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なろう主人公の商売について

作者: 虎臼歩尾麻
掲載日:2026/07/18

とある作品で主人公が商売を始める。

まず大きな問題となるのは過程である。


物語ではドライヤーに需要があることを知り、それを売ろうと考える。しかし、その需要は主人公自身が作り上げたものではない。師匠が片手間に作った魔道具を母親が社交界で自慢した結果、「欲しい」という声が集まっただけである。


つまり主人公は市場を開拓したのではなく、偶然目の前に転がってきた需要を拾っただけである。それにもかかわらず、商才があるかのように描かれているのは違和感しかない。


さらに問題なのは、師匠の存在である。

主人公は「自分で金を稼ぐ」ことを目標にしていたはずである。しかし実際には商品の設計者は師匠であり、製造も師匠であり、最初の試作品まで師匠が用意してしまう。


主人公が行ったことは「売ろう」と提案しただけである。

商売で最も価値があるのは商品そのものである。その商品を作った人物が別にいる以上、主人公の功績として描くのは無理がある。


しかも師匠は「最初のサンプルだけ作る。後はそちらで何とかしろ」と言うが、その「最初のサンプル」が完成品そのものである。

研究開発という最も時間も費用も掛かる工程を終えた状態で渡される以上、それ以降は単なる複製作業でしかない。

現実でも新製品を生み出す企業が最も莫大な利益を得る理由は研究開発にある。量産そのものは他社でも可能であり、設計図が完成しているなら技術者はそれを再現するだけで済む。


