再婚
「今日はこれで失礼します......散歩の途中なので」
琴音はイエスともノーとも言わなかった。きっと自分がどうしたいのかも分からなかったんだろう。
ただ明らかに言えること。それは琴音の脈打つ心臓の鼓動が少しばかり速くなってたこと。この時琴音の脳に、少しばかりのアドレナリンが分泌されてたことだけは間違い無かった。
それが昨日の話の一部始終となる。たった5分にも満たないあっと言う間の出来事だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ワン、ワン、ワンッ!
(早く帰ろうよ!)
そんなソルトの鳴き声で、昨日と言う過去から急に戻って来た琴音。
思わずはっとした彼女の手には、向日葵の種がしっかりと握られてる。
「平手さんは......飼い主に見放された犬や猫を引き取ってる......って言ってた。動物にも......人にも......優しい人」
ワン、ワン、ワンッ!
(頭撫でて!)
気付けば、いつもは耳障り以外の何物でも無かったそんなソルトの鳴き声に、今琴音は耳を傾けてる。
そしてその時、琴音の2つの目に映っていたものと言えば、ペロペロと自分の手を優しく舐めるソルトの姿。
「......」
そして今彼女は、無意識のうちにソルトの頭を優しく撫でてた。
「あったかい......」
それは今までに体験したことの無い程の心地よい感触だ。
もしかしたら......
今琴音は本当に土の中に居るのかも知れない。そして自分でも気付かないうちに、地上へ顔を出そうと必死にもがいていたのかも知れない。
もちろんそんなこと、本人が知るよしも無いことではあるのだが......
※ ※ ※ ※ ※ ※
そして話は打って変わって、
ここで一つ、琴音とソルトが住む『家』と『家族』について紹介しておくことにしよう。
ちょっと一風変わった琴音だから、そんな家や家族もさぞかし風変わりかと思いきや、別にそんなでも無かった。
まずは『家』について。
そこは多摩川から歩いてほんの数分。閑静な住宅街の中心に位置する実に立派な一戸建て。
決して狭いとは言えないそんな木造建築は、四季折々の花が咲き乱れる庭に囲まれて、今日もモダンな雰囲気を存分に醸し出してる。
それは琴音の義理父(山村徹)が家族の為に建てた渾身のデザイナーズ建築だ。
次に『家族』について。
「琴音の帰りが遅いみたいだが......」
「今日は障害者支援セミナーに行ってるから、まだもう少し掛かると思うわ」
「そうか......」
「どうかしたの? 何か言いたそうなみたいだけど......」
白髪交じりの50代男女が、そんな山村家1階リビングで何やら神妙な顔付きで話をしてる。
夫婦か? それとも兄妹か? 何となくだけど、顔の雰囲気が少し似てるような気がする。
「美和......実は再婚することになったんだ」
「あらそう、良かったじゃない」
「それで、急な話で申し訳無いんだが......」
「琴音と一緒に家を出ろって言いたいんでしょう?」
「わ、分かってくれるか?!」
「分かるも何も無いでしょう? ここは徹兄さんの家なんだから。いつかは出てかなきゃっていつも思ってたわ。智美ちゃんのことも有るしね」
どうやら......
渦中の琴音と実母の美和の2人は、美和の実兄(山村徹)とその娘(山村智美)の住む家で居候させて貰ってるらしい。
つまり、琴音とこの家の主である山村徹とは姪、叔父の関係。琴音と山村智美との関係は従姉妹同士ってことになる。
そんな中で主の山村徹が再婚することになったから、琴音と美和に家を出て欲しいと願って、琴音の母たる美和がそれを快く受け入れたって流れなんだろう。
「それで、智美ちゃんは大丈夫なの? 再婚のこと」
「あいつも今年で17才だ。子供じゃ無い。きっと分かってくれるだろ」
「17才......もうそんな年だったのね」
「17才と言えば、ひまわ......いや、琴音がお前とここにやって来た年だな」