマー
「ああ。シートベルトしてなかったから、横倒しの瞬間に車外に放り出されたよ。いやあ、びっくりしたぜ」
笑って話していたが、九死に一生を経たあとの人間の言動とはとても思えないほど明るい声をしていた。
エイルマーは果物の缶詰を開けると、1つ口に含んだ。
雨宮
「なるほどな。それで、ハン少尉も助かったのか?」
エイルマー
「助かったよ。おそらく彼も放り出された感じだろう」
雨宮も果物を1つ頂く。
雨宮
「なるほどな。それにしても、なんであそこで爆発があったんだ?爆発現場にはなにがあった?」
エイルマー
「課長からの情報だと、国際協力団体の事務所だったそうだ。あの事務所は当分閉鎖だろうがな」
なぜ?と雨宮は言った。
エイルマー
「事務所にいた関係者は一人残らず吹っ飛んじまった。あの大爆発じゃ今頃火星あたりだろう。ま、これでわかったじゃないか。やつらは本気だ」
雨宮
「そうだな。爆発のおかげで目が覚めた。もう遠慮はいらん。徹底的にやってやろう」
雨宮が立ち上がり、装備を確認した。
エイルマー
「服を着ろ。課長のところに行くぞ」
雨宮はまだ血と火薬のにおいがついた服を着た。
破片であちこち破れている。
エイルマーが受話器を取った。
エイルマー
「アローヘッドです。ギリーが目を覚ましました。……ええ。問題ありません。……はい。いまから本部に行きますので」
雨宮
「車のキーを貸せ。おれが運転していく」
その言葉に、エイルマーは首を傾げた。
エイルマー
「はぁ?」
雨宮
「はぁ?じゃねえよ。車のカギだ」
エイルマー
「ここはマラカル駐屯地の医療施設だ。なんだお前、知らなかったのか?」
今度は雨宮がポカンとした顔をし、窓から外を見た。
窓からは軍用車両が多数と、ヘリポートが見える。
雨宮
「てっきり、市内の総合病院にぶち込まれたかと思ってた」
エイルマー
「だからお前おれに銃向けたのか。ま、覚えてねぇならしょうがねぇよな。ほら、行くぞ」
二人は本部庁舎の「FACTOR」本部に向かった。
マラカル駐屯地
本部庁舎 「FACTOR」本部
雨宮
「ご心配おかけしました」
ビルに対し、深々と礼をした。
ビルは目の下にくまを作っていたが、疲れている様子を見せていなかった。
ビル
「いやぁ、軽傷で何よりだ。一ノ瀬からの報告じゃあ、だいぶやばそうな雰囲気だったからな」
雨宮
「あいつのおおげさな報告には以後、ご注意ください」
ビルは高らかに笑った。
ビルの顔からは安心がはっきりと読み取れた。
ビル
「覚えておこう。任務には出られるか?」
雨宮
「はい。問題ありません」
ビル
「よし。じゃあ早速任務に移るとするか。今回の爆弾事件はBEMの仕業だというのはわかってるな?」
雨宮
「はい。この状況じゃそれしか考えられませんからね」
ビル
「うん。それで、アルファチームにはボウという町に行ってもらう」
ビルと雨宮が地図の前に移動する。
雨宮
「ボウ……。たしか、ここからさらに南にいったところですよね?」
雨宮が腕を組み、思い出すように答えた。
ビル
「そうだ。じつはボウに駐屯する陸軍から、BEMの断続的な攻撃を受けていると通報された。それも、この爆弾事件とほぼ同時にだ」
ボウという街は、このマラカル市から南に百数十キロ行ったところにある街だ。
距離を聞くと遠いが、軍事的にはそれほど遠くはない。
雨宮
「なるほど……」
ビル
「ボウが攻撃を受けたとなると、正直、南スーダンのどこでも攻撃を受ける可能性はある。アルファチームにはボーに行って陸軍を支援するとともに、敵情を探ってきてほしい。まだわれわれは敵を知らん。詳しくはブリーフィングルームに行け。アルファチームが待機している」
雨宮
「わかりました。失礼します」
雨宮は礼をして本部を去ろうとしたところで、ビルに呼び止められた。
ビル
「体は本当に大丈夫か?お前を失うと成功する作戦も失敗になる恐れがある」
雨宮
「自分がそこまでの人間とは思えませんが……。自分がいなくても、アルファチームは問題なく任務を遂行するでしょう」
雨宮は自嘲した表情で言うと、本部を後にした。
ブリーフィングルーム
アルファチームは雨宮の回復を祝福し、そして安堵した。
レイラも例外ではなく、心底安心したような表情を見せていた。
それほどまでに、雨宮の存在は絶大だという表れでもあった。
狙撃兵という兵種は、敵からは酷く憎まれ、味方からはとても信頼される。
捕虜になったら最後、狙撃兵は惨殺される。
それほど戦場に大きな力をもたらすのだ。
レイラの珍しい表情に驚きつつも、雨宮はブリーフィングルームの席についた。
レイラ
「では、ブリーフィングを始める」
