新規の依頼
この章からの登場人物
[レイラ・バーリス]
特務課所属。ベテランのアラフォー女性兵士。美貌に似合わずドSだが、腕は確か。部下からは絶対的な信頼を得ている。人妻。
3日後
5月1日
午後6時42分
「FACTOR」本棟
第1ブリーフィングルーム
業務も終わり、日も沈んだ夕暮れ時。
特務課社員の一部とその他の社員がブリーフィングルームに集まった。
総勢60名を超える。
ブリーフィングルームに社長が入室すると、全員が立ち上がり、礼をした。
全員が席についてから社長は口を開いた。
アレック社長
「さて。ここにいるメンバーが、今回の依頼に参加する者たちだな。ここにいるということは、依頼参加に承諾したものとして見る。覚悟してもらおう」
召集の掛かった社員には、あらかじめ、依頼についてのメールが携帯端末に送られる。
その内容を見て、承諾した者だけがこのブリーフィングに参加できるのだ。
部屋が暗くなり、スクリーンが映し出される。
メンバーには、雨宮、エイルマー、一ノ瀬、ビル、デイモンを含む特務課社員に、普通課社員、衛生課、航空課など、様々な部署の人間がいた。
アレック社長
「今回の内容は組織解体だ。場所はアフリカ、スーダン南部だ」
社長が書類をめくると同時にスクリーンの写真が変わった。
アレック社長
「依頼主は極秘となっている。スーダンでは先日、アメリカのPKO部隊が南スーダンのある村で活動していたところ……急襲され、甚大な被害が出た。急襲した連中の調べはついている。そいつらを殲滅するのが今回の仕事だ」
PKO部隊を急襲したのは、南スーダンで活動している、外国人追放を目的としているBEMという組織だったらしい。
BEMはスーダンでの部族間対立でゲリラ戦を展開し、政府軍等にも多大な被害をもたらし、練度が比較的高い組織として知られている。
アレック社長
「車両関係は書類の5ページ目を見てくれ。おおまかに言うと、ヘリは3機、車両は計3両だが車両は現地で依頼主が用意するらしい。弾薬もある程度はあるらしいから、我々は必要なものだけを持っていく。ざって目を通して、この時点での質問や要望は遠慮なく言ってくれ。検討しよう」
普通課社員の一人が手をあげ、その場に起立した。
普通課社員
「対戦車火器が少ないですが、敵は装甲車を保有していないのですか?」
アレック社長
「装甲車両がいるという情報は入っていない。これは2つのソースから確認したことだが、万が一ということもある。不安ならば追加しよう」
普通課社員
「お願いします」
この普通課社員以外、特に手を上げた者はいなかった。
アレック社長
「よし。では次に日程についてだが……」
ブリーフィングは続いた。
…
……
………
ブリーフィングが終わり、参加メンバーがゾロゾロとブリーフィングルームから出てくる。
雨宮
「デイモン。いよいよだな。大丈夫か?」
雨宮がデイモンの肩を叩くと、驚いた様子で振り返る。
デイモン
「ええ……まあ」
大丈夫じゃないじゃないか。
と雨宮は思った。
雨宮
「装備を整えよう。来い」
武器庫
武器庫の受付カウンター前には、長いテーブルがあり、分解結合などの様々なことができるように空間は広めにできている。
雨宮とデイモンはそこに装備を広げた。
雨宮
「ライフル、拳銃、抗弾パネル入りベスト、帽子、ゴーグル、サングラス、インカム、携行食…………」
雨宮が広げた装備を確認していく。
デイモン
「この携行食ってのは?」
全てを確認したあとで、デイモンが聞いた。
雨宮
「アメリカの食い物だ。今回の依頼は少し長いから、そのうちアメリカの食い物が恋しくなってくる」
なるほど……とデイモンが呟いた。
雨宮
「向こうでもう一度確認するが、きまった場所に決まったものを入れるんだ。弾薬、手榴弾から食糧、地図とか…。全部だ」
デイモンは返事をして、雨宮の説明を静かに聞いた。
雨宮
「よし。あとはアフリカ支部で支給されるはずだ。弾をこめよう」
二人は空弾倉に一発一発弾をこめていく。
カチャカチャと弾をこめる音だけが武器庫に響いていた。
雨宮
「覚悟はできてるか?」
雨宮は唐突に口を開いた。
デイモン
「もちろんです!やってみせます!」
声に覇気はあったが、顔は強ばっていた。
雨宮
「どうしても訓練通りにはいかないものだ。お前だって薄々わかってるだろ。チーム分けは決まってないが、恐らく同じチームになる。おれの真似をすりゃあいい。大事なのは、実戦を経験することだ」
デイモンは頷くと作業に戻った。
その頃には雨宮はすでに弾をこめ終え、荷物をまとめていた。
シカゴ空軍基地
エルンスト
「よし。こんなもんだろう」
今回持って行くAH-64の機体と、補給品や武装が大型輸送機に積み込まれた。
AH-64はローターを外され、武装もすべて外された状態だった。
