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第二話「お嬢ちゃんはそんな風に人を助けた事、ねぇのか?」

発明家さんに「出て行けるくらい元気になれ」と言われた少女は、

「怒らせてしまった」と感じてしまいました。


少女の心は、言葉の色まで塗り替えてしまう……。


今回、執事のおじいさんが動きます。

「おやおや、お茶を命じておきながら、ぼっちゃまはいらっしゃらないようですな」


 私一人になった食卓に、執事のおじいさんがお茶を二つ運んできました。


「ごめんなさい、私が怒らせちゃったんです」


 私は頭を下げました。顔を上げることが出来ませんでした。

 おじいさんは、私の前に湯気の立つカップをそっと置くと、少し感心したように目を細めて言いました。


「ほう。本当にぼっちゃまを怒らせたのなら、たいしたもんですな。ぼっちゃまは生まれてこの方、本気で怒った事は二回しかありませんでな」


「え……?」


 意外な言葉に、私が思わず顔を上げると、おじいさんは食卓に着いて、ちゃっかりともう一つのお茶を飲んでいました。


「まぁ癇癪を起すことはよくありますな、せっかちですから。ほっほっほっ。ほら、お茶が冷めますぞ」


「はい……」


 勧められるままに、お茶を一口飲むと、少し心が落ち着いてきました。


「あの、聞いてもいいですか……?」


「ええ、答えられる事であれば」


 おじいさんは少し意外そうな笑顔を見せて、頷きました。

 私が自分から何か質問するなんて、初めてです。おじいさんより、私自身が驚いていました。でも聞かずにはいられなかったのです。


「あの方は、どうして見ず知らずの私を助けてくれたんでしょう? どんな素性なのかも、どんな事情があるのかも知らないのに、いっぱい迷惑かけられちゃうかも知れないのに」


 思い切って口に出した疑問でした。このおじいさんは、発明家さんをぼっちゃまって呼ぶほど長い間一緒にいた人です。だから、発明家さんの気持ちはわかっているはずでした。

 でも。


「その質問には、答えられませんなぁ。ほっほっ」


 おじいさんはあっさりとそう答えました。

 一瞬、その意味が分からなくて、言葉に詰まる私。


「何故助けてくれたのか、というのは、お嬢さんが本当に聞きたい事ではないでしょう?」


 おじいさんは、混乱している私に助け舟を出すように、そう言葉を続けました。


「本当に聞きたい、事……?」


 私は意味をはかりかねて、目の前にあるカップのお茶に目を落としました。

 本当に聞きたい事。それは一体なんだろう……? 私の心が求めている物は……。


「ええええ。本当に聞きたい事、それをぼっちゃまに直接お聞きになるのがよろしいでしょうな。ぼっちゃまは変わり者の発明家ですが、それなりに大きなものを背負っておられます。つまりそれを背負いきれるだけの器も持っているはずですよ。この年寄りの目が曇っていなければ、ですがな。ほっほっほっ」


