隙間にままま
いつもの居酒屋、いつもの友人とまったり晩酌を楽しんでいた。そんな友人から一言、怖い話をしてほしい、と。どうやら前回話した恐怖体験がお気に召したらしい。私がさも普段から恐怖体験をしているかのような口ぶりである。腹立たしい事に否定出来ない。
仕方なしに数少ない友人の為、宴の肴を語るとしようか。
子どもの頃に怖かったモノは何かと聞かれた時、あなたならなんと答える? おばけ? 怪物? はたまた夜なんて人もいるだろう。大人になるのが怖いと思う捻くれた子どももいたのかもしれない。
私の場合、子どもの頃に怖かったモノ、それは隙間。もっと言うならば“間”である。
私は隙間が怖かった。壁と壁の間、ドアの微妙に開いた隙間、ベッドの下。ここまでならまだ分かってもらえるかもしれない。話して驚かれたのは畳の隙間。畳と畳の間にある境界線。私はそれすらも怖かった。その隙間を通る時、ちょっと勢いつけて飛ぶなんて事もしていた。子ども時代の笑い話である。
これが不思議と外では恐怖を感じない。室内の方が、もっと言えば家の中が怖かった。多分だけど、安心できる場所で隙間が空いている事に恐怖していたんだと思う。自分に関わりが近かければ近いだけ怖かった。
何故そんなに隙間が怖かったか。確か、真夏のホラー特番かホラー映画を見たせいだったはず。意外と長い間怖がっていた記憶がある。それこそ年単位で。それぐらい怖い印象があった。これから話す内容に関わってくるから内容は言えないけどね。
そんな恐怖心もいつの間にか消え、大人になる頃には記憶の片隅、どころか綺麗さっぱり忘れていた。上手いこと言わせてもらうなら、それだけ時間の“間”が空いたというだけの話。
では、何故今になって思い出したのか。それは恐怖心を思い出す出来事があったからである。
それは確か休みの夕暮れ時。おつまみ、もとい夕飯を作るために商店街へ買い出しに向かっていた。その商店街は家から遠いものの、車で行くにはすぐ近く。つまり何が言いたいかというと、絶妙な距離である。自転車に乗って行けば良かったのだが、残念な事に長いこと乗っていなかった為、タイヤがパンクしていた。
私は家から出る前までは夕飯を作る気でいた。しかし、その微妙な距離は体力の消費とともにやる気も削いでいく。
ごたごたと言い訳を並べて何が言いたいかといえば、作るのが面倒になったのである。面倒な工程をすっ飛ばしてさっと惣菜を買い、家に帰ってぱっと晩酌を楽しむ。私はそんな思考でいっぱいになった。日頃の疲れと一緒にお酒を流し込む最初の一杯は格別だろう。しかし、それは美味い肴があってこそ。そこで妥協してはいけない。お酒は安くても美味ければ良い。酔えるのであればもっと良い。
そんな事を考えながら、辺りを物色していく。夕陽に照らされた商店街。人混みとは言わないが賑わっている。私と同じで夕飯を買いに来ているのだろう。お店の並びは不揃いで、統一感のない世界が広がっている。おつまみとなりそうな惣菜もいくつか並んでいた。
あれは美味しそうだとか、あれはお酒と合わなそうだとか、これは気分ではないみたいな事を考えていた気がする。
こういう時、案外すぐに決まらないのはよくある事だと思う。優柔不断というよりも、美味しそうな物が多いのがいけない。これと言った気分の、食べたい物のない時に選択肢が多いと、迷いが生じてしまう。これは私だけではないはずだ。しかし、案外この時間がまた楽しい。そんなふうに考えながら商店街を歩いて行く。
脳内BGMを再生させて、周りの人に聞こえないように口ずさむ。私は夕暮れの商店街という、良い心地の雰囲気に酔っていた。
ふと、視界の端に気になるものが見えた。それはお店ではなく、人であったが。
その人はお店とお店の間、人が通れるくらいの、いわゆる路地裏と呼ばれる場所にもたれかかっていた。待ち合わせでもしているのだろう、人が近くを通る度に視線をそちらへ移しては戻すという作業を繰り返していた。持たれている方のお店で私がよく行く八百屋さん、その大将が大きな声で野菜の新鮮さを謳っているのに、反応しないのはずっといたからだと思う。それだけなら気になるほどではない。
では、何が気になったか。それはその人の格好、服装の事である。例えで言うなら厨二病と表現するのが近いかもしれない。近いと曖昧な表現したのはなんて言うべきか、その人の服装がチグハグなのだ。おしゃれハットにマスクをしてシンプルな服装、そして手には包帯を巻いていた。左手ではなく両腕だったが。肌の見えている部分が極端に少ない印象を持つ。
本当に怪我をした人かもしれないが、それにしてはなんとなく包帯の巻き方が雑な気がした。こう、病院で教えてもらった巻き方ではなく、巻いてあればいいみたいな雑さ。その証拠に包帯が緩んでいるのか解けて垂れていた。もしかしたら怪我をして長く、雑になっている可能性も無くはないが。
あまりジッと見るのも失礼かと思い、すぐに視線を外したが、それでも印象に残るくらいには気になる格好をしていた。何故だか分からないが違和感を感じたというのもある、それも格好以外で。
その人の横を通り過ぎ、おつまみもとい惣菜を求めて商店街の奥へと歩みを進めた。
結局、我慢出来ずに居酒屋で軽く一杯ひっかけていった。おつまみも買って後は家に帰るだけ。酔うというほど飲んではいない、ほろ酔いくらいでやめた。本格的に飲むのは家に帰ってからである。ガヤついた場所で飲むのも良いが、今はゆっくり静かに穏やかな雰囲気でお酒を楽しみたい。