つまり最も困難な仕事だけを師匠が済ませ、主人公は販売役になるだけである。

これでは自立ではなく師匠への依存である。


しかも職人ギルドの反応も過剰である。

魔法陣を見た瞬間に工房中の職人が集まり、「見たことがない」「革命だ」と騒ぎ始める。

しかし彼らは王国一の魔道具職人である。

未知の術式を見ただけで性能や設計思想をそこまで断定できるものではない。

解析とは実験を繰り返し、一つずつ検証する地道な作業である。

現実の技術者が未知の電子回路を見ても、「革命だ」と叫ぶことはない。

まず回路を追い、部品を調べ、動作を確認し、初めて評価する。


ところが本作では分解しただけで革命認定である。

職人というより、作者の説明役になってしまっている。

さらに魔法陣の扱いにも疑問がある。

詠唱を刻んだ魔法陣しか存在しなかった世界で、師匠は全く異なる理論で魔法陣を作っているという。

もし本当に理論そのものが違うなら、既存の魔道具職人が二週間程度で解析できるはずがない。

文字が違う程度の話ではない。数学体系が違うようなものである。

それを二週間で量産可能なレベルまで再現できるというのは、師匠を化け物扱いした直後の描写として完全に矛盾している。

本当に異次元の技術なら数年、数十年掛かっても理解できない方が自然である。

逆に二週間で写せる程度なら、そこまで驚く技術ではない。

この二つは両立しない。


さらに主人公は「五十台ではなく十台だけ作る」と提案し、その理由として利用者の意見を聞きたいと言う。

この発想自体は現代では珍しくない。

試作品を市場に出し、フィードバックを受けて改良する手法は一般的である。

しかし本作では、まるで主人公だけが思いついた革新的な発想として描かれる。

職人も親方も「そんなことは聞いたことがない」と驚愕する。

だが職人は依頼品を作り続けてきた存在である。

使いにくい、壊れた、改善してほしいという要望は当然受けてきたはずである。

それを一度も経験したことがないかのような反応は不自然である。

改善という概念が存在しない職人集団など成立しない。


また、主人公が「客のところへ職人も一緒に行こう」と言っただけで、親方が感動して考え方を変える展開も安易すぎる。

何十年も職人を続けてきた人物が、一人の少女の一言だけで価値観を百八十度変えるのであれば、それまでの人生経験は何だったのかと言いたくなる。

熟練職人という設定と精神的な幼さが噛み合っていないのである。


さらに、お披露目会の描写になると、主人公の能力を持ち上げるための演出が露骨になっていく。

夫人たちは「特に不満はない」と言いながら喜んでいる。

ところが主人公だけは、手の動きを見ただけで「温度調整の向きが分かりにくい」「重い」「音が大きい」と次々に問題点を見抜いてしまう。

これだけなら観察力が優れている人物として成立する。

しかし周囲の反応がおかしい。

何十年も魔道具を作ってきた親方も、実際に製品を彫った職人たちも、その程度の改善点に全く気付いていなかったような反応を示すのである。

重さや騒音などは工業製品では真っ先に問題となる部分である。

しかも彼ら自身が試作品を何度も動作確認しているはずなのだから、持ち続ければ重いことくらい分かる。

温度調整の方向が分かりにくいことも、自分で回せばすぐ気付く。

にもかかわらず、主人公が指摘するまで誰も考えたことがなかったという展開は、周囲の知能を意図的に下げて主人公だけを賢く見せているようにしか映らない。


さらに違和感があるのは、メイドへの聞き取りである。

主人公は「毎日使う人の感想が一番大事」と言ってメイドへ意見を求める。

もちろん利用者の意見を聞くこと自体は正しい。

しかし、それがまるで誰も思いつかなかった革命的な発想として描かれている。

職人は今まで何百、何千という依頼品を作ってきたはずである。

壊れた、使いにくい、もっと軽くしてほしいという要望を受けた経験が一度もないはずがない。

現実の職人は顧客からの声を受けて改良を繰り返して技術を磨いてきた。

それを「客の声を聞く」という当たり前の行為だけで全員が感動してしまうのは、職人という職業をあまりにも単純化している。


また、試作品十台という数量設定にも説得力が乏しい。

主人公は品質確認のため十台だけにすると説明する。

だが試作品である以上、一台ごとに仕様を変えるのが普通である。

重量を変えたもの、風量を変えたもの、温度を変えたものを比較しなければ改善点は見えない。

ところが本作では全て同じ物を十台作るだけである。

これでは十人から同じ感想が集まるだけであり、改良のための試作品とは言えない。

単なる少量販売でしかない。

しかも、その試作品を全て貴族夫人へ配ってしまう。

対象が極端に偏っているため、市場調査としても成立していない。

使用者は全員裕福な女性であり、一般家庭も平民も男性も含まれていない。

これだけ偏った意見しか集めていないのに、「製品版」を作ろうという流れになるのは危険である。


さらに価格設定の場面も不自然である。

主人公は材料費と職人の工賃だけで価格を決めようとしていた。

しかし夫人たちはその何十倍もの価格でも欲しいと言い始める。

そこで主人公が驚く演出になっている。

だが主人公は商売を始めようとしている人物である。

市場価格を調べず、需要も確認せず、原価だけで価格を決めようとしていたことになる。

利益という概念が抜け落ちている。

これでは商売人ではなく、単なる製作者の発想である。

