黒づくめ
やがて琴音はティッシュペーパーでそんな涙を拭うと、今度は洗面所に行き、冷たい水で一気に顔を洗い始めた。
彼女は彼女なりに泣いた自分の顔を他人に見られたく無かったのかも知れない。
本人すら泣いてる理由が分からないのに、他人からなぜ泣いてるの? なんて聞かれても答えようが無いだろうから。
そんな彼女の目は、既に輝きを取り戻してたりもする。それは今日と言う1日が彼女に取って、いかに重要であるかと言うことを、彼女なりにしっかり認識してたからなんだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃、
1階のリビングでは、そんな悩み多き琴音のことなど露知らず......
「......」
「......」
「......」
琴音を除く他の3人がテーブルを囲んで、ベーコンエッグと焼き立てのトーストを頬張っていた。
どう言う訳か皆揃って無言。テレビのスピーカーから流れる朝晩組の音声だけが、申し訳程度にBGMの役割を果たしてくれてる。まぁ、そんな状況だ。
きっと昨日、智美の吐いた猛毒発言が1日経った今でも多くのしこりを残してるに違いない。
そんな重い空気の中、ここで最初に口を開いたのはなんと、昨日のトラブルの張本人智美だった。
「お父さん、そう言えば昨日も夜怪しい人が家の周り彷徨いてたわよ。あたし窓から見ちゃった。いつも全身黒ずくめでチラチラ家の様子を伺ってるの。
それでね、昨日なんかあたしと目が合った途端に顔を隠して走って逃げたのよ。ちょっともう怖~い!」
ベーコンエッグを食べ切り、箸を置きながらそんな悲鳴を上げる智美だった。
因みに、朝食はいつもまずこの3人で取ることが定番になってる。理由は智美が琴音と朝食を取ることを嫌がってるから。
そんな訳だから、琴音がリビングに降りて来るのは智美が家を出たその後と決まってた次第。
当初はそれでも4人でテーブルを囲んでたけど、昨日のような言い争いが耐えぬことを理由に、美和が琴音に指示して今の形態に至ってると言うのが経緯だ。
一方、 そんな智美の訴えを聞いた一家の主たる徹はと言うと、
「美和、警察に言ってパトロールを強化して貰った方がいいんじゃ無いか? きっと、あれだろ?」
慣例に従い自分は逃げて美和に難題を押し付ける......どうにもこうにもこの主、血の繋がった愛娘には情けない程に頭が上がらないようだ。
参考までに、彼が言うところの『きっとあれだろ?』の『あれ』とは、琴音を追い回してる記者の類いを指してるに違い無い。もちろんそんなことは美和も承知のこと。なので、
「別に何をしてくる訳でも無いし、そもそも智美ちゃんに被害が及ぶことは無いだろうから放っておけばいいんじゃ無いかしら?」
そんな楽観論とも言える持論を簡単に述べる美和だった。
「憶測だけでよくそんなことが言えるわね! 自分の子じゃ無いからどうなってもいいって思ってるんでしょ!」
予想に違わず、そんな剣幕を落として来る訳だが正直もう慣れっこ。そんな時には何を言っても無駄。油に火を注ぐだけであることを、既に理解している義母と実父だった。
「お父さん、行って来ます!」
もう顔も見たく無いらしい。乱暴に席を立つと、鞄を持って玄関に直行する智美。
「智美ちゃん、忘れ物。はい、お弁当」
「箸は間違って無いわよね!」
「自分で確かめてみたら?」
「ふんっ!」
弁当を美和から引ったくると、
ギー、バタン!
あっさりと、登校の徒に付いていく智美だった。
「ふう......」
美和が一つ大きな溜め息をつくと、
「全く......困ったもんだ」
徹はただ頭を垂れるだけ。
実際のところ......
黒ずくめの者が家の周りを常に彷徨いていることは事実だった。
例えそれが危害を加えるような人間で無かったとしても、普通は不気味がって警察に通報くらいするのでは無かろうか?
年頃の女子たる智美が怖かっていることも事実だし。にも関わらず、美和は決してそれをしなかった。そこにはまた大きな秘密? が隠されているのかも知れない。
謎は深まるばかりではあるのだが......




