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しかりの止まり

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、こーらくん、よくきたな。久々に時間が取れたのなら、ゆっくりしていくといい。


 ――ん? 家の中がやたら静か? 少し前なら子供たちが走り回っていたと思うが?


 ははは、もう遠い昔に思える情景だね、それ。

 狭い家の中で走り回る子供、というのは一時期の風情であるとともに、大きな迷惑だった。うるさいし、ものは壊すし、近所迷惑になるかもだしで、親からすると「外で遊びなさい!」とでも言いたくなるものだ。

 理由はいろいろ考えられるかもだが、私は家の中がつまんないからだと思うのだよね。本が好きな子だったら、ひたすら本読んで静かにできるだろ? それができずに走るって、それ以外のものがあまりにつまらな過ぎるからだと思うんだ。


 だけど、昨今はそのような景色とは縁遠いだろう。

 テレビ、ゲーム、スマホ……体を動かすことよりも、楽しいものが爆発的に増えてきた。

 こいつらはのめり込むとエンドレス。時間の許す限り、画面とにらめっこも珍しくなく、これまた親からすると「外で遊びなさい!」の対象だ。

 にぎやかでもダメ、静かすぎてもダメ。主観的に物事を見がちな子供のうちは、特におもしろくないだろうね、ダメダメ攻撃は。

 そして我々大人も、不快かつ自分がなんとかコントロールできるだろうと察するものには、ダメダメ言いたくなるもの。しかし、その正体をちゃんとつかめているのかね?

 ひとつ、友達から聞いた話なんだが耳に入れてみないか?


 友達の家の子も、小さかったころは家の中をよく走り回る子だったらしい。

 昔ながらの和風な家。廊下も階段も長く、ばたばたと走る音は家の中に響き渡り、遠く離れていても気配を察するのは容易だ。特に何か仕事をしているときなどは、聴覚も気が立っている。

 そのときは風呂掃除にいそしんでいたらしい。休日の昼近くとなると、仕事疲れからぐーすか寝ていたい気持ちもあるが、水あかの気配が浮かび出すと無視はしがたい。自分ひとりならともかく、家族からビースカいわれるのは心がしんどくなる。

 掃除用のゴム靴を履き、きゅっきゅと浴槽をスポンジで拭き始めた。始める前は何事もおっくうだが、いざ始まってしまうとそのまま続けるのも、さほど苦でないことが多い。

 これも慣性の法則ってやつか~、などとスポンジに力を込めていったところ。


 ドタドタドタドタ!

 にわかに風呂場の外から響く、木の板を乱暴に踏みしだく音。

 聞き慣れている。廊下を走り回る気配だ。そしていま、家の中にいるのは自分と我が子のみのはず。


「うるさいぞ~」


 一発目は緩めに注意した。

 最初から全開でしかるのは、流儀に反する。段階を踏んでことを進める方が、荒立てなくていい。

 それに人は慣れるもの。全力をぶつけて、それ以上がないと知られれば歯止めが聞きづらくなる。奥の手はとっておくに限るのだ。


 実際、注意した直後に足音はしばらく止む。その間に仕事を再開して、一度目の水洗いは終了する。

 長年使っていたせいか、よくよく見てみるとガンコな汚れもあり、一回では薄まる程度がせいぜいのところもあった。

 どうせやるなら徹底的に。蛇打ちて死なざれば、後患無窮なり、というやつでもある。中途半端な対処は、よからぬトラブルを後から後から呼び込んでくるものだ。

 で、その二度目。洗剤をかけ始めたところで。


 ドタドタドタドタ!!


 先ほどよりも近場から聞こえる。

 掃除している音は向こうも耳にしているだろうに、ここまで寄るとはいい度胸だ。

 ぐっと、あごから首にかけて、苦しささえ感じるほどにじむ汗をぬぐいながら、友達は鋭くいう。


「うるさいぞ!」


 またピタリと音がやんだ。

 分かったなら、それでよろしい……などと、ころころ気持ちを切り替えられるほど、友達はシンプルじゃない。

 二度あることは三度あると、友達はずっと足音を警戒し続けていたそうだ。掃除こそ任務のはずが、そちらに対して気もそぞろ。適当に手を動かし、見た目には掃除しているように見えるだろうが、意識はずっと鼓膜に集中していた。

 ごくり、とつばを飲み込むたびに、ピリリとのどへ痛みがあふれる。相当、乾いているのだろうか、先のような苦しさも継続だ。

 それほど足音が気になるなら、とっとと掃除を切り上げてじかに音の主を咎めに行けば良かったのに……と、後から振り返った友達自身も感じたらしい。

 なのにひたすらのどや首周りに感じる痛み、違和感をこらえながらも、自分はそこへとどまり続けていたという。

 そして


 ドタドタドタドタ!!!


 三度目。先ほどよりもずっと強く、近く足音が響いた。

 すでに浴室の真ん前であろう場所。戸を開けているし、顔さえ上げれば相手の姿も見えるだろう。


「こ……!」


 思い切り怒鳴ろうとした友達の息が、ぐっと絞まった。

 どうにか目だけで下を見ると、いつの間にか自分の首周りには黒く太い縄が巻かれていて、それがいっぺんにしぼられたんだ。

 先ほどまで、このようなものは物理的になかったはず。当然、掃除中もこのたぐいの用意がないのは確認済みだし、シャワーが自ら絡んでくるなんてほど、自分たちは仲良しじゃない。

 まずい。声が出せない。

 絞まる力も想像以上に強く、本能がこれを引っぺがすことを最優先に置いてしまって、ろくに身動きとれない。


 ドタドタドタドタ!!!! バン!


 ついに浴室前まできた特大の足音。最後は開いたガラス戸がひとりでに大きく揺れた音だ。そこにはこぶし大のひびが入ったものの、そこには誰もいなかったらしい。

 が、にわかに首から縄が消えてなくなり、友達はどうにか呼吸を取り戻すことができたという。首にくっきりと残った縄のあと、そしてガラス戸の前から家じゅうのそこかしこに、子供のものよりずっと小さい、一対の足跡が残っていたそうだ。

 その子自身はというと、自分の部屋でずっと昼寝をしていて、いっさいを知らない様子だったらしい。

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