ブリーフィングルームの中央の大きなテーブルには地図が広げてあり、全員がそれを囲むようにしてブリーフィングが始まった。
レイラ
「まず現在の状況からだ。本部はここ、マラカル駐屯地に設置しており、いまのところ本隊もここにいる。マラカル市内は普通課による定期的なパトロールが行われているが、昨日の爆発事件以降、とくに異常はない。そんな中、ここから南に百数十キロのところに位置するボウ市にある陸軍駐屯地より、昨夜1800時よりBEMの散発的な攻撃を受けているとの連絡が入った。なんでも、駐屯地自体に被害はなく、どうやら物資を積んだ輸送隊が襲われているようだ。駐屯地に物資は届いておらず、ほとんど孤立している状態らしい。我々は、それらを救援するとともに、状況確認に行く」
ファイルから陸軍のハインド攻撃ヘリコプターの写真を取り出し、広げた。
レイラ
「今回の編成だ。陸軍のハインド2機に加え、我々のブラックホーク2機の4機編隊でボウまで行く。ハインドに一ノ瀬、フランシスがペアで乗り込め。その他はブラックホークに便乗。もう一機のブラックホークには我々の物資を積み込む。今回はブラボーチームは本部で待機しているが、状況によっては救援に来てくれる態勢をとってもらっている。だが、我々アルファチームならブラボーの助けなどいらんことを見せてやるぞ」
特務課のブラボーチームはアルファチームと同じ人数で構成される。
今回、特務課は当初18名がアサインされていたが、2名の志願者を採用し、20名で依頼に臨んだ。
両チームとも人数は10名だ。
ブラボーチームの指揮官は、ユージーン・ターナーというアメリカ人だが、冷徹でしたたかな人物として社内では有名だった。
指揮官としての能力は非常に高く、部下からの信頼も厚いが、したたか過ぎるというのが玉にキズらしい。
元諜報機関の特殊部隊だったらしい。
レイラ
「まず我々はボウ駐屯地に到着したら、現場指揮官と接触。状況を聞き、その後の対応をわたしが決める。簡単だが以上だ。質問は?」
レイラが全員を見回すが、ありません、という感じで全員首を横に振った。
レイラ
「では、1100時、ヘリポートに集合だ。B装備で、弾薬、携行食を多めに持て。解散」
ブラボー装備とは、迷彩服に、サスペンダー、タクティカルベスト、拳銃ホルスターに雑のう、中程度のバックパックを持った装備のことだ。
この装備で1週間は戦える。
アルファチームは、準備のためそれぞれ散っていった。
午前10時50分
自室で装備を整えると、廊下でチームの面々と確認をしあった。
二人一組でそれぞれ確認しあう。
地図やコンパス、弾薬やペンの一本まで、すべてが同じところに入っていることが必要である。
もし誰かが倒れた際に、すばやく必要なものだけを回収しなければならないからだ。
チェック中も皆緊張した雰囲気だったが、いつもと変わらず無表情だった。
雨宮
「デイモン。通信機は持ったな?」
衛生要員兼通信士でもあるデイモンは、皆より大きいバッグを背負っていた。
中には医療品が詰まっている。
雨宮はデイモンの装備をチェックし終えた。
デイモン
「ええ。動作確認よしです」
電子辞書のような通信機器は背中のアンテナと繋がっており、文章による通信から、通話による通信も可能な優れものである。
デイモンは衛生兵だけでなく、通信員としてもこの作戦に参加していた。
雨宮
「よし。レイラから言われたな。彼女から離れるな。なにがあっても彼女に従え。がんばれよ」
最後にデイモンに励ましの言葉をかけ、ポンと肩を叩く。
デイモンは真剣な表情で頷いた。
これからは完全に別行動となる。
学校の先生とかは、こんな気持ちで卒業生を見送るのかなと雨宮はふと思った。
レイラ
≪オールハンド、無線のチェックだ。テスト。ワン、ツー、スリー≫
イヤホンからレイラの落ち着いた声が聞こえてきた。
音量を調節し、レイラのほうを向く。
全員がレイラに異常なしの意味で頷いた。
レジーナ
「さあ野郎ども。戦争の時間だ」
レイラは不敵に笑うと、ドアを開け放った。
レイラが先頭で、アルファチームがヘリポートに一斉に駆け出した。
ヘリポートではハインド2機とブラックホーク2機がすでにエンジンを始動していた。
ブラックホークには増加燃料タンクが機外に取り付けられている。
一ノ瀬とフランシスはハインドの1番機に乗り込み、それ以外はブラックホークの1番機に乗り込んだ。
この二人は機内に残り、ハインド2番機に積み込まれた物資を下ろすのが完了するまで、駐屯地上空にてドアガンで援護することになっている。
アルファチームがヘリに乗り込んでいく様子を、「FACTOR」の本部から心配そうにビルが見ていた。
