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民間軍事会社「FACTOR」

◎この章からの登場人物◎




レジーナ・マクダウェル]

航空部回転翼課所属。27歳。

エルンストのペアで、ガンナー兼副操縦士を担当している。

白人の美人パイロットとして社内では有名。真面目で冷静。独身。



[アレック・バーロン]

民間軍事会社「FACTOR」の創設者にして社長。56歳。

某国の特殊部隊の一小隊長を務め、戦場での経験から、民間軍事会社を設立。コネクションも非常に奥深く、根強く、広範囲に広がっており、その規模は計り知れない。謎が多い人物。家族あり。

翌日


4月23日午前8時11分


アメリカ合衆国イリノイ州

シカゴ市郊外

民間軍事会社「FACTOR」本部





「FACTOR」本部は、シカゴ市街地から車で20分の位置にある。


本部周辺は空き地がほとんどで、本部前の通りは市外へ出ていく車か、「FACTOR」の職員しか利用しない。


この時間になると「FACTOR」の通勤ラッシュとなり、職員の車が長蛇の列を作っている。


雨宮もその長蛇の列の中にいた。


正門前は、決まって渋滞となる。

その理由は厳重な警備で、要領としてはまず守衛にIDカードを渡す。


守衛はまず特殊なライトをIDカードのある部分に当てる。

その部分には特殊な塗料が塗られており、ライトで反応を確認する。

次に持っているカードリーダーにIDカードを読み込ませる。


すると守衛所の中の職員の見ているパソコンに、情報が瞬時に転送され、異常がないことを確認する。

そしてその職員が持つスイッチを押すと、ようやくゲートが開くのだ。


そんなことをしているもんだから、朝は軽く渋滞となる。


正門の守衛の職員は拳銃のみだが、詰め所内には見えないところにアサルトライフルで完全武装した社員が待機しているほか、正面にも完全武装の職員が必ず一人は立哨を行っている。


