嘘
「賢也は自分達よりずっと前に、この2匹を連れて参道を降りて来てる筈なんです! なのに......何で賢也はこの2匹と一緒に居ないんだ?!」
俺は賢也の優しさを知ってるつもりだ。もし賢也がこの2匹から離れたりしたら、また訳も分からず火の中へ戻っちまうことだって十分に考えられる。
だからよっぽどのことが無い限り、賢也がこの2匹と離れて1人で先に逃げるなんてことは考えられなかった。
それと、今更の疑問なんだけど......
そもそも賢也は、俺達がトラブルを起こしてる時、何でお地蔵さんの所なんかにやって来たんだ?
もちろん俺達があそこに居ることなんて、知ってる訳が無い。
なら、なんで?
まさか、まさか? まさか!
お前もお地蔵様に願いごと?!
そうか? そ、そうなのか?!
なるほど......まだガキのクセに。全く、世話の焼ける奴だぜ。
「お母さん、向日葵をお願いします!」
そう言い放つや否や、俺は直ぐ様お母さんにその痛々しい乙女の身体を託した。
「お願いしますって......どこ行くつもりなのよ?!」
「賢也を連れ戻して来るんです!」
「えっ? 賢也の居場所を知ってるの?!」
「説明してる時間は有りません。凡その見当はついてます。それじゃあ、失礼!」
「わ、分かったわ......向日葵のことは任せて。け、賢也のこと、宜しくお願いします!」
きっとお母さんだって、息子の賢也を探しに行きたかったに違い無い。
でも同時に向日葵の親でも有る訳だ。まさか向日葵を置き去りにして、探しに行く訳にもいかなかったんだろう。
あたしが向日葵を守るから、あなたが賢也を守って......
俺を信じて、そんな大役を任せてくれたお母さんに今俺は最高に感謝してる。とは言っても任務は重大。なんせ俺の大事な『弟』の命が掛かってるんだからな。
とにかく1秒でも早く、賢也の元へ辿り着かなきゃならん。
俺は、ザブンッ。
躊躇無く小川に飛び込むと、
「これでよし。火など恐れるに足らん!」
気合一発、直ぐ様炎地獄への一本道を突き進んで行った。
この際、自分はどうなってもいい!
それが正直な気持ちだ。
賢也待ってろよ!
今兄貴が助けに行くからな!
※ ※ ※ ※ ※ ※
「さぁ向日葵、参道を下りるわよ。ゆっくりでいいから足を動かして」
「う......うん......」
耳元で聞こえたそんなお母さんの声のおかげで、少しばかりの意識を取り戻したあたしは、頑張って目を開けてみた。
すると今あたしの身体を支えてくれてるのが、悠真くんじゃ無くてお母さんであることに気付いてしまう。
「お、お母さん......悠真くん......は?」
とにかく顔が焼けるように熱かった。口を動かすことすら、今のあたしには精一杯の大仕事。でもそれを聞かずにはいられなかった。
「ゆ、悠真くん? ああ、彼は今消防の人を助けて怪我人を運んでるわ。そんなことより、足動かして。あたし達も逃げないと」
「そ、そう......それで賢也は? リリーとゴロー連れて......もう参道を......降りたんだよね?」
「け、賢也? え、あ、せ、そう......うん。もうとっくに降りてるわよ。だから、あたし達も早く行かないと」
「分かった......」
そんな歯切れの悪いお母さんの滑舌を、ちょっとばかり不審に思ったあたしだったけど、悠真くんが消防の人助けてるって言うのは悠真くんらしいし、賢也もとっくに参道降りてる筈だから、その時はそれ以上深く詮索する理由も無かった。




