訓練
この章からの登場人物
[エレーナ・カラシコフ]
社長秘書。年齢不詳(見た目は20代後半~30代)。ロシア人
とんでもない美貌の持ち主だが、数多くの根も葉もない噂で近付く男はいない。
しかし一部の男性社員と女性社員からは尊敬と憧れの的となっている。
彼女の正体はスナイパーとして各地を転戦した伝説の兵士。
眉間を撃ち抜いた数は数百数千とも言われ、戦歴に関しては諸説ある。
彼女の秘書室には祖母の代から受け継ぐモシン・ナガン小銃が飾ってあり、一日たりとも手入れを怠ったことはない。最近のマイブームはぬいぐるみ集め(もちろん、誰1人としてこのことをを知るものはいない)。
[デイモン・ブレット]
特務課所属。25歳。
医務課から転属された衛生兵的な役割の社員。
自分にできることを確実にこなす優秀な社員。雨宮を尊敬している。アメリカ人。コードネームは「バル」
[一ノ瀬雄太]
特務課所属。29歳。
陸上自衛隊出身の日本人。非常に高い戦闘能力を持つ。口が悪いが、自衛隊らしい堅苦しさが無く、親しみやすい。ライフル兵。コードネームは「フォール」。
[フランシス・エヴァーズ]
特務課所属。元デルタフォース。32歳。
元特殊部隊ながら頭脳明晰、基礎学力が高く頭がいい。特技は地図関係。ライフル兵。コードネームは「ライトニング」。
3日後
4月27日午前10時28分
イリノイ州郊外
民間軍事会社「FACTOR」訓練場
平原区域
この広大過ぎる訓練場は、いくつかの地区に別れている。
市街戦訓練、要人警護訓練を行う市街地区域、開けた場所での行動や、長距離射撃、車両を用いた訓練を行う平原区域、さらには少し大きめの沼には船舶を模した訓練施設がある。ここを海洋区域。
他にもたくさんの訓練施設があるが、紙面のため省略する。
ビルは部下4名を率いて、草原を中腰で進んだ。
この丘の頂上を越えたら敵が見えるはずだった。
ビルは伏せるように指示を出し、自分は稜線からそっと頭を上げた。
ハリボテのトーチカと、その周辺に人型のマネキンがいる。
ビル
(目標確認。レーザー)
後方の部下に、ハンドシグナルで伝えた。
やや大きめの無線機から受話器を伸ばし、ビルから伝えられた内容を復唱した。
社員
「こちらアルファ。目標確認。レーザー照射を行う。繰り返す。レーザーだ」
エルンスト
《ウォードッグ、了解した》
社員
「目標の南200mに我々がいる。注意してくれ」
遠くで重厚感のあるローターの音が聞こえてきた。
訓練場上空
エルンスト、レジーナのペアは、本来の乗機であるAH-64アパッチに乗り込んでいた。
先ほどのアルファからの攻撃指示まで、超低空にて待機していたのだ。
エルンスト
「レーザー照準だ。ヘルファイア用意」
レジーナ
「用意よし」
エルンストの液晶ディスプレイにもヘルファイア準備よしの表示が出た。
アパッチが標的に接近していく。
エルンスト
「撃て!」
右からヘルファイアミサイルが飛び出した。
白く薄い尾を引いてミサイルが飛んで行く。
あとはミサイルが勝手にレーザーを認識し、照射された目標に飛んでいくはずだ。
エルンスト
「ライトターン!」
反撃される恐れもあるので、機体は右に急旋回して回避機動をとった。
吹っ飛ぶ様が見れないのが残念だ……とエルンストは思った。
地上
頭上をミサイルが通過したかと思えば、ハリボテトーチカが粉々に吹き飛んだ。
ビル
「命中!」
ビルの率いる社員がビルと並ぶように前進した。
軽機関銃を持った社員が二脚を立てて射撃準備を整える。
ビル
「LMG(軽機関銃)!制圧射撃!他も撃ちまくれ!」
200mは戦場では、ちょうどいい射撃距離である。
マネキンはすぐにバラバラになった。
市街地区域
市街地区域に入った雨宮のチームは、慎重にクリアリングしつつ、通りを進んでいった。
ときおり、マネキンが角などにいるが、胸に二発、頭に一発をぶちこみ、沈黙させる。
