審判
へぇ、この人悠真って言うんだ......
正直この時点で彼を男として見てたかと言うと、決してそんなことは無かったと思う。
ただ昨日強引に頭をタオルで拭かれた感触が、未だに強く残っていたことだけは事実だったけどね。
ちょっと乱暴なイケメン......多分、その程度位にしか思って無かったんじゃ無いのかな? まぁ、昨日は彼の一言で救われたんだけどね。
そんなグレー的感覚のあたしに対し、佳奈子の方はと言うと、それまで逆毛立ってたカールヘアーがいつの間にやらしっとりキューティクルヘアーに戻ってる。
さっきまでは、髪を束ねた赤のリボンが血の色に見えたんだけど、今はチューリップの花に見えるのはあたしだけだろうか?
「いやぁ、ちょっとそれは......恥ずかしい」
自身で描いた? 泥跳ねヘリコプターを、イケメン乱暴青年にまじまじと見詰められて思わず頬を赤らめてる。きっと佳奈子は彼に好意を抱いてるんだろう。
そこで問題は、彼がその絵を見て何を口走るか? ってことになるんだけど、ここはちょっと空気を読んで発言して欲しいだよね......
多分固唾を飲んで見守ってたのは、佳奈子よりむしろ、加害者側の実菜ちゃんとあたしの方だったんじゃ無いのかな。
ドキドキ......
ドキドキ......
そして遂に......審判は下される。
「佳奈子、凄いじゃん! 地面のグラデーションが最高だ。少しお前のこと見直したぜ!」
「えっ? うん、まぁ......そんな大したこと無いけどね。でも悠真くんがそう言ってくれるなら、きっと......そうなのかな? エヘヘ......」
災い転じて福と成し、佳奈子は満面の笑みを浮かべてる。やっぱ恋は人を盲目にするとは本当の話らしい。でもまぁ、ちょっとホッとした。
「さてと、佳奈子が頑張ってるんだから、俺もしっかり描かんとな。それじゃあ失敬!」
「うん、悠真くんも頑張って! あたし......応援してるから」
疾風の如く現れ、疾風の如く消えていくイケメン乱暴青年、悠真くん。たまたま運良く現れてくれて、ラッキー! だったのかと思いきや......
「この借りはいつか返して貰うぜ」
なんと通りすがりに、あたしの耳元でそんな言葉を残して行ったの。しかもウィンクまでして。
「な、なに?!」
あたしが振り返ってみた時には、既に彼の背中は遥か後方。やっぱ彼は疾風だったみたい。
ちなみに、昨日彼が残していったタオルは母曰くブランド品らしい。ちゃんと洗って返さなきゃと思ってた矢先の遭遇だったりもする。
「今確か......」
「『この借りはいつか返して貰うぜ』って言ってたよね?」
直ぐ横に居た実菜ちゃんと大地君にも聞こえてたらしい。
「それって......怖い意味なのかな?」
「そうかも知れないわね」
「後でお金をせびられる......とか? そんなの無理だって! うち貧乏なんだから!」
「分かって無いね......君達は男の気持ちってもんをさ」
男として出て行くべき所で出て行かなかった男の大地君が、今になって突然男を語り始める男の大地君がそこに居た。
きっと男の大地君は、隠れ蓑を使って姿を消してたんだろうね。
「男の気持ち? それって......なに?」
本当に分からなかったから、素直に聞いてみた。もしかして、あたしってウブ?
「あれはな.....向日葵への求愛ポーズだ」
「きゅ、求愛?! あ、あたしに?! な、何言ってんの?! もしかして大地君、頭おかしい?」
「いや、待って......そう言えば彼、去り際にウィンクしてたよね? あたし思いっきり見ちゃった。うん......多分、間違い無さそうね」
「ちょっとからかわないでよ。ただの社交辞令だって......さぁ、もう15時だわ。他人のことより自分の絵を描かなきゃ。あれ実菜ちゃん、まだ全然描けて無いじゃん! さぁ、描いて、描いて!」