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第一話「ここを出て行けるくらい元気になるんだな」

これは、「廃棄物」と呼ばれて育った少女の話です。


大切な人と出会い、それでも自分を信じられなかった少女が、

不器用な発明家と数日間を共にして、また立ち上がるまで。


本編で語られなかった空白の数日間をお届けします。


全6話完結。


本編はこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n2695eu/

「見つけたぞぉ、廃棄物ぅ」


 恐ろしい声が、私の背中に突き刺さった。心と身体の自由を奪う絶望の声。

 もう逃げられない。ううん、最初から逃げる事なんてできなかったんだ。


「ブス」

「役立たず」

「早く回収されろよ、ゴミ」


 絶え間なく投げつけられる言葉、それだけが私の人生を埋め尽くしていました。


「誰がここに居ていいって言った?」


 そう、私に「許可」をくれた人は誰もいませんでした。

 わかっているんです。私はここに居ちゃいけないって。居場所なんかないんだって。


「お前が視界に入るだけで、こっちが穢れんだよ!」


 はい……。ごめんなさい……。

 役立たずなだけじゃなく、私の醜さは人を不快にさせてしまう……。

 どこへ逃げても、私に居場所なんか、ないんだ……。


「お前、なんで息してんの?」


 そっか……。私は、息もしちゃいけないんだ……。

 そう理解した瞬間、私の呼吸が止まりました。

 息ができない……。苦しい……。

 いつの間にか、私は見渡す限りの水の中にいました。強い流れで押し流されて……。

 怖い……。怖い……。

 助けて……。


 来るはずもない救いを求めて、報いのない心のつぶやきを、ただ繰り返していました。

 本当は、私は知っているんです。私を助けてくれる人がいる事を。

 恐ろしい人たちから私を救い出してくれた、あの人のぬくもりを……。


 どこ……? 戻らなきゃ……。あの人の所に。

 たった一人、私の心を暖めてくれる声を持つ、あの人の所に……。


 でも、あの人の声は聞こえませんでした。

 聞こえるのは、私を責める声だけ……。


 帰りたい……。あの人の所に。


 あの人とはぐれてしまったのは、自分のせいでした。

 私が何もできないから……。何の役にも立たなかったから……。

 だから私は……。


 私を責める声はまだ消えていませんでした。

 この声は一生続くのでしょう。絶対に逃げられない……。


 もう、許して……。

 もう、私は死ぬのだから……。

 もう、許して……。


「この化け物め……!」


 最後に聞こえたその言葉は、闇の中に落とされた私の心臓を、深く、深く刺し貫きました。




「お目覚めですかな? ほっほっほっ」


 気が付くと、見知らぬおじいさんが、私を見つめていました。

 そう。三日前、私はこの人たちに拾われていたのです。




 目を覚まして、顔を洗って。寝巻に着ていた、サイズの大きい部屋着を脱いで、洗濯された私の服に着替える。


 この三日、繰り返された決まり切った動き。私の頭が別の事でいっぱいになっていても、もう勝手に身体が動くようになっていました。

 着替えを終えて、朝の食卓へ。でも、自分がお腹がすいているのかもわかりませんでした。

 この家の主、発明家のおじさんはもう食卓に着いていて、テーブルの上には三人分の朝食が用意されていました。


「やっと来たか。もう腹減ってかなわん。さ、食うぞ」


 私を促す発明家さんの声。


「さ、お嬢さんも遠慮なさらず。ほっほっ」


 そしておじいさんの声。


 でも、私が欲しい声は、もう聞くことが出来ないのです。

 私は張り裂けそうな気持で、席に着きました。


「……いただきます」





 三日前、大切な人たちとはぐれ、一人で倒れていた私を拾ったのは、発明家を名乗る風変わりな男の人でした。

 町から離れた空の上に浮かぶ小さな島で、執事のおじいさんと二人で暮らしている発明家さん。

 身体が大きくって、力が強くって、そして、たくさんの発明をした立派な人なんだそうです。


 そんな人が何故、私なんかを助けてくれたのか、私にはさっぱりわかりませんでした。


 でも、だからこそ、私はこれ以上ここに居てはいけないのです。迷惑をかけてしまうから。

 それに、ここにいたら、はぐれてしまったみんなを探すことはできません。みんなが私を見つける事だって無理。

 だから私は、すぐにでもここを出て、みんなを探さなければいけないのです。


 でも、私はみんなの所に戻ってもいいんでしょうか。戻ったら、やっぱり迷惑をかける事しかできないに決まってる……。


 やっぱり私には、絶望しか残っていないんだ。あの人と出会う前のように。

 こうして周りの人に迷惑をかけ続ける事しかできないんだ。


 私は、どうする事もできずに、ただ「生きている」事しかできませんでした。