雨宮たちのチームは、雨宮、エイルマーに加え、まだ新人のデイモン・ブレットという面々だった。
デイモン・ブレットは、特務課に転属になってまだ3ヶ月だ。
彼は元々、医務課の医師の助手をしていたのだが、ビルが基礎体力などが高いことに目をつけ、特務課に呼び込んだ。
ビルの目に狂いはなく、3ヶ月間、厳しい訓練にも耐え、そこそこの兵士になってきた。
彼には課の衛生兵として働いてもらうことになる。
特務課では、雨宮をよき先輩として尊敬しているようだ。
通りを進んで行くと突然、先頭のデイモン・ブレットがハンドシグナルで「停止」を指示した。
雨宮がデイモンに小声で話しかけた。
雨宮
「どうした?」
デイモン
「前方、テラスにマネキンが……」
よく見ると、二階のテラスにマネキンが確認できた。
雨宮
「よく気付いたな。突入しよう。せっかくだからやってみろ」
建物入り口に近づく。
突入できるように、付近の建物に気を配るが、ほかの建物にマネキンはいなかった。
デイモンが入り口に張り付き、中の様子を伺う。
真ん中の雨宮の背後にエイルマーも追いつき、雨宮は「準備よし」の意味で、デイモンの肩を掴んだ。
そして肩を二回叩き、「突入」の指示を出す。
デイモンは建物に飛び込んだ。
慎重にクリアリングをするが、一階はクリアだ。
雨宮
「デイモンは二階だ」
デイモンは頷き、階段を上がる。
上がりきったところにマネキンがいたが、問題なく始末する。
二階廊下の突き当たりには部屋があった。
準備を整え、部屋に突入した。
仕掛人
「ふっ!」
突入した途端、至近距離にいきなり人が現れ、デイモンに刃を振るった。
デイモン
「うわっ!」
自分に向けられた刃を、とっさにライフルを出して受け流す。
予想以上の力だったため、受け流した際にライフルが手から離れそうになった。
だが相手はそれを見逃さず、足蹴りでライフルを吹き飛ばした。
床にライフルが転がる。
デイモン
「くっ!」
ヤバイ!
デイモンはこの僅かな間に起こった出来事から、自分が相手に劣っていることを悟った。
腰からナイフを抜く。
相手の腕が下から上へものすごいスピードで抜けたかと思いきや、自分の手からはすでにナイフは離れていた。
デイモン
「えっ!?」
なにが起こったかわからず、次の判断が遅れたデイモンは、タックルをまともに受け、壁に叩きつけられた。
デイモン
「がっ……」
そのとき頭を打ち、意識が遠のく。
振り回されるように次から次へ壁に叩きつけられ、さらに意識が遠のく。
しまいには部屋にあったデスクに向かって投げ飛ばされてしまった。
デスクの上にあったペン立てを吹き飛ばしながら、デイモンは床に転がった。
デイモン
「いってぇ…………」
血の混じった唾液が口から垂れ流れていく。
視界はぼんやりとかすみ、耳は鐘の音のようにゴーンと響き、なにをしなければならないかわかってはいるのだが、身体が動かなかった。
相手の近付いてくる足音が鐘の音の奥で僅かに響き始めた。
だが、はっと我に還り、五感がはっきりしてきた。
視界がクリアになっていく。
手をつき、立ち上がろうとした。
足や手がこわばり、生まれたての子羊のようにガクガクと手足が震え、ヨロヨロと危なっかしく立ち上がった。
立ち上がったと同時に拳銃を抜いた。
拳銃はベレッタのM92FSを使う。
ダァン!
相手は、デイモンが引き金を絞ったときには既に身を低くし、弾は相手の頭上を通過した。
拳銃を持つ手が上に払われ、デイモンののど仏のあたりに拳が入る。
デイモン
「かはっ…………」
なにかに気付いた相手は、デイモンから拳銃を取り上げ、部屋の入口に向けた。
向けたとほぼ同時に、雨宮がM14を構えて突入してきた。
デイモン
「…………!」
声を出そうにも出ない。
デイモンはその場にドッと倒れた。拳銃を向けられてることに反応した雨宮は、身体を廊下に戻した。
ダァンダァンダァンダァンダァン……!