警備レベルが上がれば、装甲車も配備される。


恨み恨まれる職業なので、警備には抜かりがないようにしなければならない。


事が起こってからでは遅いのだ。


雨宮は厳重な警備をパスすると、駐車場に車を止めて本部ビルに入った。

正門から本部ビルまでは車で5分ほどかかる。

それほどまでにここは広大なのだ。


受付

「おはようございます」

受付は若い白人女性だが、腰に差さっている拳銃が似合わなかった。


雨宮

「おはよう」

IDカードを渡し、機械に通して認証してもらう。


パソコンに付いているLEDがグリーンになった。


受付

「どうぞ中へ」



強化防弾ガラスの自動ドアが開き、雨宮は進んでいった。






武器庫





雨宮は武器庫に寄った。


武器庫係の社員の後ろには無数のロッカーが見えなくなるほど奥まで続いている。

ここは個人銃を管理している武器庫だ。


員数外の武器を管理しているのはまた別の武器庫となっている。


武器庫係

「おはようございます」

武器庫係の若い男性社員が応対する。


雨宮

「おはよう。雨宮護。認識番号は6489。携帯用だ」

雨宮はIDカードを見せながら名前と認識番号を述べた。


武器庫係がお待ちくださいと言って奥に消えた。


武器庫係

「どうぞ。こちらです」


カウンターにホルスターに収まった拳銃と予備弾倉が置かれた。


「FACTOR」では社内での武器携帯が認められている。

外出時も緊急の依頼などに対応するために許可が出ることもある。

特務課の社員の武器持ち出しは、申請を出せば大抵許可が降りる。



雨宮

「どうも」

雨宮はホルスターを腰に差し、武器庫を後にした。




特務課オフィス



雨宮は自分のデスクに座り込んだ。

隣はエイルマーだ。


エイルマーは敷居の横から頭を出して言った。


エイルマー

「よっ。朝から冷めてるねぇ」


雨宮

「悪かったな。これが普通だ」


カバンを横に置き、パソコンを起動する。



エイルマー

「そういえば、今日のお仕事がもう来てるぜー」


雨宮

「へぇ……。今日はなんだ?」


エイルマー

「社長がニューヨーク支部に用があるらしくてな。警護だ。おれとお前でな」

雨宮は背もたれにギッと寄りかかり、パソコンの起動を待った。


雨宮

「警護か」


パソコンを起動すると、すぐに新規依頼が送信されてきた。


社長の警護任務だった。

社長直々の依頼もあり、報酬も高い。


エイルマー

「な?けっこう報酬高いだろ?」

雨宮

「金だけじゃ良い仕事はできない」


雨宮は社長秘書に依頼承認の電話をすると、準備のためオフィスを出た。


エイルマー

「わっ!ちょっと待てよ!」


エイルマーも慌てて後を追い、オフィスを出ていった。








午前9時35分


イリノイ州シカゴ市内





世界最大の民間軍事会社「FACTOR」の依頼は、たいていチーム単位でされるものであるが、今回の警護任務は例外だった。

警護任務は、SPのように身辺を警護する仕事だ。


だが、社長も第一種戦闘員の資格を持っているため、警護は二人で十分というのが社長自身が出した答えだった。


民間軍事会社「FACTOR」では、社員は最低限の資格として、戦闘員という資格を取得させられる。

これは、「FACTOR」のみで適応される資格で、そのランク付けによってその社員がどの程度戦闘員としての力があるかがわかるようになっている。


雨宮たち特務課社員が必須としているのは「第一種戦闘員」。

これは、一通りの戦闘(射撃、対空戦闘、対戦車戦闘、市街地戦闘など)能力が高いレベルでまとまっていることが前提で、そこから更に各種任務(警護、諜報活動、破壊工作、偵察など)の特殊上級課程を終えていることがおおまかな取得条件となっている。