そんな良い酔いの帰り道、少しふわつくものの意識はしっかりと商店街を戻っていく。そうすると、先程私が気になった人物がいた所まで戻ってきた。
ちらりと路地裏の方へと視線を向ける。そこにはまだ人が立っていた。おそらくだが同じ人物だろう。おそらく、と注釈をつけたのは顔を見ていないから。まあ、特徴的な服装であったからほぼ間違いない。先程見た時と同じで肌がほとんど見えない格好をしていた。
一つ、先程見た時と違う事があった。雑に巻かれていた包帯が緩んで下に垂れていた。包帯としての役割を放棄して地面に降りようとしている。
そこで違和感の正体がわかった。路地裏にもたれかかったその人は、時間を確認する素振りがなかったのである。携帯端末を確認しないのはもちろん、腕時計なども着けていない。一応、時間を確認出来る時計台はこの近くにあるはずだが、それを確認しに行く事もせずにもたれかかっていた。
もしかしたら、待ち合わせではないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。しかし、その人物は何かを待っているような気がした。こう言う場合の勘は気のせいかもしれないし、思い過ごしな事が大半であったが。
あまり気にし過ぎるのも駄目だろう。時間をあまり気にしない人なんだと結論付け、晩酌する事に思考を移そうとした。けれど、意識がまたその人物に戻る。それは何故か、包帯が解けて肌を覗かせたからである。
包帯の下にあるものが気になってしまった。隠されたものを知りたい、見たくなるは誰でもある事だと思う。失礼だとか、不謹慎だと言われても気になってしまったらどうしようもないだろう。私はその人がいた方へと目を向けた。
楽しんでいる所申し訳ないが、一旦話を止めさせてもらう。不満そうな顔をされてもこれは重要な事。私が隙間を怖がるようになった原因、ホラーの映像作品についてだ。この話を聞く上で知っておいた方がいいと思う。最初の語りで言わなかった理由は、オチが分かってしまうからこのタイミングで話したかった。
とは言え、大体オチの予想はついているんじゃない?割と題材として隙間は分かりやすい内容だとは思う。
それこそ、隙間にホラーと言えば何かいるくらいしかないだろう。
そう、お店とお店の間の隙間、ではなく、緩んだ包帯から覗かせる傷と言う隙間には得体の知れない何かがはみ出ていた。
しっかりと見てしまったが、どうやらその人物には気づかれてないらしい。それはたまたま運が良かっただけだろう、相手側からは前を向いているだけにしか見えなかったと思う。そう思いたかった。
一気に酔いが覚めていくのがわかる。にも関わらず、足取りは不安定に感じた。しっかりと歩いているはずなのに、真っ直ぐ歩けている自信がない。
隙間から出ている何かは、束のようになった一部がはみ出しているようだ。無理矢理詰め込んだ為、気づかないうちに押し出されたのだろう。そのせいで包帯が緩んでしまったのだと思う。
なぜ、包帯を巻いて肌が見えないようにしていたのか、ただ傷と言う隙間を隠すためだけの理由ではないらしい。隠されていた肌をよく見ると肌の色が所々違っている。継ぎ接ぎと言う表現が正しい。考えたくはないがおそらく後から付け足されている、……剥ぎ取った肌。
早く去りたい、この場から逃げ出したいのに足が上手く動かせない。気づかなければ、もしかしたら居酒屋で飲まなければこんな思いをしなかったかもしれない。
そんな時、前から人が歩いてきた。その人は酔っ払っているらしく、居酒屋を探しているようだった。その人はもたれかかった人物の横を通り過ぎ、路地裏へと入っていった。微動だにしなかったその人物も吸い込まれる様に路地裏へと入っていく。助けようと思ったが思う様に体が動かなく、見送る事しかできなかった。
きっともう遅いのだろう、その時に見えた横顔は、マスクをしていても分かるくらい笑顔だった。
話を終えたら案の定、友人が根掘り葉掘りと聞いてくる。多分、この後現場に行こうと言うだろう。
問題は、その路地裏が無くなっていた事だ。商店街が怖くてあまり近寄らないようにしていたのだが、用事がありどうしても寄らなければならない時があった。私は意を決して商店街へ向かったのだが、その路地裏見つからなかった。私がその人物を見た場所は、路地裏と言うには狭く、猫すら通れない隙間としか言えなかった。あの時、違和感の正体は時間を確認する素振りがない事ではなく、あの場所に路地裏がない事だった。
何故、そこそこあの商店街に通っていて、馴染みのある店の隣なのにそんな事すら気づかなかったのか。それは私には分からない。長年いるはずの商店街にいる八百屋さんの大将すら気づいてなかったのだから、私になんて分かるはずがないのだ。もしかしたら、あの路地裏ともたれかかっていた人物はセットだったのかもしれない。
その事をちゃんと伝えたが、友人はこの話を信じて路地裏のあった場所へ行こうと言った。証拠も無く、嘘かもしれない話を信じてくれる、楽しそうに笑う友人を追いかけてお店を出た。
友人を追いかけながら願う。あの路地裏が無く、ただの隙間であります様に、と。
シリーズ化しました。シリーズ名は「酔っ払いたちの肝試し」です。「視線の先には何もない」も同シリーズです。読まなくても大丈夫な様に書きましたが、気になった方は見てもらえると嬉しいです。