入口に向けて断続的に拳銃が発泡された。
雨宮の顔面数センチ横を、木片がかすめていく。
拳銃の銃声が止んだ瞬間、雨宮はM14を構えた。
弾を放つ間もなく、M14の銃身を掴まれ、グイッと引き寄せられた。
相手は拳銃を発泡しつつ入口に近付いていっていたのだった。
M14に装着されている三点式スリングは、銃自体の紐と自分の肩に掛けられている紐が留め具によって保持されている。
留め具を操作することによって、銃を素早く手放すことができるのだ。
雨宮は留め具を外し、自分と銃を切り放した。
銃を奪われるわけにはいかないので、足蹴りで銃を弾き飛ばす。
相手は銃を蹴飛ばされ驚いた様子だったが、すぐさま戦闘姿勢をとった。
雨宮もナイフを抜き、戦闘姿勢をとる。
仕掛人
「んっ!」
相手が先に動き、雨宮に突きを繰り出す。
雨宮がナイフで流すと、すぐに二撃目が来た。
雨宮の予想通りのコースとスピードでナイフが迫ってくる。
それもナイフで流すと、雨宮はその腕を掴み、そのまま壁に叩きつけた。
相手はまだ握っているナイフで抵抗を試みていたので、その手を握り、ひねった。
痛みに耐えるような声をあげたが、残念ながらナイフは相手の手から落ちた。
雨宮
「おれの勝ちだな」
冷めた声でそう告げると、のど元にナイフを突き刺した。
グニャッ
しかしナイフの鞘は曲がり、雨宮は満足げにナイフをしまった。
訓練の際は鞘がゴム製のゴムナイフを使用する。
もちろん、重量や重量配分は実物に限りなく近い。
見た目も大きな変化はないものとなっている。
仕掛人
「さすが雨宮だな……」
仕掛人が覆面を取ると、正体が判明した。
一ノ瀬雄太。
元陸上自衛隊所属で、優秀な兵士。
陸上自衛隊を退官後、「FACTOR」に入社。持ち前の戦闘能力を開花させ、特務課に配属された。
雨宮と同い年の29歳で、二人は仲が良い。
雨宮
「デイモン、大丈夫か?」
デイモン
「は……はい」
ヨロヨロと立ち上がる。
一ノ瀬
「わりぃなデイモン。急所は外せばよかったんだろうけどよ。雨宮のヤローがこっそり近づくもんだから、つい……な」
一ノ瀬が視線を雨宮に向けると、雨宮はおれは知らんといった表情で知らんぷりを貫いた。
デイモン
「いえ……。いい勉強になりました」
雨宮は自分が蹴飛ばした銃を拾い上げ、各部を点検する。
異常はない。
雨宮
「デイモン、装備を点検しろ」
デイモン
「は、はいっ」
デイモンが装備を点検する傍ら、雨宮は無線を開いた。
雨宮
「こちらギリー。仕掛人排除。負傷者一名。殺害一名。以上。報告終わり」
ビルの笑い声が僅かに無線から聞こえてきた。
ビル
《了解だ。アルファ、アウト―》
エイルマーが部屋に入ってくる。
エイルマー
「おお。お前いたのか」
エイルマーと一ノ瀬が握手を交わす。
一ノ瀬
「課長から頼まれてな。お宅の新入りをボコボコにしてやったぜ」
エイルマー
「デイモン、良い経験になったな」
デイモンは苦笑いを返すくらいしかできなかった。
中央広場
ビルたちが警戒しつつ市街地区域を進んで行くと、中央広場に出て視界が突然ひらけた。
訓練の最終到着地点である市街地区域の中央広場では、すでにエルンストたちがいた。
エルンスト
「やあ、お疲れさんです」
エルンストたちは今回の訓練では、ヘルファイア発射訓練のみなので、先回りして広場に着陸していたのだ。
エルンストの肩越しに、彼のヘリの周りには整備員が調整を行っているのが見えた。
ビル
「状況終了。武器を点検しろ」
命じると、社員が安堵のため息をつき、木箱や石段に座り込んだ。
エルンスト
「雨宮たちは?」
ビル
「おれらの700m後ろだ。じきに来る」
すぐに雨宮たちも中央広場に来た。
エルンスト