ビルの携帯が鳴る。
ビル
「ブリッジス」
アレック社長
≪アレックだ。作戦内容を見た。どうだ?状況は?≫
ビル
「まもなく離陸します。昨夜の爆弾事件のこともあります。なにか嫌な予感がしてなりません……」
ビルは素直に打ち明けた。
溜めこんでもいいことはない。
アレック
≪それはわかってる。わたしもそうだ。覚悟はしておけ。もしものとき、すぐに頭を切り替えられる≫
はい……、とビルは返事をし、ヘリポートを見た。
ハインド2機に続いてブラックホーク2機が飛び立っていく。
ビル
「自分は長らく現場にいましたが、待つのがこんなにも辛いことだとは思いませんでした」
アレック
≪君もまだまだ現役なんだがな……。今回は我慢してくれ。いずれは、君にも作戦指揮官として本格的な戦力になってもらいたい。そのための試練なのだよ。これは≫
ビルは飛び立って見えなくなっていくヘリを、ただ黙って見ているしかなかった。
マラカル駐屯地が見えるこのアパートの一室では、男が一人暮らしをしていた。
男は複数のヘリのエンジン音を聞くと、立ち上がり、双眼鏡をのぞいた。
聞きなれないエンジン音も含まれていたからだ。
それに、妙な外人集団が昨日、空港に到着したことも彼が警戒していた理由の一つだ。
ターミナルからは死角の11番スポットに止められた大型輸送機数機。
その中から降ろされたヘリ、弾薬等の大量の物資。
彼らが食糧援助や医療援助のためにきた国際団体とは違うことは明らかだった。
彼の部屋からはヘリポートは見えないが、間もなく飛び立つことはわかっていた。
そしてまもなく、ヘリが4機離陸する。
男は携帯を取り出し、双眼鏡をのぞいたまま電話を耳にあてた。
≪どうした?≫
相手の電話口の男はそう言った。
双眼鏡をのぞきながら男は話した。
男
「ヘリが4機離陸した。南に向かっている」
≪それで?≫
相手はそんなのいまに始まったことじゃない、といった感じで、話の続きを促した。
男
「そのうちの2機は、例の民間軍事会社だ」
民間軍事会社だと特定したのは輸送機から降ろされた機体の国籍表示を見た時だった。
なんと、なにも書かれていないのである。
しかも兵士たちは多国籍。
それらの理由から彼は民間軍事会社だと確信したのだった。
相手の声の質が変わり、とたんに興味を示した。
≪たしかなんだな?≫
男
「間違いない。機内には兵士の姿も見えたぞ」
≪そのまま監視を続けろ≫
そこで電話は切られた。
男は引き続き双眼鏡で駐屯地を見ていたが、特にそれ以外に動きはなかった。
午後1時25分
南に2時間ほど飛ぶと、サバンナのような風景から一気に青々とした熱帯雨林が広がってくる。
急に変わった環境にもすばやく適応するのも、特務課社員には必要な能力である。
左を見ると、舗装されていない国道に車が走っている。
その国道と平行してヘリの編隊は飛行していた。
機長
「ハインドへ。時間だ。ただいまより降下を開始するがよろしいか?」
ハインドパイロット
≪了解した。われわれはあなた方のように地形追従飛行ができない。180フィートほど上を飛ぶ≫
機長
「了解した。リマ2。聞こえたな?降下するぞ。付いて来い」
ブラックホークヘリが一気に降下を開始する。
高度はすぐに下がり、枝が一本一本見えるようになった。
機長
「よし。地形追従飛行で行くぞ。計器とディスプレイをよく見てろ。スレスレを通す」
副操縦士
「了解です」
さらに高度は下がり、今度は葉の一枚一枚が見えた。
興味深そうに社員たちは窓から外を見る。
機長
「ご搭乗中のお客様。当機は、あと20分ほどで着陸態勢に入ります。手荷物を今一度確認の上、着陸態勢にお備えください」
ヘッドセットに旅客機のようなアナウンスが流れると、社員たちに笑みがこぼれた。
デイモンが雨宮を見ると、彼は変わらず窓から外を見ている。
その表情からは何も読み取れなかった。
8分後
午後1時33分
兵士
「来ました」
木の上に登って双眼鏡を覗く兵士がそう言った。
指揮官
「機数は?」
指揮官らしい男が兵士に問うた。
彼の顔には大きな傷がある。
兵士
「2機。いずれもハインドです」
指揮官
「おかしいな。もう2機は見えないか?」
兵士
「見えません」
指揮官は少し考えた後、言った。
指揮官
「一番先頭の機を狙う。ミサイルを用意しろ」
脇からどこからともなく現れた兵士が、肩撃ち式の対空ミサイルを構える。
熱帯雨林だが、辛うじて敵機は見える。
指揮官
「ロックオンしたら撃て。いつでもいいぞ」
それから間もなく、ミサイルが発射された。
ミサイルの弾頭は瞬く間に音速の数倍に加速し、目標を追尾し始めた。
ピーピー!!