 何もできない自分の無能さを呪いながら……。






「ごちそうさまでした」


 私が食事を終えた時、発明家さんと執事のおじいさんはとっくに食べ終わっていました。

 食欲なんて全くなかったので、食べ終わるのに時間がかかってしまったのです。


「よっし、ちゃあんと残さず食べたな」


 発明家さんが大きくうなずいて言いました。


「はい、とってもおいしかったです」


 本当は、味なんてさっぱりわからなかったけど……。


「だってよ、じいや」


 二人とも笑顔。

 昨日までほとんど食事が喉を通らなかった私を、発明家さん達は心配してくれていたのでした。


 なんでこの人たちは、私なんかを拾ってくれたのでしょう。なんで私なんかを心配してくれるのでしょう。


「それはなにより。この年寄りも、腕によりをかけた甲斐が……」


 一瞬、呼吸が止まった。心を掴み潰されるような胸の痛みに全身が凍り付く。

 ただ耳から入ってくるだけだったおじいさんの声。その中に潜んでいた一つの言葉を、あの人の名前と聞き間違えてしまったみたい。

 この三日、ずっとそうでした。


「……どうされましたかな?」


 おじいさんが首をかしげて私を見つめていました。私が突然息を飲んで凍り付いたので、心配させてしまったのでしょう。


「あ、いえ、なにも……。ごめんなさい……」


 私の事は、この人たちには関係ない事なんだ。心配かけたり、迷惑かけたりしちゃいけないのに。

 発明家さんは何を思っているのか、黙って私を見つめていました。


「ほっほっ。では食器をおさげしましょうかな。ほっほっほっ」


 おじいさんが立ち上がって、私の食器に手をのばしました。


「ご、ごめんなさい、私がやりますっ!」


 私の分の食事を用意していただいただけでも申し訳ないのに、洗い物まで……。

 でも、発明家さんの声が、私が立ち上がる隙を奪ってしまいました。


「あぁ、いいからお嬢ちゃんは座っとけ。じいや、食後のお茶を頼む」


「かしこまりました、ぼっちゃま」


「あのなぁ。いい加減ぼっちゃまはやめろって。俺、もう四十過ぎのおっさんなんだけど?」


 恭しくお辞儀をしてキッチンへ引っ込むおじいさんの背中に、発明家さんは抗議の声を投げつけました。


「ほっほっ。お茶は二人分でございますね、ぼっちゃま。ほっほっ」


 全く悪びれないおじいさんの声がキッチンから聞こえてくると、発明家さんはおでこに手を当てて、ため息をついてみせました。


「……ったく」


 これがこのお家の日常なのでしょう。その中に紛れ込んだ異物が、私なのでした。



「……それにしても、随分と顔色も良くなってきたな」


 発明家さんが、にっ、と笑顔を私に向けて言いました。

 やっぱり、この人たちは、私なんかを心配してくれているんだ。私なんかを助けても、損しかないのに……。


「ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい。いっぱいご迷惑かけちゃって……」


 私には、そう返事をするのがやっとでした。申し訳なくて、いたたまれなくて、もう消えてしまいたい……。


「まぁ、心配はしたがな。迷惑はかかっちゃいねえよ。一日も早く元気になってくれりゃあそれでいい」


「ごめんなさい……」


 発明家さんの笑顔が辛くて、私は顔を上げることが出来ませんでした。謝る事しか出来ませんでした。


「謝るこたぁねえ。湖のそばで倒れてたお嬢ちゃんを拾った時からな、ちゃんと最後まで面倒見るって決めてんだ。俺が好きでやってる事だから、お嬢ちゃんが気に病むこたぁねえんだよ」


 発明家さんの言葉はぶっきらぼうでしたが、私を受け入れようとしてくれているのはわかりました。だからなおさら、それに甘えてはいけないんです。


「でも……」


「でもじゃねえ。世話になんのが嫌なんだったら、ここを出て行けるくらい元気になるんだな」


 そう言って、発明家さんは立ち上がりました。


「じゃ、俺は仕事して来るわ」


 自室へ戻っていく発明家さんの背中。私は何も言えませんでした。


 発明家さんを怒らせてしまった……。

 私は新たな自己嫌悪で押しつぶされそうでした。

 発明家さんが苛立つのも当たり前です。私は醜いし役に立たない。なのに、迷惑をかけているってわかっているのに、ここに居て甘えているからです。

 本当はみんなの所に戻りたいのに、みんなに迷惑をかけるのが怖くて、逃げているからです。

 だから……。

第1話をお読みいただきありがとうございます。


少女が夢から覚める場面で始まるこの話。


心が限界のとき、人はどこにいるかさえわからなくなる。

その感覚から彼女はどう立ち上がるのか……。


次話では、少女が少し、勇気を出します。


◆ 本編「TakeitAll!」連載中 → https://ncode.syosetu.com/n2695eu/

サヤとカイの出会いから読めます。

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