「来た来た」
エルンストが手を振ると、雨宮たちはペコリと頭を下げた。
臨時の格闘戦訓練を行った雨宮たちは、予定よりもわずかに時間がずれてしまった。
もちろんこれは特務課の課長であるビルが仕込んだことなので、特におとがめはなかったのだが。
そのあとビルは、「デイモンに一ノ瀬を当てたのは酷だったかなぁ」と雨宮に笑って話した。
一ノ瀬はライフル兵だが、格闘戦も得意としている兵士だ。
そこらのやつには負けないであろう能力を持っている。
だが、それでも雨宮には及ばないようだ。
ビルは、一人座り込んでいるデイモンに声をかけた。
ビル
「どうだった?今日の格闘戦は?」
デイモンが疲れた顔をして答える。
デイモン
「いやぁ……。まだまだですよ。足を引っ張ってしまう」
ビル
「まだ3ヶ月だからな。わからないことはおれか、雨宮に聞くといい。一日も早く追いつくようにがんばれ。だが焦るなよ」
デイモン
「はっ!」
エイルマーは機体を整備するレジーナを見つけた。
彼女は自分の乗機である、AH-64アパッチを整備員に混じって整備していた。
エイルマー
「よう」
何人かの整備員かが振り返ったが、呼ばれてないと気付くと作業に戻った。
レジーナが振り返る。
レジーナ
「どうも」
レジーナは30mmチェーンガンを整備していた。
無表情で応えられた。
エイルマー
「故障か?」
整備箇所を覗き込む。
レジーナ
「いえ……。若干動きが悪かったので」
聞くと、チェーンガンの回転が少し鈍かったということだった。
エイルマー
「ふ~ん……。銃と違って複雑だからなぁ」
レジーナ
「銃みたいに単純に行かないところが好きなところでもあるんですがね」
少し満足げに微笑みながら、作業を進める。
エイルマー
「ふ~ん……。ちょっと見してみろよ。これでも機械には強いんだからよ」
レジーナが少し驚いた様子で振り返る。
レジーナ
「は、はい。しかし……」
エイルマー
「機械なんて、みんな基本は一緒なんだよ」
あちこちいじくりまわし、エイルマーは立ち上がった。
エイルマー
「よし。見ててやるから銃振ってみろよ」
レジーナ
「は、はいっ」
レジーナは整備員たちに電源を入れていいかと許可をもらい、ガンナー席に座った。
ヘルメットを被る。
エイルマー
「似合わねぇなぁ……」
小さな声で呟いた。
もともと大きいヘルメットに、レジーナの小顔がスッポリはまると、どうも違和感があった。
彼女の整った顔立ちも原因の一つだが。
レジーナ
「いきます」
パチパチとパネルを操作し、チェーンガンのアイリンクシステムが起動する。
ヘルメットに取り付けられたモノクルのようなものが照準装置だ。
顔を横を向けると、チェーンガンも照準装置で狙った場所に照準が定まる(つまり、チェーンガンも横を向く)。
レジーナがテストのためにチェーンガンを動かす。
エイルマー
「うおっ……」
チェーンガンの照準がエイルマーに定まる。
レジーナが不敵な笑みを浮かべて言った。
レジーナ
「弾は積んでませんので」
エイルマー
「……おまえなぁ…」
レジーナがクスクス笑った。
あの笑顔はある意味凶器だ、とエイルマーは思った。
何人の男がこの笑顔に殺られたんだろう…と心の中で笑った。
その後も、チェーンガンを動かす。
上手くヘルメットの照準と同期しているように見える。
エイルマー
「許容範囲だと思うが……」
レジーナ
「代わってください。私が見てみます」
レジーナがコクピットを降りた。
ヘルメットを渡される。
エイルマー
「え……」
戸惑いながらもコクピットに収まり、ヘルメットを被る。
エイルマー
「いや…いいのか?おれ被っても……」
レジーナ
「ええ。システムはオンです。首を振ってみてください」