副操縦士の前のディスプレイが警告音を発した。
レーダーに光点が映った。
やがてレーダーにミサイルであることの表示がされる。
副操縦士
「誘導弾です!急速接近!」
機長が操縦桿を操作する前に、頭上が赤く光った。
上を見ると、ハインドの巨大な機体が、真っ二つになって火だるまになった。
そのまま地面すれすれを飛ぶブラックホーク2機に落下してくる。
機長
「リマ2!ブレイク!避けろ!」
急激に機体が傾き、社員たちがよろける。
ブラックホーク2機は落下してきたハインドを避けることに成功した。
だが、それによって高度が上がってしまった。
レイラ
「おそらく今のは我々が見えなかったから上を狙ったんだ。なかなかやるな」
コクピットに入ったレイラはそういうと、一ノ瀬たちが乗るハインドの無事を確認した。
レイラ
「ウィッチより、ライトニング、フォール、応答しなさい」
一ノ瀬
≪なんとか生きてます。隣の機が撃墜されました≫
一ノ瀬の声はわずかながら震えていた。
さすがの一ノ瀬もビビったらしい。
レイラ
「よかったわ。いきなり大歓迎ね。作戦は変更よ。あなた二人はボウ陸軍駐屯地に先に行ってて頂戴。そこで合流しましょ。我々はまず郊外に降りてからそちらへ向かいます」
一ノ瀬
≪了解です。では後で。フォール、アウト≫
無線はそこで終わった。
無線を聞いていた雨宮は内心ホッとしていた。
撃墜された機が一ノ瀬たちの機ではなかったからだ。
雨宮はハインドがきりもみになって落下し、機体が地面に激突してグシャグシャになるまで見ていた。
レイラは舌打ちをすると、機長に言った。
レイラ
「降下地点変更!降下地点ブラボーに変更する!行けるわね?」
機長
「了解!左旋回!接地まで60秒!」
機体は左旋回したかと思うと徐々に減速し、高度を下げていった。
レイラ
「野郎ども!ロックンロール(戦闘準備)!ドアを開けな!」
両側のドアが開けられる。
それと同時に外気が機内に入り、草のにおいが機内を満たした。
アルファチームはゴーグルを着用し、降下に備えた。
機長
「10秒だ!」
雨宮は銃の安全装置を解除して構え、付近を警戒する。
機長
「タッチダウン!!」
ヘリは思ったよりソフトに着陸した。
機体の接地感とともに、チームは一斉に機体から飛び降りるように降りた。
チームはすばやく茂みに身を隠す。
チームが降りると、ブラックホーク2機は素早く離陸し、離脱していった。
辺りが静かになるまで、誰一人として動かなかった。
静かになると、風が木の葉を撫でる音と虫や鳥の鳴き声しか聞こえなくなる。
隙間がないほどに多い茂る熱帯雨林では、樹木が垂直に3~5の層を作り上げることが多い。
そうなると、日光は何層にも多い茂る木の葉に遮られ、昼間にもかかわらず地表付近は夜のように暗くなってしまう。
雨宮が入った茂みは、ちょうどそのようないくつもの層を作った樹木の下だった。
上を見上げると、青い空が見えるが、それは信じられないくらい遠く感じた。
辺りに敵がいないことを確認すると、レイラが集合をかける。
すばやく集合したチームは、周囲を警戒しつつ耳だけをレイラに傾けた。
レイラ
「デイモン、[降下完了。奇襲によりハインド1機撃墜されるも、チームの損害は皆無。なお、ハインド1機での支援は危険すぎるため、フォール、ライトニングをボウ陸軍駐屯地に降下させ、ハインドも帰投させる]よ。その旨を本部に伝えて頂戴」
デイモン
「はっ」
デイモンは電子辞書のような通信機を取り出すと、カタカタとキーボードを叩く。
すぐに、送信完了と、デイモンが報告する。
レイラ
「よし。では作戦に移る。ブリーフィングで話した通り、このボウという町はBEMの活動が活発だ。状況確認が我々の第一目標だ。まずはここから少し南に行くと農村に出る。とりあえずの目的地はそこだ。質問は?」
雨宮
「交戦規程は?」
雨宮は警戒方向から目を離さずに質問した。
レイラ
「いつも通り。敵とみなした場合は遠慮なく射殺だ。あくまで状況確認だが、それは敵の戦闘力を確かめることでもある。遠慮だけはするな」
他に質問があるものはいなさそうだった。
レジーナは顔を落とし、ヘッドセットに手を当てた。
レイラ
「ウィッチより、フォールへ。ちょっと頼んでいいかしら?」
一ノ瀬
≪え…ええ。なんです?≫
一ノ瀬は少し驚いた様子を見せた。
彼らは機内らしく、ヘリのエンジン音がわずかに聞こえていた。
レイラ
「駐屯地で陸軍の兵士に聞いてほしいの。BEMについて。最近の戦闘だったり、彼らのやり方だったり」
一ノ瀬
≪いきなりよそ者にそんなのホイホイ喋りますかね?≫
一ノ瀬は半信半疑の様子でレイラに聞いた。
レイラ
「ダメ元でやってみて頂戴。聞き出す努力をしなさい。いいわね。ウィッチ、アウト」
レイラがチームに向き直る。
レイラ
「さて。行くわよ。戦術縦隊。先頭はハインケル。あなたよ」
ドイツ人のハインケルというのっぽな兵士が先頭に立って歩き始めた。