この第一種戦闘員(以下、第一種)を一言で言い表すならば、「某国特殊部隊員に匹敵する戦闘員」となる。


この資格は、第一種から第五種まである。




なので、第一種戦闘員を持つ社長が、わざわざ雨宮とエイルマーを指定して選んだということは、かなりの信頼を寄せているという証だった。


社長の名はアレック・バーロン。

白髪の混じった初老のビジネスマンのようにしか見えないが、手の甲の傷や、首元の傷、がっちりした体格などが、ただのビジネスマンでないことの証明だ。

彼の凄まじい経歴に関してはここでは割愛する。




アレック社長を乗せたSUVは空港へ向けて進んでいた。

運転手は普通課の社員で、エイルマーは助手席だ。

雨宮が社長の隣に座っている。


出発してからというもの、誰も口を開かないので、車内には沈黙が流れていた。


そういえば……と社長が口を開いた。


アレック社長

「報告書を見たよ。昨日はよくやったな」


雨宮

「いえ、いつもどおりの仕事をしたまでです」


雨宮は抑揚なく淡々と答えた。


アレック社長

「いやいや、大したもんだ。狙撃に関してはお前の右に出るものはいないよ。ホントさ」


雨宮

「光栄です」


アレック社長

「相変わらず雨宮は口数は少ないな」

社長が笑う。


雨宮

「…すみません」

雨宮は照れた様子で答えていた。


アレック社長

「いいさ。さて、ラジオかなにか付けてくれ。静かなのはどうも苦手だ」


エイルマー

「了解です。ボス」


エイルマーがラジオを付けた。


いきなり痺れるようなロックが流れる。

エイルマーが慌てて音量を抑えると、車内の沈黙が流れていたような暗い雰囲気から一転し、明るい雰囲気となった。


エイルマー

「♪~♪」


エイルマーの鼻唄も混じりながら、車は 通りを進んでいった。






シカゴ市郊外

合衆国空軍シカゴ基地





手続きを済ませて格納庫前までバンを乗り入れた。


すでに「FACTOR」航空課が所有するレシプロ機が待機していた。


「FACTOR」の航空課の固定翼機体はすべてこのシカゴ空軍基地に置いてある。

固定翼といっても、輸送機などがほとんどのため、戦闘が主な任務ではない。



社員

「お待ちしておりました。どうぞ」

航空機整備課の社員が三人を機内に案内した。

運転手の普通課社員とはここでお別れだ。


機長

「わずか二時間ではありすが、今回の旅のサポートをさせていただきます。よろしくお願いします」


機長が旅客機のような口調で、インターホンで話した。


社長が笑顔で返すと、機長はエンジンを始動させ、滑走路へ向かった。


エイルマー

「着く前に起こしてくれ」

雨宮

「ああ」

エイルマーは目を瞑ってしまった。


雨宮は後ろの社長の方を向いた。

雨宮

「すいません。自分はきちんと起きてますので」


アレック社長

「ああ。かまわん。今日は私だしな。他の護衛対象のときにそれじゃ困るが……。君たちなら大丈夫だろう。休めるときに休むといい」


雨宮は礼をしてから、前を向いた。

こういう気遣いは、特殊部隊を経験した社長ならではだろう。


一分の休息も、戦場では貴重なのだ。


ホルスターから拳銃を取り出し、弾を確認した後、浅い眠りに入った。








数時間後


午後2時41分



アメリカ合衆国ニューヨーク州

マンハッタン

NY支部ビル14階




アレック社長が支部長室に入ってからずいぶんと時間が立っていた。


エイルマー

「なんの話だろうな」

エイルマーが廊下を警戒しながら小声で聞いた。


雨宮

「さあ……」


エイルマー

「なんかあったのかな?」


雨宮

「さあ……」


エイルマー

「もしかして新装備導入か?」


しつこい。


雨宮

「黙って警戒してろよ」

雨宮がそう言うとエイルマーは黙り込んだ。


口数の減らないやつだ……と雨宮は思った。


雨宮

「!」

廊下の曲がり角の向こうから足音が聞こえてきた。



エイルマー

「……」

エイルマーもそちらを注視していた。

二人の空気が張りつめる。


