専用
「ほ、ほんとに覚えて無いのか?!」
気付けば誠也は身を乗り出してる。きっと彼に取っては、そのことが人生を左右する重大な質問だったのだろう。
しかしそんな誠也の苦悩を他所に、琴音の反応はと言うと、
「......」
やはり今度も無言。まるで上の空......そんな様子だ。
「やっぱ、覚えてる訳無いよな。興味も無いってことか......」
恐らく誠也は、今見せた琴音の反応を予め想定してたんだろう。視線を下に落とし、悲しい素振りを見せたはものの、そこに驚きの感情は含まれてなかった。
ところがここで、琴音は誠也の予測を覆す驚きの発言を繰り出したのである。
「覚えて......ます」
「えっ? ほんとか?!」
「東京で......何度も......助けて......貰いました。それで今日も......こうして」
「そっか......確かにその通りだ。そうだ、そうだ、その通りだ! ハッ、ハッ、ハッ......」
一瞬喜びの表情を浮かべた誠也ではあっが、再びモノクロームの世界へと入り込んでしまう。きっと期待していた言葉とは程遠い答えだったんだろう。
やがて落胆の気持ちを心の奥に封印し、再び語りを始める誠也だった。
「まぁ、そんな訳だ。だから今後はもう今日みたいに琴音を助けに来ることは出来ない。
ただこれだけは覚えておいてくれ。結婚式は大阪帝徳ホテル、4月20日(日)の18時半からだ。
そいつが始まる前だったら、俺はいつでも君の元に戻って来る。大勢に迷惑掛けるだろうけど、そんなことはどうでもいい。
まぁ、なんだか長い話になっちまったけど、ようはそれを伝えたかっただけだ。
さぁ、琴音。お母さんが心配してるぞ。家まで送ってってやろう!」
突然話に終止符を打った誠也。そして単車のサイドボックスから一つのアイテムを取り出す。それが一体何だったのかと言うと、
「暑苦しいと思うが、これを被ってくれ。警察に罰金取られちまうからな」
それは薄ピンク色の真新しいヘルメット。バイクに乗るなら必要不可欠なアイテムと言えよう。よくよく見てみれば、そんな必須アイテムの横に何やら文字が認められてる。
すると琴音は、それを見詰めて思わずフリーズしてしまった。
「ん、どうした?」
「......」
どうやら、そんなヘルメットの横に認められた文字は5つ。
『向日葵専用』そんな文字だった。
「おう、よく気付いたな琴音。このヘルメットはそんな名前の人しか被っちゃいけないヘルメットなんだぜ。 なんせ『専用』って書いてあるんだからな。ハッ、ハッ、ハッ......さぁ行こう!」
「......」
ブルルンッ、ボボボボ......
窮地を乗り越え、やがて星空と船の汽笛をバックに颯爽と走り去って行く番犬と、向日葵専用と書かれたヘルメットを被る琴音の2人だった。
琴音はその細い腕で逞しき番犬のボディを力強く抱き締めている。
それはバイクから落ちないようにそうしてたのか、それとも別の感情が芽生えてそうしてたのか、それは分からない。
だだ間違い無く言えること......
それは事件から5年経った今となって、それまで固く封印されていた『記憶』の壁に、ようやくヒビが生じ始めてたことだった。
もしかしたら2人を乗せた単車はこの時、時空と言う名の道を走っていたのかも知れない。
未来へ突き進んでいるのか?
それとも過去へ突き進んでいるのか?
はたまたその両方なのか?
それはきっと、神のみぞ知ることなのだろう。




