ゼロヨン
「まぁ、俺達のアジトに着くまでは、そのまま大人しくしてた方が身の為だ。騒いだり暴れたりすると痛い目見るからな」
そんな穏やかでない言葉を発しながら、巨漢の1人は琴音の目の前で拳を掲げてる。
多分脅してるつもりなのだろうけど、琴音の目は全くそこに向けられて無かった。ただ腕を疲れさせるだけの愚かな行動であることに、本人は早く気付いた方がいい。
「......」
やがてそんなミニバンは渋滞を抜けて、工場が軒を連ねる埋め立て地へと舵を切っていく。国道が渋滞していただけに、きっと裏道を選択したのだろう。
窓からは常に飛行機の姿が見え隠れしてた。どうやら羽田空港近辺を走っているらしい。
気付けば既に19時過ぎ。
そんな時間の工業地帯ともなれば、いつしか前後に走ってた大型トラックもなりを潜め、ミニバン1台の独走状態となってた。
目立つことがとにかく宜しく無い彼らに取って、この道は正に理想のビクトリーロードと言っても決して過言では無かった。
「よし、そこの丁字路を右へ曲がれ」
「了解!」
そんなビクトリーロードに怪しき雲が掛かり始めたのは正にその時のこと。
「ん、なんだ? いや、気のせいか」
突如運転手がバックミラーを凝視しながら、何やら目を細めている。
「どうした?」
「さっきからバイクがずっと後に付けて来てるみたいなんだが......」
「ほんとか?」
見れば50メートル後方に、前照灯の灯りが1つだけ。つまりその灯りの正体は、車では無くバイクであることを意味してる。
そんな灯りは、40メートル、30メートル、20メートル......みるみるうちに大きくなっていき、遂にはバックミラーから消えてしまった。
どこへ行ったかと思えばなんと!
いつの間にやらミニバンの横でバイクが並走してるではないか。しかもドライバーは首を90度曲げ、後部座席に鋭い視線を送ってる。
「何者だこいつは? ケンカ売ってんのか?」
「ま、まさか警察とか?!」
「白バイじゃ無いからさすがに違うだろ?!」
「まぁ、放っておけばいいさ。お前達はそのイカれたバイク野郎とこの姉ちゃんのどっちと遊びたいんだ?」
「そりゅあ、姉ちゃんだ!」
「確かにその通りだな」
そんなこんなで......
巨漢3人組の意見が『完全無視』で一致を見せたその時だった。
ゴツン!
なんと驚く無かれ、そんな怪しきドライバーは、手に持ってた空き缶をミニバンに思いっ切り投げ付けたのである。
しかも、ブルルンッ!
瞬きする間も無く一気に猛加速。あっと言う間に見えなくなってしまった。完全なるヒット&アウェーだ。
「こっ、このヤロー! よくもやりやがったな?! に、逃がすか!」
気付けば、こちらもバイクに習って猛加速。運転手は完全に我を忘れている様子。きっとハレンチな下心より、瞬間的怒りの方が勝ってたんだろう。
「おい、止めろって! ここで問題起こしたら全てがおじゃんだろ!」
「あんなキチガイ放っといて、とっととこの姉さんといいことしようぜ!」
「うるせー! こいつは俺の車だ。あんなことされて黙ってられるか?! チキショー!」
決して原付では無い1人乗りのバイクに対して、こっちは4人も乗ってる四輪。そうともなれば、ゼロヨンで競ったところで勝てる訳も無かった。
ところが、なぜかバイクはみるみるうちにスピードダウン。
ブルルンッ、ガガガガ......
なんと! 路肩に寄って緊急停止してしまった。まさか故障? 因みにエンジンから煙は吹き上げてない。
「こ、こいつ、やる気だな! いい度胸してるじゃねぇか!」
どうやらこの運転手、夜のお楽しみの前に男と一戦交えるつもりらしい。
一方、後部座席に座す巨漢2人の方はと言うと、自分の車じゃ無いだけに思いの外冷静だった。
「こいつは絶対何か有るぞ! 単車で四輪止めたけりゃ、空き缶ぶつける位しか手は無かった筈だ。ちょっと頭冷やせって。奴は始めっからこの車を止めたかったんだ。とっとと行っちまおうぜ!」