曲がり角から、コーヒーセットが載せられた台車を押す男性社員が現れた。

同じ社員だが、警護中なので警戒する。

入室するようなら武器は預からなくてはならない。



雨宮

「カバーしろ」


エイルマーは支部長室のドアのくぼみに身体を入れ、雨宮は拳銃をいつでも抜けるように触りながら近づいた。


雨宮

「失礼。これは?」


男性社員

「え……。支部長から頼まれたコーヒーですが…」

男性社員の腰には膨らみがあった。

おそらく、ダブルカラム式弾倉の拳銃を持っている。

ダブルカラムの拳銃はどうしても幅が出て携帯には少し不向きだ。


雨宮

「特別警戒を実施しています。武器をお預かりします」


男性社員はため息混じりに自分の拳銃を渡した。

なにもしねぇよ……といった表情だった。


拳銃はベレッタM92FS。

ダブルカラム式弾倉で、装弾数15発を誇る。

アメリカ全軍で使用されてる信頼性の高い銃だ。



エイルマーがドアを開け、男性社員を中に入れた。

男性社員はエイルマーを睨むが、エイルマーはまったく気にしていない様子だった。


雨宮

「ちゃんと整備されてないぞ。汚れてる。これだから事務職の連中は……」

雨宮が預かったベレッタをいじくる。

銃のいたるところがカーボンと呼ばれるススで汚れていた。

きちんと整備していない証拠だ。

兵士として銃をきちんと整備することは基本中の基本である。

これが我々の商売道具なのだから。


エイルマー

「事務職は全然銃撃たないからな。お飾りで持ってる程度なんだろ」


雨宮

「だからこそ、きちんと整備しとくべきなんだ。……ったく」




男性社員に返すとき、雨宮は整備不十分を注意したが、あんたら人殺しといっしょにするな、と言われてしまった。








午後4時48分



アメリカ合衆国

イリノイ州上空





空港を飛び立った輸送機は、シカゴに向けて飛行していた。

窓からはオレンジに染まり始めた空が覗く。



アレック社長

「雨宮」

社長に呼ばれ、振り返る。


アレック社長

「お前、コーヒーを運んできた男性社員となにかしたか?」


雨宮はギクッと驚いたが、平静を保った。


雨宮

「…ええ。しかし、警護任務の範囲内です。武器を取り上げたことに関して向こうが謝れというなら、後ほどNY支部へ行きます」


社長は首を振った。


アレック社長

「いや、そんなことはどうだっていいんだ。なにか不機嫌そうな顔をしていたから、外でなにかあったかな…と思ってな」


雨宮

「拳銃が整備不十分だったので、注意しただけです」

雨宮はむくれたように言った。

といっても、普段よりほんの少し表情が変わっただけだったが。


それほどまでに、雨宮には表情に起伏がない。


アレック社長

「仕方ないことなんだ。彼ら事務職にお前らの苦労などわからん。ましてや年間決まった数しか撃たない奴らだ。整備なんて二の次だろう」


特務課などの戦闘要員が属する課を、事務職の一部が嫌うのは、元来仕方のないことなのだ。

大半は敬意を表し、仲は良好なのだが。



アレック社長

「とにかく、今日はご苦労だった。休めるときに休め」


雨宮

「はい」


雨宮は目を瞑った。



まもなく、機は高度を下げ着陸態勢に入った。







翌日



4月24日午前10時18分


アメリカ合衆国イリノイ州北部

民間軍事会社「FACTOR」

本部 ヘリポート


航空課所属

エルンスト・ディーツェ





本部の敷地は広大で、ヘリポートや、整備工場など必要な設備は整っており、ヘリポートの数も多いため、ここから直接行動に移ることもできる。


今日は「FACTOR」が独自に改造したヘリのテストの日だ。



テストパイロットを頼まれたエルンストは、コクピットから空を見上げた。

雲量も少なく、雲も高い。

最高のフライト日和だった。



本来ならAH-64のパイロットとして空を飛ぶエルンストは、天才的な操縦技術を持つ。

その優れた技術と豊富な経験からテストパイロットに選ばれた。


ヘリはまだ最終調整中で、整備員が右往左往していた。



