人気者
因みに、琴音は伝票を持って来て無かった。なので全くメモを取って無い。そうともなれば当然の如く、
「大丈夫か?」
「普通無理だろう」
などと、常連客さん達の間で不安の渦が巻き起こるのも当然の話だった。
ところがそんな人々の不安を他所に、琴音はと言うと、
「畏まりました......」
平然とそんな言葉を残してカウンターへと舞い戻って行く。そしてカウンターへ戻って来るや否や、
「オーダー......入り......ました」
「琴音ちゃん、伝票持って行かなかなかったみたいだけど......」
不安に思ってたのは、何もお客さん達だけでは無かったらしい。案の定、店長も隆美さんも顔をしかめてる。
すると、
「メインディッシュは......ビザトースト1、エビグラタン1......」
いきなりオーダーを復唱し始めたのである。
「ちょっと店長、メモ取って!」
「了解!」
「日替り3、そのうち1つはサラダトマト抜き、もう1つはパスタ少なめ、ペペロンチーノ大盛1、ハンバーグライスライス大盛1、ミックスサンド1、フライドポテト3......それと飲み物が......」
「琴音ちゃん、ちょっと待って! メモが追い付かないって! はい、よし、次に飲み物お願い!」
「まず食前が......ブレンド1、アイスコーヒー氷少しだけ1、レモンティー1、ノンアルコールビール1。
それと食後が......アイスレモンティー1、アイスカフェオレ1、ジンジャーエール1、アイスコーヒー1、それとプリンアラモード1......以上......です」
それは正に、あっと言う間の出来事だった。
皆揃ってボカンと口を開けてる。信じられない......正にそんな表情だ。
因みに......
この復唱で一体何が凄いのかと言うと、1人1人のオーダーを受けた順番に伝えるのでは無く、店長が作業し易いようにメインディッシュ、ドリンク食前、ドリンク食後等、カテゴリー別に頭の中で仕分けしてから伝えてることだ。
それは正に、神業と言っても決して過言では無かった。
一方、そんな神業を見せ付けられたギャラリーの人達はと言うと、当然の如く、
「すっ、凄い!」
「て、天才だ!」
「やっぱ俺の琴音ちゃんだ!」
賛辞の声が飛び交う訳である。こんな事態のおかげで、琴音人気が一気に急上昇したことは言うまでも無かった。
その一方、皆からの注目を一身に浴びる琴音の方はと言うと、相も変わらずの無表情。そして今もどこか一点を見詰めてるだけ。
彼女と常に接してる者であれば、そんな挙動も見慣れたものでは有るが、そうで無い人からすると、それはかなりミステリアスに映ったに違いない。
図らずも、今やそんな強い『個性』こそが彼女の魅力を強く引き出してることなど、この時点で本人が知る訳も無かったのである。
「さぁ、店長! 何フリーズしてるの? お客さん待たせちゃダメでしょう!」
「そ、そうだった! さぁ作るぞ!」
そんなこんなで......
その後もランチタイムはお客さんが引っ切り無し。テーブル席もカウンターも空席が出来ることは無かった。
そんな中、琴音は食器を下げては洗い続け、店長の手が回らなくなればドリンクを作り、そして隆美さんが追い付かなくなればオーダーを取り、料理を運び......
あっと言う間にランチタイムは過ぎ去って行ったのでした。
「カルボナーラ美味しかったよ」
「忙しいのに頑張ってるね」
「お姉さん、また明日も来るよ」
帰り際に、そんな声を掛けてくれたお客さん達に琴音は覚え立ての笑顔を振る舞いそして送り出していった。




