病気
そんな画面に写し出された画像と言えば、スラリとした体躯、広い肩幅、整った髪型、甘いマスク......それはそれは、全てにおいて清潔感漂う好青年の写真だったのである。
年齢は25才前後か? 少しばかり翔子よりは年上に見える。
「おお、確かにハンサムだ?!」
「マジ? この人が翔子の彼氏なの?」
2人の反応から察するに、多分見るのは初めてだったんだろう。彼氏が居るのはもちろん知ってた訳ではあるのだが......
実を言うとこの時、姉である隆美は微妙な表情を浮かべてた。それは翔子の心に宿る厄介な病気を誰よりも知り尽くしていたが故に。
誰もが羨む好青年、そしてそれを幸せそうに語る大事な妹......本来であれば手放しで喜ぶべきところだ。
でも一抹の不安を隠し切れない隆美がそこに居たことも事実だったのである。
まさか、騙されてるんじゃ無いか? きっとそんな良からぬことが頭を過ったに違い無い。
「お姉ちゃん......何か......文句でも有るの」
「えっ、な、なに? 素敵な彼氏じゃない」
「あたしじゃ不釣り合いとでも言いたいの? 騙されてるとでも言うつもり?!」
そして......
発症してしまったのでる。翔子の心に宿るそれが。
見れば翔子の顔はリンゴが驚く程に赤くなり、目はキツネが恐がる程に吊り上がってる。山頂から爆炎を上げる瞬間が刻一刻と迫っていることだけは間違い無かった。
一方、それまで静かだった客席も俄にざわめき始め、それまで新聞にへばり付いてた常連客さんも、
『おや何事?』
突然発生した雨雲に目をキョロキョロさせてる。
「ちょっと翔子、そんなこと誰も言って無いじゃない。みんなお似合いのカップルだって思ってるわよ」
「まぁ、少しコーヒーでも飲んでゆったりしようよ、翔子ちゃん」
必死に宥める姉夫婦の2人。しかし一度火が点くと、そう簡単に消火できる程、翔子の『個性』と言う名の炎は甘く無かった。
「今日は圭吾さんの誕生日だから、あたしこれから家で美味しい手料理いっぱい作るんだから! 圭吾さんだってそれを楽しみにしてくれてるのよ! それなのに......それなのに......」
正直......もう手が付けられ無かった。
「翔子、他のお客さんも居るから一旦外に出よう。外の空気吸えばきっと気が落ち着くって。ちょっと和友さん、少し出て来るけどいいでしょう?」
「あ、ああ、もちろんだ!」
「ふっ、ふっ、ふっ......そう言うことね。分かったわ」
ここで翔子は想定外の反応。なんと意味不明の笑みを浮かべてる。そしてその笑顔は醜く歪み、そして悪意に満ちていた。
「分かったって......なにが?」
「お姉ちゃん、あたしに嫉妬してるんでしょう! 自分の旦那は不細工で休みも取れない負け組だからね!
確かにあたしの圭吾さんとは天地の差よ。あらごめんなさい。あたし嘘は言えない質なもんで。ハッ、ハッ、ハッ......」
「ちょっと、翔子ちゃん?!」(店長)
「そりゃあ言い過ぎだろ?」(常連客)
そして......
「な、何ですって......」
俄に身体がガタガタ震え出す隆美さんだった。
「ふんっ! 正直に言ったまでのことよ。あんた達なんかとっとと別れちゃえば......」
そんな隆美さんに更なる言葉の暴力を翔子が繰り出した正にその時のことだった。
パシッ!
突如修羅場と化した喫茶店スイートピーに、大きな音が鳴り響く。
それは何と!
隆美さんが無意識のうちに振り上げた手が、1人の女性の頬を激しく叩き付けた音だったのである。
きっとそれ程までに翔子が吐いた毒は、辛辣を極めてたってことなんだろう。