隣の副操縦士席には、いつものレジーナ・マクダウェルが座っている。


タフな女だ。


おれの操縦にぐうの音一つ吐かない。


いままでの腰抜け男よりも全然マシだ。

優秀だし、仕事はキッチリやる。




レジーナ

「機長、システムチェックを」



それに若い。

まだ二十代だろ。

美人だし……。



レジーナ

「機長?」



そろそろヘリを降りて男みつけた方がいいんじゃないか?



レジーナ

「機長!!」


エルンスト

「んをっ!」

エルンストは我に帰った。


ずっとレジーナを見てボーッとしていたようだ。



レジーナ

「システムチェックです。いいですか?」


エルンスト

「あ、ああ。整備が良しといったのか?」


レジーナ

「とりあえず電源は良しだそうです」

エルンスト

「よし。始めよう」


エルンストはヘリの電源を入れた。

パネルの計器が眠りから覚めたように動き始めた。


エルンスト

「バッテリースイッチ……オン、燃料タンク、バルブ開放……」

手もとの資料を見ながらスイッチを操作していく。


レジーナもエルンストの作業と資料を交互に見ながら確認していく。



エルンストの頭には、ブリーフィングの様子が浮かんできた。






ブリーフィング




暗くなった会議室では、プロジェクターの光だけが会議室にいる者たちの顔を照らしていた。

スクリーンには、「多用途攻撃ヘリ AUH-1」とだけ映っている。



技術課課長

「今回、テストをお願いするのは、この機体だ」


暗い会議室、前のスクリーンにテストする機体の三面図が映し出された。



エルンスト

「ヒューイ……か」


エルンストが独り言のように呟いた。


ヒューイは、ベトナム戦争で活躍したUH-1ヘリコプターの愛称である。

ベトナム戦争のアメリカ軍らこのヘリコプターを大量に戦場に投入し、ヘリボーン作戦を積極的に展開した。

いまや、M16小銃と並ぶ、アメリカの傑作兵器である。



課長

「そうだ。原型はヒューイだ」



三面図はUH-1に改造を施したものだった。


キャビン下部の両サイドに新たに武装搭載用の固定翼が伸びていた。


現在はUH-60ブラックホークが主力輸送ヘリだが、ベトナム戦争から使われ続け、様々な改良が成された機体は信頼性が高い。

いまも海兵隊などで改良型が現役で運用されている。レジーナ

「見る限り、ベトナム戦で使用されたヒューイを改造したガンシップに似ていますが……」



UH-1を中心にした輸送ヘリ部隊援護のために、UH-1に武装を付与し、改造したものが攻撃ヘリとして使用されはじめた。

それが、攻撃ヘリの始まりとも言われ、後にAH-1コブラなとの攻撃に特化したヘリが開発されるきっかけとなる。



その改造攻撃ヘリにそっくりなのだ。

機体両側には武装を搭載するための固定翼「スタブウィング」が追加されていることも、似ているといわれる所以なのかもしれない。



課長

「たしかに似ている。だが性能は段違いだ」


スクリーンにエンジンが映る。


課長

「まず、エンジン。これは現在米軍が使用する、UH-1の最新型、UH-1Yヴェノムに搭載されるエンジンに改造を施し、馬力を向上させたものだ」


エルンスト

「たしかにこれなら搭載量は増えるな」


次に武装、及び火器管制装置についての詳細がスクリーンに映される。


課長

「固定武装は右片側に20mmチェーンガンが一門だ。それに加えてあと二種類の武装が搭載できるようにラックが追加されている」


ヘルファイア対戦車ミサイル

TOW対戦車ミサイル

AIM-9 サイドワインダー空対空ミサイル

AIM-92 スティンガー空対空ミサイル

ロケット弾発射機

M134 7.62mmバルカン

が搭載できるようだった。


しかし、最大搭載重量もあるので、あれこれと欲張りはできない。


課長

「照準は機長席、副操縦士席のHUDと、副操縦士席に追加された照準装置を用いる。アパッチのようにアイリンクシステムとまではいかないが、チェーンガンに関しては上下に可動する。かなり狙いやすくはなってるはずだ」