彼の家系は有名な航空機メーカーだそうだが、本当のところはわからない。
雨宮はデイモンの後ろを歩いた。
ボウ陸軍駐屯地
ボウ陸軍駐屯地は、マラカル駐屯地とほぼ同程度の大きな駐屯地だったが、ヘリポートの数はマラカルに比べ大きく劣っていた。
配備されている航空機も、観測ヘリ1機と、戦闘には使えないものだった。
フォールこと一ノ瀬雄太、ライトニングことフランシス・エヴァーズは、ボウ陸軍駐屯地に降り立ち、現地の士官と接触した。
士官曰く、BEMに襲われるのはパトロール隊や輸送隊ばかりだった。
しかも破壊されるのは車両や物資ばかりで、さほど負傷者もいないらしい。
負傷者がいないのは偶然なのか、それとも狙ってやっていることなのか……。
一ノ瀬はそれが偶然と考えるほど楽天家ではなかった。
一ノ瀬
「間違いない。やつらはわざと車両、物資を狙っている」
一ノ瀬は士官に聞こえないようにフランシスに言った。
フランシス
「それについては同感だが、なんのために?」
一ノ瀬
「それはわからん………」
この基地の警備状況は、襲われているのがパトロール隊や輸送隊ということで、それらの到着、出発時には一時的に警備レベルが上がるものの、それ以外のときは平時となんら変わらないらしい。
警備兵にも実弾を持たせない始末だ。
いまも警備レベルは最低のままで、警備兵の実弾携行はない。
一ノ瀬はハインドが撃墜された状況から、近く攻撃が始まるはずだと踏んでいた。
大尉にそのことを何度も話しているが、難色を示している。
一ノ瀬
「ですから大尉。すぐにこの基地の警備レベルを上げてください」
一ノ瀬たちが接触した士官は、これまた小太りした士官で、あふれ出る汗をしきりにハンカチで拭っていた。
腰には弾倉の入っていない拳銃の入ったホルスターを装備している。
大尉
「しかしなぁ……。今日はパトロールも襲われなかった。なにかの間違いじゃないのかね?」
大尉は一ノ瀬の話をまったく現実的に考えていなかった。
一ノ瀬は大尉の緩慢な態度に苛立った。
一ノ瀬
「いいから警備レベルを上げろ!実弾を配れ!取り返しのつかないことになるぞ!!」
ポンッ ポンッ
突然、遠くでビンの栓を開けたような音がフランシスには聞こえた。
戦場での経験が、その音が迫撃砲であるとわからせてくれたのだ。
次の瞬間には身体が勝手に反応していた。
フランシス
「畜生!!」
フランシスは一ノ瀬を押し倒し、そのまま自分も地面に伏せた。
砲弾はボウ駐屯地の兵舎に命中し、屋根の木材が空高く舞い上がった。
二人からは80メートルほど離れていたが、木の破片が空から降り注いだ。
命中した兵舎からは、血まみれの兵士がヨロヨロと出てきた。
ホラー映画のゾンビのようだった。
フランシス
「迫撃砲だ!」
フランシスが顔を上げながら言う。
一ノ瀬
「思ったより早かったな!もうきやがったか!おい!立て!」
一ノ瀬はうずくまって震えている大尉の襟首を掴み、強引に立たせた。
一ノ瀬
「部下を掌握しろ!ただちに防御態勢を整えるんだ!まずは守れ!反撃はそれからだ!わかったな!?」
ガクガクと大尉を揺すりながら怒鳴る。
一ノ瀬は爆発の衝撃で、言葉の言い回しがおかしいことに自分で気づいていた。
しかし、どうしようもない。
大尉は頷くと、駆け出した。
一ノ瀬
「ウィッチ、こちらフォール。ボウ駐屯地は攻撃を受けています!今後の……」
RPG対戦車火器の発射音が連続して聞こえ、次の瞬間には見張り台、正門、正門の詰め所が爆発し、それと同時にピックアップトラックの荷台に重機関銃を搭載したテクニカルが駐屯地に侵入してきた。
テクニカルハイになった兵士がぎっしりと詰め込まれていて、空に小銃を撃ちまくっている。
一ノ瀬
「くそっ!」
一ノ瀬とフランシスはライフルを構えると、先頭のテクニカルに弾を浴びせた。
先頭車両は横転したものの、次々とテクニカルが侵入してくる。
まだ武器が行き渡っていない陸軍の兵士たちは、逃げまどい、容赦なくその背中に銃弾を浴びせられた。
イヤホンにはレイラからの呼びかけが聞こえていたが、それに応えることすら忘れさせるような地獄絵図だった。
応戦しているのは一ノ瀬たちだけだったが、すぐに発砲を止め、物陰に隠れた。
一ノ瀬とフランシスの二人だけでは、むやみに反撃しても戦力差で圧倒されてしまう。
二人は反撃の機を待つことにしたのだ。
重機関銃の掃射を逃れた兵士も、追われ、リンチされ、惨殺されていった。
一ノ瀬たちは物陰からただ見ているしかできなかった。
わずかに小銃を手に入れて反撃した兵士もいたが、戦力差の前にはなす術なく殺されていった。
一ノ瀬
「下がろう。武器庫のほうはまだ無事なはずだ。もしかすると防御態勢がとれてるかもしれない。発見されたときだけ撃とう。いいか?」
フランシス
「了解」
正門からもっとも遠い位置にある武器庫周辺には、本部庁舎もあり、指揮系統が整っている可能性があった。
二人はそれに賭けたのだ。
