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最終話:『八策の団子と、佐藤の夜明け』

 時代が「明治」と名を変えてから、十年近くが過ぎた。

 京の町は、刀を差した武士が消え、人力車が闊歩し、京のシンボルである四条大橋は、木造橋から西洋技術を用いた鉄製の橋に架け替えられるなど、大きく変わり始めている。


 そんな変わりゆく町の一角に、いつも繁盛している小さな店があった。

 看板には、相変わらず下手くそな字でこう書かれている。


『新世界・佐藤団子店 総帥・佐藤策太郎』


「はい、おまちどう! これが我が店の『維新団子』ぜよ! 食えば文明開化の音がするぞ!」


 策太郎は、元気に暖簾をくぐり、客に皿を差し出した。

 隣では、相変わらず美しく、そして相変わらず口の悪いおキクが、帳面をパチパチと弾いている。


「はいはい、御託はいいから早く運んで。策太郎、あんたまたオマケしたでしょ。これじゃ儲けが『縁側八策』の志くらい薄いんだけど」


「いいんだよおキクさん。笑顔の数だけ、日本は洗濯されるんだ」

 そこへ、一人の立派な洋装に身を包んだ紳士が、数人の従者を連れて店に現れた。

 紳士は店を見渡し、懐かしそうに目を細めると、策太郎に声をかけた。


「……君か。かつて四条の路地で、水鉄砲……いや、独創的な兵器で私を救ってくれた男は」


 策太郎は首を傾げた。


「はて? 水鉄砲で人を助けた記憶はたくさんありますが、どなたでしたかね」


 その紳士は、今や政府の重鎮となった男だった。彼はあの日、策太郎が(偶然)転ばせた新選組の隙に逃げ延びた志士の一人だったのだ。


「君の功績を、政府は忘れていない。どうだ、佐藤君。私の下で、新しい国の礎を築く手伝いをしないか。君なら、もっと大きな仕事ができるはずだ」


 店内が静まり返った。おキクも手を止め、策太郎を見た。


 佐藤策太郎。かつて、誰よりも「何者か」になりたかった男。坂本龍馬に焦がれ、歴史に名を残すことを夢見て、空回りし続けた男。


 策太郎は、紳士を見つめ、それから店の隅で「クゥン」と鳴く老犬ゴロと、少しだけ期待を込めた目で見つめてくるおキクを見た。

 彼は、ゆっくりと頭を下げた。


「……勿体なきお言葉ぜよ。ですが、閣下。わしにはもう、果たすべき『維新』があるのです」


「維新だと……?」


「はい。この『佐藤団子店』の味を、明治の世に定着させること。そして、この縁側に座る客たちを、団子一つで笑わせること。それが、わしが坂本さんから引き継いだ、わしなりの『維新』なのです」


 策太郎は、懐からボロボロになった例の竹筒――万華鏡を取り出した。


「わしは、坂本龍馬にはなれんでした。でも、坂本さんが見たかったはずの『皆が笑う面白い日本』は、この小さな店の縁側にも、ちゃんと広がっております」


 紳士は驚いたように目を見開いたが、やがて愉快そうに笑い声を上げた。


「……ははは! よくわかった。確かに『維新』だ。そして君の苗字は、日本で一番温かい苗字だ」


 紳士が去った後、店にはいつもの喧騒が戻った。


「……策太郎。あんた、本当に良かったの? 出世のチャンスだったのに」


 おキクが、少しだけ真面目な顔で尋ねた。

 策太郎は、万華鏡を片目で覗き込み、空に向けた。

 ビー玉が光り、世界を色鮮やかに染め上げる。


「いいんだよ。わしは、歴史には残らん。でも、おキクさんの記憶の片隅に、『佐藤策太郎という、最高に愉快な男がいた』と一行載れば、それでわしの勝ちぜよ」


 おキクは少し顔を赤らめ、ぶっきらぼうに言った。


「……一行だけじゃ足りないよ。五行くらいは書いておくから、さっさと皿を洗いなさい」



 夕暮れ時の京の町。

 かつてドブ川を掃除し、漬物桶に落ち、偽の苗字を名乗っていた男は、今、本名の「佐藤」を誇らしく掲げ、誰よりも幸せそうに笑っている。


 坂本龍馬が夢見た夜明け。

 その太陽に照らされているのは、名もなき数多の「佐藤」たちが作る、騒がしくて温かい、何気ない日常の風景だった。


 佐藤策太郎の維新。それは、完遂されたのである。


(完)


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