乗員は操縦士2名、機付員1名、兵員は2~6名乗ることができる。

キャビンの座席をおろせば、追加燃料や、追加弾薬を搭載できるようだった。


今回のテストの結果が良ければ、「FACTOR」の所有するUH-1を随時改造していく予定だった。

各支部の攻撃ヘリ不足は深刻で、この機体がその打開策となるのか。

誰もが注目していた。





ヘリポート




機体自体のシステムチェックは終わり、武装のシステムチェックも終了した。


レジーナ

「全武装、オールグリーン。行けます」

ブリーフィングの内容を振り返ったエルンストは、自分に渇を入れた。


整備員がエンジン始動を手信号て指示してきた。


エルンスト

「1番エンジン、スタート」

レジーナ

「1番エンジン、スタート」


レジーナが復唱しながら、スタータースイッチを捻る。

計器の針が動き始め、機体右側からもエンジン始動の音を確認した。


レジーナ

「1番エンジン、スタートよし」

エルンスト

「1番エンジン、スタートよし」


エルンストが1番エンジン始動を整備員に手信号で伝えると、2番エンジンもスタートせよと指示がきた。


エルンスト

「2番エンジン、スタート」

レジーナ

「2番エンジン、スタート」


同じ要領で、レジーナが2番エンジンも始動させる。


エルンストがエンジン始動よしの手信号を送り、整備員はローター始動の指示を出した。


エルンスト

「クラッチ、エンゲージ。オルタネータースイッチ、オン」

レジーナ

「クラッチ、エンゲージ。オルタネータースイッチ、オン」


レジーナが後を追うように復唱する。

クラッチが繋がり、ローターにエンジンの回転が伝わる。


4枚羽根のローターがヒュンヒュンと回り始めた。


エルンストが回転数を上げ、各計器をチェックする。


エルンスト

「エンジンスタート、オールコンプリート」


エルンストがオールコンプリートの手信号を送ると、整備員が機体から離れた。


エルンストはコクピットから空を見上げた。


透き通るような青空。

エルンストは集中するために、空を見上げるのが癖だった。



レジーナ

「整備課は離陸準備よしです」


周りで調整をしていた整備員が一定の距離を離れ、正面の誘導員は「離陸よし」の合図を繰り返していた。


エルンスト

「よし。出るぞ!」

すべての計器を一通りチェックし終わると、コレクティブを上げた。



フワリと機体が上がり、機体下部のスキーが柵をかすめるほど低空で離陸した。




整備員

「相変わらずすごい操縦ですね……。テストだってわかってるんでしょうか?」


班長

「それぐらいでビビるタマじゃないだろあの人は……」


整備員たちは低空で離脱するヘリを見送った。






機内





エルンスト

「計器すべて正常。振動もない。このままテストを続行する」


機体は非常に安定していた。

テストではチェーンガンの弾を実戦形式で満タンに搭載しているので、ちょっと心配だったが。

動作にもよく反応するので、性能的には十分に余裕がある感じだった。

レジーナ

「あと1分で訓練場です」


レジーナはカチカチと液晶パネルのスイッチをいじっては、メモをとっている。

エルンストは少し高度を上げた。

前方に「FACTOR」訓練施設が見えてきた。


どっか軍の演習場並みに広い。



エルンスト

「こちらウォードッグ。計器、機体すべてグリーンライト。実弾射撃テストを開始する許可を頼む」


演習場の観測所に無線をいれた。

以降は観測所の指示に従うことになる。


無線

《こちら観測所。いいぞ。やってくれ》



エルンスト

「全武装安全装置解除。チェーンガン、発射用意」


レジーナがスイッチをいじり、最後に左手にあるスティックを持った。

そのスティックで武装の照準などをコントロールできる。


レジーナ

「用意よし」


機体は戦闘機動に入った。

チャフおよびフレアの安全装置も解除し、ミサイルにロックオンされたらただちに発射できるようになっている。


降下率、パワー、速度を、感じながら目の前のえいちゆーでぃー

標的に照準が定まり、エルンストは引き金を絞った。



ズドドドドド……



一航過のうちに標的はバラバラになった。


観測所

《標的の破壊を確認。次はヘルファイアだ》


レジーナがパネルをパチパチといじる。

その間に、機体は戦車を模した標的に機首を向けた。


レジーナの前のパネルに、標的が映り、照準を示すクロスヘアが標的に重なった。


エルンスト

「任意で発射しろ」



レジーナ

「了解。レーザーを確認。ロック完了。発射!」



右の固定翼からヘルファイア対戦車ミサイルが放たれ、吸い込まれるように標的に命中した。



観測所

《よし。いいぞ。結果は良好だ》


エルンスト

「了解。引き続きテストを続行する」




夕刻


午後5時2分



航空課オフィス





エルンスト

「なかなかいい感じだったよな」


報告書を書いてる最中、エルンストが先に口を開いた。


レジーナ

「そうですね。輸送ヘリを改造しただけのわりには機器も最先端だし、機動もギクシャクしてせんでしたね」


比較的冷静な彼女が、嬉しそうに話した。


エルンスト

「うん。パワーもあったしな。おれも大分楽だったよ」


カタカタとレジーナがキーボードを叩く音が響く。

エルンストは手を止め、立ち上がって窓から外を見た。


航空課オフィスから、AUH-1を格納しているハンガーが見える。

整備員たちが、まだ機体を点検しているようだった。


その隣にはエルンストたちの愛機、AH-64戦闘ヘリ、通称アパッチが羽を休めていた。


エルンスト

「ま、アパッチには遠く及ばんがな」


レジーナ

「ですね」


二人は誇らしげに笑い合った。



その姿は趣味の合う父と娘が、楽しそうに話をしているようだった。




その夜……



午後8時58分


民間軍事会社「FACTOR」本部ビル

初動班事務室




「FACTOR」では、毎日初動班というものが編成されている。

主な任務は、あらゆる事態への初動対処だが、実情は警備が主な仕事となっている。

初動班長は、昼間は普通課社員の担当だが、夜間からは特務課社員が担当となる。

人員としては、特務課社員が1名、普通課社員が8名、車輛課社員が2名の計11名となっている。


毎日当番制で回るので、「初動当直」とも呼ばれる。


今日の特務課社員の当直は、雨宮となっていた。



普通課社員で2チームを編成し、1チームが正門警備詰所、もう1チームが事務室待機となる。


事務室では、なにも面白くないテレビがずっと流れていて、いいかげん雨宮は飽きてきていた。



初動班員は、すばやく行動しなくてはならないため、私服の上にタクティカルベストを着て、ライフルと拳銃を装備するという「C装備」と呼ばれる装備でいなければならないため、余計に疲れる。