大型輸送機にはその他の補給品も積み込まれている。
エルンスト
「ありがとうみんな。ゆっくり休んでくれ」
整備員たちがゾロゾロと帰り始めた。
エルンスト
「しばしのお別れだ」
変わり果てたAH-64アパッチの姿に、エルンストは呟いた。
レジーナ
「すぐ会えます……。そういえば、他に持っていく航空機は何ですか」
エルンスト
「うん。AH-64アパッチは俺たちの一機。UH-1と、AUH-1がそれぞれ一機だけだそうだ」
二人は格納庫を出て、隣りの格納庫を見てみると、UH-1の積み込み作業が行われていた。
レジーナ
「意外と少ないですね」
エルンスト
「なんでも、スーダン側が輸送ヘリなら出せると言ってるそうだからな。このくらいで十分だろう」
見たところ、UH-1の積み込みも順調そうだった。
エルンスト
「さて、順調そうだから帰るか。準備もしなきゃいけないし」
レジーナ
「ですね」
二人は空軍基地を後にした。
翌日
5月2日
午前11時48分
特務課オフィス
デイモンと雨宮はスーダン南部の各地区の衛星写真を見ていた。
雨宮
「南部は主に湿地、というかジャングルのような場所が多い。武器を扱う際には、泥に注意し……」
言葉を止め、雨宮が顔を上げた。
デイモン
「?」
デイモンも雨宮の視線を追い、振り返る。
そこには背が高く、スラッとしたスリムな体型の女性がいた。
顔も整っており美人さんだ。
レイラ
「あら、二人揃ってなにしてるのかしら?」
彼女はレイラ・バーリス。
その美貌とは裏腹に、最高の兵士として特務課に所属している。
雨宮
「現地の衛星写真です。おおまかな地形と地名を頭に入れとこうかと」
デイモンはいまだにレイラに見とれてしまっていた。
レイラ
「はじめまして…よね?」
レイラがデイモンに気付き、声を掛ける。
デイモン
「は、はいっ。何度か訓練場でお見かけした程度で」
レイラ
「あらそう。レイラ・バーリスです。よろしく」
デイモンは恥ずかしそうに握手をした。
レイラ
「ふふ……。かわいい坊や」
レイラがデイモンの首を撫でる。
雨宮
「自分の部下です。下手な真似はやめていただきたい」
威圧ある雨宮の声に、デイモンが慌てて雨宮を見る。
チクッ
デイモン
「痛っ!」
その瞬間、デイモンは反射的に首を押さえた。
レイラ
「ふふ……。雨宮、あなたにもこんなかわいい舎弟ができたのね」
レイラはデイモンにわざと仕込みナイフの不気味に輝く刃を見せ、袖に引っ込めた。
デイモン
「し、仕込みナイフ……」
レイラ
「ごめんなさいね。女だからってナメられないようにしなきゃならないの」
レイラはそう言いながら、二人に封筒を渡した。
レイラ
「今回のスーダン、あなたたち二人はアルファチームよ。リーダーは、あたし。今日からあたしの部下よ」
雨宮は封筒を開け、書類に軽く目を通すと、すぐに衛星写真に目を落とした。
デイモン
「よろしくお願いします!」
デイモンは立ち上がり、礼をした。
レイラ
「言っとくけど、タマなしはうちのチームにはいらないわ。覚えときなさい」
厳しい表情でデイモンに言った。
デイモン
「……努力します!」
レイラはビシッと気をつけしたデイモンに近づき、優しい顔をして頬を撫でた。
レイラ
「安心なさい。あたしが立派な兵士に育ててあげるわ。あなたは正直な男ね。あたし、正直な男が好きよ」
優しい母親のような口ぶりで言った。
翌日
5月1日
午前10時45分
「FACTOR」訓練場
3000メートルコース上
レイラ
「デイモン!遅れているぞ!なにをノロノロしてやがる!?このヒヨッ子が!!」
レイラの率いるアルファチームは2列縦隊で、完全武装のまま3000メートルコース上を走っていた。
チームは完全武装に加え、グレネード弾(訓練弾)を20発も持たされ、デイモンはすでに遅れだしていた。
ゼェゼェと肩で息をしながら足を前に進めるが、足取りは頼りなかった。
デイモンの前方を走る雨宮たちのアルファチーム要員は、2列縦隊を決して崩すことなく、一定のスピードで走っていた。
走行距離はすでに20kmを超える。
レイラ
「よーし!!先頭歩けー!」
2列縦隊は速度を落とし、通常の歩く速度へと変わった。
デイモン
「ぶはぁ……」
デイモンはその場に倒れこんだ。
レイラ
「タマなし!!誰が倒れろと言ったんだ!?え!?立ちやがれ!!」
倒れたデイモンにレイラは容赦なく罵声を浴びせる。
デイモン
(も、もうダメ……)
声も出ないデイモンは頭の中でそう思った。
雨宮
「立て、デイモン」
雨宮の声に、デイモンはゆっくりと顔を上げた。
そこでデイモンは愕然となる。
雨宮は何事もなかったかのように、いつもの表情のまま、デイモンに手を伸ばしていた。
デイモン
(こ、こいつら……表情一つ変えずに走ったってのか!?)
