ボトルキープ
そんな琴音の予期せぬ反応に、一瞬戸惑いを見せるウェイトレスさん。でも霧島翔子から『個性が強い』ことは予てより聞いてる。
直ぐ様『なるほど』......そんな表情を浮かべると、何事も無かったように店内へと琴音を導くウェイトレスさんだった。
そんな彼女は背がすらりと高く、ウェストはしっかりと引き締まっている。所謂『モデル体型』。
ロングと思われるライトトーンの髪の毛は後ろで1玉のお団子を形成し、手抜き無しの化粧で固めたその顔立ちは、どことなく霧島翔子に通じるものが有った。
「ちょっとここに掛けてて」
直ぐ様、琴音は一番奥の4人席に導かれた。履歴書の入ったクリアファイルをウェイトレスさんに手渡しながら指定の席に腰を下ろすと、
「何か飲みますか?」
そんな声を気さくに掛けてくれたので、
「麦茶、お願いします」
素直に答える琴音だった。
「ハッ、ハッ、ハッ......分かったわ。翔子の言ってた通り素直で正直な方なのね。ちょっと待ってて」
履歴書を受け取りながら満面の笑顔を浮かべて、店の外へと駆け出して行くウェイトレスさん。
窓ガラス越しにその姿を目で追って行くと、どうやら自動販売機で麦茶を買ってるらしい。きっとこの喫茶店には他の店と変わらず、麦茶を置いて無かったのだろう。
因みに、今日は天気予報で言うところの『晴天』。店内に目を向けてみると、窓の多いこの店は外と変わらずとても明るかった。
各テーブルの頭上には山小屋のランプをイメージした照明がぶら下がってるけど、日中は差し込む日の光で必要は無さそうだ。
店内に存在する4人掛けのテーブル6個のうち、2つのテーブルにはそれぞれ1名のお客さんがリラックスムード。新聞を読み、スマホをいじり......正にそんな様子だ。
モーニングメニューが終了となったこの時間から、この後訪れるランチタイムまでの僅かな時間が、きっとこの店に許される唯一の静寂タイムなのだろう。
見れば、6席程椅子が並べられたカウンターの内側では、40才前後と思われるマスターが山積みになった食器やグラスを額から汗を流しながら必死に洗い続けている。
真っ白のワイシャツ、黒の蝶ネクタイ姿のマスターは、一番奥のテーブルに腰掛けた清楚な年若き女性と目が合った途端、
「ようこそ、スイートピーへ」
途端に眉間のシワを伸ばし、屈託の無い笑顔を見せてくれた。
「山村......琴音......です。宜しく......お願い......します」
そんな能面琴音もきっと、心の中ではマスターと同様に、屈託の無い笑顔を返していたのでは無かろうか。
やがて、自動販売機で無事麦茶を買い終えたウェイトレスさんは、親切にも氷を入れたグラスと共にテーブルへ持って来てくれた。
「はい、麦茶。お待たせしました」
そんなペットボトルにはなんと、『山村琴音』とマジックで記されたラベルが貼られてる。
「ちょっと大きなペットボトルしか無かったから、1回じゃ飲み切れないと思ってね。残りはお店の冷蔵庫に入れておくから、飲みたい時に飲んでね。うちのお店始まって以来のボトルキープよ。ハッ、ハッ、ハッ......」
因みに......残りの麦茶をお店の冷蔵庫に入れておくと言うことは、また今とは別に麦茶を飲む機会が存在すると言うことになる。
またメニューにそんな飲み物は入っていないのだから、後日客としてこの店でその『麦茶』を飲むと言うケースも無い。
そうともなれば、ウェイトレスさんの話したことの意味は一つしか無いのでは......