雨宮が冷めたコーヒーを口に運ぶと、インカムに無線が入った。


普通課社員A

《詰所から班長。赤外線装置に反応あり。D24付近の外柵です》


ヤレヤレ……と内心思いつつも、雨宮はガバッと立ち上がるとライフルを取り、キャップを被った。


雨宮

「了解。詰所のアルファチームはそのまま待機。ブラボーチームはおれに付いてこい。車輛課、SUV回せ。一台は詰所で待機!質問は?」


社員たち

「なし」


雨宮

「行くぞ」

事務室の社員たちは慌ただしく事務室を飛び出していった。





SUVに乗り込んだアルファチームは、D24へと向かった。

D24とは建物番号のことで、PDAを取り出して情報を出すと、倉庫らしかった。


雨宮

「一番奥の倉庫だな。手前の交差点で降ろしてくれ。車輛課はSUVで待機」


車輛課社員

「はいっ」


目標の倉庫へある程度近付くと、雨宮はライトを消させた。

それと同時に暗視装置を社員に装着させる。


雨宮

「見えた。あの倉庫だ。行くぞ!」


雨宮に続いて社員が車を降りた。

SUVは建物の影に行き、エンジンを切ったようだった。


星空の下、虫の鳴き声が響く中、慎重に現場に向かっていく。


すると前方、倉庫の影の金網の向こうにうごめく影があった。


雨宮はインカムのプレストークスイッチを2回クリックし、敵発見を社員に伝えた。


社員2名を両翼へ広げ、接近させる。


雨宮

「こちらギリー。合図したら街灯を全部消せ」


社員

《詰所、了解》


うごめく影はまだこちらには気付いていないようだった。

倉庫の前にある街灯を避け、不審者からは死角の倉庫の壁に張り付く。


普通課社員B

《右翼、準備よし》

普通課社員C

《左翼、準備よし》


雨宮

「待機。街灯が消えたら確保しろ」


二人の社員の了解を聞くと、雨宮は聞き耳を立てた。


金網を開けるのに手こずっているらしい。

小声だが強い口調で言っているのがわかる。


だが、何語かがわからなかった。



不審者は全部で3名。

武器はないようだ。

おそらくただのならずもの、盗人だろう。


ようやく金網の切断に成功したらしく、1人、また1人と入ってくる。

3人が入り、倉庫に近付き始めたところで、雨宮は指示を出した。


雨宮

「消せ!」


その無線を入れた直後、街灯が消え、辺りが真っ暗になった。



社員

「地面に伏せろ!地面に伏せろ!」


社員の怒号が夜空に響く。雨宮の背後にいた社員が、ライトをフラッシュモードにして3人を照らした。



なにがなんだかわからない3人は、地面に伏せるしかできなかった。


雨宮

「道路へ引っ張り出せ!詰所、街灯を点けてくれ」


3人は社員に引きずられ、道路にうつぶせに寝かされた。

全員手を頭に乗せている。

中には震えているものもいた。

よほど驚いたらしい。


雨宮

「2名で破られた箇所をチェックしろ。まだいるかもしれん。注意しろ。お前は警察に連絡。おれの名前を出しておけ」


雨宮は3人を見た。

見たところ、アジア系のようだ。

歳は20そこそこ。


社員

「警察に繋がりました」

社員が雨宮に携帯を渡す。


雨宮

「もしもし」


女性警官

《警察です。事件ですか?事故ですか?》

やけにカン高い声の警官だなと雨宮は思った。


雨宮

「事件だ。「FACTOR」に不審者が侵入したので確保した。人員を寄越してくれ。あと、担当者は雨宮だと伝えておけ」


女性警官

《わかりました。ただちに向かわせます。特徴や人数を教えてください》


雨宮はもう一度3人を見下ろした。

その間に社員たちは身体検査を実施しており、ナイフなどが出てきた。


雨宮

《アジア系、20歳前後で、3人組だ。ナイフやらポロポロ出てきた。早く寄越してくれ》

雨宮は説明が面倒になってきたので、返事がなげやりになってしまっていた。

自分でも頭に血が上ってきているのがわかる。


冷静に……冷静に……

雨宮は自分に言い聞かせた。



女性警官

《すぐに向かわせます》


雨宮は電話を返すと、身体検査をしている社員に話を聞いた。


雨宮

「どこの国かわかったか?」

社員

「中国ですね。元が出てきました。おそらくマフィアかなにかではないかと」


社員が袖をめくると、腕に見事な龍のタトゥーが彫ってあった。


雨宮

「やれやれ。誰か中国語話せるやつはいないか?」


社員全員が首を横に振った。

雨宮も中国語までは話せない。


社員

「拳銃も出てきましたよ」


3人目をまさぐっていた社員が拳銃の弾を抜き、雨宮に渡した。

銀色の拳銃には装飾がなされており実戦というよりかは観賞用だった。



雨宮はダメ元で話しかけてみた。


雨宮

「あー、なんで入った?なんか欲しかったのか?」


なるべくゆっくり話したが、伝わっていないようだった。

雨宮がめんどくさそうに頭を掻く。


途方に暮れていると、金網を見てきた社員が戻ってきた。


社員

「周囲に人影はありませんでした。損害も金網だけのようです」


雨宮

「わかった。詰所に金網の件報告しとけ」


遠くからパトカーのサイレンが重なって聞こえてきた。

どうやら何台か連なっているようだ。


今日は長そうな夜だな……と雨宮は思った。







駆けつけた警官に3人を引き渡し、事態は収拾した。

被害は金網だけだったし、だれも怪我をしていない。


特に事態が大きくなることはないだろうと、雨宮は思った。


警官の先任者は雨宮と知り合いで、何回か事件を共にしたこともあった。


警官

「いま、中国語を話せるやつに事情を聞いてもらってるが、簡単には口を開かんだろうなぁ」