いつのまにか隊列は止まっていて、列の社員たちはデイモンを見ていた。
全員、恐ろしいほどの無表情だ。
デイモン
(ありえない……。こっちは立ってられるかも怪しいのに……)
レイラ
「辛い時こそ無表情。これは特殊部隊員の鉄則だ」
デイモンの考えていることを見透かしたかのようにレイラは言った。
雨宮
「グレネードを寄越せ」
アルファチーム要員A
「ほら、ライフル貸せよ」
アルファチーム要員B
「バックパックも。ほら」
いつの間にかデイモンはアルファチームに囲まれ介抱されていた。
デイモンは雨宮の肩を借り、ようやく立ち上がることができた。
デイモン
「すいません……。すいません………すいません………」
デイモンは雨宮の肩の中で泣きじゃくった。
雨宮
「誰もお前がついてこれるとは思ってない。大事なのは諦めなかったことだ。おまえは立てなくなるまで走ったんだ。上出来だ。ここにはおまえの味方しかいない。安心して背中を預けられる連中だけだ。アルファチームへようこそ。デイモン・ブレット」
デイモンはアルファチームのメンバーに囲まれながら、車庫までの道を歩いた。
翌日
5月4日
午前9時11分
「FACTOR」本部 本棟
執行部 特務課オフィス
出発は5月8日と決まり、特務課のオフィスではその準備に追われていた。
ただ平然とデスクに向かっていられたのは、事前準備のしっかりしていた数名のみで、その中には雨宮も含まれていた。
プルルルルルルル……
内線が鳴り響くが、誰も見むきをしない。
雨宮はため息混じりに受話器を取った。
雨宮
「執行部、雨宮です」
航空課社員
「航空課です。課長はおられますか?」
課長の席は空いていた。
課長もいろいろと忙しいらしい。
雨宮
「不在です。自分でよければ伺います」
航空課
「助かります。輸送機への物資、車両の積み込みが完了しました。追加で積み込むようでしたら6日までなら間に合いますので、その旨をお伝えください」
雨宮
「了解しました。失礼します」
受話器をおくとオフィスの騒々しさが戻ってきた。
デイモン
「これ、よかったらどうぞ」
雨宮のデスクに湯気を立てたコーヒーが置かれた。
雨宮
「気が利くな」
デイモン
「デイモンコーヒー、ガンパウダー風味ですよ」
雨宮
「よく言うぜ」
雨宮が笑ってコーヒーをすする。
かすかに火薬の風味がした。
雨宮
「……ほんとに入れたのか?」
デイモン
「まさか!風味ですよ、風味」
雨宮は気にせず飲んだ。
飲んでいると、このコーヒーが自分好みの味だということに気付いた。
雨宮
「おれのコーヒーを甘くしろって、誰から聞いた?」
デイモン
「エイルマーさんです。とにかく甘くしろ……と」
雨宮
「ああ。コーヒーは好きなんだが、あの苦みがな……。ブラックを美味いと飲む奴の気が知れん」
デイモン
「人それぞれ、好みがありますからねぇ…」
雨宮
「実は、おれが一番子供なのかもしれん」
雨宮は鼻で笑うと、パソコンに向かい合った。
午後9時54分
イリノイ州シカゴ市街地
雨宮はエイルマーと夕食に出かけ、いまはその帰り道だった。
国道に車を走らせる。
エイルマー
「食った食った。腹がパンパンだぜ」
雨宮
「ホント食欲旺盛な奴だな。18かそこらのガキかっつの」
エイルマー
「車とおんなじで、人間も燃料を蓄えなきゃなんねぇからよ」
信号で車は止まり、助手席のエイルマーが外を眺めていた。
エイルマー
「おっ……と。ケンカか?」
雨宮もエイルマーの視線を追い、路地裏を見た。
4人のグループと8人のグループがにらみ合っていた。
年端も行かぬ、高校生の不良のイメージだ。
殺伐とした雰囲気で、いまにも殴り合いが始まりそうな様子だった。
エイルマー
「止めるか?」
雨宮