 私が本当に聞きたい事……。私にもそれが何なのか、よくわからないけど……、でも、このおじいさんには、何かが見えているのかも知れません。

 そして、あの発明家さんへの信頼の強さ。

 思わず素直にうなずく私を、お茶の香りが優しく包んでいました。


「あーこの時間はもう、ぼっちゃまは研究室に籠っておられるでしょうな。少し時間をおいて、また別の機会にお話されるのがよろしいでしょう。ほっほっほっ」


 おじいさんの笑い声と美味しいお茶に、ちょっとだけ、心が軽くなったような気がしました。





 今みんなは、あの人は何をしているんだろう。どこにいるんだろう。

 いなくなっちゃった私の事を探してくれているのかな。

 それとも……。


 私はあの人の役に立てない。それどころか、足を引っ張る事しかしてこなかった。

 だから、私はあの人のところにいちゃいけないんだ。


 でも……私が帰れるところは、あの人のそばしかない。

 あの人の声を聞きたい。あの人に会いたい。頭を撫でて欲しい。

 あの暖かい声で、私を包んで欲しい。


 許されない想いだってわかってる。私は、あの人のためにならないから。

 でも……私は……。


 延々と繰り返す自責。終わらない心の袋小路。

 それを打ち破ったのは、ノックの音でした。




 我に返ると、ドアの外からおじいさんの声が聞こえていました。


「お嬢さん。お手数ですが、ぼっちゃまを呼んできて下さらんか。お昼にはちょっと早いですが、素直に出てきてくれない事がありますのでな。ほっほっ」


「あ、はい……」


 私はのろのろと立ち上がって、ドアを開きました。おじいさんは、もういませんでした。


 発明家さんのお部屋は、研究室を兼ねているそうで、勝手に入ることを禁じられていました。

 そんな言いつけがなくても、私は寝室として与えられた部屋と、食卓以外に移動するつもりはありませんでしたけれど。

 できる事なら、食事もせず、誰にも会わず、部屋に閉じこもっていたかったのだけれど。

 本当は、どこか誰もいない所に捨てていって欲しかったのだけれど。

 だから、発明家さんの部屋に来るのは初めてで、ノックするにも緊張で手が震えました。


 コン、コン……。


 思い切ってドアを叩く。驚くほど微かな音しか出ませんでした。

 もし、反応がなかったら、もう一度叩かなければならないでしょうか。でも、もし発明家さんが集中してお仕事をしていて気づかなかったのかもしれません。だとしたら、後にした方が……。

 私がこの場所から逃げ出す言い訳を考え始めた時、部屋の中から発明家さんの声が聞こえました。


「おー。なんだー?」


 聞こえてた……っ! 発明家さんののんびりした声にも、私は少し怯えてしまっていました。

 でも、もう逃げることはできません。


「あの、お昼の……」


「おうお嬢ちゃんか。鍵は開いてるぞ、入れー」


 おずおずと出した私の声を遮るように、発明家さんののんびりした声が聞こえました。怒ってないのでしょうか……。


「失礼します……」


 ゆっくりドアを開けて中を覗くと、発明家さんは仕事の机から椅子ごと振り向いて、こちらを見ていました。


「お嬢ちゃんが来るってのは……さてはなんかあったな?」


 発明家さんは、面白そうに目を輝かせていました。ただ呼びに来ただけなんて、がっかりさせてしまうでしょうか……。


「あの、おじいさんが、お昼だから呼んできなさいって……」


「ふーん?」


 発明家さんは時計をちらっと見上げて、ちょっとだけ考えこむ様に、腕を組みました。


「まだ昼飯には時間があるよなぁ。ふーん、なるほど? じいやめ、そう言う事か」


 発明家さんは何か納得したようにうなずいて、いたずらっぽい目を私に向けました。

 一体どういう事なんでしょう……?


「それはそうと、お嬢ちゃん、なんか俺に言いたい事があるって顔してるぞ。そんな顔すんのは初めてだな。どうした?」


 発明家さんはニヤッと笑ってそう言いました。

 そうか。おじいさんは、私が発明家さんに聞きたいことをぶつけるの、手伝ってくれたんだ。

 時間より早く、発明家さんを呼びに行くよう私に言いつけて。


「ん? 遠慮はいらねーぞ?」


 発明家さんの優しい目。そして、おじいさんの優しい言いつけ。

 私は思わず声を出していました。 


「あのっ……! あの……、どうして私を助けてくれたんですか?」


 結局、私がぶつけたのはおじいさんに言ったのと同じ質問でした。

 私が本当に聞きたい事がなんなのか、私自身にもまだはっきりわかっていません。この、胸の中のもやもやしたものをどうしたら伝えられるのか、全く見当もつかなかったのです。


「ん? あぁ、俺は自分の目に入った困ってる人は助ける事にしてるんだ。まぁー逆に、目に入った気に入らねえ悪党にはお仕置きする事にもしてるがな。そんだけだが?」


 発明家さんはあっさりと、当たり前のようにそう答えました。どうしてそんなに簡単に考えられるのでしょう。

 質問の答えはもらえたのに、私の胸のもやもやは、もっと大きく膨らんでいました。


「だって……、だって私の素性も、何にも知らないのに……。いっぱいご迷惑をかけちゃうかも知れないのに。あ、いえ、もうご迷惑、かけちゃってますけど……。気にならないんですか? そういうこと気にせず助けちゃうんですか?」


 もやもやを吐き出すように喋りだすと、言葉が、心があふれだしそうになって……。私は一気にそこまで言うと、口をつぐみました。

 発明家さんは穏やかな目で、私が言い終わるのを待っていてくれました。

 そして……。


「お嬢ちゃんはそんな風に人を助けた事、ねぇのか?」


「え……っ?」


 突然、不意を突くような質問が飛んできて、私は一瞬、頭が真っ白になりました。

 そして、その空っぽになった頭の中に、私の大切な記憶がよみがえってきました。

第2話をお読みいただきありがとうございます。


「本当に聞きたいことは何か」を少女自身がわかっていない。

そしておじいさんはそれを見抜いている。


この執事のおじいさん、ただものではありませんよ。


次話では、発明家さんとの会話が続く中、

少女が何かをつかみます。


◆ 本編「TakeitAll!」連載中 → https://ncode.syosetu.com/n2695eu/

サヤとカイの出会いから読めます。

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