生き写し
「兄さん気を付けて。あの子とあたしは昔の名前を捨ててここへやって来てるの。あの子は琴音、それであたしは美和。間違わないでね」
「い、いや、すまん。と、ところで、まだ琴音は記者達に付きまとわれてるのか?」
「最近じゃだいぶ減って来たらしいけど、まだ一部の雑誌記者がしつこく琴音を追ってるみたい。もう5年も前の事件なのに......本当に嫌になっちゃうわ」
「智美の話じゃ未だに家の周りを彷徨いてる奴が居るらしいからな。それで、大丈夫なのか? 今日も琴音を1人で外に出してるみたいだが......」
「そこは大丈夫よ。琴音にはしっかりした『番犬』が付いてるから」
「番犬? まさかソルトのこと言ってんのか? ありゃあダメだぞ。誰にでもしっぽを振って愛想振り撒くタイプだ。とてもじゃ無いけど番犬にはならないって」
「ソルトじゃ無いわよ。もっともっと強い『番犬』が付いてるから大丈夫なの。そんなことよりあたし達、いつ出てけばいいの?」
「んん......もし出来れば1ヶ月位で何とかして欲しいんだが。いや、金銭面での援助は惜しまんつもりだ。そこだけは安心してくれ」
話がいよいよ生々しくなって来たちょうどその時のこと、
ギー、ガタン。
突如外門扉を開く音が。
「ん? 琴音か?」
「あの音は間違うわ、智美ちゃんよ。琴音は帰って来たことが分からないようにそっと閉めるから。取り敢えず、引っ越しのことは分かりました。今日はここまでにしておきましょう」
「春子、本当にすまん。1人だけしか居ない実の妹に大したこともしてやれなくて......」
「もう十分良くして貰ったわ。これからは兄さんの人生を十分楽しんで。それと......春子じゃ無くて美和だから」
「そ、そうだったな。すまん」
やがて......
ガチャガチャ、バタン。
お帰りになられたらしい。この家の御曹子様が。
「おお、智美か。今日は早かったな」
「智美ちゃん、お帰りなさい」
※ ※ ※ ※ ※ ※
この時あたしの目に映った姪のセーラー服姿は、姪であって姪に有らず。それはまるで琴音の生き写しを見てるようだった。
智美ちゃんは言うまでも無く、実の兄の血を引き継いだ一人娘。
琴音とは従姉の間柄だから、容姿が似ているのは別に不思議な話じゃ無いけど、女子高生だった5年前の琴音とは正に瓜二つ。
でも残念なことに、似てるのはその精錬された容姿だけで、心はやっぱ全くの別人だった。
その証拠に、
「お帰りなさいじゃ無いわよ!」
帰って来るなりいきなりの大剣幕。
「ど、どうしたの? 何か有ったの?!」
あたしが血相を変えてその理由を聞いてみると、
「あたしの弁当に間違って琴音の箸入れたでしょう! あたしを気違い病に感染させるつもり?!」
どうやら......怒りの理由はそんなことだったらしい。
「あら、そうだったの? それはごめんなさい。これからは気を付けるわ」
「ごめんじゃ無いわよ! 今度間違ったら、お父さんが何と言おうと絶対に家出てって貰うからね! ここはあたしとお父さんとお母さんの家なんだから! もうほんと、この人達嫌だわ......」
「智美、美和がもう間違わないって言ってるんだからそれでいいだろう。
それと、お前だって子供の時には散々琴音に可愛がって貰ったじゃないか。あんまり、琴音のことを酷く言うなよ......」
「キモいのよ! あの喋りも顔もさ!」
正直、智美ちゃんの発したその言葉には我慢が出来なかった。
でも元々智美ちゃんはそんな残酷なことを平気で言うような子じゃ無かったの。その理由をあたしは分かってた。彼女も彼女なりに今必死に過去と戦ってるってことをね。
「智美ちゃん、ごめんなさい。でももう安心して。来月になったら、あたしと琴音はこの家を出て行くから」