「馬鹿言うな。なんの関係もないだろうが。だいたい、どうやって止めに入る気だ?」
エイルマー
「殴り合いがはじまろうってのに眺めてるだけかよ?」
雨宮
「だからこそだ。警察に一報入れときゃいいだろうが」
エイルマーはホルスターから拳銃を抜き、スライドを少し引いて薬室に弾が装てんされていることを確認した。
明らかに行く雰囲気だ。
雨宮
「おいおい冗談だろ?」
エイルマー
「見ろ」
エイルマーは8人グループを指差した。
8人グループの一番後ろの奴が、ナイフを腰から抜いていた。
雨宮にもそれがはっきりと見えた。
雨宮
「わかったよ。だけど街中で銃を撃つのは気が引ける。サプレッサーだ」
車のダッシュボードからサプレッサーを二つ取り出した。
エイルマー
「用意がいいじゃねぇか。さすがだな。お前は警察に連絡だ」
雨宮は携帯を取り出し、地元警察との直通回線につないだ。
エイルマーは車を降り、路地裏に近づいてゆく。
不良A
「やるってのか?」
不良B
「おうおう。ここはおれらのシマなんだよ。失せねぇと痛い目みるぞ」
エイルマーは咳払いをすると、始めた。
エイルマー
「ようようお譲ちゃん達。もう帰る時間じゃねぇの?」
不良全員がエイルマーに注目し、ターゲットをエイルマーに変更したようだった。
不良たちがエイルマーに近づいてくる。
不良D
「おじさん誰よ?」
エイルマー
「警察だよ。警察」
その言葉に何人かの不良の顔がこわばったが、次の一言で、それは和らいだ。
不良E
「おっさん一人が?刑事って二人ひと組なんじゃねぇの??もう一人は?」
エイルマー
「あー……、まあ、厳密には警察じゃなくてだな……」
エイルマーが襟足をカリカリと掻くのと同時に、ナイフを持った不良が突進してきた。
エイルマーは突き出されたナイフの腕を抱え込むと、そのまま肘を曲げてはいけない方向に曲げた。
不良N
「うぎゃああああああああああ!!!」
エイルマー
「あぶねえだろうがコラ……」
エイルマーが素早くホルスターから拳銃を抜く。
パシュッ
乾いた音が響いたと思うと、路地裏の奥のほうにいた不良が持っていたナイフが弾け飛んだ。
撃ったのはエイルマーだ。
不良A
「う……うそぉ……」
エイルマー
「ナイフなんて持ってちゃあぶねぇだろうが。だめだよなあ。そういうのは」
エイルマーが拳銃を不良たちに向ける。
エイルマー
「おとなしくしてろ!!そうすりゃ警官たちに口添えしてやる!!妙な真似しやがったら覚悟しとけ!!」
エイルマーが声を荒げて怒鳴ると、不良たちはそれに従った。
エイルマー
「いい子じゃねえか。聞き分けはできるようだな。関心関心」
数分後、パトカーが到着し、不良たちを引き渡した。
警官
「エイルマー……。やっぱりお前か」
不良たちをまとめると、一人の警官がそういった。
警官
「子供相手にムキになりすぎだぞ」
その警官はあきれ顔で言った。
エイルマー
「いい社会勉強さ。けがをさせたのは申し訳なく思ってる。あとで謝りに行くさ。で、いつも通り頼めるか?」
警官
「全員釈放だろ?わかってるって。補導歴も付けさせない」
エイルマー
「あの子たちはまだまだ先がある。こんなことでつまづいてほしくないからな。頼むよ」
警官
「おう。後で一杯やろう」
エイルマー
「わりいな。おれらしばらくスーダンだ。帰ってきたら連絡する」
警官はうなずくと、不良たちとともに警察署へ向かって走っていった。
雨宮の車に戻ると、エイルマーはため息をついた。
エイルマー
「あいつらにとって、いい薬になってればいいんだが……」
雨宮
「大丈夫だ。ありゃあ相当なインパクトだった。おれも少しちびったからな」
雨宮は真顔で淡々と答えた。
エイルマー
「そんな真顔で言っても説得力ねぇよバカ。早く帰ろうぜ」
雨宮の車はシカゴ市内を進んでいった。