ヘリコプター
「ところで賢也、何で向日葵はずぶ濡れなの?」
「500円玉、川に落として飛び込んだんだよ」
「で......見付かったの?」
「30秒も川に潜ってたけど、見付かったみたい」
「あら良かったわ......安心した。でも普通......500円落として川に飛び込むかしら?」
「......」
ここでなぜか黙ってしまう賢也。やっぱ彼は、正直者なんだろう。
やがて日は暮れていき、慌ただしかった1日が終焉を向かえていく。
1日色々あっても、最後には平和が訪れる......多分花咲家は、本当の意味で平和だったんだと思うよ。まぁ、この時点での話だけどね。
「お母さん、お父さん、賢也、それと皆さん、お休みなさい。へ~ヘックション!」
そして物語は、嵐の前の静けさへと続いていくのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
10月2日 火曜日 13:00
翌日、太陽がちょうど真上に差し掛かったその頃......
あたし達御影高校の全校生徒は畦道を10分程歩いて、今やっと目的地にたどり着いたところ。
ちなみに全校生徒と言っても、高1から高3まで総勢20人。大した人数でも無いわ。
そんなあたしが通う御影高校には、御影村とその東西に隣接する寂蓮村と、陰徳村からも生徒さん達がやって来てるの。御影村を挟んで横に3つの村が並んでるってことね。
隣接するそんな村々も規模は御影村と大して変わらないんだけど、中学校と高校が無いからそこに暮らす少年少女は、総じてこの御影中学と御影高校へ通うのが通例になってるわけ。
だからこの御影村以外の2つの村から通学してる生徒さん達は、ギヤ付きの自転車が欠かせない。結構な坂道だし、歩いたら30分以上は掛かっちゃうからね。
そんな中、今日この村役場の広場に集まった生徒さん達は、みんな何やら画板とスケッチブックを抱えてる。
これから一体何を描こうとしているのかと言うと、早速美術教師の山本先生が説明を始めてくれた。
「ようっし......全員集まったな。今日はこれから村役場のコンクールに出展する絵を描くぞ」
目の前には山間の村には似合わないレトロな乗り物が君臨してる。それは何かと言うと、
「ヘリコプター......」
そう......御影村の広場には、もう随分前からそんな乗り物が展示されてたのでした。
素人目で見ても、いかにも『旧式』って感じなんだけど、村役場の人達がいつもしっかり掃除してくれてるらしいから廃墟感は全く感じられない。
色も赤と白のツートンで結構カッコいいじゃん! なんて思ってるのはあたしだけだろうか?
じゃあなんで、そんなヘリコプターが村役場の広場に置かれてるのかって言うと、その理由はあたしなんかが説明するより、記念碑に書いてある文を読み上げちゃった方が早いんじゃないかな。そんな訳で、そのまま読むとしましょう。
『1992年9月12日、巨大台風の到来により、大きな土砂崩れが発生した為、標高1000メートルの御影村、寂蓮村、陰徳村の3村は完全に孤立してしまいました。
食料品、医薬品を含む全ての物資が途絶えた時、民間企業の所有するヘリコプターが我々村民の命を救うが為、それら救援物資を積んでこの広場に舞い降りてくれたのです。この善良なる行為が為され無ければ、多くの村民が命を落としていたことでしょう。
ヘリコプターは老朽化が進んでいた為、そんな救援活動が最後のフライトとなりました。感謝の意を込めて、私達3村の民が機体を引き取り、ここに展示させて頂くこととなりました。
私達は、このヘリコプターがここに有る限り、この時のご恩を忘れることは無いでしょう。心より感謝申し上げます。御影村、寂蓮村、陰徳村、村民一同』
実は30年前にそんな事件があったらしいの。もちろんあたしはまだ生まれて無かったから、実際に体験した訳じゃないんだけどね。
でもまぁ、絵画コンクールのテーマになったのも、きっとそんな30年前の恩に報いたいと願う村民達の感謝の気持ちが継承されてるってことなんじゃ無いのかな......
そして時刻は、ちょうど13時。
「よし、いい絵を描けよ!」
スケッチ開始のゴングが鳴った。
「ねぇ、どこで描こうか?」
「ひまちゃん、この辺りはどう? ちょうど逆光にならないし、芝生だからゆったり座って描けるよ」
みんな場所取りに頭を悩ませてるらしい。どうせ描くんだったら、コンクールで金賞取りたいって誰もが思ってる訳だから。
ちなみに、あたしのことを『ひまちゃん』って呼ぶ人なんか1人しか居ない。陰徳村から自転車で通って来てる親友の桜川実菜ちゃんだ。