それにもかかわらず「商才がある」と周囲が評価するため、描写と評価が一致していない。


終盤ではメイドが魔力切れのような症状で倒れかける描写がある。

しかし、この問題も唐突である。

ドライヤーは既に何人もの人物が使用している。

主人公自身も何度も使い、母親も社交界で使い続けている。

それまで魔力消費について一切問題になっていなかったにもかかわらず、ここで突然「魔力を流し続けると危険なのでは」という伏線らしきものが挿入される。

本当に魔力消費が激しい道具なら最初の利用者の時点で問題になるはずである。

逆に今まで問題にならなかったのであれば、この描写だけが浮いている。

後の展開のためだけに新しい設定を追加したような印象を受ける。


総じて今回の一連の話は、主人公を優秀に見せるために周囲の職人や貴族が必要以上に無知になり、経験豊富な人物まで主人公の一言に感動してしまう構図が繰り返されている。

本来であれば熟練者同士が知恵を出し合って製品を磨き上げていく過程こそが面白い。


しかし本作では主人公だけが正解を知り、他者は驚き役に徹している。

そのため商売の成功物語というより、主人公を称賛するための舞台装置が延々と並べられているだけに見えてしまうのである。


最後に、この一連の話を通して最も気になったのは、「主人公が何かを成し遂げた」という描写と、「実際に主人公が行ったこと」の間に大きな隔たりがあることである。

主人公は自立するため、自分の力で稼ぐことを目標に掲げていた。

ところが実際の流れを整理すると、自力で生み出したものはほとんど存在しない。

商品の設計は師匠である。商品の試作も師匠である。魔法理論も師匠である。性能も師匠である。安全装置まで師匠が最初から組み込んでいる。

販路は母親が社交界で勝手に宣伝してくれた。量産は王国一の職人ギルドが担当する。紹介役は兄である。

資金は実家から持たされた金である。貴族夫人を集めたのも母親である。

つまり主人公自身が築き上げた部分は極めて少ない。


それでも周囲は「主人公の才能」「主人公の商才」「主人公の発想」と持ち上げ続ける。

これでは読者との認識に大きなずれが生まれる。

主人公が努力して道を切り開く姿を描きたいのであれば、まず商品そのものを主人公自身が考案するべきだった。

あるいは職人と何度も試行錯誤を重ね、失敗を繰り返しながら完成へ近付けるべきだった。


しかし本作では最初から完成品が存在している。

主人公は完成品を持って歩き、周囲へ紹介しているだけである。

これでは営業担当や販売代理店に近い。

それなのに「発明家」と同じような扱いを受けるため、どうしても違和感が残る。


また、師匠の万能ぶりも物語全体の緊張感を奪っている。

空を自由に飛ぶ。

未知の魔法陣を数分で設計する。

生活魔道具を即席で組み上げる。

安全装置まで完璧に組み込む。

しかもそれらを「面倒だから」と数分で済ませてしまう。

この人物がいる限り、大半の問題は師匠が解決できてしまう。

主人公が苦労する理由が存在しなくなるのである。

そのため作者は師匠を舞台袖へ退場させ、主人公だけで話を進めるしかなくなる。

しかし必要になれば再び登場して全てを解決してしまう。

これは物語の都合によって能力を出し入れしているだけに見えてしまう。


さらに気になるのは、技術革新があまりにも簡単に受け入れられている点である。

生活魔道具という概念が存在しない世界なら、職人だけではなく貴族や商人、既存の魔道具製作者からも反発が起きるはずである。

特許のような権利問題も発生する。既存商品の価格破壊も起こる。模倣品もすぐ現れる。市場を独占しようとする勢力も現れる。

しかし本作では全員が好意的である。障害らしい障害が存在しない。だから成功して当然に見えてしまう。

商売物語は障害を乗り越えるから面白いのであって、最初から全員が協力してくれるなら苦労話にはならない。


また、主人公の能力描写も一貫性を欠いている。

冒険者としては最低ランク。魔法の才能もない。魔物も狩れない。

ところが商売になると突然、天才的な観察眼、経営感覚、商品企画力、市場分析能力を備えた人物として描かれる。

その能力がどこで身に付いたのか説明がない。

前世知識によるものでもない。職業経験があるわけでもない。勉強した描写もない。

にもかかわらず現代企業の製品開発部門が行うような市場調査やユーザーインタビューを自然に実践してしまう。

読者が「すごい」と思うより、「なぜそんなことを知っているのか」という疑問が先に立ってしまう。


結局、この一連の話で繰り返されているのは「主人公が優秀だから成功する」のではなく、「周囲が主人公を優秀と言うから優秀に見える」という演出である。

だが、読者は登場人物の評価ではなく、実際の行動を見て人物を判断する。

だからこそ、師匠や家族や職人たちの功績まで主人公一人の手柄として描こうとすると、不自然さが目立ってしまう。

主人公を魅力的に描きたいのであれば、周囲を無能にする必要はない。

優秀な職人は優秀なまま、経験豊富な親方は経験豊富なまま、その上で主人公が努力や発想によって一歩だけ先へ進む姿を描いた方が、読者は素直に主人公を応援できる。

しかし本作では、その積み重ねよりも主人公礼賛が優先されているため、商売や技術開発の面白さよりも、ご都合主義による成功譚という印象が最後まで拭えなかったのである。

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