第一話「ここを出て行けるくらい元気になるんだな」
これは、「廃棄物」と呼ばれて育った少女の話です。
大切な人と出会い、それでも自分を信じられなかった少女が、
不器用な発明家と数日間を共にして、また立ち上がるまで。
本編で語られなかった空白の数日間をお届けします。
全6話完結。
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「見つけたぞぉ、廃棄物ぅ」
恐ろしい声が、私の背中に突き刺さった。心と身体の自由を奪う絶望の声。
もう逃げられない。ううん、最初から逃げる事なんてできなかったんだ。
「ブス」
「役立たず」
「早く回収されろよ、ゴミ」
絶え間なく投げつけられる言葉、それだけが私の人生を埋め尽くしていました。
「誰がここに居ていいって言った?」
そう、私に「許可」をくれた人は誰もいませんでした。
わかっているんです。私はここに居ちゃいけないって。居場所なんかないんだって。
「お前が視界に入るだけで、こっちが穢れんだよ!」
はい……。ごめんなさい……。
役立たずなだけじゃなく、私の醜さは人を不快にさせてしまう……。
どこへ逃げても、私に居場所なんか、ないんだ……。
「お前、なんで息してんの?」
そっか……。私は、息もしちゃいけないんだ……。
そう理解した瞬間、私の呼吸が止まりました。
息ができない……。苦しい……。
いつの間にか、私は見渡す限りの水の中にいました。強い流れで押し流されて……。
怖い……。怖い……。
助けて……。
来るはずもない救いを求めて、報いのない心のつぶやきを、ただ繰り返していました。
本当は、私は知っているんです。私を助けてくれる人がいる事を。
恐ろしい人たちから私を救い出してくれた、あの人のぬくもりを……。
どこ……? 戻らなきゃ……。あの人の所に。
たった一人、私の心を暖めてくれる声を持つ、あの人の所に……。
でも、あの人の声は聞こえませんでした。
聞こえるのは、私を責める声だけ……。
帰りたい……。あの人の所に。
あの人とはぐれてしまったのは、自分のせいでした。
私が何もできないから……。何の役にも立たなかったから……。
だから私は……。
私を責める声はまだ消えていませんでした。
この声は一生続くのでしょう。絶対に逃げられない……。
もう、許して……。
もう、私は死ぬのだから……。
もう、許して……。
「この化け物め……!」
最後に聞こえたその言葉は、闇の中に落とされた私の心臓を、深く、深く刺し貫きました。
「お目覚めですかな? ほっほっほっ」
気が付くと、見知らぬおじいさんが、私を見つめていました。
そう。三日前、私はこの人たちに拾われていたのです。
目を覚まして、顔を洗って。寝巻に着ていた、サイズの大きい部屋着を脱いで、洗濯された私の服に着替える。
この三日、繰り返された決まり切った動き。私の頭が別の事でいっぱいになっていても、もう勝手に身体が動くようになっていました。
着替えを終えて、朝の食卓へ。でも、自分がお腹がすいているのかもわかりませんでした。
この家の主、発明家のおじさんはもう食卓に着いていて、テーブルの上には三人分の朝食が用意されていました。
「やっと来たか。もう腹減ってかなわん。さ、食うぞ」
私を促す発明家さんの声。
「さ、お嬢さんも遠慮なさらず。ほっほっ」
そしておじいさんの声。
でも、私が欲しい声は、もう聞くことが出来ないのです。
私は張り裂けそうな気持で、席に着きました。
「……いただきます」
三日前、大切な人たちとはぐれ、一人で倒れていた私を拾ったのは、発明家を名乗る風変わりな男の人でした。
町から離れた空の上に浮かぶ小さな島で、執事のおじいさんと二人で暮らしている発明家さん。
身体が大きくって、力が強くって、そして、たくさんの発明をした立派な人なんだそうです。
そんな人が何故、私なんかを助けてくれたのか、私にはさっぱりわかりませんでした。
でも、だからこそ、私はこれ以上ここに居てはいけないのです。迷惑をかけてしまうから。
それに、ここにいたら、はぐれてしまったみんなを探すことはできません。みんなが私を見つける事だって無理。
だから私は、すぐにでもここを出て、みんなを探さなければいけないのです。
でも、私はみんなの所に戻ってもいいんでしょうか。戻ったら、やっぱり迷惑をかける事しかできないに決まってる……。
やっぱり私には、絶望しか残っていないんだ。あの人と出会う前のように。
こうして周りの人に迷惑をかけ続ける事しかできないんだ。
私は、どうする事もできずに、ただ「生きている」事しかできませんでした。
何もできない自分の無能さを呪いながら……。
「ごちそうさまでした」