二人は物陰から物陰へと風のように移動していった。
その間にも、生き残っている政府軍兵士は片っ端から殺されていた。
レイラ
「どうしたんだ、まったく!」
駐屯地襲撃の報告を最後に、一ノ瀬たちとは連絡が取れずじまいだった。
レイラは思わず怒りを口にした。
思わずいつもの癖である爪を噛んだ。
雨宮
「銃声は聞こえますが、かなり遠いですね」
目だけでなく耳もいい雨宮が聞き耳を立てながら言った。
レイラ
「わかってるわ。方角的に駐屯地で間違いないわね。ただ、私たちは駐屯地へは行かない」
誰も驚いた様子を見せない。
ただ警戒しながら話を聞いている。
デイモンはただ一人、不満そうな顔をしていた。
なにかを言いたそうにレイラを見ている。
エイルマー
「いまおれたちが行ってもなにもできることはない。わかるな?」
そんなデイモンの表情に気付いたエイルマーが補足する。
デイモンは不服そうな顔をしながらも頷いた。
そしてエイルマーは、一ノ瀬たちなら大丈夫だ、とも加えた。
レイラ
「そういうこと。さて、わたしたちには武器のほかに不足しているものがあるわ。情報よ。捕虜をとって尋問するわ」
エイルマー
「それは非効率では?我々には時間がない」
レイラ
「口を割らないようならすぐ諦めましょう。また状況に変化があったらまた考える。行くわよ」
アルファチームは隊列を崩さずに密林地帯を進んでいった。
20分後
午後2時20分
ボウ市の郊外に入ったアルファチームは、両側を民家で囲まれた一本道を待ち伏せポイントとした。
民家はなぜか無人だったが、生活の跡がところどころに見られた。
ここを選んだ理由は、チームがこのポイントに到着してすぐにBEMの一個小隊が通過したことから、また別の隊がここを通ると、レイラが踏んだためだった。
ボウ陸軍駐屯地とは方向が逆であったため、敵がどこへ向かっているかもわからない。
それも聞き出す必要があった。
レイラの判断に間違いはなく、チームより500mほど先で警戒していた雨宮から連絡が入った。
雨宮
≪こちらギリー。一個分隊8名がそちらへ向かっています≫
両側を民家に挟まれたこの道には、脇道はない。
敵はそのまま待ち伏せの渦中に飛び込んでいくのだ。
物陰から様子をうかがうレイラの目に、敵分隊の姿が見えた。
レイラ
「オールハンド、来たわ。作戦通りよろしくね」
分隊は縦隊で、特に警戒する様子もなく無警戒で走っていた。
私服の上にベストを着て、AKを装備し、いかにもゲリラらしい装備だ。
戦端を切ったのは雨宮のM14だった。
サプレッサーを装着していたため、発射音は誰にも聞こえなかったが、最後尾の兵士が音もなく倒れたことで、着弾が判明した。
最後尾の兵士が音もなく倒れたので、そのほかの兵士は変わらず歩き続けている。
最後尾の兵士がやられたことに気付いた兵士が、足を止めて倒れている兵士を指差す。
次の瞬間には、指をさした兵士の眉間にドングリほどの穴があき、辺りに鮮血が飛び散る。
それを合図に、アルファチームが襲いかかった。
アルファチームは全員サプレッサー付きの武器を使用し、襲撃音は最低限のものだった。
次々に兵士は倒れていき、残ったのは反射的に銃を捨てた若い兵士二人。
アルファチームの社員はただちにその二人を取り押さえた。
捕らえた二人に猿ぐつわを噛ませ、両手を縛る。
レイラ
「オールハンド、撤収だ。料理の時間だぞ」
二人はアルファチームが安全を確認した廃工場に連れて行った。
駅のプラットフォームに似たその倉庫は、元は食肉工場のようだった。
倉庫内にはハエが飛び回り、肉を保管していたと思われる奥の部屋は酷いにおいだった。
雨宮は車庫のようなところに椅子を二つ並べ、二人を座らせた。
片方の兵士の猿ぐつわを外す。
車庫内には、雨宮、エイルマー、レイラ、そしてカークという黒人の社員が残り、それ以外は付近の警戒にあたった。
レイラ
「さて、あまり時間がないの。手短に行くわ。あなたたちは全員で何人いるの?」
この兵士たちに英語が通じるのは都合がよかった。
彼らの喋ったことがそのまま情報として使える。
若い兵士B
「知るか。おれたちゃ下っ端だよ」
一人の若い兵士は、やけに反抗的な態度だった。
それもそのはず。
まだ20代になったばかりの青年らしかった。
レイラ
「ギリー、黙らせて」
雨宮
「カーク」
カークは頷くと、兵士Bの口に布切れをぶち込んだ。
そして、雨宮はナイフを抜き、右手人差し指の爪の間に突き刺し、爪をはいだ。
若い兵士B
「う゛う゛う゛う゛う゛ーーーーー!!!!」
口の布切れのせいで声は通らず、倉庫で静かに響くだけだった。
ガクガクと兵士Bは身体を揺らしたかと思うと、今度はビクビクと痙攣し始めた。
雨宮がバケツの水をぶっかけると、兵士Bは顔を上げ、雨宮を睨む。
今度は兵士Aの猿ぐつわを外した。
若い兵士A
「ま、待ってくれ!300人くらいだ!ここの指揮官が呼べばもっと来る!」
兵士Aは冷や汗をかきながら訴えた。
