袋
そんなカウンセラー北山の絶望的解説に対し、
「山村琴音さん......可哀想......」
拝島拓也は同情の念を表明し、
「ちゃんと探して上げなさいよ! それがあんたの仕事なんでしょ?!」
霧島翔子はここでも金切り声を上げたのでした。
「全力を尽くします」
「僕より......山村琴音さんを......優先して」
「全力を尽くします」
「あたしなんか、後回しでいいから!」
「全力を尽くします」
きっとカウンセラー北山は、言葉の通り全力を尽くしてくれるんだろう。
ちなみに、それまでバラバラだった3人の意志が、なぜかここで山村琴音と言う強い磁石に引き寄せられて、気付けば皆揃って同じ方向に向いている。
もしかしたら彼女は、まだ見えぬ秘めた魅力を持ち合わせていたのかも知れない。もちろん現時点で本人がそんなことを知る由も無い訳ではあるのだが......
※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃、
『区民センター』前の広場では、一匹取り残されたソルトが孤独地獄に陥ってた。そんな中、
ヒタヒタヒタ......
区民センターから20分振りに出て来た飼主の姿を見付けたソルトは喜びを爆発!
ワンワンワンッ!
きっとソルトの目には西日に照らされた山村琴音の姿が、天使のように映ってたんだろう。
そんなご主人様を見付けたソルトは、もう待ちきれない!
気持ちが先行して一気に駆け出して行く。
すると、ガバッ!
キャン、キャン、キャン!
残念ながらリードの長さは2メートル。固定された柱からそれ以上離れようとすれば当然のように首が痛い思いをしてしまう。
人間なら見て直ぐに分かることだけど、ソルトは犬。分かる訳が無い。
「......」
そんなソルトの様子を見てるのか? 見てないのか? どっちとも取れるような曖昧な視線をソルトに向けながら、琴音はリードをほどく為に無言で柱へと向かって行った。
すると、高さ1メートル程度のそんな柱の下半分がしっとりと濡れてる。しかも柱手前の地面には小さな水溜まりが。
ちなみに今日は朝から晴天。近くに水道なんかも有りゃしない。トータル的に考えてみればそれが何なのかは一目瞭然だった。
「おしっこ......」
間違い無くそれ。
どうやら......ここを離れる前に、一つやらなきゃならない仕事を見付けてしまったらしい。
「......」
琴音は慣れた手付きで草色の手提げ袋から2つのアイテムを取り出した。
1つは水が入ったペットボトル。それともう一つは小さなハンドブラシ。 ブラシの毛先がやたらすり減ってるところを見ると、かなり日常的に使用してるアイテムだってことが分かる。
きっとソルトは散歩途中に糞便を済ませるのが習慣になってるんだろう。
すると今度はプログラミングされたロボットのようにペットボトルのキャップを外すと、
シャバシャバシャバ......
柱の湿った跡に水を撒いていった。次にブラシを持ってそれを柱に当てようとしたその時のこと。
「あっ......」
琴音はある一点を見詰めて動きを止めてしまう。どうやらロボット琴音がフリーズを始めてしまったらしい。
そんな琴音がじっと見詰めてたもの......それはハンドブラシの毛先に引っ掛かったほんの小さなビニール袋。
そんな袋はスケルトン。なので外からでも中がよく見える。小さな1枚の紙切れと三日月状の種子が複数個収められてるらしい。
「これって......」
それが目に入った途端に琴音は昨日起きたある出来事を思い出したのでした。