私が食事を終えた時、発明家さんと執事のおじいさんはとっくに食べ終わっていました。
食欲なんて全くなかったので、食べ終わるのに時間がかかってしまったのです。
「よっし、ちゃあんと残さず食べたな」
発明家さんが大きくうなずいて言いました。
「はい、とってもおいしかったです」
本当は、味なんてさっぱりわからなかったけど……。
「だってよ、じいや」
二人とも笑顔。
昨日までほとんど食事が喉を通らなかった私を、発明家さん達は心配してくれていたのでした。
なんでこの人たちは、私なんかを拾ってくれたのでしょう。なんで私なんかを心配してくれるのでしょう。
「それはなにより。この年寄りも、腕によりをかけた甲斐が……」
一瞬、呼吸が止まった。心を掴み潰されるような胸の痛みに全身が凍り付く。
ただ耳から入ってくるだけだったおじいさんの声。その中に潜んでいた一つの言葉を、あの人の名前と聞き間違えてしまったみたい。
この三日、ずっとそうでした。
「……どうされましたかな?」
おじいさんが首をかしげて私を見つめていました。私が突然息を飲んで凍り付いたので、心配させてしまったのでしょう。
「あ、いえ、なにも……。ごめんなさい……」
私の事は、この人たちには関係ない事なんだ。心配かけたり、迷惑かけたりしちゃいけないのに。
発明家さんは何を思っているのか、黙って私を見つめていました。
「ほっほっ。では食器をおさげしましょうかな。ほっほっほっ」
おじいさんが立ち上がって、私の食器に手をのばしました。
「ご、ごめんなさい、私がやりますっ!」
私の分の食事を用意していただいただけでも申し訳ないのに、洗い物まで……。
でも、発明家さんの声が、私が立ち上がる隙を奪ってしまいました。
「あぁ、いいからお嬢ちゃんは座っとけ。じいや、食後のお茶を頼む」
「かしこまりました、ぼっちゃま」
「あのなぁ。いい加減ぼっちゃまはやめろって。俺、もう四十過ぎのおっさんなんだけど?」
恭しくお辞儀をしてキッチンへ引っ込むおじいさんの背中に、発明家さんは抗議の声を投げつけました。
「ほっほっ。お茶は二人分でございますね、ぼっちゃま。ほっほっ」
全く悪びれないおじいさんの声がキッチンから聞こえてくると、発明家さんはおでこに手を当てて、ため息をついてみせました。
「……ったく」
これがこのお家の日常なのでしょう。その中に紛れ込んだ異物が、私なのでした。
「……それにしても、随分と顔色も良くなってきたな」
発明家さんが、にっ、と笑顔を私に向けて言いました。
やっぱり、この人たちは、私なんかを心配してくれているんだ。私なんかを助けても、損しかないのに……。
「ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい。いっぱいご迷惑かけちゃって……」
私には、そう返事をするのがやっとでした。申し訳なくて、いたたまれなくて、もう消えてしまいたい……。
「まぁ、心配はしたがな。迷惑はかかっちゃいねえよ。一日も早く元気になってくれりゃあそれでいい」
「ごめんなさい……」
発明家さんの笑顔が辛くて、私は顔を上げることが出来ませんでした。謝る事しか出来ませんでした。
「謝るこたぁねえ。湖のそばで倒れてたお嬢ちゃんを拾った時からな、ちゃんと最後まで面倒見るって決めてんだ。俺が好きでやってる事だから、お嬢ちゃんが気に病むこたぁねえんだよ」
発明家さんの言葉はぶっきらぼうでしたが、私を受け入れようとしてくれているのはわかりました。だからなおさら、それに甘えてはいけないんです。
「でも……」
「でもじゃねえ。世話になんのが嫌なんだったら、ここを出て行けるくらい元気になるんだな」
そう言って、発明家さんは立ち上がりました。
「じゃ、俺は仕事して来るわ」
自室へ戻っていく発明家さんの背中。私は何も言えませんでした。
発明家さんを怒らせてしまった……。
私は新たな自己嫌悪で押しつぶされそうでした。
発明家さんが苛立つのも当たり前です。私は醜いし役に立たない。なのに、迷惑をかけているってわかっているのに、ここに居て甘えているからです。
本当はみんなの所に戻りたいのに、みんなに迷惑をかけるのが怖くて、逃げているからです。
だから……。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
少女が夢から覚める場面で始まるこの話。
心が限界のとき、人はどこにいるかさえわからなくなる。
その感覚から彼女はどう立ち上がるのか……。
次話では、少女が少し、勇気を出します。
◆ 本編「TakeitAll!」連載中 → https://ncode.syosetu.com/n2695eu/
サヤとカイの出会いから読めます。