彼の目には先ほどの光景が焼きついているのだろう。
何でも話す、という目をしていた。
レイラ
「あらそう。どこから来るの?」
若い兵士A
「隣町だ。そこに上の連中がいる」
レイラ
「駐屯地を襲撃する理由は何?」
若い兵士Aは口をつぐんで、顔を落とした。
レイラ
「やって」
レイラは遠慮なく雨宮に指示を出す。
雨宮は躊躇なく、サプレッサー付きの拳銃を抜き、兵士Bの太ももを撃った。
若い兵士B
「ぐあああああああああああああ………」
ビクンビクンと兵士Bの体は揺れ、そのたびに手錠がチャラチャラと音を立てる。
兵士Aはちくしょう、と叫んで、心配そうに兵士Bを見た。
レイラ
「目的はなんだ!?」
レイラが兵士Aの顔を鷲掴み、自分のほうを向かせる。
若い兵士A
「マラカルから飛び立ったハインド2機、ブラックホーク2機に乗っていた外人部隊だぁっ!!」
雨宮の眉間がピクッと動いた。
後ろのカークとエイルマーはお互いを見合わせている。
レイラ
「……外人部隊?」
若い兵士A
「ああ!マラカル空港に着陸した輸送機に乗っていた連中だ!あんたらみたいに、日系や黒人、白人、ヨーロッパ系がいっぱいいる奴らさ!おれたちはそこまでしか知らされてない!」
エイルマーはおいおい……、といった表情で雨宮を見るが、雨宮は捕虜から目を離していない。
レイラは雨宮に、イヤホンをトントンと指でたたく合図をした。
雨宮は頷くと、倉庫から出て行った。
レイラ
「最後に一つ。あなたたちBEMの親玉はどこ?」
若い兵士A
「それは知らない……本当だ……。助けてくれ……」
若い兵士は涙をぼろぼろこぼしながらレイラに言った。
レイラ
「終わりよ。カーク、エイルマー、治療して固く縛っておいて」
カーク
「了解、ボス」
エイルマーとカークが手際よく兵士Bに治療を施し、全身を固く縛りつけた。
レイラが倉庫を出ると、雨宮がデイモンの持っていた通信機で本部と連絡を取っていた。
雨宮
「……それで、尋問を実行したところ、奴らは自分たちが輸送機でここに来たことを知っていました。正確にヘリを報告しているところをみると、おそらく、マラカルに市民に紛れた偵察員がいるかと……」
ビル
≪そうだな……。情報が漏れているわけだな。しかし、そいつは困ったな≫
雨宮
「ええ。駐屯地を襲撃しているのも、一ノ瀬とフランシスが狙いです。敵はこの国の政府ではなく、我々のようです」
ビル
≪わかった。レイラに代われ≫
雨宮は受話器をレイラに渡した。
レイラはビルと作戦について話し合っているようだった。
デイモン
「雨宮さん、聞いてもいいですか?」
雨宮
「ん?」
デイモン
「あんな尋問して、心が痛まないんですか?」
開いたドアから見える捕虜二人をみながらデイモンは言った。
カークは引き続き兵士Bの傷を手当てしているが、兵士Bはぐったりと顔を落としていた。
精気を抜かれたような顔をしている兵士Bは、一点をボーっと見つめていた。
雨宮
「大したことはしてない。奴らは民兵みたいなもんだ。民兵相手にはあの程度で十分なのさ。相手がそれなりの人間なら、それなりのことをする」
さらにひどい尋問を想像して、デイモンは背筋が凍りつく思いだった。
デイモン
「それについて、なにも思わないんですか?」
雨宮の答えは質問の答えになってなかったので、再びデイモンは聞いた。
珍しく雨宮は目を泳がせ、あちこち装備をチェックし始めた。
動揺しているのが目に見えてわかった。
複雑な表情をして雨宮が口を開く。
雨宮
「……じきにお前にもわかる。特務課に入った以上、覚悟しておけ」
雨宮は水筒の水を一口飲むと、誰が好き好んでこんなことするもんか……、と小さくつぶやいた。
デイモンにはそのつぶやきが聞こえたが、聞こえないふりをした。
レイラは受話器を置いて無線機の送信ボタンを押した。
レイラ
「オールハンド、捕虜からは指揮官の情報がわずかだが得られた。第一目標はそいつだ。相手の戦力は機関銃搭載のジープに、歩兵300名。このまま我々は市内を進む。集合しろ」
アルファチームがすばやく集合し、レイラに状況説明を受ける。
全員の情報の頭を合わせたところで、レイラは前進を指示した。
同時刻
ボウ市内
ジープの荷台に立ち、双眼鏡をのぞくこの近辺のBEMの指揮官であるライコルは、吐き捨てるように言った。
ライコル
「陸軍駐屯地は落とせないのか!?なにをしている!?」
ライコルは、ハインド1機も撃墜し、下っ端兵士からは英雄視されていたが、彼はまだまだ満足していなかった。
例の外人部隊を倒すまでは……。
スムールに入った外国人は一人残らず殺す。
兵士
「まだ駐屯地では抵抗が続いています。相手に立て直らせる時間を作ってしまいました」
ジープの助手席に乗る兵士が言った。
チッとライコルは舌打ちする。
ライコル
「例の外人部隊の輸送ヘリから降りた分隊は市の郊外に着陸した。そっちはどうなっている?」
兵士
「まだなにも報告はありません。しかし、いずれ我々の脅威になるかと……」