横を向くと、チェーンガンも横を向いた。
エイルマーには初めての経験だった。
エイルマー
「こりゃすげぇ……」
新しいことを覚えたこどものように首を振り続けた。
そのうち、レジーナが満足げに頷いた。
レジーナ
「大丈夫ですね。ありがとうございます。さ、降りて」
降ろされてしまった。
エイルマー
「いや~…。スゲーなこりゃ。「FACTOR」が欲しがるのもわかる」
レジーナがスイッチをオフにし、コクピットから降りた。
レジーナ
「おもちゃじゃありませんから。お金もすごい掛かってます。無駄にはできませんよね」
エイルマー
「まあな……」
二人はAH-64アパッチを見ながらしばらく会話を交えた。
雨宮は中央広場が見渡せる階段に腰かけた。
雨宮
「…………」
銃の整備をしつつ、雨宮はエイルマーがレジーナと楽しそうに話しているのを見ていた。
楽しそうだな……と思いつつ、整備に集中しようと銃に目を落としたときだった。
階段の前の通りに、シルバーのSUVが止まった。
一ノ瀬
「なに寂しそうにしてんだよ」
運転席から降りた社員が雨宮を見てそう言った。
雨宮
「別にそんなことはない。」
第4射撃場
社員「はじめっ!」
雨宮がM14に弾を装填して構えた。
すると……
ガタン!
金属音を立て、人形の二つの標的が立ち上がる。
ゆっくりとこちらへ近付き始めた。
雨宮は一体目に照準を合わせ、次の標的との位置関係を頭に入れる。
ここまでで一秒。
すばやくダブルタップで二連射。
的が倒れた。
辺りからはおおっと驚く声が立ち上がったが、雨宮には届いていない。
軽く息を吐き、銃から弾を抜いた。
エイルマー
「さすがはぇぇわ。見てみよう」
エイルマーがそう言うと、的が目の前で立ち上がった。
弾痕は、それぞれの眉間部分に命中していた。
デイモン
「ひゃ~……」
デイモンが震え上がった。
エイルマー
「こいつに狙われなくてよかったな」
そんなことを言ってエイルマーが笑う。
一ノ瀬
「こいつなら迷いなく引き金を引く」
一ノ瀬もデイモンの後ろで笑った。
デイモン
「ホントですよ」
デイモンは冗談じゃないという顔だった。
すると雨宮は涼しく笑い、「お前もやってみろ」と言った。
デイモンは頷くと射撃カウンターに立った。
午後6時18分
「FACTOR」本部ビル
特務課オフィス
ビル
「[バル]はどうだ?」
ビルはブラインド越しに見える夕日を見ながら聞いた。
特務課課長であるビルのデスクの前で気をつけをしている、雨宮が答えた。
雨宮
「順調ですね。センスがある」
[バル]とは、課の衛生兵として転属となった、デイモン・ブレットのコードネームだ。
エースシューターである雨宮にデイモンを任せ、特務課で必要なことを日々の訓練の中で身に付けさせていたのだった。
雨宮はデイモンの訓練で帰宅が夜遅くなってしまったことも多々あるが、嫌な顔ひとつせずに誠実に訓練指導を続けた。
ビルは残業手当を出すよう手配したが、雨宮は受け取らなかった。
曰く、「これも自身の訓練になる」とのことだった。
ビルは多大な信頼を雨宮に向けている。
そんなこんなで、3ヶ月訓練を続け、デイモンはかなり成長していた。
ビル
「やはりおれが見込んだだけのことはあるな」
ビルが満足げに頷く。
この人はホントにすごい……と雨宮は思った。
一体何を見てセンスがあると判断したのか……。
雨宮
「実戦を経験させれば、あとは余計な訓練は不要です。やや引っ込み思案なところがありますが、いざというときには適切な判断を下します」
無表情で答える。
ビル
「なるほどな。完成までどのくらいだ?」
雨宮はビルの顔を見ながら少し考えるように固まる。
雨宮