パトカーの中で警官が3人のうちの1人に話しかけているが、顔は俯いたままで話す気がなさそうだった。

雨宮はそれを見て更に頭にきた。


雨宮

「やれやれ。しかし、なんでおれが当直のときに来るかなぁ……」


雨宮はめずらしく不機嫌だった。

声にもそれが表れており、警官も珍しいものを見るかのように雨宮を見た。



警官

「運がなかったんだよ。おつかれさん」


雨宮は不満をブツブツと漏らした。

警官がそれを聞く。

警官も、雨宮に同情していた。


いままで「FACTOR」に不法侵入するやつなんて、限りなくゼロに近いくらいいなかった。

たまたま雨宮が当直の日に当たってしまった。

不運以外に言葉が見つからない。


雨宮

「報告書も書かないとだし……。畜生、いまからでも眉間に穴開けるのは遅くないよな?」


警官が笑う。


警官

「やめとけ。手錠をかけたらもうこっちの管理下だ。どうなっても知らんぞ」


雨宮が大きく溜め息をつく。


警官

「ま、ゲリラとかじゃなくてよかったじゃないか。今日のところは。じゃ、おれは帰るから。なにかわかったら連絡するよ」


雨宮

「悪かったな。今度おごるよ」


警官は笑顔で頷くと、パトカーに乗り込んだ。

2台のパトカーが走り去っていく。


雨宮

「おれらも帰ろう」


これからやることを考えると頭が痛い。

報告書に初動日誌。

明日社長にもいろいろ聞かれるだろうなぁ……。


雨宮は事務室に着くと、諦めてパソコンに向かい合った。








次章からの登場人物



[デイモン・ブレット]

執行部特務課所属。25歳。

医務課から転属された衛生兵的な役割の社員。

自分にできることを確実にこなす優秀な社員。雨宮を尊敬している。アメリカ人。コードネームは「バル」




[一ノ瀬雄太(いちのせゆうた)]

執行部特務課アルファチーム所属。29歳。

陸上自衛隊出身の日本人。非常に高い戦闘能力を持つ。口が悪いが、自衛隊らしい堅苦しさが無く、親しみやすい。ライフル兵。コードネームは「フォール」。




[フランシス・エヴァーズ]

執行部特務課アルファチーム所属。元デルタフォース。32歳。

元特殊部隊ながら頭脳明晰、基礎学力が高く頭がいい。特技は地図関係。ライフル兵。コードネームは「ライトニング」。










◎用語解説◎


[第一種戦闘員]



特務課で勤務する上で必要な資格。

通常は特務課に配属になってから取得するものだが、取得後に配属になる社員もいる。

以下が、取得条件となっている。


・兵士としての基礎(射撃、体力、対装甲戦闘、市街地戦闘など)能力が規定値以上であること

・各種任務(警護、諜報活動、破壊工作、偵察など)の特殊上級課程を終えていること

・第一種指揮要員の所持(後述)

・勤務評定



この第一種戦闘員(以下、第一種)を取得している社員の能力を一言で言い表すならば、「某国特殊部隊員に匹敵する戦闘員」である。

第一種を取得している社員は一握りで、合格率はかなり低い。

合格しなかった場合は、特務課から去ることとなる。







[第二種戦闘員]



特務課以外の社員が取得できる最高の資格。

これ以上の資格は特務課にならないと取得できない。

この資格までは、ほとんどの社員がいずれ取得できるものとなっている(前述したとおり、第一種を取得できるのは一握りのものだけである)。

取得条件は、


・兵士としての能力(射撃、体力、学力など)が規定値以上であること。

・各種任務の上級課程を二つ以上修了していること。

・勤務評定


となっており、取得とともに第二種指揮要員という資格も勤務評定などの条件で取得できる。

軍隊でいう下士官のような位置付けの資格となっている。






[第三種戦闘員]




取得率が一番い資格で、全体の約半分の社員がこの資格を所持している。

第四種との違いは、重火器を扱えるかということと、熟練度と言える。

取得条件は


・兵士としての能力(射撃、体力)が規定値以上であること

・5つ以上初級課程を修了していること(必須課程を除く)

・勤務評定


以上が取得条件で、比較的取得が容易と言える。

この資格が軍隊でいう上等兵~伍長となっており、「FACTOR」の中核をなす。







[第四種戦闘員]



男性の新入社員が最初に取得する資格。

簡潔にまとめると、ライフルと手榴弾しか扱えない兵士である。

この資格を取得した後、特色ある各課に配属が決まる。

取得条件としては、


・必須課程を修了する


ことのみである。

また取得率は第三種に次いで多く、全体の約3割を占めている。







[第五種戦闘員]



女性の新入社員が最初に取得する資格で、拳銃のみを扱えることができる。

取得条件としては、女性の必須課程を修了することのみ。

滅多に戦闘を行わない事務職の女性がこの資格を取得している。






[第一種・第二種指揮要員]


この資格は、第一種戦闘員及び第二種戦闘員のみが取得できるものである。

これがあるとそれぞれの資格より下(第一種指揮要員ならば、第二種戦闘員以下の社員、第二種指揮要員ならば第三種戦闘員以下の社員)の社員を指揮することが可能で。

第一種と第二種の違いは、指揮できる社員の数である。

特務課は第一種の取得が必須であり非常に重要な資格と言える。


取得条件としては勤務評定の影響が大きく、実務経験も考慮されるため、上司によるところが大きいのも特徴である。






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