ライコル
「急いで探せ。奴らを野放しにしておくのは非常にマズイ。一刻も早く叩かねばならん」
ライコルは駐屯地へさらなる増援を送る指示を出した。
駐屯地を落とせば更に物資、車両が手に入る。
大幅な戦力拡大が可能なのだ。
BEMには政府軍出身の兵士が大勢いて、彼らが作戦のアドバイスをライコルに行っていた。
さらに彼らは、装甲車も扱える。
ライコルは駐屯地への攻撃を急がせた。
20分後
午後2時48分
ボウ陸軍駐屯地
ズガガガガガガガガ……
一ノ瀬たちはボー陸軍駐屯地の正門からはもっとも遠い兵舎の兵士たちと、その兵舎に近い武器庫を確保し、必死の防戦を繰り広げていた。
一ノ瀬は武器庫から頂いたFN社製MAG軽機関銃を伏せ撃ちで連射する。
敵の兵士は機関銃のけん制射撃に前進ができないようだった。
フランシス
「装填!」
フランシスのM16は、M4のようなスライドストックに、ドットサイト、フォアグリップを装着し、銃身を少し短くしたCQBカスタムだ。
手慣れた様子で空になったマガジンを交換する。
一ノ瀬は、新たに正門から入ってくる3台のテクニカルを目撃した。
一ノ瀬
「くそぉっ!増えたぞ!」
フランシス
「おれたちだけで本部庁舎を確保しよう!あそこが手に入ればだいぶ楽になる!」
本部庁舎は一ノ瀬たちから数十m先にあるが、現在は敵に占拠されている。
一ノ瀬
「中尉!おれたちは本部庁舎を確保してくる!援護しろ!」
非番で、兵舎にいて助かったこの中尉は、ランニング姿で応戦していた。
中尉
「無茶だ!この弾幕のなか飛び出せるもんか!あちこちから撃たれてなにがなんだか……」
ひっきりなしに頭上を弾がかすめ、地面に命中した弾丸が土煙立てていた。
中尉のいうことはもっともだ。
一ノ瀬
「いいから援護を!」
一ノ瀬が飛び出そうとしたとき、後方の車庫からエンジン音が響き渡った。
ビクッと一ノ瀬は動きを止め、振り向いた。
新手か……
一ノ瀬が身構えると、車庫のドアが開けられた。
中尉
「BMPだ!味方だぞ!!」
車庫から現れたのはBMP-2と呼ばれるロシア製歩兵戦闘車だ。
砲塔には30mm機関砲を備える。
車庫から出てきたBMP2両は、車庫からでるなり、30mm機関砲を発射した。
威力は凄まじく、まともに弾を受けた敵は、胴と足が真っ二つになってしまっていた。
敵は正門方面へと退避し、弾幕が止む。
一ノ瀬
「行こう!」
一ノ瀬は軽機関銃を捨て、自分のライフルを持って駆け出した。
フランシスも後に続いた。
二人は本部庁舎の裏口に取り付くと、手榴弾を取り出した。
建物の突入には、いかなる場合でもまずは手榴弾を投げ込む。
フランシスが安全ピンに指をかけた。
フランシス
「やれ!」
一ノ瀬がドアノブに手をかける前に、ドアは思い切り開けられた。
目の前には何かを一ノ瀬に向けて振りかぶる民兵の姿があった。
一ノ瀬はとっさに手にしていたM4A1カービンを体の前で張った。
ガキィィィン……
一ノ瀬には民兵が振りかぶっていたものが見えた。
グルカナイフ。
刃がくの字に湾曲し、攻撃力と切断力に優れる大型のナイフだ。
グルカナイフの刃は、M4A1のドットサイト、機関部に食い込み、マガジンの部分でようやく止まった。
一ノ瀬
「バッ……。冗談だろ………!」
カチッ
フランシスがM16を構えて引き金を引くが、弾は発射されなかった。
薬室に装填された弾薬になんらかの原因があると、このように発射されない。
新たに裏口から飛び出してきた民兵はAK47を取っ組みあっている一ノ瀬に向けて腰だめで構えた。
ババババババ……
グルカナイフを手にしていた民兵に弾が集中したが、至近距離だったために、貫通した弾が一ノ瀬に命中する。
一ノ瀬
「ぐっ!?」
一瞬ビクンと反応した一ノ瀬の身体が壁伝いに崩れ落ちる。
ダァンダァンダァン……
連続した発射音の後、AK47を構えていた民兵は倒れた。
発射音の正体はフランシスのUSP45だった。
フランシスは一目散に一ノ瀬に駆け寄る。
フランシス
「くそぉ。しっかりしろ」
一ノ瀬
「ああ大丈夫。生きてるから落ち着け……」
フランシスが一ノ瀬の体をチェックするが、出血もなく異常はない。
フランシスの心配そうな顔に、一ノ瀬は口を開いた。
一ノ瀬
「……おれ生きてるよな?」
フランシス
「あ、ああ。もちろん」
一ノ瀬
「じゃあそんな顔するなって。怖くなるだろうが」
見たところ、弾は腹部に命中し、ベストの抗弾パネルで止まっていた。
一ノ瀬が腹を押さえながら立ち上がる。
一ノ瀬
「いてて……。畜生。ライフルを失くしちまった」
グルカナイフが食い込んだまま地面に転がるM4A1カービンは、使える状態ではなかった。
ホルスターからSIG社製GSRを抜き、弾薬を確認する。
GSRは、コルトM1911拳銃をSIG社がアレンジしたM1911クローンのうちの一丁だ。
一ノ瀬
「突入するぞ」
一ノ瀬はベストを捨てると、裏口から突入した。