「…………あと2、3ヶ月でしょう。実戦を経験すれば更に早まります」
ビル
「そうか。楽しみだな」
雨宮
「腕は保証します」
雨宮も満足げに微笑んだ。
ビル
「お前が笑うなんて珍しいじゃないか」
雨宮
「雨が降るかもしれないですね」
ビルが高々と笑った。
ビル
「今後もよろしく頼むぞ」
雨宮は一礼し、自分のデスクに戻った。
エイルマー
「おい、もう帰りだろ?メシ行こうぜ」
雨宮
「おう」
二人はオフィスを出た。
ビル
「実戦か……。とりあえず社長に報告してくるか」
デスクを整理すると、ビルも社長室に向かうためオフィスを出た。
翌日
4月28日
午前10時48分
イリノイ州郊外
「FACTOR」訓練場
第4射撃場
デイモンが片手で拳銃を構えた。
雨宮
「よし。撃て」
ダァンダァンダァンダァン…………
リズム良く銃声が響き、的に穴が開いていくが、中心部からは大きく逸れ、かろうじて枠内に当たっている状態だった。
弾倉内の弾薬を全て撃ちきり、デイモンが苦い表情のまま銃をおろした。
この訓練は、拳銃を片手で射撃するという内容だ。
どちらか片方の腕が負傷したときでも、応戦できるようにするのが目的である。
先ほどデイモンは利き腕とは逆の左で発砲したが、結果はどうもよろしくなかった。
雨宮
「……。もう少しなんとかならないか?」
雨宮が結果を見て言った。
デイモン
「すいません…………」
雨宮
「ま、これは慣れもある。今すぐにできる必要はないが、早めにできた方が自分のためだ」
デイモン
「はいっ」
雨宮
「つぎ。右」
デイモンは利き腕の右手で拳銃を構えた。
雨宮
「力むな。力んだところで銃は言うことをきかん」
デイモン
「はいっ」
デイモンは再び引き金を絞った。
弾倉内の弾薬を撃ちきり、的に注目してみる。
雨宮
「左よりは良いな」
弾痕は比較的中心付近に集まっていた。
まあまあだった。
デイモンは左になると成績が著しく低下していた。
右と左で差がありすぎるのも良いことではない。
雨宮
「問題は左だな。見てろ」
雨宮がいきなりデイモンの隣に立ったかと思えば、おもむろに拳銃を左手で構えた。
ダァンダァンダァン……
リズム良く銃声が響く。
デイモンは結果を見て絶句した。
弾痕は中心部を表す黒の領域内にすべて命中しており、その中の数発は中心に命中していた。
雨宮
「大事なのは、反動を抑えようとして力を入れないこと、そして基礎だ。射撃ではどれほど基礎ができてるかで、伸び率も変わってくる。もう一度思い出してやってみろ」
デイモン
「はいっ」
デイモンが射撃台に立つ。
雨宮
「お前の課題は左だ。やれ」
再び射撃場内に銃声が響き始めた。
その様子を後ろから眺めている目があった。
彼らはSUVに乗ったまま様子を見ていた。
エイルマー
「どう思う?」
エイルマーは助手席に座る一ノ瀬に質した。
一ノ瀬
「素質はあるな。指導員に雨宮を付けたのは正解でしたね」
後部座席のビルが応じる。
ビル
「ああ。雨宮はホントに良い。デイモンも良い感じだ。衛生課から転属なのによくやってる。ま、訓練はこんなもんだろう。出せ」
エイルマーは車を発進させた。
エイルマー
「あとは実戦……ですな」
ビル
「うん。昨日社長に掛け合ったところ、ちょうど頼みたい依頼があったそうだ。お前らももちろん参加だ」
一ノ瀬
「ええ~っ……。我々もですか?」
一ノ瀬とエイルマーは露骨に嫌な顔をして言った。
ビル
「なに言ってやがる。デイモンだけ行かすわけにはいかんだろうが」
一ノ瀬
「やれやれ……」
一ノ瀬は肘をついてだるそうな姿勢をとった。
エイルマー
「今月はボーナス期待したいね」
一ノ瀬とエイルマーは顔を見合わせて苦笑いした。